2009年12月21日 (月)

騎手の「手」

社台サンから来年のカレンダーが届いた。年頭を飾るのはチチカステナンゴである。真っ白な馬体がまぶしい。

Cal  

Cal1_2本来は卓上カレンダーであるが、我が家ではこうして、壁に掛けて使用している。どこの壁かというと、これがトイレなんですね。私を含めた家族たちは、ここで用を足しながら、「あぁ、これは絶妙な騎乗姿勢だよなぁ」とか「この頚差しのラインがたまんない」とか、あれこれ思いにふけるのである。

 

 

 

 

 

 

Cal2_3 そんな折、今月になってフト気づいたことがある。2009年12月の写真は昨年のエリザベス女王杯を勝ったリトルアマポーラなのだが、鞍上のルメール騎手が中指と薬指で手綱を挟んでいるのだ。 

 

 

 

馬に乗ろうとするにあたり、最初に教わるのは「手綱は小指と薬指とで挟んで握る」ということ。騎手も基本的には同じグリップであると思っていた。もしや、この握り方こそがルメール騎手の技術に隠された秘密なのでは???

Jc   と思って、他のレースの写真を探してみたら、ほらやっぱり!

 

 

 

 

あれ? 

Diamond_2でも、2007年のダイヤモンドSではオーソドックスなグリップだな。

  

 

 

 

 

結局あまり深い意味はなく、単にその瞬間の成り行きでそうなっているだけなのかもしれない。ただ、この調査の過程でまたまた別のことに気付いた。ルメール騎手を初めとする外国人騎手の多くは、みな素手で手綱を握っているのである。

Cal3そう思って、今度はJRAカレンダーの12月を見てみた。昨年のJCを勝ったデムーロ騎手の手にグローブはない。

 

 

 

 

 

Peri昔の写真を引っ張り出してみたけど、ペリエ騎手の手にもグローブはナシ。

 

 

 

 

 

 

Satsukiもひとつ古いところで2003年皐月賞を勝ったドイル騎手。2着タイガーカフェはルメール騎手。ともにグローブはない。

 

 

 

 

逆に多くの日本人騎手は、グローブを着用していることが多い……、ような気がする。

Goto後藤騎手。

 

 

 

 

 

Iwata岩田騎手。

 

 

 

 

 

Komakiたとえ真夏でも同じ。今年のアイビスサマーダッシュを勝った小牧太騎手。 

 

 

 

 

同じ日の新潟競馬場。パドックに整列した騎手はみな黒いグローブを着けている。暑くないんだろか?

Kishu  

……あれ?

でも武豊騎手は素手ばかりだな。

Take1ディープインパクトのダービー。

 

 

 

 

 

Take2メイショウサムソンの秋天。

 

 

 

 

 

プロゴルファーの不動裕理選手は、ゴルフ選手にしては珍しくグローブを着用しないことで知られる。慣れ親しんだ皮膚の感触を最優先しているとのことで、同じ理由で野球の松井秀喜選手も、入団後しばらくは素手でバットを握っていた。

グローブには手の保護という役割もあり、一概に良し悪しを決定づけることはできないが、素手派に共通するのは「手に直接伝わる感触を大事にしたい」という思いだ。競馬においても同じようなことは言えそうなのだが、外国人騎手に素手派が多い理由はちょっと分からない。今度誰かに聞いてみよう。

 

 

 

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2009年12月20日 (日)

年賀状ってたいへんだ

年賀状に頭を悩ます季節である。いや、ちょっと遅いくらいか。

年賀状を作成するにあたり頭を悩ますのが、そのデザイン。昨年12月8日付「年賀状問題の根は深い」に書いたように、かつてはジャパンカップの写真をそのまま使っていたが、昨年からそれができなくなったので、適当にホイホイホイと選んで使っている。

訳あって今日は自宅から一歩も出られないので、一気に片付けてしまおうと、200枚の年賀状の束と対峙した。

ところがいざ始めようとすると、デザイン以外にも悩ましいことがあるもんですなぁ。

まず筆。

毎度のことだが、書き味が良くて、疲れなくて、文字にバラツキが出ないものは、そうそう手元にはないものである。良さそうなものを見つけては一枚書いてみて、デキがイマイチだと分かって、次の候補に持ち替えてまた書いてみる。この繰り返し。家中のあらゆるサインペンとボールペンをひっかき集めて「この一本」と決まるまでには、数多の「不本意な一枚」が積み重なっていくものである。

筆が決まったところで、今度は「ひと言」をどうすべぇ…、と頭を悩ますこおとになる。

ウマの写真だけでも良いのかもしれないが、それでは全く「読ませる」ことができないので、1行程度のコメントを添えることにしている。だが、今年はそれがまるで決まらない。あれこれと思いついたのを書いてみては、「う~ん…」と呻ることになる。そういうあ吉川良氏も同じようなことを『繋』に書いてたな。

TVで朝日杯を見終えたタイミングでの一枚に、「ダービーはローズキングダムで決まりでしょうか」と書いて見たが、これもあまりピンとは来なかった。おそらく、そこまでのレースぶりではないと薄々感じていたからであろう。受け取った人は、「んなワケねぇじゃないかよ!」と思われるかもしれないが、私もそう思う。あまり気にしないでください。

その後、TVで今日の新馬戦の結果を見ていたら、ちょうどいま年賀状を書き終えたばかりの馬主の所有馬が勝っていた。その一枚には全然違う馬の名前を挙げて「期待してます」と書いたのだが、どう考えても期待するならこっちの馬だよなぁ……。

悩み抜いた末、結局書き直し。朝からちゃんと競馬を見ていれば、こんな無駄をしないで済んだ。年賀状ってたいへんだ。

 

 

 

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2009年12月19日 (土)

中山遙かなり

JRAでの撮影の仕事がなくなって1年半が経過。気が付けば、今年はまだ一度しか中山競馬場に足を運ばぬ自分がここに居る。

川崎市に住まう私にとって、中山が遠いのは以前から分かり切った話だが、中山と同じくらい遠い船橋競馬場には毎月足を運んでいるのだから、その距離は理由にならない。純粋に中山に行く理由が見つからないのである。今年唯一の中山は3月のこと。牧場関係者に写真を渡しただけで、早々に引き揚げた記憶がある。

そういう意味では今日は中山に行かねばならぬ日であった。でも、そういう時に限って、プライベートな予定が道を阻んだりする。

かつてのように競馬場が「仕事」の場であったならば、プライベートな予定など軽く一蹴されたであろう。だが、JRAそのものがプライベートと化した現在、家庭並びに親類縁者の考えるプライベートとの差異化は明らかに難しくなっている。要するに「ただ競馬場行って遊んで来るだけだろ」と見なされるわけだ。これは悲しい。

今日は、埼玉の春日部まで家族を連れて行かねばならない。体調を崩してい入院していた親がめでたく退院し、だいぶ体力も回復してきたというので孫の顔でも見せてやろうと前々から計画していたのである。

ただ、それがこの日と決まるまでには曲折があった。

当初の予定は12月5日。ステイヤーズSの日であったが、10日ほど前になって肝心の親の方が完調一歩手前とのことで日延べとなった。

次に候補となったのは12月20日。親ならびに弟は「朝日杯の当日だが大丈夫か?」と一応聞いてきたが、もとよりJRAに仕事はない身である。大丈夫、と答えて日程は決した。

ところが、問題は思わぬところから湧いて出た。私の住まう地区の町内会が、20日に近所の公園掃除を行うと言い出したのである。不参加という選択肢もなくはないのだが、それでは家人も近所づきあいの手前気まずかろうと思い、日程の再々調整を申し出た。

そこで浮上したのが「19日案」である。私としてはいちばん出てほしくない案であった。

こういう日程を決めるにあたり、私は競馬番組を必ずチェックすることにしている。その上で関係馬が出走しそうな条件のレースが組まれていた場合、日程の再検討をお願いするのであるが、19日の中山には1600万条件のダート1200m戦が組まれていた。すなわち私が追いかけ続けているサラトガが出走する可能性がある日ということになる。

私は悩んだ。サラトガが関東で走るレースを見ないというのは、私の競馬倫理が許さない。だが、もとより日程変更を申し出たのは他ならぬこの私である。「競馬だから」と断るのも気が引ける。

この時期の準オープンは“読み”が難しいことも、私の悩みに拍車をかけた。狙ったレースを除外になるかもしれないし、逆に除外の権利取りに登録したつもりのレースに出走することになったりもする。そして何より19日までに1600万条件を勝ち上がってしまう可能性だってあるわけだ。

奥悩の末、私は「19日案」を受諾し、その後サラトガは仲冬ステークスに内田博幸を鞍上に出走することが決まる。”忸怩たる思い”とはこういう気持ちなのか、と身をもって感じた。

だが、物事というのは下駄を履くまで分からぬものだ。

諸事情あって、土壇場で会合がキャンセルとなったのである。子供たちも楽しみにしていたイベントだから、家庭的には残念この上ない。だから私も表向きは「残念だ~」という顔をしていたのだが、内心ひそかにガッツポーズをしていた。

Saratogaそんなわけで、冬晴れの中山競馬場に来ている。レースの結果はここでは問題とならない。レースを競馬場で見ることは、馬に対する礼儀のひとつ。プライベートを蔑ろにするつもりは毛頭ないが、馬に関わる人間として、できる限りのことをしたいのである。

 

 

 

 

 

 

 

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2009年12月18日 (金)

麺ならいくらでも食える…はず

昨夜、私が会長職を務める「小麦会」の忘年会が、神田神保町界隈にて盛大に執り行われた。

忘年会といっても「コース料理+2時間飲み放題」みたいな、いわゆる宴席ではない。神保町周辺の「麺」の評判店を次から次へとひたすら食べ歩くのである。お腹がいっぱいになった時点で即終了。その判断基準は会長たる私の胃袋が握っている。

会のメンバー3名は、18時に『丸香』前の路上に集合した。まず一軒目は小麦に敬意を払ってうどんからのスタート。

Noren  

18時の時点で我々の前に5人の客が行列。とはいえ回転は早いから、5分も待たずに着席。それぞれ好きなうどんを注文し、茹で揚がるまでの間はビールを飲んで待つ。これでなんとなく忘年会的な雰囲気にはなる。

Maruka  

私はいつも通りカマタマを注文したが、先々を考えて初めて「小」をオーダー。だが、もう少しばかり知恵を回して、カマタマではなく冬限定の「カレーうどん」にしておけば良かったと後悔している。香辛料は胃腸を活発にしてくれる。後の結果を見れば、ここでカレーうどんを食べたメンバーだけが、最後まで余裕を持っていた。

とはいえカマタマが食べたかったのだから仕方ない。食べ終えたらすぐに席を立つのも小麦会のルール。店を出て、靖国通りを九段へと向かう。2軒目はラーメンの『斑鳩』である。

19時前に到着で6人が店外に行列中。これは空いている方であろう。胃袋の具合を考えれば、20人くらい並んでいていて欲しかったのが正直なところだが…。

Ikaruga  

ずるずるずる~っ、と「特製本鰹」を味わって、再び神保町の交差点を目指す。

が、あろうことか、私がこの時点でかなり満腹になってしまった。よもやの19時半解散も頭をよぎる中、ここはひとまず胃袋休憩ということで『さぼうる』へ。

おつまみは取らず、ビールだけを注文して、JRAで再来年に導入されるという「重勝式馬券」の話題でひとしきり盛り上がる。“億”の配当がかかるレースで、降着を伴うような事案での審議となったらどうするのか。的中が胴元の主観的に委ねられる形態は今に始まったことではないが、額がデカくなれば泣き寝入りでは済まない事態も起こり得るのではないか   

なんて、競馬の話をしているうちに胃袋に隙間もできたようなので、雄躍本日の4軒目へ。『さぼうる』から歩いてすぐの蕎麦『満留加・静邨』の暖簾をくぐる。

まずは、板ワサに冷酒だけで、胃袋の隙間を広げる作戦。愛馬が関西地区のGⅠレースに出た際、馬主が旅費節約のため夜行バスとか「こだま」の格安プランで応援に行くってのはアリか?みたいな話で盛り上がる。アリもナシも、実際の話なんだけどね(笑)

ほどよく胃袋もこなれてきたところで、「田舎蕎麦」をオーダー。見た目は十割を思わせるが、うどんにも似た強靭なそのコシを味わえば、俄に十割とは信じがたいものがある。でも十割なんだよね。凄いな。蕎麦は噛むものではないと言うが、がっしりとしたその歯応えが逆に心地良く、噛む度に新蕎麦の豊かな香りが鼻をくすぐる。

Soba  

惜しむらくは、いい加減満腹だったことか。「うどん3玉」とか「せいろ3枚」なら別にどうということはないのに、店が替わって、メニューも替わると、胃袋の都合も替わってくるということが分かったところで満腹終了。こういう忘年会は楽しい。

 

 

 

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2009年12月17日 (木)

ゼッケンに馬名を

先週水曜の船橋競馬場での話。

クイーン賞が無事終わり、陽も暮れかけた最終レースは、地方競馬全国交流の「総の国オープン」。6月のユニコーンSを勝ったユビキタスや、一昨年の佐賀サマーチャンピオンの勝ち馬キングスゾーンなどが出走して、馬券を離れても注目の一戦となった。

だが、パドックを周回している馬たちを見てふと思ったのである。せっかくのメンバーなのに、ゼッケンに馬名がないのはいかにももったいなく、画竜に点睛を欠くようなもの。そこで、主催関係者に「重賞以外での馬名入りゼッケンの導入は、そんなに難しいことなのか?」と聞いてみた。

結論から言えば、私が想像していたよりはハードルは低い印象。ようは主催者さんの考え方ひとつ、といった感触ですね。

Yukichanすべてのレースで馬名入りゼッケンを使用している大井競馬場を除けば、馬名入りゼッケンは重賞レースのみで使用されているのが実状。こういうオープン特別やJRAとの条件交流レースでは、一般戦同様に枠色地に数字だけが書かれたゼッケンが使用されている。

JRAの某愛馬クラブの会員さんから、「地方交流レースで勝っても、ゴール写真に馬名が入らないから、写真は注文しないんだ」と聞かされたことがある。これは我々にとっても看過できぬ問題だ。

ちなみにJRAでは1987年にGⅠレースで馬名入りゼッケンが初めて使われた。89年にはJRA全重賞、90年には全特別レース。そして91年に全てのレースにまで使用が拡大されている。それより以前は、パドックを周回する馬の背中には、結婚披露宴のテーブルみたいな感じの「名札」がちょこんと乗ってましたよね。あまりに小さいから、遠目にはほとんど読み取れなかったけど。

Fusanokuni  

そんわけで、総の国オープンは2号馬が12号馬をハナ差だけ凌いで優勝。馬名があればもっと分かりやすいのだが。

 

 

 

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2009年12月16日 (水)

これぞ二枚腰

歴史と伝統を誇る全日本2歳優駿は、60回目を迎えて初となるナイトレースで行われる。

この時季のことだから、昼間開催であっても「ちょっと雲が厚けりゃ夜と同じ」というレースは幾度と無くあったが、今日は確信的なナイター開催。「蝉鳴いたー」という語感からすればさすがに寒いが、風がないせいか「寒さに打ち震える」とまではいかないのはありがたい。ラチ下で撮影をする私の背後にいたお客さんは、ゴクゴクと喉を鳴らして生ビールを飲んでいた。

例によって人気の中心は北海道所属馬が占めている。

1番人気は北海道2歳優駿勝ちのビッグバン。見事優勝の暁には場内実況は「ビッグバン爆発っ!」と叫ぶのだろうか。

Bigbang  

Nantekaナンテカは3番人気。前走のヤネが武豊で今日は内田博幸だから、陣営の期待の高さが伺える。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし勝ったのは2番人気の笠松ラブミーチャンでした。

Loveme1  

ハナを切りながらも終始アースサウンドに突かれる厳しい展開。しかしそれを嘲笑うかのように、4コーナーで瞬く間に後続を突き放す強い競馬をしてみせた。これぞ正真正銘の「二枚腰」であろう。初距離も初の左回りもまるで問題にしない競馬ぶりに正直驚いた。こんな2歳優駿馬を私は過去に知らない。

Loveme2濱口騎手。おめでとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

レース後、佐賀の真島調教師にばったり遭遇。ネオアサティスやら真島大輔騎手やらその他もろもろのお話があったはずなのに、ラブミーチャンのあまりの強さに、「勝ち馬強かったですねぇ」「そうだねぇ」みたいな話だけになってしまい、たいへん失礼してしまった。帰宅の電車で少し凹んでおります。

 

 

 

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2009年12月15日 (火)

ファーディナンド事件

昨日付で熊本県で消費される馬肉の半分以上はカナダから輸入されたウマであると書いたが、ちょっと前までその主たる輸入元はアメリカだった。

だが、もともとアメリカには馬食をタブー視する風潮があり、以前から食用馬の輸出には批判の声が上がっていた。そこに追い討ちをかけたのが、いわゆる「ファーディナンド事件」である。

1986年ケンタッキーダービーを勝ち、翌87年にはBCクラシックを勝って年度代表馬にも選定されたファーディナンドが、種牡馬として輸入された日本で「廃用」となり、食肉として処分されたとアメリカ国内で報じられ、大きな反響を呼んだのだ。

日本では、廃用となった種牡馬の多くが食肉として処理される。この現実を、ここで改めて説明する必要もあるまい。種牡馬が繁殖牝馬や現役競走馬でも同じこと。べき論はべき論として語られる必要があるが、現実は現実として直視する必要もこれまたある。

現実を直視するなら、ファーディナンドは種牡馬として明らかに失敗だった。日本への輸出された理由も、アメリカでの種牡馬成績が上がらなかったためである。むろん、日本に来てもそれが好転するはずもなく、のべ220頭に種付けして、JRA勝ち馬はわずかに8頭を数えるのみ。同時期にサンデーサイレンスというスーパーサイアーがいたことは不幸と言えば不幸だが、それが彼の運命を左右するほど大きな鍵を握っていたとは考えにくい。

この事件が「悲劇」として扱われた理由のひとつに、そのタイミングが挙げられる。馬食をタブー視するアメリカで、食用馬の輸出に対する批判が高まる中での出来事とあれば、騒ぎが大きくならないはずはなかった。無名の馬の多くが食用として日本に輸出されている中にあって、著名馬さえもが食用にされたというトピックは、彼らにとって格好のターゲットになったのである。

アメリカ、およびそのルーツとなるイギリスでは、馬は人間のパートナーであると考える傾向が強く、それを食べることなど全くのタブーである。ただし、コンチネンタルヨーロッパでは、フランス、ベルギー、ロシアなど馬食文化が栄えている国も多い。現在の主たる輸入元であるカナダも、フランス系住民が多いことから、馬食には抵抗がないと言われる。

現在では、アメリカからの食用馬輸入はほぼ途絶えているが、あれほど執拗に牛肉の輸入解禁を迫ったアメリカが、馬肉については真逆の方向に舵を切ったのは、遠目に見ていても違和感を禁じ得ない。だいたいが「食用」という視点で見れば、無名の馬であれ年度代表馬であれ同じひとつの個体。同じひとつの命であろう。クジラや犬の例を持ち出すまでもなく、食文化にヒューマニズムを持ち込むから、話がややこしくなるのだ。

 

 

 

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2009年12月14日 (月)

年間5千頭の「輸入馬」

昨日付で「チョコレートが苦手」と書いたが、それ以外は何でも食べられるかというと実はそうでもない。何より「馬肉」がNGである。

注意していただきたいのだが、なにもここで馬食に対するネガティブキャンペーンを展開しようというつもりは毛頭無い。普段から馬食を嫌悪しているわけでもないし、他人と食事に出掛けて、食卓に馬刺しが運ばれてきたからといって、テーブルをひっくり返して怒ったりした経験もない。食文化は多様であるべきと考えるから、食用家畜には等しく感謝している。自分自身は食べたことはないけど、食べている人の表情を見れば、それが旨いんだということもよく分かる。

何かに混ざって知らぬ間に口に入っている可能性は多いにあるが、この場合それは問題ではない。ここでの論点はウマだと分かって食うかどうかである。

馬食の習慣は県民性と共に語られることが多く、長野県や熊本県は食文化として知名度も抜きん出ている。また、福島県の会津ではウマを食べるのに、飯豊山地を挟んだ山形県の米沢は一転してウシの文化というのも興味深い。

馬肉にはミオグロビンという赤色色素が含まれていて、鮮やかな赤色をしている。しかし、空気に触れると酸化して暗赤色に変色する。だから牛肉のように食肉処理されてから「熟成」の期間をおく必要がなく、逆に新鮮な方が好まれる。だから例えば熊本県で消費される馬肉の大半は熊本県内で食肉処理されていることになる。

ただし、そこに含まれる熊本生まれのウマの割合は1~2%。6割がカナダからの輸入で、残りは北海道産というのが実態だ。

改正前のJAS法では、生きたまま輸入して最低3ヶ月間日本国内で飼育ののち食肉処理されれば「国産」として販売することができた。そのため、輸入が増加。熊本県内向けだけで、年間5千頭を超えるウマが生きたままカナダから輸入されているのである。

競馬をやっている人間からすれば、そんなに多くの”マルガイ”が!と不思議な感覚に捕らわれる話だ。現行JAS法では、これを「熊本産」と表記することはできないので、「熊本馬刺し」などというブランドネームで流通させているが、これが「熊本産」のプレミア感を煽ることになり、実際には産地偽装のトラブルが絶えないと聞く。

(明日付に続く)

 

 

 

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2009年12月13日 (日)

競馬場スイーツ強化計画

こう話すとたいていの相手は意外だという顔をするのだが、実はチョコレートを大の苦手としている。

アレルギーが出るとか、幼少時にチョコレートにいじめられたトラウマを持つというような、はっきり理由と呼べるものはない。ただ味が嫌いとしか言いようがない。体型の割に血糖値がやたらと低いことでは助かっているが、見かけがデブというだけで「甘いもの好きでしょう」とチョコレートを出されたりするので、どちらかと言えば困ることの方が多い。

ところで昨今のメディアには「スイーツ男子」なる言葉が踊っている。食べるだけでは飽き足らず、自ら台所に立ってケーキを焼いたりする若い男も急増しているんだそうだ。

いや、若い男ばかりではない。「スイーツ親方」の異名を持つ芝田山親方(元横綱大乃国)や俳優の的場浩司さんの影響もあり、スイーツ男子は世代を超えた拡がりを見せている。

Sweets1ファミリーマートの調査によれば、デザートを購入する客の6割は20~40歳を中心にした男性なんだそうだ。酒を飲んだ後にプリンを買いに来て、食べながら帰る人もいるとというから驚く。

消費者の動向をいち早くキャッチし、顧客のハートをいかに掴み取るかは、あらゆる客商売に共通する課題。競馬だって無関係ではない。

「スイーツ強化」はキーワードにならないだろうか。

競馬場内で見かけるスイーツと言えば、今川焼とチュロス、あとは特に美味くもないドーナツくらいなものでバリエーションを語るレベルには至ってない。

そもそも、朝イチから3場同時発売が当たり前となった昨今の競馬場では、落ち着いて何かを食べる時間的余裕は消え去っている。以前、「最近の若いファンは競馬場で昼飯を食べない」と書いたが、そもそもそんな暇がないのかもしれない。そんな悩みを持つファンたちにも、「スイーツ強化」は歓迎される可能性がある。

「東京競馬場限定のスペシャルロールケーキ」とか「土屋公ニシェフ監修のプレミアムチョコレート」みたいな品を、期間限定のイベントとして売り出せば、それを目当ての客が来るかもしれないと思うのである。要はデパ地下のノリでね。

「『隠れ甘党』などという言葉は捨てて、男性も堂々とスイーツを食べよう」と訴え続けた芝田山親方の努力のかいあって、甘いモノ好きに男も女もない社会はついに実現した。何より糖分は脳の栄養補給にうってつけ。「的中率アップに繋がる」となれば、競馬場の客は蟻の如く群がるに違いない。

 

 

 

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2009年12月12日 (土)

ずぶ濡れの勝利

昨日の話。

11時。開店と同時に神保町のカレー店『ガヴィアル』のドアを開いた。昨年の東京競馬場で昼にカレーを食べたら目当ての馬が見事勝利し、めでたく口取り写真に収まることができたエピソードを思い出し、船橋競馬場への途中にわざわざ立ち寄ったのである。

Gavial  

ちなみに昨日は、スーツからシャツからネクタイから靴に至るまで昨年のその時と同じものを着用。ゲンにしがみつくようでみっともないのだが、せっかくカレー食べるんだからとことんこだわってみた。

Window 

ビルの2Fにある店の窓から見下ろす神保町の交差点は通行人もまばら。行き交う自動車のワイパーを見れば、雨は強さを増しているようだ。ポーカーアリスが出走する船橋6レースまであと2時間足らず。雨が止むことはなさそうだ。私は深いため息をついた。彼女は雨の競馬を経験したことがないのである。

だが、そんな余計な心配は「ポーク中辛大盛」の旨さできれいに吹き飛んだ。いざ、船橋競馬場へと向かう。

Funabashi  

船橋競馬場も雨。馬場は「重」とある。

Omo  

パドックのポーカーアリスはいつも通り厩務員に甘える仕草。雨のせいで毛ヅヤの良し悪しは分からぬが、尻回りが幾分萎んだようにも見える。

Pa1  

激しい雨が馬場を叩きつける中、1500mのレースがスタート。ポーカーアリスは内枠の馬を先に行かせて2番手で折り合った。この辺は、戸崎騎手に手替わりしてからの進境である。

Pa2_2  

前回の轍を踏まぬよう、4コーナーでジワリと外から並びかけ、直線で余裕を持って交わすお手本のような競馬。ただ、いったんは完全に抜き去ったはずの逃げ馬が、ゴール寸前で内から猛然と差を詰めてきた時は、前回のレースを思い出して肝を冷やした。大半の人には、逃げ馬が驚異の二枚腰で追い込んできたように見えただろうが、実はポーカーアリスの方が歩いただけの話。勝ったというのに、戻ってきた騎手の表情が曇っていたのは、そのせいであろう。

Pa3  

ともあれ、ずぶ濡れになりながらの口取り撮影が、こんなにも晴れやかなものとは知らなかった。その後は、電話とメールが鳴りっぱなし。「GⅠ勝ったんか?」と思わせるほどだが、とにかくありがたい。馬も幸せであろうと信ずる。ここまで我慢したかいがあった。 

 

 

 

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