2008年7月19日 (土)

「二度飯」は恐ろしい

朝7時前の電車に揺られて府中本町へ向かっている。

東京競馬場の場外発売にはいくらなんでも早過ぎる。実は、毎週土曜日は多摩川の河川敷で野球の練習に勤しんでいるのである。運動不足解消の一助。「メタボ対策」と呼んで頂いても構わない。JRAと縁が切れて土日のスケジュールが空いたことで、こういう健康的な習慣に身を投じることも可能になったわけだ。いや、それにしても身体動かんね。

先ほど「メタボ対策」などと書いてはみたが、週に一度の野球の練習ぐらいで、そうそう腹囲減少に好影響を及ぼしまい。エクササイズというものは、たとえ少量でも毎日決まったルーチンワークを行うことこそが効果的なのであり、週に一度の”オヤジ野球”にはむしろ怪我の心配がつきまとう。ただ、そうは言ってもせっかく空いた土曜の朝である。黙って家で過ごす手はない。

「メタボ対策」ということで言えば、最近は「二度飯」をやらぬよう心がけている。

「二度飯」というのは読んで字の如く二回飯を食ってしまうことで、つまり昼飯を二度食べたり、外で夕飯を済ませてきたのに帰宅してからも食べてしまうようなことを指すのだが、これをやめるよう努力しているのである。

「努力」などとたいそうな言い訳を聞く前に、そもそも「二度飯」なんてしねーよ!と突っ込まれそうだが、普段から好きな時間に好きなように食事を摂る習慣がある上、誘われると断れないという致命的な癖を抱えているのでどうにもならない。

Mabodonたとえば東京競馬場の検量食堂で麻婆丼(大盛り)を食べ終えて一人で悦に入っているところに携帯が鳴り、「どうだ。昼メシでも一緒に食べようや!」なんて馬主から誘われたりすれば、一も二も無く「ハイ!すぐに伺います!」ってコトになってしまう。たとえ相手が馬主でなくとも、馬券仲間でもカメラマン仲間でも同じこと。「いや、いま食ったばかりだから」という単純至極な断りの文句が出ない(出せない)のである。

しかも私は出されたものは残さず食べなければ気が済まないタチなので、なおさら始末に終えない。貧乏性と言われれば貧乏性に違いないが、ともあれ旨いモノを目の前にしていながら満腹のあまり手が出ないという状況は、悔しく、惨めで、そして切ない。敢えて喩えれば、あからさまに脚を残して負けた馬のオーナーの気持ちである。ゆえに、己に残された最後の力を振り絞って目の前に出された皿はすべからく片付けることにしている。

でも、とにかく「このままでは際限なく太ってしまう!」と、最近になって危機感を感じるに至り(遅い!)、食事を取る時間を意識的に遅くした。そうすると「食後に誘われる」というケースは激減するし、昼などは店が空いているので好都合だったりするのである。食事のリズムを2時間遅らせただけでなのに世界はかくも劇的に変わるものなのだ。

ところで、私はいま「ビーフカツ」にハマっている。

Katsu厚めにカットされたステーキ用肉にコロモを付けて表面はカラリと、しかも中身はジュースィーに揚げるのである。たっぷりのデミグラスソースをかけていただくから、付け添えはそれに合うマッシュポテトかパスタが好ましい。もちろん切り分けた肉の断面は鮮やかなレアでなければならない。

人に話すと「ええーっ? 牛肉を揚げちゃうなんてもったいないじゃん!」と言下に否定される。特に東京では10人中10人からこう言われる。だが、こういう人にほど一度食べていただきたい。東京ではなかなかビーフカツを出す店がなくて困るけど、そう言う意味で新橋の『おか田』は砂漠の中のオアシスのごとき存在である。

逆に関西ではビーフカツは珍しいメニューではない。阪神競馬場に行く機会に恵まれれば、神戸にある『洋食の朝日』に立ち寄りたいし、京都競馬場スタンド6Fのレストランのメニューには堂々と「ビーフカツ」の名が書かれている。旨いですよ。しかし、神戸でも京都でもビーフカツ以外にも食べたいメニューが山ほどあるから、結果ここでも「二度飯」に走ることになる。そして、たいてい太って帰京する。つくづく関西は恐ろしいところである。

大昔、美味しいお店を紹介するような雑誌企画の仕事をしていた頃は、意図的に「二度飯」を繰り返していた。仕事上、そうしなければならなかったのである。いま思えば、その時の習慣が「二度飯」の罪悪感を払拭してしまったのかもしれない。当時はまだ若かったから、それなりにカロリー消費されてたのだろう。たまに野球をして、あとは競馬場内を彷徨く程度しか身体を動かすことのない今となっては、一日の食事を二度に制限するという意味での”二度飯”、ぐらいの荒療治が必要なんだろな、きっと。

 

 

 

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2008年7月18日 (金)

馬術な週末

JRAサンと縁遠くなって2ヶ月になろうとしている。

当初は「これからはさぞかしのんびりとした週末を過ごせるだろう」と安易に考えたものだが、実際にはさほど変化を感じない。JRA競馬場の替わりに馬事公苑に来る回数が増えたし、この時期は大井の日曜開催も増える。

そんなわけで先週末も馬事公苑に足を運んだ。ここのところ馬術ネタが多くなってしまっていることをお許し願いたい。

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折しも関東高等学校馬術選手権が開催中であった。今の私にとって馬術競技観戦はただただ勉強の場である。できれば北京五輪馬術競技の会場たる香港沙田競馬場にも足を運びたいと考えていたのだが、どうにもチケットが手に入らない。馬術業界関係者もチケット確保には難儀しているようで、噂に聞けば須田鷹雄氏ですら八方手を尽くしてダメだったらしいから、これは諦めた方がいいのだろう。北京で行われる競技チケットは余りまくっているというから、「北京は行きたくないけど香港ならOK」という人が大多数なのだろう。

目の前をぴょんぴょんと馬たちが障害を飛び越える姿をジッと見つめつつ、気付くこと腑に落ちないことをつらつらと手元の紙にメモする。

障害飛越では、障害のバーを落としたり、障害を飛ぶことを馬が拒否したりするたびに減点され、減点が少ない競技者が勝者となる。採点競技の馬場馬術や、競技全体を見渡すことが(物理的に)難しいクロスカントリー競技に比べ、障害飛越競技は見ている方としては極めて解りやすい。減点ゼロのまま最終障害を迎えた競技者が、その最後の最後でバーを落としてしまえば、観客は「あぁ…」とため息を漏らす。たとえ今日初めて馬術競技を見た人であっても、この解り易さについつい引き込まれてしまう。

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ところで「拒止」、すなわち障害を前にした馬がそれを飛び越えることを拒み、止めてしまうことは何故起こるのだろうか?

飛越に際し、落馬もしくはバーの落下があることは分かる。競馬の障害レースにおいても、飛越の際に脚を障害に掛けたり、着地で蹉いて落馬することはよくある。だが、障害を前に馬が完全に停止するといったシーンにはお目にかかったことがない。

これについて素人なりに考えてみた。

(1)競馬のレース中はスピードがついているので、「あー、こりゃ飛べねぇなぁ」と馬が感じたところで、急に止まることができないから。

(2)レース中の競走馬は速く走ることで頭がいっぱいになっており、障害の難易度、あるいは歩幅のズレなどものともせず突っ込んでしまうから。

(3)実は馬術では、騎乗者が危険を察知すると馬に対し「止まれ」の図をしているから。

(4)馬術の馬たちは概して高齢であり、歳を重ねるにつれ「人間を困らせてやろう」という悪知恵が働くようになるから。

仮説を考え始めたらキリがないので、知人の馬術選手に意見を伺ったところ、「判断するのは難しいが…」と前置きした上で(1)と(2)はともかく(3)と(4)はちと考えづらいとのこと。さらに付け加えるならば多頭数で行われる競馬の場合、止まったり逃げたりする余裕が生まれないが、1頭だけの馬術競技ならそうした余裕も生まれてくるかもしれないということで、なるほど言われて見れば「スピード」よりも「競技頭数」というファクターの方が両者を決定的に隔てているか。

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ところで、この夏は香港のトップジョッキー、ダグラス・ホワイト騎手が単騎免許で来日しており、函館を拠点に活躍している。

香港の競馬はシーズンオフに入っているが、逆にオリンピックを控えた喧噪がただならぬという。沙田競馬場も世界各地から入厩してくる競技馬の検疫のために、競馬場そのものが封鎖され、「いろいろ不都合もありそうだ」と思っていたところに、藤沢和雄調教師から「なら日本に乗りにいらっしゃい」と声がかかったという。

ちなみに、中国側は北京で馬術競技を開催する予定で準備を進めていた。だが、検疫設備に対する不備をIOCが指摘したことにより香港開催に決着したという経緯がある。

 

 

 

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2008年7月17日 (木)

カンタカ、今度は川崎に現る

昨日の川崎競馬場は、内馬場にも結構な数のお客さんが入っていた。内馬場の混み具合を見ればだいたいの人数が分かるのだが、少なくとも1万は超えていると見える。

Tosen 「今日は思ったより入ってんね」

 「ユキチャンいないのにね」

カメラマン席ではこんな会話が交わされていた。

果たして発表された入場者数は11,080人である。去年のスパーキングレディーC当日は1万を割り込んでいたはずだから、これは前開催の関東オークスでのユキチャン効果で固定客が着いたのか!?

……なんて思ったりもしたのだが、去年のスパーキングレディーCは小雨が降っていたような気もする。となれば、数字の差は単なる天候の差かもしれないし、「入ってるなー」と思ったのは、つまり交流重賞で武豊が来ていたからに過ぎないのかもしれない。

ちなみに、ユキチャンで大騒ぎになった関東オークス当日の入場者数は15,882人です。思ったより少ないと感じられるかもしれない。ユキチャン来場の折でも川崎競馬場はこのように空いてますので、ぜひとも会社帰りに同僚・友人お誘い合わせの上でご来場下さい。

さて、昨日の川崎で行われたJRA交流レースに、件のカンタカが出走していた。(※カンタカについては6月14日付「名馬カンタカ府中に現る」を参照)

タイトルに「カンタカ、今度は川崎に現る」なんて書いてからふと思ったんだけど、昨夜の全入場者11,080人のうち、ひとりでも「カンタカを見に行こう!」と思って足を運んだ人っているんだろか? 1万分の1程度の確率なら、なくもないような気がしないでもないのだが……。ユキチャンと同じJRA所属の3歳牝馬だが、その立場には雲泥の差がある。

しかも結果は9着。地方馬相手にこの着順は正直厳しい。

ダート云々というよりも、この馬の場合はやはり「距離」ではなかろうか。お母さんのファヴォリはリアルシャダイの産駒よろしく長距離で活躍。引退の花道を勝利で飾った蔵王特別(芝2600m)の強さは際立っていた。

お父さんのジャングルポケットも決して軽快なマイラーを輩出するタイプでは  今のところ  ないと思われ、オークス馬トールポピーを筆頭にタスカータソルテ、フサイチホウオーなど産駒は2000mを越える重賞で実績を残している。

そう思えば、デビュー以来1400~1600mのレースばかり走らされているカンタカに、多少なりとも同情の念を覚えたところで悪くはあるまい。福島には母がラストランを勝利で飾った芝2600mの未勝利戦が用意されていたのだし、このあとの新潟戦にも2400m戦が控えている。こうした長距離戦は嫌われる傾向にあるから除外の心配もない。むしろ小頭数になって勝つチャンスは増す。

レース選択は調教師の専権事項なのかもしれないが、ぜひとも一考をお願いしたい。

Kantakaレース後、メンコを外したカンタカの素顔を見ることができた。暗闇で馬を識別することは至難の業だが、彼女の場合は比較的容易。当歳時の面影を残す額の星が輝きを放つからである。

 

 

 

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2008年7月16日 (水)

貫徹のち川崎、時々セレクト

なんの因果か昨夜は貫徹を余儀なくされた。

締切の差し迫った仕事に煮詰まっていたのではなく、資料の山と格闘していたわけでもなく、ただ他人の仕事の都合に振り回されてジッと待っていただけ。小説家の原稿を隣室で待つ編集者の気分とでも言おうか。ともかく自分の力ではどうにもできない状況にありながら、ただひらすら睡魔と闘い続ける辛さは体験してみないとなかなか分からないものである。

もとより一晩くらい眠らずとも平気な心身を誇っていたはずなのだが、齢40を間近に控えて身体が言うことを聞かなくなってきた。ひたすら起きていると、睡魔よりも身体の節々の痛み(主に背中)が辛くなってくる。痛みを緩和させようとソファに横になれば、そのまま”落ちて”しまうだろうから、結局痛みと格闘せざるを得ない。すべての仕事を終え、崩れるようにソファに身を横たえた時には、なんだかんだ言って15時を過ぎていた。

寝ようと思えば13時頃には寝られたのだが、ついついセレクトセールのインターネットライブ中継を見てしまったのである。キッスパシオンとミルグレインとシルクプリマドンナの子(いずれもディープインパクトの牡馬)は見ておかねばならんな、と思ったのだが、いやそれにしても全然売れてないんですね。キッスパシオンとシルクプリマドンナは1億行かないし、ミルグレインも6500万からいきなり1億に跳ね上がっただけで、普通に競ってれば1億に届かなかった公算大。なによりディープインパクト産駒は「完売」が見込まれていたのに、いざフタを明けてみれば“ノーザンのディープ”にも主取りが出る事態にはただただ驚愕するばかり。ただ、「時況を考えれば、これでも健闘した方」という見方もある。来年になれば2億越えるかも知れんし。

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微睡みながら川崎へ。スパーキングレディーカップでござる。誘導馬にはジョッキーたちの願い事を書いた短冊が。

Tosenjohoh競馬自体はいつも通りのメンバーでいつも通りの結末。ユキチャンが居れば良かったのか?と聞かれると返答に困るが、それでも貫徹明けの身体を引きずってまで駆け付ける必要性があったかと言われると、首をかしげたくもなる。そう思った途端、堰を切ったように疲労が押し寄せてきた。

今、川崎からの帰宅の南武線に揺られてこれを書いている。電車では眠れぬタチであるが、さすがにうとうとと微睡むことしきり。“落ち”そうになるたびに、徳武さんの「あぁりませんか?!」というラストの声が耳の奥に響いてハッと目を覚ます。

う~む…、セレクションが心配だ。

 

 

 

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2008年7月15日 (火)

平安のハンディキャッパー

セレクト2日目は川崎2日目でござる。ボンキュッボンは後方から追い込むという新味を見せての5着。枠順なりの競馬はしたと思うし、何より最後まで競馬に集中するようになりつつあるのは良いこと。逆に次の川崎開催あたりは狙い頃かもしれない。

その南関東は今週と来週が変則開催。川崎・船橋・浦和の3場を2週10日で回すことになる。

番組的にも夏枯れの感は否めない。この変則3場開催中に牡馬のオープン馬が出走可能な競走はなく、週末からの船橋開催のもっとも上位クラスの一番は21(祝)の最終レース・ガーナ共和国盃(B1クラス)である。帝王賞もJDDも終わり、人も馬も小休止といったところか。

Bangumiちなみに、この「番組」という言葉。レース日程と、その日に行われるレースごとの条件を定めたもので、調教師は「番組表」とにらめっこしながらどの馬をどこで使おうか?と頭を悩ます日々を過ごしている  はず  のだが、この「番組」の語源は以外に古くに遡る。

以前このブログでも紹介したように、黎明期のイギリスの競馬では1回のレースの単位を「ヒート」と呼んでいた。(※2006年4月10日付「デッドヒート」参照)

実は日本においても奈良・平安の昔から競馬は行われている。いわゆる「古式競馬」(こしき・くらべうま)で、今も京都上賀茂神社において年に一度行われているからご覧になったことがあるという方もいらっしゃると思う。

基本的には2組の人馬による一騎打ちの形式を取り、相撲、柔道、剣道など日本古来の武術同様、競馬も「武術」のひとつとして発展した。単に先にゴールするだけではなく、騎乗者同士の妨害行為が認められていたのは、これが武術であるからである。戦いにおいては、相手を馬から引きずり落としても「勝者」なわけだ。

競馬は朝廷の儀式や寺社の神事として1日に10レース前後が行われていたが、実はこのレースの単位を「番」と呼んだ。

競馬に先立っては、レースに出場する馬と騎手との組み合わせを決める判定会議が行われる。あまりに人馬の実力が違い過ぎては、勝負にならないからである。平安の競馬界にも”ハンディキャッパー”は存在した。

例えば「十番」、すなわち一日に行われるレース数が10ならば、20頭の馬と20人の騎手(当時は「乗尻」と呼んだ)が集められる。馬齢、足の速さ(以前競馬に出ていれば記録がある)、馬の状態、乗尻の技量などから判断して、番(レース)ごとの組(出走人馬)を決めていくのである。これが「番組」の語源となった。

ところで、今の世の中で「番組」といえば、一般にはTV番組を指す。が、これも元は競馬の「番組」が転じた用語ではないだろうか。TV番組よりも明らかに先に存在していたであろう競馬番組カレンダーは、TV番組表とあまりにも体裁が似通っている。

 

 

 

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2008年7月14日 (月)

セレクト初日は川崎初日

セレクトセール初日ではあるが、私には川崎初日である。まあ、どうせ行くんなら3日目の当歳セリにしようと思っていたんだけど、明後日の川崎の出馬表を見たらクライアントの馬が出るようなので、この3日間は東京で大人しくしていようと思う。

「出馬表」といえば、明日の川崎のJRA交流レースにボンキュッボンが出走するのであるが、またまた大外枠の憂き目にあった。デビュー以来11戦目にして3度目の大外は、単に”ヒキ”の弱さというよりも、何か大きな陰謀を感じないだろうか?(ないか?)

小回りの浦和、川崎では、枠順がもたらす有利不利はJRAのそれとは比べモノにならず、むしろ結果を大きく左右すると言っても過言ではない。ボンちゃんのレースはほとんど欠かさず見てきたが、ジョッキーが白とか黒とかの帽子をかぶっている姿などまるで記憶にない。調べてみたら、これまでもっとも内枠だったのが「5番枠」なのだからそれも当然だが、先行力がウリなんだから神様ももう少し考えて欲しいと思う。

ところで「ボンキュッボン」という名が意外に発声しづらいので、我々は彼女を「ボンちゃん」と呼ぶ。ところが南関東の(ごく)一部の関係者はボンネビルレコードのことを「ボンちゃん」と呼ぶことがあるので、気を付けなければならない。「明日ボンちゃんが走りますよ」なんて迂闊に口を滑らせると、「ええっ?! 明日? どこで? 重賞なんてあったっけ?」という具合に相手をパニックに陥らせてしまうこともある。

今日のレースに話を戻す。1レースの2歳特選にナマラスゴイが出走することになっている。

昨日付でも書いたように6月20日の新馬戦の再戦で、しかも勝ち馬まで出てくるという些か不公平にも思えるメンバー構成だったが、その前走勝ち馬テラザトゥーレが直前になって突然の競走除外。俄に欲目が湧いてきた。たったの6頭立て。相手は前走2着だった2頭。距離延長で逆転のメもあろうと、ここぞとばかりに単勝に張り込む。

そしたら、その前走2着馬2頭による一騎打ちでした。面白味もなんもないね。

2番枠に恵まれたことだし、しかも五分以上の好発をキメたのだから、ナマラスゴイには思い切って行って欲しかった。転がり込んできたチャンスであればこそ、騎手には「勝ち負け」に対する相応の覚悟と勇気が求められたはずである。……、ってまあ、それができていれば、もっと勝っているハズなんだよね。毎度、騎手起用については悩まされますな。

3着という成績に文句を言ってはバチがあたるかもしれないのでこの辺にしておくが、今日の結果じゃ次走も同じようなメンバーが相手になりそうで嫌だな。これでは馬券も売れんでしょう。

 

 

 

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2008年7月13日 (日)

”セリ”を造る人たち

「セールの前日にレース開催があると、前日の展示に参加できない来場者も多い。何とかならないか」

「競りの比較展示が生産者名の五十音順で行われている現状では、あからさまに有利不利が生じる。改善すべきだ」

昨日付けで「セールに関する議論を」と書いて終えてしまったが、一部の関係者による議論は闊達に行われている。冒頭に紹介したのは、セールに上場される馬に仕上げの訓練を行う馴致業者、すなわち「コンサイナー」により組織される「コンサイナー連絡協議会」における発言の一部だ。

1歳市場に上場する馬は、コンサイナーに預託し馴致してもらう例が年々増えている。正式な数字は手元にないが、今年あたりは半数近くに及ぶのではないか。そしてこの割合は今後も減ることはないと思われる。専門技術への需要の高まりもさることながら、牧場経営者の高齢化、ならびに人手不足によるところが何より大きい。近年、ますます大型化するサラブレッドは、たとえ”1歳児”とはいえ、それを馴致するとなると相当の労力を必要とする。日高管内の多くを占める小規模牧場では、手に余る作業なのである。

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2000年、JBBA(日本軽種馬協会)が「市場上場馬馴致促進事業」の一環として、補助金制度を導入したのを契機に、コンサイナーという役割が俄に脚光を浴びることになった。補助金は生産者がコンサイナー登録した牧場に60日間以上馬を預けると、セールに上場した際に10万円を上限で受給されるというものだった。

事業開始当初は数えるほどしかいなかったコンサイナーも、現在は、育成牧場などとの兼業も含め100を越える登録がある。セレクトセールの成功により「馬はセリで買うもの」という意識が広まったことで、コンサイナーはその存在感を増しており、今後は生産牧場、育成牧場、コンサイナーの役割分担も加速するものとみられる。

かといって、コンサイナーの未来はバラ色のわけでもない。前出の「補助金」についても、最近になって上限が5万円に半減されたばかりだ。

Evergreen決して順風満帆の船出ではないが、日本におけるコンサイナーの嚆矢でもあり、前出の「コンサイナー連絡協議会」の代表をも務める藤沢澄雄・道議  なぜか私と見知った仲である  は、「コンサイナーの手で市場を活性化させることが中小牧場の復興につながる」と、精力的な活動を継続中である。理想は、セールの脚本・演出までを一手に取り仕切る”総監督”の役回りであろう。若い人が多い分野だけに、決して手の届かぬ「理想」ではあるまい。

私の知人のひとりも、浦河で育成業を営む傍らコンサイナーとしても活躍している。

昨日の電話では、明日のセレクトセールにも3頭出すのだそうだ。いずれも重賞勝ち馬の弟妹とか近親とかで、たいそう気合いが入っている様子である。

本日の函館メイン。1着同着という珍しい結果終わった巴賞は、函館記念の前哨戦としてその名が通っているものの、私にとっては「セレクトセールに行くついでに函館で見るレース」であった。競馬が終わってから、やおら函館を発たんとクルマのハンドルを握る瞬間の緊張感と期待感は今も忘れない。ところが、ここ数年はセレクトセールとも、とんとご無沙汰である。明日も知人が丹誠込めて馴致に努めた1歳馬を見に来たいのは山々だが、そうもいかぬ事情というものがある。

代わりに川崎へ行く。

その知人が南関東に送り込んだ2歳馬・ナマラスゴイが、明日の川崎1Rで2戦目を迎えるのである。前走の新馬戦とほぼ同じメンツで、なによりその新馬戦で勝たれた相手まで出てくるという誠に理解しがたいレースだが、距離が1400mに伸びたところに奇跡の出現を期待する余地もあろう。ただ、血統的には相手の方が距離伸びて良いと思われるだけに強気にはなれないのだけど…。

 

 

 

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2008年7月12日 (土)

トレーニングセールの灯火

景気の悪いハナシが続くのは、読む立場にも疎ましかろうが書く立場にも辛いのである。とはいえ書いておきたいこともある。

トレーニングセールについてである。

過日行われた一連のトレーニングセール(JRAブリーズアップ、九州、千葉、HBA、ひだか)は、まさしく猖獗を極める結果に終わった。細かい数字を並べたてることは控えるが、ブリーズアップ以外は来年以降の開催の在り方を考える時期に来ているのではないかと思えるほどである。

例えば  無理無謀茶の謗りを承知で書くが  「HBA」と「ひだか」を共催とし、お台の高低に応じて上場馬を2日間に振り分けて実施した方がお客様には親切であろうし、経費削減にも寄与するはずである。もちろん開催場所は2日間とも同一になるだろうから移動負担も軽減される。今年の5/25・HBA@札幌→5/26・ひだか@浦河の“連闘”は、買う側はもとより、売る側の移動負担が尋常ではなかったと聞く。

一見簡単に実現できそうな事案に見えて、その手前には決して低くはないハードルがそびえているものである。しかし、売る側、買う側双方のメリットに敢えて目を瞑るような真似はしないで欲しい。切に願う。

ともあれ今年のトレーニングセールは売れなかった。

”最終レース”となった「2008ひだかトレーニングセール」は、「JRAブリーズアップ」を別とすればもっとも高値が期待されるセールとして名が通っているが、今年はついに平均落札額が700万円を割り込んだ。2004年には平均価格で1200万円を誇っていたにも関わらず、わずか4年で半分近くまで目減りしている。

平均落札額を下げているのは、驚くような低価格で落札される馬の存在である。件の「ひだか」では、シルバーチャームとワイルドラッシュの牡馬がそれぞれ100万円。ネオユニヴァースの牝馬が200万円で取引された。いずれも種付け料に届いておらず、馬の仕入れ値や育成経費を考えれば大赤字だろう。100万の2頭はJRAの育成事業にかかる馬であるから、育成業者そのものが大赤字を被ったわけではない。が、そういう馬の存在は、セリに馬を出す一業者として非常にやっかいである。

日本で初めてトレーニングセールが行われたのは1994年のこと。門別の三栄育成牧場で実施されたのが嚆矢である。その後、千葉の富里で日本軽種馬協会千葉支部のトレーニングセールも始まるが、競馬場で実施されたという点で1997年の「プレミア・トレーニングセール」(札幌競馬場)を「日本初のトレーニングセール」と呼ぶ人も少なくない。

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いずれにせよ10年以上が経過したのである。良くも悪くもトレーニングセールは曲がり角に到達した。「HBA」と「ひだか」がこのような状況では、1歳馬を安く仕入れて馴致・育成し、翌春のトレーニングセールで付加価値をつけて売却することを生業とする、いわゆる「ピンフッカー」は商売として成り立たない。となれば、1歳馬の市場は当然の如く勢いを失い、サマーセールやオータムセールには「主取り」の雨が降る。

「思った値段で売れなければ自分で使う」という覚悟のある生産者や育成業者だけが生き残れる    。そう言ってしまえばそれまでだが、そこまでの悲壮感を漂わす前に手を着ける余地は、前述以外にも残されていると思う。

例えば、ダービーウィークの真っ只中の2日間という開催日程についても、それが本当にベストであるのかどうか? そんなことからでも議論を尽くして欲しい。

 

 

 

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2008年7月11日 (金)

油代は上がって馬代は?

なんでもかんでも値上がりする事態に至った今日(こんにち)、俄に景気悪化への懸念が増し始めている。

サブプライムローン問題に揺れる米国では景気後退が深刻だが、太平洋を隔てた日本国内への直接的な影響は  ことサブプライムに限れば  限定的な範囲に収まったかに見えた。

Farm2 

だが、サブプライムに端を発した円高ドル安。さらにそれが引き金となった原油相場の異常高騰。この二つの高波は、日本経済を丸ごと飲み込まんばかりの勢いで太平洋を越えてきた。さきに開かれた先進7か国財務相・中央銀行総裁会議でも、またしかるのちのサミットにおいても即効性のある対策は打ち出されなかった。

これが競馬に無関係で済むはずがない。

Farm4 

燃料費の高騰は馬の輸送費のみならず、馬の飼料などの運送費にも影響を及ぼす。勢い輸送コストは飼料代金に跳ね返るが、飼料の主力をなす穀類そのものが狂気的な高騰の渦中にある。ほとんどを輸入に頼る“寝ワラ”すら値上がりしており、飼育コストの上昇は確実に牧場経営を圧迫している。

そのコストを馬の価格に転嫁できればまだ救われるが、それができるような状況ではないことは、このブログを通読なさっている方ならお分かりだろう。物価高騰に頭を悩ませているのは、なにも馬を売る側に限ったハナシではないわけで、むしろ馬を買う側の方が深刻な顔をしていたりする。まったくの不振に終わった4~5月のトレーニングセールでも、馬は真剣に見るが、「手持ちの現金がないから…」と手を挙げようとせぬ馬主がやけに目立った。

Farm3私は牧場をワークフィードとしているが、一方で馬主でもある。首尾一貫”冷やかし”に徹しつつも、毎年各地のセールを努めて公平に見て歩いている者として思うに、ここ数年は売る側と買う側の思惑にあからさまなズレが生じていた。いや、それは高い買い物であるのだから、多少の思惑の違いがあるのは当然として、歩み寄る余地がないほどの深い谷が横たわるようになり始めたのがつとに気になっていた。

そこに今回の不況の波である。両者の間にさらなる乖離を生じやしないかと、”冷やかし”なりに冷や冷やしているのである。いや、くだらんダジャレを言っている場合ではない。牧場に居着いて写真を撮り、一方でごくごく稀に馬も買ったりする立場として、牧場と馬主の関係が  どういう領域であれ  離れてしまうのを見るのは何より忍びない。

さて、いよいよ来週に迫ったセレクトセールはどう動くか?

大方の予想では「セレクトの購買層はまだ大丈夫」「問題はそのあと(セレクションセールやサマーセール)」と目されているようだが、競馬の世界には「まだはもう」という有名な格言もある。

Farm1 

ここへ来て予想を遥かに上回る勢いで不況感が広まっているのが、何よりの気懸かりである。今年のセレクトは例年以上に子細に注目しなければなるまい。と言っても、どうやらセレクトは行けそうもないんだけど……。私も不況の波をモロに被っている。

 

 

 

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2008年7月10日 (木)

気の毒なサクセスブロッケン

今朝のスポーツ新聞各紙一面を見たときは、「ああ、やっぱり…」と「ええっ!?」というふたつの思いが同時にこみ上げてきた。スポーツ紙は各紙こぞって山本モナさんの”不倫騒動”を一面トップで報じている。

「やっぱり」の方の根拠は昨日の大井競馬場にある。

Jdd2_3TCK.tvのキャスター・山本モナ(以下、敬称略)が、帝王賞に引き続き大井競馬場に登場。ステージでのトークイベントや表彰プレゼンターを務めたのである。なぜだか早くも枯れた感も漂うイベントではあるが、それでもまあ写真撮らなきゃしゃあないな、という感じで数人のカメラマンがステージに向かった。

ところが、ほどなくして彼らはあからさまに不満な顔つきをして戻って来たのである。聞けば、現場を仕切っていた関係者に「写真は撮るな!」と遮られたのだという。「いや、大井の関係者だ」と言っても、ダメの一点張り。

Jdd4「ファンに撮影規制を強いる以上、プロもアマも分け隔て無く……」というつもりなのか知らんが、それでも大事なイベントの記録が残らないのはマズかろう。だいたいが、普段はそんなうるさいこと言われずに撮っているのである。となれば、何か特殊な事情により今日ここで写真を撮られたくない事情があるのではないか?

「明日発売の週刊誌に何か載るのかな?」という推論に至るまでには、さほどの時間を必要とはしなかった。しかるに、論点は「山本モナの色恋沙汰に今さら読者が食いつくか?」に移る。でも、そこは相手にもよるわけで、これが冒頭に書いたもうひとつの”思い”である「ええっ!?」にも繋がる。いくらなんでも相手が二岡智宏選手だとは予想もしなかった。だって二岡(以下、敬称略)ですよ。

今季から巨人軍の選手会長の要職にあるが、最近ではすっかりファーム暮らしが板に付いた。坂本に遊撃のポジションを奪われ、一軍に上がればサードを守ることになると言われているが、李承燁が戻ってくれば、そのサードには小笠原が回ることになる。

そう思えば、なかなか意味深長な組み合わせにも思える。しかも二岡の奥さんは元キャスター。やはり驚くには値しないのかもしれない。

Jdd6 

ともあれ、主役だったはずなのに翌朝のスポーツ新聞では今一つ目立ち切れてなかったサクセスブロッケンに、私は深く同情する。一面を飾った山本モナにはかないっこないにせよ、競馬面を開いても「ユキチャン出走取消!」の見出しの方がはるかにデカく、記事の長さでも完敗。これではサクセスブロッケンがあまりに気の毒なので、せめてこのブログでは二晩続けてのお披露目をさせていただく。

さきほど、山本モナに関して「無期限でテレビ・ラジオへの出演を自粛する」という発表があったが、この「出演自粛」の対象には「TCK.tv」も含まれるんだろか? やっぱ「tv」と言うからには入るの?

「しばらくは、うまたせが1人(1頭)で頑張ります」なんて、CX『サキヨミ』みたいな対応がとられるんだろな。きっと。

 

 

 

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2008年7月 9日 (水)

前走シンガリ同士の決着

ユキチャンが競走除外になったところで、大井の混雑は必至であろうと考えていた。

Yukan「競馬のことは何も知らんけど白毛のアイドルをひと目見てみたい」というライトな連中ならば、競走除外を知らずにノコノコやってくる可能性は極めて高い。来場者の多くはスポーツ新聞の情報を拠り所にするだろうが、残念ながら朝刊にはユキチャン競走除外の報は間に合わず、間に合ったはずの夕刊各紙も競走除外については積極的に報じてない。逆に「ユキチャン戴冠」の大見出しも   

Oshirase_2大人の事情を考えればさも当然のハナシで、モノレール浜松町駅の膝丈ほどの位置に貼られた紙切れを見つけたが、たかが一頭の馬が競走除外になっただけであると考えればこれでも格段の配慮といえるのかもしれない。

モノレールを降りてから気付いた人あり、入場門で知るに至った人あり、10レース終了直後の場内アナウンスに驚かされた人も少なくなかったと見える。挙げ句の果ては、発売窓口に2番絡みのマークシートを突っ込む客が後を絶たず、メインの発売窓口がたいそう混雑した。

あろうことかカメラマンの中にもユキチャンの取消を知らぬ輩がいて、「ユキチャン取消で残念だね」なんて挨拶されてもまるで信じようとせず、3人目くらいに同じコトを言われてようやく現実を受け入れていたようだけど、こういう人は写真の腕前以前の問題としてプロ意識が疑われる。競馬の現場で働いてお金を貰っているという意識をもう少し高めた方が良いですよ。老婆心ながら。

ともあれ場内は満員盛況。場内警備のお兄さんに入場者数を尋ねてシカトされる一幕もあったが、パッと見3万入ってる感じ。ユキチャンがいなくても、それなりに皆アツくなっているようで、背後からのけたたましい声はただひたすらうるさい。いや、盛り上がって良かったか。

ユキチャン回避の報を受け、ほとんどのTVは取材をキャンセルしてきたと聞くが、観客に負けず劣らずカメラマンもそれなりに多い。無駄に多い。普段大井に来ないカメラマンがどんな行動に出るか分からないから、皆ピリピリしている。今日は「馬が通るからどけ!」と怒られたカメラマンこそいなかったようだが、「ハローが通るからどけ!」というシチュエーションはあったようで…。

Jddレースはサクセスブロッケンの勝利。

「いや~あ強い」という意見に対して積極的に反対こそしないが、前走日本ダービーでシンガリ負けの馬が圧勝し、2着に入ったスマートファルコンの前走は皐月賞シンガリ負けである。そこから8馬身離れてようやくコラボスフィーダという結果をどう捉えれば良いのか。しかもそれが1番人気→3番人気の決着なのだから、少なくともこれは「各地のダービー馬の頂点を決める一戦」とは呼べなかった。ユキチャンを目当てに大井に集結した3万余(多分)の客は、このレースで納得したんだろうか? したんだろうな、きっと。

懸念通り、帰りのバスは大混雑。バスプールに次発のバスは見あたらず、こりゃダメだとばかりに知人の馬券師と一緒にタクシーで大井町へ。

Hansei 居酒屋の狭いテーブルに購入馬券を広げての反省会。侃々諤々の議論と、中ナマ4杯を経てようやく導き出された結論は、「前走ビリ同士の2頭なんて買えないよ」といういたってシンプルなもの。いちいち調べるのは面倒くさいけど、記録的にも珍しいのではないか?

かなり酔ってるので、とりとめの無い文章になってしまったことをお詫びして結ばせていただきます。それにしても、前走ビリ同士が「堅い」決着のJpnⅠというのもなぁ…。

  

 

 

 

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ユキチャン競走除外

ユキチャン出走除外です。「蕁麻疹」とのこと。

大井にしてみれば痛いどころの騒ぎではないですね。「経済効果がウン億円」とかおよそ競馬の本質とはかけ離れた騒ぎに、ユキチャンの方が嫌気をさしたのかもしれません。

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2008年7月 8日 (火)

7月のダービー

競馬ファンは自らの生年をその年のダービー馬になぞらえて語ることが多いが、「私の生まれた1968年の勝ち馬タニノハローモアは地味なイメージでつまらん」というようなことを以前に書いた。マーチス、アサカオー、タケシバオーの「3強」が話題を集めた年のことである。

ずいぶん勝手な言い草でタニノハローモアには悪いことをしたと今では深く反省している、……なんてコトもなくタニノハローモアには相変わらず深い思い入れも何もないのだけど、ある意味において日本ダービー史上においてこの年のダービーは特殊だったことは  その時代の競馬をこの目で見ていないものとして  記憶しておきたい。

日本ダービーが7月に行われているのである。

理由は東京競馬場の改装であった。現在ならダービーの日程に影響を及ぼすような改装計画が持ち上がるようなことはないだろうから、今後7月に日本ダービーが行われる可能性は極めて低い。過去にも「7月のダービー」というのは、タニノハローモアの1968年とロングエースの勝った1972年の2例を数えるのみである。

ともあれ、この年の日本ダービーは7月7日に行われたので「七夕ダービー」と呼ばれたという。それに合わせて皐月賞は5月中旬に行われ、6月にNHK杯が行われた。ちなみに桜花賞を5月に実施することにはやはり躊躇いがあったと見え、普段と変わらぬ4月14日に行われているが、オークスはダービー前週の6月30日だったもんだから、結果桜花賞とオークスとの間には1ヶ月半もの間隔が横たわることとなった。実際この年のオークスを勝つことになるルピナスは、桜花賞のあと実に2戦を消化したのちオークスに臨んでいる。

今でこそ、6月も終わり7月の声を聞けば、多くのファンは来年のダービーに思いを馳せることになるが、つい最近までは7月のダービーが主流の競馬場もたくさんあった。

23204_2メジャーなところでは大井競馬場。羽田盃と東京ダービーの間に「東京王冠賞」を挟んでいた数年間の東京ダービーは7月に行われていた。セントリック(※右写真)やサプライズパワーは「7月のダービー馬」である。他にも、「東北優駿」「日本海ダービー」といった各地の3歳馬チャンピオン決定戦の多くは7月に実施されていた。地方競馬は、転入出などで明け3歳馬が出揃う時期が遅く、勢いダービーも遅れ気味になるという事情があったわけだ。だから「高知優駿」は今も7月の実施である。

海外で7月のダービーといえば、アイリッシュ・ダービーが有名。モンジュー、シンダー、ガリレオといった名馬が勝ち馬に名を連ねるこのレースは、「欧州各国のダービー馬の中のチャンピオン」を決定するレースという位置付けになっている。

現在、日本国内で最後に行われる「ダービー」は、明日行われる「ジャパンダートダービー」。各地のダービー馬が集結し、3歳馬の統一チャンプを決めるという点においてコンセプトはアイリッシュダービーに近いが、今年に限って言えば少しばかり”毛色”が異なる。

白毛のアイドル・ユキチャンが、武豊を伴って堂々の大井初登場である。

関東オークスの優勝で認知度が増した今回は、パニック度合いも前走の比ではあるまい。競馬の「け」の字も知らぬような人たちが業務エリアを跋扈し、競馬の「け」の字くらいは知ってるだろうと思ってた人まで、つられておかしな行動を取ってしまうことになるんだよなぁ…。どうなることやら。

 

 

 

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2008年7月 7日 (月)

みちのく3人旅

昨日の話の続き。

Natsuuma福島からの帰途には、とある競馬評論家の方がクルマに同乗することと相成った。ラジオ番組などで解説を務められている有名な方である。中でもパドックの見立てには定評があり、この日の新馬の万馬券もパドックの本線で(!)的中したという。いや、実は私も馬券を当てたのだが、枠連のウラ&ウラだからこれを「的中」と呼ぶのは憚られる。

だから、ここぞとばかりに馬の見方についてお話を伺おうと思った。こんなチャンスは滅多にあるものではない。東京までは飛ばしても3時間。時間はたっぷりある。             

しかし、なかなかそっちの方面に話題が及ばないままクルマは栃木県に入った。18時を回った頃合いで、車中の話題といえば「ハラ減ったね」「喜多方ラーメン食べてくりゃよかったなぁ」なんて話で持ちきりになる。とても「パドックでの馬の見方はさぁ…」などという方向に流れる展開にはなりそうもない。

馬主氏は宇都宮で降りて餃子を食べようと言う。餃子に異論はないが、店が分からん。いくら宇都宮とはいえ、インターを降りれば餃子屋が軒を並べているというものでもあるまい。繁華街に向かってやみくもに走ったところで“当たり”に巡り会える可能性は極めて低い。

そこで馬主氏はやおら携帯を取り出して、とある相手に電話をかけた。「いま那須あたりにいる。美味い餃子の店を案内して欲しい。インターの出口で待っててくれ」なんてコトを喋ってる。相手は宇都宮在住の“舎弟”だそうだ。

果たして宇都宮インターの出口付近には一台のクルマがハザードランプを点滅させて我々の到着を待っていた。“舎弟”なんて言うから、どんな人なのかと内心ドキドキしていたのだが、クルマから出てきたのは普通の若い夫婦。初対面なのにジロジロ見回して失礼だったが、まあどう見ても堅気。それで幾分ホッとした。面倒くさい思いはコリゴリである。で、夫婦のクルマに先導されて辿り着いた店は『みんみん』。言わずと知れた宇都宮餃子ブームの嚆矢である。

Minmin聞けば馬主氏と“舎弟”が会うのは10年ぶりなんだそうだ。それが、福島の競馬の帰りにハラが減ったという理由で電話一本で呼び出され、餃子を食べただけで「ハイさよなら」なんていう付き合いができるのだから、彼は本当の“舎弟”なのだろう。ともあれ餃子は噂に違わぬ出色の美味さであった。

東北道に戻って東京を目指すと時計は21時に近い。評論家氏にしてみれば、新幹線を使えばもうとっくに帰宅しているであろうが、特に気にも留めていない様子である。

東北道の開通前は国道4号をひたすら走り続けて福島まで8時間を要した。三国の国境越えがある新潟競馬場へは12時間かかることもザラだった。「あの頃のローカル競馬は大変だった。実に」と評論家氏は繰り返すのだが、その口ぶりからは「それでも昔は楽しかった」という気持ちが伝わってくる。

Nikkei 

そんな昔話を伺ううち、あっという間と東京に到着。東北道開通前の昔であれば、馬の見方についてじっくりと話を聞くこともできたのかもしれないが、それでも今日は勉強になった。

 

 

 

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2008年7月 6日 (日)

ピーカンのち暴風雨

Fukushima猛暑の福島競馬場でこざる。しかしなんですか? この蒸し暑さといったら。

都内からクルマで福島まで行くという某馬主の依頼で運転手を引き受けることとなったのである。とはいえ福島は遠い。1Rまでに到着して最終Rが終わったら帰る。もちろん日帰り。楽ではない。

だから最初は断ったのである。でも、「遠いから嫌だ」とは言えないので、かくかくしかじかの理由でJRAの競馬場は当分行きたくない。顔見知りに会って面倒臭い思いをするのも嫌だ、と。もちろんこれだってかなり正直な気持ちでもある。

でも結局行くことにした。普段世話になっている馬主の頼い出を袖にできるような立場ではないし、何より久々に福島に行きたいという気持ちが勝った。

冒頭に書いたように、福島は猛暑である。到着してすぐに現地在住の馬券名人Kさんに電話すると、案の定競馬場に来ていて指定席に入っているという。イソイソと挨拶に伺うと、この3日間ばかり蒸し暑い日が続いているのだという。滞在馬の夏負けには注意を払う必要がありそうだ。

Shibaスタンドから見下ろすと、芝コースの内側はあからさまに芝が剥げている。だが時計も速い。好位の外目にポジショニングできる馬が良さそうだが、どの馬がそこを取るのか? 肝心なことが分からん。

福島競馬場のスタンドは狭い。だから、たいていの顔見知りとは労せずして会うことができる。トイレに立てばカメラマンに会うし、昼飯を食いに出れば隣が記者だったりする。たいていの相手は「で、今日はどうしたの?」と私に聞いてくる。話題の流れからしてごく自然の言葉のやりとりなわけだが、つまりこういうのが面倒臭いというのである。適当にお茶を濁してラジオNIKKEI賞のパドックに下りる。

ふと空を見上げれば、今にも降り出しそうな雲行きになっている。さきほどまでの強烈な陽射しが無くなったのは有り難いが、まず雷が轟き始め、続いて強烈な突風が吹き荒れ、しかるのちに大粒の雨が馬場を叩きつけるに至って、ラジオNIKKEI賞はカメラマンの修羅場と化した。

Arashi 

雨に打たれ、風をこらえ、落雷の危険性に身を震わせて撮ったのが、果たしてレオマイスターでは「とても浮かばれない」という貴兄もいらっしゃるかもしれない。父・ニューイングランド……。「そういや俺、あのSTV杯見に行ってたんだよな」……なんて印象しかないよ、正直(笑)

スターロッチに遡る牝系の底力もあったろうが、やはり鞍上による部分も大きかったか。

Reo 

内田博幸騎手によれば、かえし馬の時にしきりに掛かる仕草を見せていたので、どうやって落ち着かせようかとアレコレ思案していたら、ちょうど(!)雷がゴロゴロと鳴ってくれたので、「馬がそっちに気を取られたようで、上手い具合に力が抜けて助かった」とのこと。2週連続の”雨中の”重賞勝利を飾った内田博幸騎手だが、別の騎乗予定馬が除外になって急遽回ってきた手綱だった。競馬は何が幸いするか分からないものですね。馬券を買う立場でもそこまでは読み切れん。

 

 

 

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2008年7月 5日 (土)

道営競馬応援ビアパーティー

浦河ウエリントンホテルでは、大型画面でレースを観戦しながら食事を楽しむパーティーイベント『ホッカイドウ競馬応援ビアパーティー』を今年も実施する。同ホテルならびに地元商店街などの主催で、7月10日の第1弾を皮切りに、9月10日、10日8日の計3回が予定されている。

 浦河ウエリントンホテルHP:
 http://wellington-service.biz/banquet.html

平成15年から続くこのイベントに参加したことはないが、毎年多くの参加者で賑わい、とてもいい雰囲気で盛り上がると噂に聞く。

浦河支庁、浦河町役場、軽種馬関連機関・団体、そして地元商店街関係者などが総出となってバックアップしているということで、まこと素晴らしいことと思うのだが、そのワリに上記HPの告知内容は貧弱だと思う。まあ、参加者の多くが地元の方々であれば、インターネットを介しての告知など無用なのかもしれないが、こういうイベントが行われているのだという情報発信は無駄ではないと思うので敢えて紹介させていただく。

会場はホテル2階の大ホール。いずれも午後5時開場。4メートル四方の大スクリーンにプロジェクターで映像を映し出し、12人席の丸テーブルに分かれたパーティー形式で道営競馬中継を観戦スタイルだ。なお肝心の馬券はホテルに併設されたミニ場外『AIBA』で購入することができる。参加人数は不問。予約は2日前までとなっている。

また、「ビアパーティー」の実施日以外にも道営ナイター競馬の開催日であれば、個別の予約で食事と競馬を楽しめるプランも用意されている。予約人数が10人を越えるような場合は、ビアパーティーと同じサイズのスクリーンに中継映像が映し出されるし、もし数名程度の場合ならレストランの個室に大型テレビを設置して観戦するスタイルになる。ただし、ホールやレストランに別の予約等が入っている場合は、実施されないこともあるので必ず事前にホテルへ問い合わせたい。

繰り返しになるが、いいイベントだと思う。浦河だけで行われているのがもったいない。東京でも同じようなイベントが打てないだろうか?

北海道の食材をふんだんに使った料理と『サッポロクラシック』の生ビールを提供すれば、競馬そのものへの興味が薄くても、参加したいと考える人はいると思う。ただ、問題は馬券発売。都内にミニ場外を備えたホテルなどないから、ただの“レース観戦パーティー”になりかねない。各自が携帯から購入するという手もあるだろうが、参加者全員が在宅投票システムの会員とは限らないし、やはりこういう場には“紙”の馬券が欲しい。

移動可能な馬券発売施設って有り得ないんですかね? もちろん合法的なモノで。

電子マネー機能付きの携帯端末を参加者に貸し出し、現金のチャージ&払戻機を会場に設置する。参加者は予め端末に購入資金をチャージしておき、馬券購入は端末から行う。希望者には会場に準備した専用プリンタから馬券をプリントアウトするサービスも行う。端末内の残金が底を突いたら繰り返しチャージを行い、最終レースを終えてなお残金がある運の良い人は払戻金を受ける    

実際、外国ではこうしたスタイルの競馬場は珍しくない。ただ、上記は出張サービスを想定しているがゆえ、たまたま参加者のほとんどが馬券名人だったりした場合に、払い戻す現金が足りなくなる恐れもある。「支払いは後日に…」なんてワケにはいかないものねぇ。

 

 

 

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2008年7月 4日 (金)

3連単にあらざれば

6月30日付「3連単という切り札」でJRAや岩手競馬が3連単の発売対象レースを拡大すると書いた2日後に園田・姫路からも同様の発表がなされた。来るべきJBC開催に向けての準備の一環だという。

馬券の種類はJRAで「単勝」「複勝」「枠複」「馬複」「拡大馬連(ワイド)」「馬単」「3連複」「3連単」の8種類。さらに南関東においてはこれに「枠連単」が加わり、国内でもっとも種類が多い9種類を誇る。勝ち馬の検討に頭を悩ませる以前の問題として「どの種類の馬券を選ぶか」に時間を割かれる向きも多いのではないか?

とはいえ今では3連単のシェアは4割にも及ぶ。それに次ぐのが馬連で2割弱というから圧倒的だ。主催者が3連単の発売対象レースの拡大に走るのも頷ける。

人気独走の3連単だが、当たる確率は  当然のことながら  低い。ハズレ続けることのストレスから、競馬から離れてしまうファンもいるという。単、複、枠連しかない時代を長く過ごした私は幸運だった。

そう考えれば、3連単がここまでシェアを伸ばした背景には  マークカードの工夫なども見逃せないが  ディープインパクトが大きく貢献しているように思えてならない。負ける可能性が極めて低い馬の登場により、「1頭軸固定での3連単」という馬券購入スタイルがファンの間に広く浸透した    

近年希に見る「混戦」が続いた今年上半期のGⅠ戦線において馬券売上げが軒並み前年を下回ったのは、堅固な軸馬の不在により、3連単に慣れ親しんだ多くのファンが手を出しづらい状況を生み出してしまったのではなかろうか。

3連単のシェア増加は1日トータルの売上げ低下の要因にもなっている。たまさかの的中に恵まれれば、その日の勝負を決する配当を受け取ることになり、払戻金をさらなる馬券に環流する”コロガシ”がおきにくいという事態を引き起こしている。

Odds 

それでも顧客が求める商品を揃えなければならないのは店側の宿命。多くの主催者が雪崩をうったように3連単発売対象レース拡充に走るなか、場外馬券発売施設「ニュートラックかみのやま」(旧上山競馬場)においても3連単対応の発売システムへの更新がなされる見通しとのニュースが届いた。もはや「3連単にあらざれば馬券にあらず」という空気をも感じるが、今も「かみのやま」に集う”超”のつくベテランファンの方々が3連単にかじりつく姿は、私の乏しい想像力ではイメージを掴みにくい。

その「ニュートラックかみのやま」では、本馬場内のの大型スクリーンが、老朽化を理由に姿を消すことになるのだという。

Vision 

上山競馬場跡地の大半部分については市が主体となって企業誘致を進めているが、大型スクリーン周辺の約4000平方メートルについても、撤去後すみやかに工業団地向けの誘致用地に組み入れられることになる。現在の来場者は競馬開催時からの常連がほとんど。大型スクリーンは当時の面影を残す大きな記念碑でもある。その消滅は、競馬廃止の事実をより一層強くファンの心にコミットさせることになるのだろう。

 

※以下参照

 2007年10月25日付
 【上山は今①】静寂と熱狂のコントラスト

 http://hirotomi.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_9ee7.html

 

 

 

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2008年7月 3日 (木)

ヤケ親子丼

どうにもならぬダウナー状態だが、こればかりは外せぬという所用があり、渋々と飯田橋へ向かう。

馬の故障は仕方ない。生き物なんだから。

そもそも競馬にまつわる森羅万象をリアルに体感せんがため、わざわざ地方で馬を持とうと思ったのだから、本来の趣旨に沿えばこうした新たなファクターも貴重な機会として捉えなければならないのだろう。なんと言っても勉強になるのは事実である。いや「勉強になる」というより、「身を以て思い知る」と書いた方が正しいか。

厩舎や牧場に馬見に行けば、飼葉桶のエン麦やフスマも、この寝わらも、馬の周囲でいそいそと動き回るスタッフの皆さんの人件費も、すべて我が身から絞り出された身銭なのだと実感する。だからこそ、否応なしにこちらも真剣になる。普段のレースでの騎手の所作を真剣に見つめるようになるし、馬の見方というのを真剣に覚えようとするし、調教師と真剣な話をするため、さらなる勉強を重ねることとなる。

このブログでは、地方で馬を持つ行為は金銭的にまるで割に合わないと力説してきた。

1ヶ月の預託料が60万円前後もするJRAだが、それでも最下級条件の1着賞金は500万円と高く、単純計算でもし1回勝てば8ヶ月分の預託料が出る計算になる。しかも近年のルール改正でどういうわけか10着まで賞金が出るようになった。つまり広くて厚いのである。10着に賞金(実際には「手当」)というのは端から見れば理解に苦しむが、それでも貰える立場に立てば、これほど有り難い話はない。

一方、私が預けている船橋の預託料は概ね30~40万円。JRAの半値に近いが、南関東の最下級条件の1着賞金は80万円でしかなく、首尾良く勝つことができても、その恩恵は2ヶ月余りで消失してしまう。しかもJRAのように10着馬に賞金が出るようなことはない。

さらに、つい最近になって衝撃の事態が私を襲った。

自宅に届いた預託料請求書を一瞥して私は目を疑った。先月のポーカーアリス1頭分の預託費用が「52万2720円」とある。JRAとさして変わりない金額ではないか。経費がさほど変わらないのに収入に6倍以上の差があれば、勝負する前から結果は見えている。

それでも敢えて地方で馬を持ったのは、そうした金銭的損失を被ってでも得難いモノがあるだろうという思いからである。しかも実際にそれはあった。ただ、もっとあっても良いとも思うが、そこから先は自分次第だという気もする。

Oyakodon飯田橋での所用を終え、神楽坂を登り、牛込界隈まで歩いて『さ和鳥』の暖簾をくぐった。こうなりゃヤケである。昨日に続いて、今日も親子丼を食ってやろうというのである。

親子丼といえば、同一厩舎の所属馬がワンツーフィニッシュを飾ることを、業界では「親子丼」と呼ぶ。最近の大きなタイトルでは、2004年の秋の天皇賞で藤沢厩舎(ゼンノロブロイ・ダンスインザムード)が、また2000年オークスでは山内厩舎(シルクプリマドンナ・チアズグレイス)がそれぞれ「親子丼」を達成している。

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競馬場の食堂の売れ筋はなんと言っても「カツ(勝つ)丼」だが、メインレースで同一厩舎が有力馬を2頭出ししているような日は、「親子丼」の売れ行きが俄に伸びるらしい。中には前日の競馬新聞の印をチェックして、鶏肉と卵の仕入れを調整している業者もあるという。食堂業者であっても”予想センス”が問われるのだから、競馬場で働くのは大変だ。

 

 

 

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2008年7月 2日 (水)

悪夢の”親子ドンブリ”

どういうワケか、同じ日の同じ時間に別々の場所で行われるふたつ結婚披露宴の招待を両方とも受けてしまい、しかもその直前に立ち寄った競馬場で自分の所有馬が望外の勝利を収めて、急遽祝勝会ということになって、「あぁ、もうどうにもならない…」と頭を抱えこんだところで目が醒めた。

いきなりの夢オチで申し訳ないけど、そんな夢を見たのは本当です。

いったいこの夢は何を示唆しているのか?

心理学の心得はない。

Oyakoそれでも、ひょっとしたら「今日は親子丼を食べろ!」という”お告げ”だろうと理解して、昼は神田の『伊勢ろく』で親子丼を食べることにする。つまり宴会のダブルブッキング、トリプルブッキングは”親子ドンブリ”を象徴しているのだ、という解釈である。あまりに勝手ですが。           

夢の話は夢の話としても、現実の日々でも似たような苦境に立たされることが多いワタクシである。これはいつもギリギリのスケジュールで行動する私の癖に問題があり、多くは綱渡り的奇跡を経つつもどうにかやり過ごせてしまうのだけど、ごく稀に実に呆気ない要因でロープから足を滑らせてしまう。今日ゴールドCに行けなかったのは、まさにそうした事由による。ひとえに私自身の責任ではあるけれど、情けなくて何をする気も起きない。

ヘコむ私に追い討ちをかける彼の如く飛び込んできた「ポーカーアリス放牧」の報。しかも育成牧場ではなく、北海道の牧場に戻して完全に休ませるのだというから事情は推して知るべしである。いや、これは厳しい。泣きそう。

つくづく悪いことは重なるものだと思う。まさに悪夢の親子丼。昨夜の夢が示唆していたのはこのことか? ともあれ、今現在の無力感に太刀打ちすることは到底不可能なので、もう寝ます。

また変な夢見ないだろうな。

 

 

 

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2008年7月 1日 (火)

”馬の国”山梨

なんか月一度の恒例になりつつある小淵沢にやってきている。

Kanban 

Uma1競技会こそ開催されていないが、それでも馬がたくさんいて楽しい。乗ることができればもっと楽しいはずなのだが、今日は”甲斐の黒駒”に関する取材など、もろもろの予定が詰まっている上、日帰りというハードスケジュールなので馬に跨っているヒマは無い。

 

 

 

 

 

Spa山梨県馬術競技場には乗用馬用としては全国でも珍しい馬の温泉『ホーススパ・クアやまなし』がある。疲労回復だけでなく、馬のメンタル面でのリフレッシュ効果が認められるそうだが、私の方は『ホーススパ』にほど近い『道の駅こぶちざわ』で無料の足湯に浸かって心身共にリフレッシュを計った。う~む。安い。