【遊ばない国、日本】④東京ドームの地下に潜むもの
先週、川崎記念をよそに私が拉致されていた建物には、このような看板が掲げられていた。下から見上げるように撮ったので読みにくいが、「後楽園競輪再開 断固反対」とある。
皆さんは。東京ドームの地下に1周400mの競輪バンクが収納されていることをご存じだろうか?
ドーム建設の際に、プレー可能なスポーツの選択肢を拡げるという趣旨から作ったとされるが、つまりは「競輪」の開催に備えて導入された設備ということにほかならない。もちろん、公営競技としての「競輪」が開催されたことはなく、自転車競技としての「ケイリン」に何度か使われたのみ。最大傾斜角30度のバンクは、20年間東京ドームの地下でじいっと出番を待ち続けている。
東京ドームの「競輪問題」は古くて新しい問題でもある。
「後楽園競輪」が廃止されたのは美濃部都政時代の1973年。美濃部知事の都営ギャンブル全廃の方針に沿った形によるものだが、その後、自主財源の貧窮に苦しむ23区や多摩地区の自治体が「再開」を模索するようになったのが、東京ドーム建設中だった1987年頃。今から20年以上も昔の話である。
ところが、競輪人気の凋落と歩調を合わせるように、競輪再開機運もすっかり萎えてしまったのである。財源として期待できないなら、何も大金を注ぎ込んで新しい競輪施設を作る必要もないというわけだ。
その後、日本初の屋根付球場として生まれた東京ドームでは、年に1回のペースで、「サイクルフェスティバル」というイベントが行われてきた。ところが、このイベント、実は年に一回行わなくてはならないバンクのメンテナンスのために実施されている。23区や多摩地区の自治体が興味を失ったとはいえ、大規模な負債を抱える東京ドームにしてみれば競輪開催は悲願でもあった。
20世紀も残り僅かとなった1999年。かつての「後楽園競輪」の記憶さえもが消え行く頃になって、突如として追い風が吹き始める。東京都の財政再建の切り札として「お台場カジノ構想」と並び「都営競輪の復活」を選挙公約に掲げた石原慎太郎氏が、都知事に就任したのだ。
『東京ドーム競輪』は競輪各団体のみならず、石原慎太郎東京都知事の悲願でもあった。石原知事は財政再建策のひとつとして「東京ドームでの競輪再開」を明確な選挙公約とした上で当選を果たしたのである。
実は、後楽園競輪の扱いは「廃止」ではなく「休止」となっている。従って再開に向けての事務手続きは、さほど煩雑ではない。極端な話、車券売場さえどうにかなれば、あとはいつでも再開できる。最大の懸案事項であった「プロ野球との併用問題」についても、2004年に日本ハムファイターズが札幌に移転したことで、ほぼ問題は解消された。もう一方のフランチャイズである読売巨人軍も、近年では東京ドームの主催試合を減らして地方都市に振り分ける方針をとっている。
冒頭に触れた競輪反対の看板は、こうした状況の中で掲げられたものだ。
反対の理由は、風紀の乱れ、あるいは同区が文教都市として町づくりを進めていることなど多数あげられているが、やはり突き詰めれば「ギャンブルをやるような人間がウチの近所に集まるのは嫌だ」という一点に集中するのだろう。
「遊興は悪」という観念の抜けない日本において、遊興の最たるギャンブルは極悪であり、そのギャンブルに興ずる人間は極悪人にほかならないのである。都が2016年の東京五輪招致を目指していることに関連し、文京区長が「五輪開催時に競輪を東京ドームで行うことには反対しない」と発言したことが何よりの証左だ。ギャンブルとしての競輪はダメだが、ギャンブルでないケイリンならOKというわけだ。
多少の差こそあれ「賭博は国民を害するもの」という潜在認識が蔓延るこの日本という国が、世界ナンバーワンの馬券売上げを誇るこの事実がむしろ不思議に思えてきやしないか。JRAは「競馬はギャンブルではなく”健全なレジャー”である」という主張を貫き通し、今日(こんにち)の繁栄を勝ち取った。だが、声高にギャンブルであることを叫べないようなギャンブルは、いつかその矛盾性ゆえに行き詰まる気がしてならないのである。
(この項終わり)















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