「二度飯」は恐ろしい
朝7時前の電車に揺られて府中本町へ向かっている。
東京競馬場の場外発売にはいくらなんでも早過ぎる。実は、毎週土曜日は多摩川の河川敷で野球の練習に勤しんでいるのである。運動不足解消の一助。「メタボ対策」と呼んで頂いても構わない。JRAと縁が切れて土日のスケジュールが空いたことで、こういう健康的な習慣に身を投じることも可能になったわけだ。いや、それにしても身体動かんね。
先ほど「メタボ対策」などと書いてはみたが、週に一度の野球の練習ぐらいで、そうそう腹囲減少に好影響を及ぼしまい。エクササイズというものは、たとえ少量でも毎日決まったルーチンワークを行うことこそが効果的なのであり、週に一度の”オヤジ野球”にはむしろ怪我の心配がつきまとう。ただ、そうは言ってもせっかく空いた土曜の朝である。黙って家で過ごす手はない。
「メタボ対策」ということで言えば、最近は「二度飯」をやらぬよう心がけている。
「二度飯」というのは読んで字の如く二回飯を食ってしまうことで、つまり昼飯を二度食べたり、外で夕飯を済ませてきたのに帰宅してからも食べてしまうようなことを指すのだが、これをやめるよう努力しているのである。
「努力」などとたいそうな言い訳を聞く前に、そもそも「二度飯」なんてしねーよ!と突っ込まれそうだが、普段から好きな時間に好きなように食事を摂る習慣がある上、誘われると断れないという致命的な癖を抱えているのでどうにもならない。
たとえば東京競馬場の検量食堂で麻婆丼(大盛り)を食べ終えて一人で悦に入っているところに携帯が鳴り、「どうだ。昼メシでも一緒に食べようや!」なんて馬主から誘われたりすれば、一も二も無く「ハイ!すぐに伺います!」ってコトになってしまう。たとえ相手が馬主でなくとも、馬券仲間でもカメラマン仲間でも同じこと。「いや、いま食ったばかりだから」という単純至極な断りの文句が出ない(出せない)のである。
しかも私は出されたものは残さず食べなければ気が済まないタチなので、なおさら始末に終えない。貧乏性と言われれば貧乏性に違いないが、ともあれ旨いモノを目の前にしていながら満腹のあまり手が出ないという状況は、悔しく、惨めで、そして切ない。敢えて喩えれば、あからさまに脚を残して負けた馬のオーナーの気持ちである。ゆえに、己に残された最後の力を振り絞って目の前に出された皿はすべからく片付けることにしている。
でも、とにかく「このままでは際限なく太ってしまう!」と、最近になって危機感を感じるに至り(遅い!)、食事を取る時間を意識的に遅くした。そうすると「食後に誘われる」というケースは激減するし、昼などは店が空いているので好都合だったりするのである。食事のリズムを2時間遅らせただけでなのに世界はかくも劇的に変わるものなのだ。
ところで、私はいま「ビーフカツ」にハマっている。
厚めにカットされたステーキ用肉にコロモを付けて表面はカラリと、しかも中身はジュースィーに揚げるのである。たっぷりのデミグラスソースをかけていただくから、付け添えはそれに合うマッシュポテトかパスタが好ましい。もちろん切り分けた肉の断面は鮮やかなレアでなければならない。
人に話すと「ええーっ? 牛肉を揚げちゃうなんてもったいないじゃん!」と言下に否定される。特に東京では10人中10人からこう言われる。だが、こういう人にほど一度食べていただきたい。東京ではなかなかビーフカツを出す店がなくて困るけど、そう言う意味で新橋の『おか田』は砂漠の中のオアシスのごとき存在である。
逆に関西ではビーフカツは珍しいメニューではない。阪神競馬場に行く機会に恵まれれば、神戸にある『洋食の朝日』に立ち寄りたいし、京都競馬場スタンド6Fのレストランのメニューには堂々と「ビーフカツ」の名が書かれている。旨いですよ。しかし、神戸でも京都でもビーフカツ以外にも食べたいメニューが山ほどあるから、結果ここでも「二度飯」に走ることになる。そして、たいてい太って帰京する。つくづく関西は恐ろしいところである。
大昔、美味しいお店を紹介するような雑誌企画の仕事をしていた頃は、意図的に「二度飯」を繰り返していた。仕事上、そうしなければならなかったのである。いま思えば、その時の習慣が「二度飯」の罪悪感を払拭してしまったのかもしれない。当時はまだ若かったから、それなりにカロリー消費されてたのだろう。たまに野球をして、あとは競馬場内を彷徨く程度しか身体を動かすことのない今となっては、一日の食事を二度に制限するという意味での”二度飯”、ぐらいの荒療治が必要なんだろな、きっと。






































最近のコメント