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2011年12月31日 (土)

温かな年の瀬

今年もついに大晦日です。いろいろあった一年だったけど、無事に東京2歳優駿牝馬の大井に居られることにまずは感謝しなければなりませんね。馬券の当たりはずれなどは……、まあ気にはなりますけど(笑) 財布は有馬記念から磨り減る一方です。

ともあれ東京2歳優駿牝馬。

Emis1  

圧倒的1番人気は転入初戦の前走で4馬身ちぎったエミーズパラダイス。お母さんは船橋所属ながら、JRAアネモネ賞を勝ってJRA桜花賞出走を果たしたエミーズスマイルです。社台オーナーズの募集にかかる一頭で、募集価格は地方の牝馬としては破格の1400万円。これは走らせねばなるまい。

こちらは、昨年6月のエミーズパラダイス。

Emis2  

1年半後。

Emis0  

重賞連勝中の寮馬ドラゴンシップ(3番人気)を3馬身置き去りにした追い切りからすれば単勝1.4倍も頷けるか。同厩舎のドラゴンシップをある程度前に行かせて、逃げるエンジェルツイートを潰しにかかる作戦も可能だ。

ところがそのエンジェルツイートのゲートがやたらと早い。扉が開くと同時に1馬身のリードを奪って先頭。ドラゴンシップが行けないとみるや、エミーズパラダイス自らが2番手に上がって1コーナーへ。

直線に向いて、満を持してエミーズパラダイスが追い出しにかかるが差が縮まる気配はない。結局エンジェルツイートがきれいに逃げ切って、森騎手は余裕のガッツポーズ。

Angel1  

平和賞は1分42秒8での逃げ切り勝ちだったが、最後は脚が上がっていた印象がある。ところが今日は末もしっかりし脚で1分40秒8の逃げ切り。枠や展開にも助けられた面があったにせる、馬自身も短期間でずいぶん成長している感がある。次は2月のユングフラウ賞になるだろうとのこと。

エミーズパラダイスについては、「まだ腰がパンとしていない中よく頑張った」という声が聞こえたから、陣営もそれほど悲観的になっていないようだ。まあ、お母さんもダートより芝の方が良かったくらいだし、エミーズパラダイス自身も南関東クラシックではなくJRAクラシックを目指しているのだから、ここでの勝ち負けにいちいちこだわったりしないのでしょうね。むしろ社台にしてみれば、6番人気ショコラヴェリーヌが3着に食い込んで御の字だったかもしれない。

ともあれ、エンジェルツイートの熱い逃げのおかげで、少しばかり温かい年の瀬を迎えることができたのはよかった。

Angel2  

それでは皆様、よいお年をお迎えください。

 

 

 

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2011年12月30日 (金)

九州産馬大暴れ

大井競馬場への入場時にこんなものを手渡された。

Kairo  

これはありがたい。陽差しには恵まれたが、いかんせん北風が強すぎるのである。気温9度。とはいえ、体感的には零度に近い。

9c  

カイロで手を温めつつ迎えたのは6レース。佐賀から転入して2戦目のダイジャヤマが外枠から一気にハナを奪うと、そのままマイペースに持ち込んで、余力十分に逃げ切った。ダンツシアトルの産駒。

Daija  

それにしても寒い。風もどんどん強くなる。どこかで早めにビバークして栄養補給をした方が良さそうだ。

ここにするか?

Mise0  

いや、違うな。

Mise1 

ラー油焼きそばは美味いんだけど、これもちょいと違うな。

Mise2 

Chige 

この尋常ならざる寒さに対抗できるのは、やはりチゲ鍋をおいて他にあるまい。チゲ鍋300円に100円プラスしてチゲ雑炊にしてもらうことに。

Chige2  

いやぁ、一口食べるごとに体の内側からポカポカと温まってくるのが実感できますね。カイロに匹敵する有り難さ。明日もこれで決まりのような気がしてきた。

さて、そんなこんなで迎えた東京シンデレラマイルは、つい先ほどのダイジャヤマを彷彿とさせるような真島騎手の迷い無き逃げでスタート。ローズデュルワが2番手。人気を集める道営記念馬ショウリダバンザイは最後方からという展開で1コーナーへ。

Mashima  

直線に向いて、今野騎手のハルサンサンが力強く抜け出した。外からそれに迫るのは、なんとなんと12番人気テイエムヨカドーである。

Tm  

昨日に続けての写真判定の結果、凱歌があがったのはテイエムヨカドーの方。今は無き荒尾の霧島賞以来、約1年ぶりの重賞勝ち。騎手の方も久しぶりの重賞だな、えーと、一昨年のTCKディスタフ以来、ということで合ってますかね。間違っていたらごめんなさい。

テイエムヨカドーはこのレースを最後に引退繁殖入り。自らの引退レースを重賞制覇で飾るなんて、なかなかできることではない。ブエナビスタでもそれは叶わなかった。しかも単勝88.8倍という低評価を覆しての勝利である。こうなると、何か見えざる力が働いていたんじゃなかろうか?と思いたくもなる。

テイエムヨカドーは九州産馬だが、実は6レースを勝ったダイジャヤマも九州産なのである。ダイジャヤマの快走を間近に見て九州の血に火が点いた   というのはどうだろうか。荒尾競馬が消滅して一週間。荒尾出走歴のある2頭にも、それなりに期するところがあったとしても、不思議ではない。……いや、そこまで書いたら不思議か(笑)

あるいは、この後繁殖生活を送ることになる北海道の牧場関係者が、たまたま大井に来場していて、嬉しさのあまり激走しちゃった   なぁんてことがあったのかもしれない。ともあれ、「勝ったから繁殖入り延期」なんてテイエムプリキュアみたいなコトにならぬよう、切に願う。 

 

 

 

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2011年12月29日 (木)

単勝元返し

東京大賞典の枠順が発表となり、大本命スマートファルコンがまたも大外を引いたと知って、こんなことをつい思ってしまった。

「去年撮った写真がそのまま使えるんじゃないか?」

その写真というのはこちら。

Smart2010  

昨年の東京大賞典は、スマートファルコンが1馬身3/4の差をつけて完勝したのである。正直、今年のメンバーは昨年よりもやや落ちる。おそらく今年はもっと後続を引き離して勝つのだろう。帽色もゼッケンの数字も同じなら、なにも寒い中わざわざ撮りに行く必要もなんじゃないかと   もちろん冗談として   思ったのである。

ところが残念ながら、昨年は13頭立てだったのが、今年は12頭立て。ゼッケンの数字が違っては使い回しなどできまい。なので仕方なく(?)大井へ。

Odds  

なんとスマートファルコンの単勝オッズは元返し。昨年のJBC以来7連勝中。GⅠ級を4勝。しかも連勝中に2着馬につけた平均着差が5馬身1/4とくれば、まず負けることはないということだろうということか。だが、結果としてリスクを金で買う人が溢れることとなった。

注目のスタート。スマートファルコンは出遅れることなく、早々にハナへ。単勝を勝った人の安堵の声が聞こえてきそうだ。

Smart0  

だが、今日の相手はこれまでとはひと味違った。テスタマッタもワンダーアキュートもスマートファルコンの背後にピタッと付けて、息を入れる暇を与えない。いつもならセーフティーリードを確定させる4コーナーでは、あろうことか外からワンダーアキュートに並びかけられて直線を迎えた。

スタンドの悲鳴の中には、増える見込みのない単勝に10万を突っ込んでしまった人の声も混じっていたに違いない。ゴール寸前、残り一完歩のところでは、ワンダーアキュートの鼻先がハッキリと前に出たのである。

Smart 

だが、ゴールの瞬間、内のスマートファルコンも負けずに身体を沈めて、グイと頚を伸ばしてみせた。「残した」。「いや、差した」。「分からんなぁ」。そんな声が渦巻く中、着順掲示板の左端に「12」の数字が点灯すると、スタンドからこの日一番の歓声が上がった。単勝10万突っ込んだ人は良かったですね。いや、あるいは写真判定が出た時には既に気を失っていたかもしれない。

GⅠで単勝元返しの大本命馬が負けていたとなれば、これはもう歴史的事件であったことだろう。単勝元返しのナリタブライアンが負けた京都新聞杯は、目標としていたわけでもないGⅡ戦だった。GⅠ格でとなると、メイズイの菊花賞をおいて私の知識にない。スマートファルコンの勝利で息を吹き返した方には失礼だが、ちょっとばかり残念な気も。

ともあれ、スマートファルコンが連覇を果たしたわけだが、ゴール前写真は昨年とは致命的に異なるものとなった。前年の使い回しなんて、やっぱり無理なわけですよ。そんなワケで、明日もちゃんと現場に行きます。

 

 

 

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2011年12月28日 (水)

既に街中にあるカジノ

日本でカジノが法的に認められるようになったら、パチンコ業界はいったいどうなるのだろう   

お台場や夢洲でカジノ誘致が話題になるたび、そういう疑問が頭をもたげる。

プレイヤーの9割以上が玉を換金しているパチンコは、間違いなく日本独自のカジノ施設である。建前上は「遊戯」ということになっているが、それは「自衛隊は軍隊ではない」と言い張るのと同じ理屈だ。どうも日本人は、現実とかけ離れた建前を主張し続けることに慣れている。

ともあれ、景品買取は立派な犯罪である。ひと昔前は、買取所もパチンコ店からほどよく離れた目立たぬ場所にひっそりと営業していたものだ。なのに昨今では、パチンコ店の隣で堂々と買い取りをしていたりして驚かされる。法律的には違法だが、政策的には合法。そんな曖昧な状況がいつしか既成事実化し、パチンコ店の実質的なカジノ化を推し進めているのであろう。

カジノ合法化の議論においては、パチンコ換金合法問題を避けて通ることはできない。換金合法化はパチンコ業界のクリーン化のためにも必要だと訴える国会議員もいる。

だが、換金を認めれば、その瞬間に国内に数万の合法カジノが誕生することになり、新たなカジノ建設の意味が薄れかねない。そのため、カジノをパチンコと明確に区分けし、前者のみにお墨付きを与えるという検討もされている。だが、先ほどの自衛隊の喩えを使えば、現在の自衛隊とは別に新たな軍隊を創設するようなもの。そんなことが可能なのだろうかと誰もが疑問に思うだろう。それが冒頭の疑問である。

たとえば、「カジノ=外国人旅行客専用。パチンコ=日本人専用」という棲み分けをするならば、それも可能であろう。だが、カジノに国内の所得再配分機能を期待する以上、それではカジノ建設の意味がない。

カジノ実現への最大のハードルが、既存の「カジノ」であることを認識している人は存外少ない。かつて、中央競馬と地方競馬という二重構造を生んでしまった競馬界の歴史に、なんとなく近いものを感じる。

(この項終わり)

 

 

 

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2011年12月27日 (火)

夢州カジノ構想

「カジノ誘致は大阪成長戦略の要」と提唱してきた大阪市の橋下徹市長が、建設の候補地として大阪湾岸の人工島「夢洲地区」を検討していると報じられている。夢洲はカジノ誘致策に真っ向から反対を訴えていた平松邦夫前市長が、液化天然ガス発電所の建設を計画していたエリア。その計画を撤回してカジノ誘致を進めるとなれば、大阪市の政策転換の象徴として話題を集めることは必至だ。

「大阪カジノ構想」は、大阪府知事に当選して以来、橋下氏が一貫して訴え続けてきたいわば持論だが、それ以前からこの界隈では経済活性化策としてのカジノ誘致論が何度も湧き上がっていた。

たとえば1996年頃、経営難に悩む関西国際空港が集客のためにカジノ誘致を真剣に検討したことがある。さすがに無理と分かって、巨大パチンコセンターや場外馬券売り場の誘致に方針転換したが、「イメージダウンに繋がりかねない」として、最終的には英会話教室などに落ち着いた。結果、どれほどの集客効果があったのかは定かではない。

橋下氏のカジノ計画は、大阪市の第3セクタービル「大阪ワールドトレードセンター(WTC)」への大阪府庁舎移転を後押しするための議論の中で、「コンベンション機能を強化するにはカジノが重要な視点になる」と、氏自らが提案したのが発端だ。これに経済界からも賛同が相次ぎ、実現に向けての議論が重ねられてきたという。

ただ、欧米では大都市にカジノがある例というのは、実はほとんどない。ニューヨークでもパリでも、カジノがあるのは100キロ以上離れた郊外だし、ハンブルグやモスクワの市内にあった巨大カジノはことごとく閉鎖された。唯一の例外はロンドンだが、この街のカジノはソシアルクラブであるから多少毛色が異なる。

アジア各国の大都市のカジノは外国人旅行者専用であることが多いが、それはカジノの目的が外貨獲得にあるためだ。橋下氏は「高所得者に遊んでいただき、そのお金を中低所得者にまわしたい」として、その目的を国内の所得再配分に据えている。だが、韓国やシンガポールの例を見れば、現実的には外からの集客を目指すべきであろう。

加えて法的なハードルもある。刑法上は賭博とみなされるカジノの実現には、国会で特別法が制定されること大前提だ。だが、橋下氏はカジノの立地促進を公約に掲げて選挙に圧勝。既成政党も揃って橋下氏にすり寄る姿勢を見せる昨今なら、案外話が早く進んでしまうかもしれない。

(明日付に続く)

 

 

 

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2011年12月26日 (月)

年末の悩み

いよいよ今年も残すところあと5日。早いものですね。

この時期になると、来年のカレンダーや手帳があちこちから届くはずなのに、今年はやたらと少ない。あるいは発注モノでも届くのが遅い。皆さんはいかがでしょうか? 経費節減の影響かしらんが、JRAでは贈呈数をかなり減らしたとも聞く。

カレンダーとか手帳というのは、なるべくなら毎年同じものを使いたいものだから、それが突然途切れるというのは想像以上に困るもの。しかもその影響は一年間にも及ぶ。JRAの手帳(いわゆる「優駿手帳」ではなく非売品のヤツ)を十年来使い続けてきた私だが、ついに今年は手に入らず、来年は某スポーツ新聞社の手帳にチェンジせざるを得ない状況に追い込まれてしまった。

Techo  

ところがコイツがすこぶる使いにくいのである。祝休日が朱書きされていないし、頁の半分以上が野球やら相撲やら映画賞やらといった、私にとって無用な資料集に費やされてしまっている有様。当然ながらJRAの日程など書かれているはずもない。来年はJRAの開催日程が大幅に変わるので、これは深刻だ。例によって南関東の開催日程をマーカーで塗りつつ、こうなったらJRAの日程も自ら記入しなきゃならんのかと思い、早くもウンザリしてきた。

カレンダーにも困ることがある。競馬好きにとって、週の初めは誰が何と言おうと月曜である。ゆえに多くの競馬カレンダーは月曜日から始まり、土日は右端にペアでセットされるもの。だが、世間一般のカレンダーは、日曜から始まるものが大半だから、水曜と木曜の区別がつかなかったりして思わぬ勘違いを犯すこともある。これは危ない。

Jra  

誰が決めたのかしらんが、一週間というものは日曜に始まり土曜で終わるものらしい。とはいえ、会社や役所はもとより、学校でも週休2日制が完全に浸透している昨今である。カレンダーは月曜始まりの方が使いやすく、土日の分断は今の生活習慣にそぐわない。そういう意味では、競馬カレンダーの使い勝手は世間一般にも通用する。

混乱しているのはカレンダーにとどまらない。「今週末は有馬記念」という文面はOKなのに、うかつに「今週日曜は有馬記念」と書いたりすると、冷徹な編集者から「次の日曜日は”来週”!」と原稿を突っ返されたりすることも。こんな不毛な議論を避けるために、「週の始まりは月曜日とする」と、国会決議でもしてくれないものだろうか。

そんなことを思いつつ、来年の南関東競馬カレンダーを見たら、なんと週の始まりが日曜日のタイプではないか!

Nankan  

夏場には日曜日が開催初日になることもあり、この方が都合が良いのかもしれないが、なんとなく裏切られた感もある。年末の悩みは尽きない。

 

 

 

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2011年12月25日 (日)

寒い日はコレに限る

コレというのは、これです。

G1_3  

「G1焼き」です。ありがたいですね。腹持ちもいいし。

中山では船橋法典駅への地下通路で売ってます。船橋法典駅を利用しない人には、ひょっとしたら縁遠い存在かもしれない。

G1_1  

G1焼きは今川焼きに馬の焼き印をジュっと押したもので、東京競馬場や大井競馬場でも売られている。出店しているのはいずれも同一の業者さんで、中身は「あんこ」と「クリーム」の2種類。ほおばると、子供のころ味わった、あの甘い感触が広がってくる。あんこ8割、クリーム2割の比率で売れるらしいが、最近は年配者の「クリーム好き」が密かに増えているらしい。どうしてでしょうね。

G1_2  

今川焼きの名は、江戸時代に神田にあった今川橋(現在も交差点にその名を残す)の近くの店が売り出したことに由来する。その後全国に広まり、和菓子店や縁日の屋台でもおなじみとなった。ただ、人によっては「今川焼きって何?」と言う反応を示す場合もある。

その形状から「大判焼」と呼ばれていたり、ひっくり返して焼くことから「回転焼」というところも。周囲の人にちょっと聞いてみただけでも、「太鼓焼き」、「みかど焼き」、「御座候」、「十勝大名」と次から次へと出てくる。各地域でマチマチの名前で呼ばれているわけだ。

G1_4  

呼び名はどうあれ、アツアツを頬張ると、ふわっと甘い小豆のあんこがはみ出てくることに変わりはない。クリームのみならず、最近ではチョコやカレーなどのフレーバーがあるらしいが、この歳になると子供のころに買ってもらったおやつの味を思い出す素朴な「小豆あん」が嬉しく感じる。

こんな日にこんなネタで良いのかと叱られそうだけど、とにかく今日は寒かったんですよ。レース後のわずかばかりの瞬間とはいえ、雪の有馬記念というのは、私は初めての経験だった。

 

 

 

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2011年12月24日 (土)

イブの中山競馬場

3連休の中日。しかもクリスマスイブ。中山のスタンドは、奇妙な静寂感に包まれている。

Stand 

個人的注目は2レースの未勝利戦。ダート1800mに出走するヴェラカスターニャは、中山ダート1200mの新馬戦で芝とダートの切れ目に驚き、池添騎手を振り落としたあの馬である。

Vera1  

短期放牧を挟んで約2か月ぶりの競馬。ダート1800mという距離は、適性というよりも芝スタートを避けた結果であろう。鞍上の選択もまた然りである。

Vera2  

さすがに人気はない。単勝11番人気は60倍もつける。だが、そうはいってもノーザンのクロフネ産駒。調教本数も積んでいる。これは美味しい馬券かもしれない。

Vera4  

とはいえ、また落馬するかもしれないので、この金額ですcoldsweats01

Baken  

ところが肝心のレースは、大外枠からソロッとゲートを出して、すぐさま馬群の後ろにつけるという教育的競馬に終始してしまった。とはいえ、武士沢友治騎手を責めるわけにはいかぬ。前走で騎手を振り落とした馬なのだから、こういう競馬になることまで読まねばなるまい。直線では内から馬群を縫ってグイグイ伸びてきたから、それなりの効果はあったのではないか。結果7着。次は狙えるかもしれない。

Vera3  

ちなみに勝ったのは北村宏司騎手のダイワフェリス。この馬、デビューから武士沢騎手が手綱を取ってきた馬なんですよねぇ……。武士沢騎手にしてみれば、なんとなく切ないクリスマスイブになってしまった。

Daiwa  

続く3レースも未勝利戦。芝の2000m。1番人気アロヒラニが好位から抜け出すセンスの良さを見せて快勝した。

3r  

アロヒラニの母ファインセラはビワハイジの娘である。甥っ子に露払いを務めてもらった格好のブエナビスタは、果たしてラストランを飾ることができるだろうか。それにしても、キャロットファームの現2歳世代の躍進は凄いですね。

 

 

 

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ペルーサ取消で

ザ石を踏んでしまったようです。

結果論ですが、横山典弘騎手も安藤勝己騎手もちょいと運がありませんでした。あと、こないだ書いた郵便局の人も。

逆にラッキーだったのは武豊騎手ということになります。その運を結果に生かせるでしょうか?

 

 

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2011年12月23日 (金)

騎手に思う早熟、そして晩成

今年度の民放記者クラブ賞(関東新人騎手賞)が嶋田純次騎手に決まった。初騎乗で初勝利という離れ業を演じてから9か月。某TV番組の影響で、本人よりも父親の方が競馬場で目立つ時期もあったりしたが、東西ならびに外国人も含めたトップジョッキーがひしめく最終週の中山で15頭の騎乗馬を確保するというのは並みの新人にできることではない。周囲の期待の大きさの現れであろう。

Shimada  

もちろん一年目の成績が、将来の活躍を担保するわけではない。逆に一年目で勝ち星が伸びなくても、来年以降にまだまだチャンスはある。今年85勝を挙げて関東リーディング3位につけている田辺裕信騎手は、デビューした2002年は8勝どまりだったのだし、2年目の今年に関西リーディング4位に躍進した川須栄彦騎手は、昨年の18勝が今年はいきなり91勝である。激変する騎手事情が若手騎手の台頭を後押ししている面があるにせよ、着実に力をつけていけば成績につながるという実例として二人の活躍には賛辞を送りたい。

Tanabe 

だいたいが、実戦経験もない新人がいきなり百戦錬磨のベテランたちと真剣勝負をするスポーツなど他にないのである。高卒ルーキーが開幕戦でいきなりダルビッシュと対戦したり、序ノ口が初土俵で白鵬と相撲をとるようなもの。もちろん勝負の主役はあくまで馬であるわけだが、新人騎手が置かれている立場の厳しさに変わりはない。

ただ、新人騎手には、負担重量3キロのハンデがもらえる見習い騎手制度がある。嶋田騎手の好成績も、減量特典を生かした先行策によってもたらされたものが多い。ただし、通算100勝を達成するか、もしくは免許取得3年を経過すると、ハンデの恩恵はなくなってしまう。デビューと同時に大活躍しながら、数年後に突然パタッと成績が落ちてしまう騎手が多い背景には、こうした制度上の問題があるとも言われる。

ちょっと昔は、23歳未満ならば通算勝利数に関係なく見習い騎手として扱われていた。87年に当時の新人最多勝記録となる69勝をマークした武豊騎手は、まだ見習いの89年に133勝を挙げてリーディングを獲得。見習い騎手が頂点に立ったのは史上初の出来事だった。

そんな武豊騎手も今年は勝利数が思うように増えてこない。GⅠの年間連勝記録も途絶える寸前だ。年齢的な衰え云々を言うには、むろんまだ早い。

名騎手として名を馳せた加賀武見と増沢末夫の両氏は、1937年生まれの同い年。加賀氏がデビューの年に記録した58勝は、武豊に破られるまでの新人最多勝記録であった一方で、増沢氏はわずか3勝でデビューイヤーを終えている。ところが、両者が49歳になった1986年の成績を紐解くと、増沢氏は106勝を挙げて関東リーディングを獲得しているのに対し、加賀氏は6勝に終わっているのである。

早熟とか晩成といったタイプが語られるのはたいてい馬に対してだが、騎手にも同じようなことが言えるのだろうか。そんなことを思いながら、2011年JRA最後の開催を迎えることになりそうだ。

 

 

 

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2011年12月22日 (木)

巻き返し

カレンダー発送のために近所の郵便局を訪れたら、顔見知りの若い窓口担当者に「有馬記念は何を買ったらイイんでしょうかねぇ」と聞かれた。

ダービーを知らぬ人でも有馬記念は知っている。ニッポン競馬の特徴のひとつであろう。

「去年ペルーサ買って悔しい思いをしたんで、今年も買おうと思うんですが、前回がビリだったって聞いてどうしようかと……」

なるほど、気持ちは分からぬでもない。だが、有馬記念の歴史は波乱の歴史。前走で大敗を喫し、誰もが見放したような馬が、平然とトップでゴール板を駆け抜けてきた。

 69年 スピードシンボリ 凱旋門賞 11着以下
 87年 メジロデュレン  鳴尾記念 10着
 89年 イナリワン    天皇賞秋 11着
 90年 オグリキャップ  天皇賞秋 11着
 92年 メジロパーマー  天皇賞秋 17着
 93年 トウカイテイオー 有馬記念 12着
 07年 マツリダゴッホ  天皇賞秋 15着

このうち、メジロパーマーとマツリダゴッホの前走着順はブービーである。すなわち最下位とさほど変わるものではない。

Matsuri  

だいたいが、藤沢和雄厩舎の所属馬がGⅠでシンガリに敗れることなど別に珍しいことではない。逆に言えば、GⅠの舞台に送り込める馬を多く抱えていることの証であろう。

 99年 スティンガー   ジャパンカップ
 99年 シンボリインディ 有馬記念
 02年 ゼンノエルシド  安田記念
 02年 シャイニンルビー 秋華賞
 11年 ペルーサ     ジャパンカップ

このうち、スティンガーは次走の京都牝馬Sを勝ち、シャイニンルビーも次走エイプリルSで2着になっている。ペルーサにも巻き返しがあって不思議ではない。

「能力は持っているけど、精神的なもろさがある」

ジャパンカップのレース後、最下位に敗れたペルーサについて語った横山典弘騎手の談話である。これを聞いてカブトシローを思い浮かべたオールドファンもいらっしゃるのではないか。

67年秋の目黒記念で20連敗目となるシンガリ負けを喫した直後、秋の天皇賞を一気の捲りで勝ってしまった「稀代のムラ馬」。しかも、彼はその勢いのまま有馬記念も勝ってしまう。その時2着につけた6馬身という着差は、シンボリクリスエスに抜かれるまで、36年間に渡り有馬記念の最大着差記録であり続けた。勝つも負けるも気分次第。気分良く走った時の強さは、まさにディープインパクト級だったという。

Perusa  

「”去年の悔しさ晴らす”という思いの前では、前走の着順など実に些細なことだと思う。もちろん当たる保証はないけどね」

そう答えて郵便局を出た。カレンダーの発送はあと少しで終わる。そしたら次はいよいよ年賀状。今年も押し詰まってきましたね。

 

 

 

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2011年12月21日 (水)

もういくつ寝ると

ぼちぼち年賀状の準備に追われる時期が近づいてきた。

きたるべき年の干支が兎だろうが辰だろうが、私の送る年賀状はひたすら馬の写真を使っているから、片面(メインとなる面)は印刷で楽をしている。だが、もう片面、すなわち宛先は手書きを宗とし、決して「筆まめ」のお世話になったりすることはない。大量の文字を手書きで書く機会なんて年賀状くらいしかないのだし、世のデジタル化に抗う姿勢を示したいという思いもある。

さらに言えば、「筆まめ」の住所録のメンテミスにより、同一人物に2通の年賀状を送ってしまうような事態を防ぐことも狙いのひとつ。今年我が家に年賀状をいただいた方にも、2通くださった方が2人もいた。1枚55円だから、はがき2枚分で馬券が1枚買える。手書きであれば、「あれ? このヒト、さっきも書いたよな」と気づくものである。

ただし、まだ宛先書きの作業に入るには早い。今は写真選びに時間をかける時期である。馬主、生産者、騎手、調教師には、できることなら関係馬が勝ったシーンを使った1枚を贈ってあげたいと思うのがカメラマン心情というもの。だから、この時期の私は、重賞よりも、自分の好きな馬よりも、まず年賀状に使う写真が決まっていない人の関係馬が出るレースを優先にスケジュールを組むことになる。1番人気に押されるようなレースならなおさらだ。

だが、逆にそれで負けたりするとショックは倍になって返ってくる。「年賀状……、どうしよ…」と呟きつつ、木枯らし吹きすさぶオケラ街道を歩くのはこのうえなく切ない。馬券の当たり外れは金の問題だが、年賀状の写真は金ではどうにもならんのである。

Arima  

万事アナログ人間の私だが、さすがに最近ではデジタルカメラを使っているので、有馬記念や暮れの大井開催の写真も年賀状に使えるようになった。近年は大井の関係者に年賀状を出すことも増えたので、暮れの大井開催の写真が使えるというのは大きい。特に暮れに挙げた1勝というのは、ほかの勝利に比べてもうれしいものなので、先方にもたいそう喜ばれるのである。

年末の大井開催では、私の関係馬が大挙して勝ちまくることを願ってやまない。

 

 

 

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2011年12月20日 (火)

競馬界のなでしこ

昨日、今年の女性騎手ナンバーワン決定戦「LJS2011」の最終ラウンドとなる第3ステージが福山競馬場にて行われ、別府真衣騎手が見事総合優勝を果たした。

今年2011年を女性騎手という視点で振り返れば、第一人者である宮下瞳騎手が現役を退いたという意味で、節目の年となろう。宮下騎手は95年10月にデビュー。05年7月に吉岡牧子元騎手の女性最多勝記録を更新する351勝をマークすると、その後も勝ち星を重ねつづけ、地方競馬通算7795戦626勝(他JRA2戦0勝)。昨年からは韓国を主戦場とし、662戦して56勝を挙げていた。

Miyashita  

一時期にはJRA、地方合わせて27人もいた女性騎手も、現在は9人を数えるのみ。特にJRAでは増沢由貴子騎手1人という状況だ。今回のLJSもどうにか6人の参加者を集めたが、来年以降は休止されることが決まっている。

増沢騎手は、細江純子、田村真来の両元騎手とともにJRA初の女性騎手として1996年にデビューを果たした。福永祐一騎手や和田竜二騎手らを擁した「花の12期生」の一人。競馬学校卒業時には最も優秀な卒業生として「アイルランド大使特別賞」を獲得するなど、その技術は高く評価されていた。

ところで、実際に競馬学校の騎手課程に入学した女性は彼女らが初ではない。彼女らの一年前、1992年入学の11期生には、JRA競馬学校騎手課程としては初となる「女性合格者」3名が含まれていたのである。

87年に初めての女性受験者が現れてから91年まで、35人の女性が競馬学校の門戸を叩いたが、合格者はなかった。ところがこの年、いきなり3名の女性騎手候補生が誕生したのである。折もおり、競馬ブームは過熱の一途を辿っていた。メディアがこれを放っておくわけがない。取材は殺到し、「JRAに女性騎手が誕生!」というニュアンスでの報道がにわかに熱を帯びた。

ところがである。1年目に一人が体調不良を理由に退学すると、翌年にはさらに一人が進級試験に不合格となりまたも退学。さらに翌年には最後の一人も退学届を出すに至り、11期生からの女性騎手誕生は幻と消えた。

しかも話はそれで終わらなかった。最後に退学した一人の両親が、「男女差を無視した指導を受け、退学を余儀なくされた」などとして、JRAに百万円の慰謝料を求める訴えを起こしたのである。JRAの女性騎手誕生までには、様々な曲折があった。

訴訟といえば、名古屋競馬の女性騎手が所属調教師からセクハラを受けたとして、調教師を相手に損害賠償を求めて提訴したこともあった。男としては実に恥ずべき話で、こういう話を聞くたびに「まだそんなことやってるバカがいるのか…」と暗鬱な気持ちさせられる。狭い業界にあって、仕事を干されるリスクを背負いながら提訴に踏み切るには、相当の勇気が必要だったはずだ。ということは、提訴に踏み切れぬまま泣き寝入りするようなケースもゴロゴロ転がっていると考えるべきなのだろう。そう思うと余計暗鬱になる。

だからだろうか。彼女たちが競馬で勝つ姿を見るのは、ことのほか痛快である。海外では男性騎手に互してGⅠレースを勝つ女性騎手も珍しくない。そういう意味では、日本という国は、まだまだだと思うのである。

 

 

 

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2011年12月19日 (月)

有馬男の意地を

とある馬主と飲んでいるうち、土曜中山10Rでの失格が話題となった。1位入線したヒラボクマジックが4コーナーで外側に斜行。1番人気オリエンタルジェイの走行を妨害したため失格となった件である。これによりヒラボクインパクトに騎乗していた横山典弘騎手は、12月24日から年明けの1月8日まで騎乗停止処分となった。有馬記念に乗ることはできない。

「わざとやったんじゃねぇのか?」

不意に馬主が言った。「どうだい? 近くで見てたんだろ?」

たしかに競馬場にはいたが、4コーナー入口付近の出来事で、しかも馬群の後方で起きたため、ハッキリとは見ていない。だいたいが、目の前で起きたとしても、わざとやったかなんて分かるはずもないし、今どきわざと失格になる騎手がいるとも思えない。

「田辺を狙って邪魔をした…、ってことでしょうか?」

私なりに理由をひねってみた。関東リーディング首位の横山典弘が3位に迫る田辺を狙った   というシナリオである。

「この時期に7勝も差がついてれば、そんなことをする必要もねぇだろ。そうじゃなくって、有馬で乗り馬がいないのがみっともないから、わざと乗れなくなったんじゃねぇか?ってことだよ。まあ、冗談だけどな」

「……なるほど」

そう思うフシはあった。有馬記念の出走登録が締め切られた翌12日のスポーツ紙上では、ペルーサの騎手欄が空欄になっていたのだ。この時点で鞍上は白紙状態だったことにほかならない。

Shimbun  

ともあれ、当初はレッドデイヴィスに乗る予定だった安藤勝己騎手がペルーサに乗ることとなり、背中が空いたレッドデイヴィスには武豊騎手が充てられた。ペルーサとレッドデイヴィスのオーナーは実質的には同じ人物だから、アンカツのスイッチには支障はない。問題は武豊である。昨年の有馬記念で騎乗予定のローズキングダムが出走を取消。それにより、不運にも有馬記念の連続出場記録が15年で止まったほどの名手が、今年はリアルに騎乗馬がない状態だったのである。

土壇場になって馬が回ってきたレッドディヴィスの手綱にしても、もともとはデムーロがNGでアンカツとなり、さらにそのアンカツがNGとなって回ってきたもの。デビュー以来21回の騎乗回数を誇り、オグリキャップとディープインパクトで2回の優勝を誇る「有馬男」の心境はいかばかりだろうか。

Di 

武豊騎手は現時点で今年JRA62勝。昨年の69勝に届くのは厳しい状況と言わざるを得ない。しかも、昨年は毎日杯の落馬事故で、4か月以上もの療養を強いられながらの69勝だったことを思えば、今年の62勝という数字はいかにも少ない。

とはいえ、昨年まで23年間続けたJRAのGⅠ連続優勝記録更新のチャンスが回ってきたこと自体、彼の運の強さを感じさせやしないか。レッドデイヴィスにしても、オルフェーヴルに完勝した実績を持つだけでなく、骨折による7か月ものブランクをものともせずに古馬相手の鳴尾記念を勝ったばかり。その能力には底知れぬものを感じずにいられない。

GⅠのたびに外国人騎手同士でコロコロ乗り替わるという昨今の風潮には、ファンもそろそろ嫌気がさしてきている。武豊騎手24年連続JRA・GⅠ優勝記録達成!   なーんていう有馬記念になったりしないものだろうか。有馬の歴史は、常識で計れぬ結果の連続である。

 

 

 

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2011年12月18日 (日)

忘年会

12月もいよいよ後半突入となれば、毎晩の忘年会が忙しいという貴兄も多かろうと思う。付き合い酒は極力避けるタチの私とて、馬がらみとなれば当然断るわけにもいかぬから、大晦日まで宴席が目白押し。「年忘れ」というよりも、前夜の記憶さえあやふやな日々が続く。

1992  

若い時分は、よく有馬記念の1週前の中山競馬場で忘年会をした。すなわち今日ですね。有馬記念前週といえば、今では朝日杯だが、当時はスプリンターズSだった。開門ダッシュから4コーナーにビニールシートを敷き、寒空をものともせずにがぶがぶ仲間とビールを飲んだ記憶がある。いやぁ…今ではとてもできませんね(笑) 中山に行くことすら「寒いからパス」となどと言って逃げてしまう、しがない中年である。

1994  

ところが、最近では中山のゴンドラ特別室を利用した忘年会プランなる企画があるのだそうだ。25人までの利用で、室料4万~8万円プラス飲食代。25人集まれば一人当たりの室料は1600~3200円ということになる。通常の中山のゴンドラ指定席料金は3300円だから、普段競馬場を利用している立場からすれば「おトクなんじゃないの?」という気がしなくもない。だいたい、芝生席で宴会やって風邪ひいたりしたら、元も子もないですしね。

1995  

それにしても、なぜ日本人は暮れになると「年忘れ」を理由に酒を飲むのであろうか?

「年忘れ」を辞書で引くと、「年末にその年の苦労を忘れるために開く宴会」とあるから、すなわち「年忘れ」という言葉自体が「忘年会」の意味を持つようだ。遡れば室町時代から使われていた言葉のようで、当時は年末に催した連歌の会を指したとも言われる。さしずめ紅白歌合戦といったところか。

Bounen2  

今では親しい者同士が集まり、酒を飲んで一年の労苦を忘れ、息災を祝う会であろう。だが、悪いことをきれいサッパリ忘れるというのは存外難しく、むしろ良いことばかりを忘れてしまっているような気がする。大晦日の大井最終12レースの発走を待ちながら、「今年は何もイイことがなかった……」などとひとり呟いてしまうのは、きっとそのせいではあるまいか?

Bounen1  

それでも、大晦日の夜に大井競馬場にいられること自体を、まずは喜ぶべきなのであろう。今日は近所の鮨屋で常連が集まっての忘年会。決して忘れてはならない物事に思いを寄せつつ酒を飲むのも、忘年会の大事な目的のひとつだと改めて思う宴席であった。

 

 

 

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2011年12月17日 (土)

ひいらぎ賞にも注目を

ノーザンファームはJRAの2歳GⅠを5連勝中。明日の朝日杯を勝てば、3年連続でJRA2歳牡牝GⅠ完全制覇となる。朝日杯に送り込むのはアルフレードとダローネガの2頭。今日の時点でそれぞれ1番人気と3番人気だから、実現の可能性は低くはない。生産のみならず、育成にも力を注いできた結果の現れであろうから、さほど驚くべき結果ではないのかもしれないが。

それにしてもジョワドヴィーヴルの強さは際だっていた。キャリア2戦目でのGⅠ制覇は史上初。同時に6/15の抽選をかいくぐった運の強さもささやかれた。

ウオッカ以降この6年で抽選突破組の阪神ジュベナイルフィリーズ優勝馬は4頭目ということになる。ノーザンファーム生産馬の活躍はそれなりに説明がつくが、6年で4頭という抽選組の活躍はいったいどう説明すればよいのか? あまりに露骨な結果に、月曜には「ホントに抽選やってんのか?」という声さえ聞こえた。

「抽選システムは100%公平であり、作為の入り込む余地はない」とJRAは断言する。

だが、そうなれと今度は別の問題が浮上してくる。抽選組から優勝馬が出続けているという事実は、抽選に漏れた馬の中にも優勝に足る能力の持ち主がいた可能性が高いことを示唆しているのである。

コンピューターによる無作為抽出だかガラポンだか知らぬが、我々の目の届かないところで既に選別が行われているのだと思えば、「なんのための競馬か…」とため息のひとつもつきたくなる。せめてできることといえば、除外馬たちの次のレースをしっかりと見届けることくらいだろうか。今日の中山9Rひいらぎ賞は、まさにそんなレースだ。

ヴァリアシオンはハーツクライ産駒。朝日杯を除外されてここに回ってきた。2番人気。

Vali  

オープンで活躍するヤングアットハートの全弟・リアルフレアも除外された一頭。こちらは3番人気。

Real  

個人的注目は、前走で見事な変わり身を見せたヴィオラーネ。フジキセキの牝馬。緑のメンコと緑のシャドーロールが緑の芝生に映える。

Green 

だが、この手のレースは得てして荒れるもの。直線坂下で先頭に立ったモエレフルール目掛けてヴィオラーネが急追。つれてチェリーメドゥーサ。さらに外からセコンドピアット、リアルフレア、サンキューアスクが矢のように追い込んだところがゴール。珍しい6頭の写真判定となった。

Photo  

ハナ、アタマ、ハナ、アタマ、同着の激戦を制したのは……

Cherry  

真ん中のチェリーメドゥーサでした。

ひいらぎ賞の過去の勝ち馬には、アサクサデンエン、シンボリインディ、サクラチトセオー、そしてメジロライアンといったGⅠ馬がズラリ名を連ねる。2000mのオープン特別だった当時にはダイナガリバーも勝っていた。ハナ差を凌いだチェリーメドゥーサはもちろんだが、タイム差なしの5着同着だったリアルフレアとサンキューアスクまでは、今後も注目していかなければなるまい。

 

 

 

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2011年12月16日 (金)

朝日杯が来れば思い出す

朝日杯の時期が来ると思い出すことがある。

JRAが2004年に創立50周年を記念して展開したゴールデンジュビリーキャンペーンの一環で、その年の朝日杯当日の最終レースは、「メイヂヒカリメモリアル」というタイトルで行われた。そのことについて、「そんな馬知らない」とか「なんでグラスワンダーじゃないんだ!」とかいうファンが意外にも多かったのである。あと「メイヒカリの間違いじゃないの?」なんて声もあったなぁ。

メイヂヒカリは1954年の朝日杯の勝ち馬。故障で翌春のクラシックシーズンは棒に振るのだが、朝日杯で2着に下したケゴンは翌春の皐月賞を勝っているし、復帰後の菊花賞では、同期のダービー馬オートキツを10馬身も千切って優勝した。さらに古馬となった翌年には、第1回有馬記念(当時は「中山グランプリ」)の初代チャンピオンにも輝いている。

早い仕上がりを見せて2歳チャンピオンとなり、翌年には3歳牡馬クラシックも勝ち、古馬になってもさらなる成長力を見せて実力ナンバーワンの座を勝ち取る   。これこそまさに競走馬の理想形であろう。だが実現するとなると案外難しい。シンボリルドルフやディープインパクトは2歳チャンピオンにはなれなかったし、アイネスフウジンやミホノブルボンは古馬になって活躍できなかった。ドリームジャーニーも惜しいことにクラシックを勝てていない。実は2歳、3歳、古馬のそれぞれの歳で牡馬混合のチャンピオン級レースを勝ったのは、メイヂヒカリをおいてほかにいないのである。

Buena  

そういう視点に立てばブエナビスタの成績は立派のひと言に尽きる。牝馬同士とはいえ2歳チャンピオンとなり、3歳クラシックにも勝ち、古馬になってからは牡馬を相手に天皇賞とジャパンカップを制した。その功績はメイヂヒカリと比べてなんら遜色ない。文句なし。歴史に残る一頭であろう。

Buena2  

そのブエナビスタの引退式が有馬記念の当日、最終レース終了後に行われるらしい。

Intai  

現時点でGⅠ6勝。牝馬では歴代トップとなる賞金14億7886万9700円を獲得し、2年連続で有馬記念ファン投票1位となるなど、絶大な人気を誇るだけに、ディープインパクトの時のような盛大な引退式が予想される。そういえば、引退式の第1号もメイヂヒカリであった。

 

 

 

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2011年12月15日 (木)

焼きそば三昧

焼きそばといえば「ソース焼きそば」を思い浮かべるタチである。トロみをつけた具を麺にかけるいわゆる「あんかけ焼きそば」は、子供の時分から縁の薄い存在だった。とはいえ決して嫌いなわけではない。食べ進めるうち麺に少しずつあんが麺に絡み、じっくりと馴染んでいくあんかけ焼きそばは、味の変化が楽しめるという優れた点も兼ね備える。 

ところで、船橋競馬場スタンド1F『東西売店』の「あんかけ焼きそば」を食べたことはおありだろうか?

Tozai  

鉄板の上でじゃーっと焼いた焼きそばに、ソースをかけ回した普通のソース焼きそばを丼に絡め取り、その上からトロッとした餡をかけ回すのである。

Funabashi  

ご覧の絵ヅラから想像される通り、味付けはかなり濃い。飲み物を用意して食べることをおススメする。

船橋競馬場隣の「ららぽーと」内のフードコートには、「ぼっかけ焼きそば」で有名な『長田本庄軒』が入っている。

Nagata2_2   

「ぼっかけ」とは、関西のお好み焼きの具によく使う牛スジとコンニャクを甘辛く和えたもの。その語源は、かけうどんに“ぶっかけ”て食べていたこの「ぶっかけ」が「ぼっかけ」に訛ったというのだが、真偽はともかくその語感からはどことなく関西風の雰囲気が漂う。太くてもっちりした食感の麺にドロソース。マヨネーズに青ネギというコテコテの風味に「ぼっかけ」はことのほかマッチする。競馬場で食うならこっち、という気もする。

Nagata 

でもやっぱり競馬場の焼きそばといったら、川崎競馬場じゃないですかねぇ。

Yakisoba1  

パドック横の112号売店にある焼きそばは川崎グルメの代名詞的存在。混雑時はご覧の行列ができる。

Yakisoba2  

具材はキャベツと干しエビのみとシンプルだが、少しばかり辛目の味付けが人気の秘密だ。もちろん、ゆうに2人前はあろうかというボリュームも魅力のひとつ。おりしも明日16日は今年最後の川崎競馬開催日。まだ食べてないという方は、ぜひ行って、食べてみてください。

 

 

 

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2011年12月14日 (水)

ドキドキの全日本2歳優駿

ここ数年の全日本2歳優駿はやたらと道悪競馬が多くて、スーニが勝った08年が「不良」、翌年のラブミーチャンが「重」ときて、昨年のビッグロマンスがまた「不良」であった。雨の少ない12月にしては珍しい現象。単に速さのみを競うのではなく、精神力までも試されるレースこそがJpnⅠの格付けに相応しいのだろうが、キャリアの少ない2歳馬には少々気の毒な気もする。

そして今年も馬場状態は「重」。

Vision  

1番人気はダートに限れば3戦無敗のオーブルチェフ。未勝利勝ちが7馬身、プラタナス賞が5馬身、そして北海道2歳優駿は持ったまま後続を8馬身の独走となれば単勝1.1倍も頷ける。

Ober1  

11月6日付でチェックしたメジャーアスリートが2番人気に推された。ダートに矛先を向けてから2連勝中のダイワメジャー産駒。プラス9キロの馬体は2歳馬離れした迫力を感じさせる。G1サラブレッドクラブに初の“G1”がもたらされるだろうか。

Mejar  

スタートでスタンドが大きくどよめいた。ゲートで大きく躓いて騎手が振り落とされそうになりながら、それでもどうにか持ちこたえてレースをスタートさせた馬が一頭。あろうことか、圧倒的人気のオーブルチェフではないか!

対するメジャーアスリートは好発から果敢に前へ。

Mejar2  

出遅れたオーブルチェフは、思いもよらない後方から1コーナーへ。

Ober2  

すると、再びスタンドがどよめいた。

2コーナーを回ったところでオーブルチェフが進出を開始。3コーナー手前で先頭を行くメジャーアスリートに並びかけてしまったのである。そのまま押っつけ通しで4コーナーを回ると、最後は内でしぶとく粘るメジャーアスリートを競り落としてゴール。

Ober3  

引き揚げてきた騎手と厩務員は馬の左前が気になる様子。大丈夫でしょうかね?

Ober4  

たしかに歩様は乱れていたけど、初めて見る馬なんでなんとも言えない。レース後はいつもこうなるのかも知れませんしね。獣医の所見を待ちたい。

それにしても、楽勝ムードが一転辛勝である。馬から下りた中舘騎手の第一声は「申し訳ありません」だった。単勝にドカンと突っ込んだ人は心臓が止まる思いがしたかもしれない。「騎手がパニックになったけど、馬が助けてくれた」というコメントは、かつてヒシアマゾンとのレースでさんざん聞かされたフレーズだ。

かつての私はセッセとヒシアマゾン単勝を買っては、馬よりもヤネの心配ばかりしていたように記憶している。でもそれはそれでとても楽しかった。でなければ「ひしあまぐり」なんて名乗らない。そんな昔を思い出す競馬だった。

 

 

 

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2011年12月13日 (火)

歴史と伝統の2歳重賞

今週末に行われる朝日杯フューチュリティステークスは、数えて第63回目。戦後に制定された重賞の中では3番目に古い。

第1回は1949年の暮れに行われた。今はなき中山芝1100m戦。「3歳(※当時表記)チャンピオン決定戦というよりは、来年のダービーを占うレース」という触れ込みで、ファンの注目度は高かったようだ。レースは1番人気アヅマホマレが1分7秒3のタイムで優勝している。

ちなみにこのレースには翌年のダービーを勝つことになるクモノハナも出走していたが、あろうことか最下位だった。さすがに1100mという距離はダービーを占うには短かったのかもしれないが、翌年にはトキノミノルが同じ距離の朝日杯を圧勝し、無敗のまま日本ダービーを制している。

朝日杯が始まった翌50年には川崎競馬場が開設。さっそく、その年の8月に「第1回全日本三才優駿」が実施されている。したがってこちらは今年が第62回目。中央地方を問わず2歳重賞の歴史は案外深いのである。

こちらも今はなき川崎ダート1200m。勝ったのは、のちに中山の金杯などを勝つサチフサという馬で、8馬身差の圧勝であった。ちなみにこのレースからは、第8回の覇者ダイゴホマレが翌年の日本ダービーを制している。

全日本が中央地方全国指定交流競走に指定された97年には、アグネスワールドが朝日杯と全日本の両方のレースに出走し、全日本を1番人気で制した。この年の全日本は12月29日の実施ということで、朝日杯から十分な間隔(中21日)が取れたことが大きい。その後、全日本は日程が前倒しになる傾向にあり、逆に朝日杯の方は有馬記念の前週に日程変更されたことで、今では両レースへの参戦はほぼ不可能となっている。05年にフィールドカイザーが中9日で連戦したのが最後だ。

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ところで、97年当時の南関東では、暮れになると2場で同時開催が行われるのが通例だった。川崎がアグネスワールドの勝利に沸いている頃、多摩川を挟んだ対岸の大井では暮れの名物レース「勝島オープン」が行われていたと記憶する。しかもどちらかと言えば、大井がメイン開催で川崎は裏開催的存在だった。それゆえ全日本が行われている川崎には、的場文男や内田博幸といった名手は不在。川崎の至宝・佐々木竹見さんですら大井で乗っていたのである。

World 

97年の全日本3歳優駿当日の川崎競馬場の入場人員は1万9530人。売り上げは12億8889万7100円。一方、同じ日の大井のそれは2万3697人で16億2684万5100円である。あれからまだ10年ちょっとしか経っていないのに時代はずんぶん変わっちまったもんだな……なんて、妙なところで月日の流れを感じたりする今日この頃。明日の川崎には、果たしてどれくらいのお客様が来てくれるだろうか。

 

 

 

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2011年12月12日 (月)

豚肉の大地

遅ればせながら『吉野家』の新商品「焼味豚丼・十勝仕立て」を食べる機会を得た。昨日の中山競馬場でのこと。ただし、場内スタンドB1Fの店舗は相変わらず牛丼大盛弁当の発売のみなので、いったん場外に出て、北方十字路脇の店舗で食べることに。

Yoshinoya  

「十勝仕立て」の名にあるように、甘辛いタレで焼き上げた豚肉をご飯に乗っけたいわゆる「帯広豚丼」のスタイル。「コクのある北海道醤油とすっきりした江戸前醤油とをブレンドした特製タレを使って焼き上げた香ばしさが特徴」との触れ込みだが、実際食べてみると香ばしさよりもタレの甘さが勝っているような気がする。

Butadon  

北海道の食文化は、言ってみれば豚肉の食文化でもある。すき焼きといえば、豆腐&タマネギ&シラタキ&豚コマがオーソドックスな組み合わせ。旭川名物の「塩ホルモン」は、塩だけで味付けした豚のモツ焼き。室蘭の「焼き鳥」に至っては、鶏肉は使わず、豚肉とタマネギを交互に挟んで焼いたものだ。

帯広豚丼のルーツについては、明治期に静岡から帯広に入植した開拓団が豚を飼っていたから   、という説がある。だが、実はこれはあまり関係がないようで、昭和初期に帯広市内の食堂が鰻丼をヒントに作り始めたのがきっかけらしい。

Panchou  

帯広駅前の『ぱんちょう』(※上写真)は豚丼の「元祖」を名乗る有名店だが、実は帯広競馬場近くにも「日本一名物」の看板を掲げる『鶴橋』(※下写真)という豚丼専門店がある。炭焼きではなく、肉をフライパンで焼いて旨味ををタレに閉じこめるのが鶴橋流。見た目は真っ黒で、味もほのかに苦く、好き嫌いはハッキリするようだが、一度ハマったらやみつきになるという。残念ながら、私はまだ修行が足りない。

Tsuru  

『ぱんちょう』と『鶴橋』。いずれも80年もの伝統と味を守る豚丼の老舗だが、「互いに“豚丼”を名乗っているけど全く別物」と牽制し合う間柄で、地元のコアな豚丼ファンを二分したライバル関係が今も続いている。なんというか、凄いですね。これはたしかに文化だという気がする。

『吉野家』が今回出した豚丼は、鍋で薄切り豚肉をグツグツ煮込んでいた従来の「豚丼」とは確かに一線を画する。だが、『ぱんちょう』や『鶴橋』を知る人が食べたら、「コク」とか「香ばしさ」を語るに遠く及ぶまい。実際食べてみると「十勝仕立て」とは大きく出過ぎた感もある。果たして大丈夫だろうか?

 

 

 

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2011年12月11日 (日)

切っても切ってもダート戦

ここ数日の冷え込みはひと段落したが、それでも師走の中山であるからそれなりに寒い。客たちは日なたの椅子に群がって、5レースの2歳新馬戦がスタートするのをジッと待っている。

Stand  

5レースを勝ったエクセラントカーヴはダイワメジャーの牝馬。パドックではなかなかジョッキーを乗せようとしなかったり、気むずかしいところもある女の子だけど、石橋脩騎手は「モノが違う」と手放しの褒めよう。安全策をとって、ロスを承知でわざわざ外を回るという余裕のレースぶりだった。

5r  

堀厩舎はこれが今年の42勝目。藤沢厩舎も今日の3レースを勝って43勝目を挙げている。昨日3勝の固め打ちの加藤征厩舎は今日は未勝利に終わった。残り2週となった関東リーディングトレーナー争いは、どうやら藤沢・堀両厩舎の一騎打ちの様相。

6レースから9レースまでは、ダート戦が4鞍続く。この時期の中山らしい金太郎飴番組である。

9r  

9レースの舞浜特別はシンボリクリスエス産駒リコリスの完勝。馬連12倍、馬単28倍は、多くのファンが楽しめそうなベストオッズだと思うのだが、このタイミングで「寒くなってきたから帰ろうぜ」とメインを待たずに帰ってしまうお客さんが現れた。

この時間帯になると太陽がスタンドの影になって一気に冷え込むことに加え、「ダートは遠くてつまらない」という声も聞こえてくる。せっかく寒さに震えながらライブ観戦をしても、肝心のレースが遠くて迫力に欠けるというのだ。しかも距離は1200と1800の果てしなき繰り返し。大井の方がまだバリエーション豊富だ。

この土日の中山競馬場の入場者数は2日合計で5万5千人。十分少ない数字だが、滞在時間ベースではもっとひどいことになっている可能性がある。

メインもダート1200のカペラS。

4コーナーで仕掛けたケイアイガーベラが直線入口で後続を引き離したところで、アッサリと勝負は決まった。「混戦」との下馬評を嘲笑うかのような2馬身半である。

11r  

中山1200らしいレースといえばその通りなのだが、見せ場というものがあまりなかったのも事実。私の隣で見ていたベテランは「つまんねぇレースだな」とポツリ。馬券が外れただけであればよいのだが。

 

 

 

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2011年12月10日 (土)

午夜博彩

いよいよ今年の香港国際レースが明日に迫った。トレイルブレイザーのヴァーズもアパパネのマイルも注目に値するが、カレンチャンとパドトロワがロケットマンと再戦するスプリントは必見であろう。未だ日本馬が勝ったことのないタイトルだけに、現地に行けていない身でありながら力が入る。

暮れの香港といえば、ペリエ騎乗のハットトリックが胸のすく追い込みを決めた2005年のマイルがまだ記憶に新しいし、日本馬がマイル、ヴァーズ、カップを3連勝した2001年は逆に怖くなるほどだったし、ハクチカラ以来36年ぶりの日本馬による海外重賞制覇となった1995年のフジヤマケンザンの歓喜は今も忘れようがない。

そんな中にあって、1998年のカップを勝ったミッドナイトベットだけが、なんとなく世間から薄い印象を持たれているような気がしてならない。そうは思いませんか?

1998年の香港国際カップは、香港ダービーの勝ち馬ヨハンクライフや、安田記念でタイキシャトルの2着したオリエンタルエクスプレスなどの地元香港勢が人気を集めていた。日本のミッドナイトベットは、14頭立ての12番人気という超伏兵的存在。5連勝で京都金杯も京都記念も制した1年前の勢いはすっかり影を潜め、日本を発つ直前のカシオペアSではブービーに敗れていたことを思えば、そんな低評価もやむを得なかったのかもしれない。

レースは五分のスタートを切ったものの、300mほど進んだあたり他馬に前をカットされ、ずるずると最後方まで下がってしまうという最悪の展開。私の隣で撮影していた「ギャロップ」誌のカメラマンは、「あぁ、こりゃ3着もないわ」とポツリ。彼はミッドナイトベットの複勝にドカンと突っ込んでいたのである。

それでも3コーナーで早くも河内騎手が動いて、4コーナーではなんと先頭。いくらなんでも無茶だと思うところだが、遠目に見ても手応えはそんなに悪くなさそうで、「あれ? 逆に単勝だったんじゃないですか?」と私。そのまま先頭を譲ることなく、ゴールを駆け抜けてしまったのである。

Mid1  

この勝利には3つの大きな意味があった。

まずひとつは、ミッドナイトベットが、日本国内では傑出したチャンピオンホースではなかった点である。ミッドナイトベットの勝利により、日本でGⅠを勝てなくても海外に適鞍があれば積極的に出掛けて行こうという流れが加速したように思う。

いまひとつは、勝ち時計の1分46秒9は、95年にフジヤマケンザンが記録したレコードをコンマ1秒上回るものだったこと。日本馬が叩き出したレコードタイムを日本馬が破るという構図は、すなわち日本競馬のレベルの高さの証しである。

そして最後のひとつは、社台グループにとってこれが初めての海外遠征勝利だったことだ。

ギャロップダイナのフランス遠征から苦節12年。スキーキャプテンやダンスパートナーでも為し得なかった悲願を4頭目のチャレンジでついに果たしたのである。ミッドナイトベットに帯同して現地で調教を任されていた社台ファーム山元トレセンの袴田調教主任は、12年前にもギャロップダイナと一緒に渡仏して馬と苦楽を共にした人物。表彰式での喜びようも際だっていた。ステイゴールドやハーツクライの栄光は、その1頭の能力だけで勝ち獲ったわけではない。

ところで、午夜博彩(ミッドナイトベット)の単勝配当は43倍。実は私はそれを150HK$買っていた。払戻金は当時のレートで10万円にもなる。

Mid2  

河内騎手感動のウイニングランを撮り続けながら、内心私は「よし、今夜はフカヒレ三昧だ!」とほくそ笑んでいた。ニヤニヤしながら払戻金を受け取り、ホテルに戻って機材を置くや、タクシーを飛ばして『福臨門』に乗り付けたのである。

だが、店員から渡されたメニューを一瞥して、思わず妻と顔を見合わせた。

「足りないじゃん……」

さすが、天下の『福臨門本店』。フカヒレのコースは2人で10万円ごときじゃ食べられないんですね。勉強不足を痛感した香港でもあった。

 

 

 

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2011年12月 9日 (金)

次からはりんかい線

「前の電車に接近しています。信号が替わり次第発車いたします」

さっきから同じアナウンスが延々繰り返されているのだが、私の乗った地下鉄有楽町線の電車は新富町駅と月島駅との間に停まったまま、一向に動く気配を見せない。まだ朝のラッシュ時間が続いている時間帯でもあり、車内は結構混雑している。

これは昨日の話である。私は吊革にもたれ掛かりながら「しまったなぁ…」と後悔していた。

家を出る前から、「有楽町線に遅れが出ている」とは知らされていた。だから、わざわざ予定より30分も早い電車に乗って出たのである。なのに、この時点で30分のアドバンテージは既に底を尽きかけていた。新木場10時ジャストの京葉線に乗れないと、船橋の1レースに間に合わない。

実は1レースで断然人気が予想されるブラックリバイバルのオーナーから写真を頼まれているのである。なのに、パドックはおろかレースに間に合うかどうかさえ、もはや微妙な状況だ。セーフティーリードを保ったように見えながら、ゴール寸前で後続に捕まった逃げ馬の気持ちはきっとこんなものか。そんなことを考えていると、気分がどんどん滅入ってきた。

有楽町線遅延の情報を知り、りんかい線というルートもチラッと頭をよぎったのである。だが自宅からの運賃は、りんかい線経由だと880円。有楽町線経由なら710円。たった180円ぽっちをケチったおかげで不義理を犯してしまうのかもしれないと思えば、己を責めるべきなのだろう。だが、今この時点においてはこの動かぬ有楽町線が腹立たしくて仕方ない。

だいたいが「お客様混雑のためダイヤが乱れております」という言い訳はいかがなものか。すなわち「電車が遅れてるのはお前らのせいだよ」と言っているに等しい。朝夕のラッシュ時に利用客が集中するのは知れきったこと。己の業務遂行能力は棚に上げておきながら、客にその責めを負わせようとする姿勢はケシカラン!!

なんて、ぶりぶり怒りをみなぎらせながら新木場駅に到着した時、時計の針は既に10時を回っていた。ブラックリバイバル圧勝のシーンが頭に浮かぶ。まさか、「電車が遅れて間に合いませんでした」とは言えまい。

こうなったら運転手か車掌を引きずり降ろして跳び蹴りでも食らわせねば気が済まぬが、車輌はそそくさと車庫に消えてしまった。

取り残されたホームで、間に合いもせぬ京葉線を待つ時間のなんと虚しかったことか。海から吹き付ける冷たい風を浴びながら、今度から船橋1レースに行く時は決して有楽町線は利用するまいと固く誓った。

暗鬱な気持ちのまま南船橋に到着したのは1レース発走の2分前。これでは走ったところで、間に合うはずもない。

だが、ひとつアイディアが浮かんだ。ゴールは無理でも、ゲートなら撮れるのではないか。1レースは1200m戦。その発走地点は比較的駅から近い。

ららぽーとへ繋がる歩道橋から発走地点を覗くと……。お、いたいた。

Black0  

だが、なかなか発走する気配がない。どうやら、3号馬が枠入りをゴネているようだ。

Gate  

大の大人が12人がかりで馬をゲートに押し込めようとしている光景は   やっている方は真剣だろうけど   どことなく微笑ましいですね。馬の方は四肢をグッと踏ん張って、人の言うことなんか聞くもんか、という顔をしている。これは時間がかかりそうだ。

そのとき、ふと思った。

今からゴール行けば、間に合うんじゃね?

走りましたよ。全力で。「入るなよー。3号馬入るなよー」と祈りながら(笑)

で、結果は……、 

Black  

ブラックリバイバルの圧勝。どうにか間に合いました。

それでも、次から船橋の1レースに来る時は、りんかい線を使うことにします(笑)。

 

 

 

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2011年12月 8日 (木)

ホワイトハート初勝利

額のハートマークでお馴染みホワイトハート(牝3)が、今日ついに初勝利を挙げました。デビューから1年余り。苦節6戦目での晴れ姿です。

Heart2  

今日もパドック周回中はメンコを着用してましたが……、

Menko1  

騎手が跨ると厩務員がサッとメンコを外します。すると、あちらこちらからバシャバシャバシャとカメラのシャッター音が響き渡りました。かつて巨人軍の宮崎キャンプで長嶋茂雄監督がウインドブレーカーを脱いだ、あの瞬間を彷彿とさせるシーンです。

Menko  

1年前に比べてハート模様が大きくなっているような気もしますね。

Heart1  

これまでソエだ骨溜だ背腰の痛みだと、あちこちに不安を抱えて、まともに調教もできなかった彼女でしたが、今回は久しぶりに「ドコも痛くない」という状態でレースを迎えることができたのが大きいのだと思います。この中間、山元トレセンからやってきた獣医さんが、念入りにショックウェーブを照てて下さったことも隠れた勝因でしょう。

Heart3  

ポンとゲートを出て、馬なりのまま外目の5番手あたりを追走。直線で軽く仕掛けられると、きっちり伸びるという、まさにお手本のような競馬でした。前走で控える競馬を経験したのも生きましたね。ムンロ騎手も「馬の調子が良かったから、簡単なレースだった」と(多分、英語なので)言ってましたから、今後も期待が持てそうだ。

毛色や星の形だけで”アイドルホース”になれるほど南関東の競馬は甘くはない。とはいえ、せっかくその素質を持つのだから、もっともっと勝って欲しい。できることなら10連勝くらいして欲しい。ま、それは無理としても、明けて4歳となる来年が彼女にとって飛躍の年となるよう、願ってやみません。

 

 

 

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2011年12月 7日 (水)

なるか「親子3代丼」

KYな打ち合わせが入ってクイーン賞に行くことができなかったので、腹いせに豪勢なモノを食べてやろうと、新宿高島屋の『玄海』に足を運んだ。

Oyako  

親子丼ですね。うひゃ~、ランチで1600円もします。でも喰っちゃる!angry

「親子丼」といえば、アンバーシャダイとホウヨウボーイの有馬記念がつとに有名だが、30年前の話とあっては知らぬ人もいるかもしれない。

1981年の有馬記念、二本柳厩舎は前年の勝ち馬でこれが引退レースのホウヨウボーイと、前走の目黒記念で初めて重賞を勝ったアンバーシャダイの2頭出しだった。厩舎の主戦である加藤和宏騎手が当然ホウヨウボーイに、アンバーシャダイには代打屋・東信二騎手が騎乗。目指すべきは、「ホウヨウボーイが連覇を果たして引退の花道を飾ると同時に、アンバーシャダイが2着に入って花を添える」という結末である。

東騎手は、モンテプリンスを負かせば2着はあると徹底的にマーク。モンテを内に閉じ込めたまま、外に出せないようがっちりブロックした。そして、ホウヨウボーイが直線で先に抜け出すのを見てアンバーシャダイもスパート。「よし、2着だ!」と確信した次の瞬間、なんとホウヨウボーイをも差し切ってしまったのである。今日の私の打ち合わせにも匹敵する見事なKY。有馬記念で親子丼を果たしたというのに、口取りでの二本柳調教師の複雑そうな表情といったらなかった。

あれから30年!(きみまろ風)、今年も有馬記念の季節がやってきた。となれば、リーディング争いにも一層興味が湧いてきそうなものなのだが、ジョッキー部門もトレーナー部門もいずれも関西同士の争いということで、関東の人間にはいまひとつ盛り上がりに欠けている。その調教師部門にしても、4日の競馬を終えた時点で角居勝彦調教師が池江泰寿調教師に7勝の差。ほぼ大勢は決した。

とはいえ、獲得賞金ベースでは、角居調教師の10億8947万円であるのに対し、池江師は20億3625万6千円と角居師の倍近くを稼ぎ出している。ちなみに、池江師がリーディングトレーナーを獲得した08年の獲得賞金は8億6147万7千円。一方、リーディング4位に終わった角居師は12億2337万4千円で、獲得賞金ベースではトップだった。

騎乗機会を与えられたレースで勝利を目指すジョッキーのリーディングが勝利数で競われるのは当然である一方で、調教師の仕事は数を勝てば良いというものではなく、いかにして賞金を稼いでオーナーに還元するかが大きなポイントとなる。ゆえに、英国のようにリーディングトレーナーは勝利数ではなく獲得賞金で決する国も少なくない。

池江師の獲得賞金20億円超えは、04年に藤沢和雄調教師が23億1699万8千円を稼ぎ出して以来7年ぶりの快挙だが、有馬記念には、オルフェーヴル、トーセンジョーダン、そしてトゥザグローリーの3頭がスタンバイ。もしこの3頭で表彰台独占ということになれば、その賞金合計は約3億円となり、藤沢師の記録を抜くことになる。3冠馬に天皇賞馬、そして昨年の有馬3着馬の組み合わせなら、決して無いとは言い切れまい。今年の池江厩舎にはそう思わせるだけの勢いがある。

ところで、同一厩舎のワンツーフィニッシュが「親子丼」なら、1~3着独占を何と呼ぶのだろう? 「親子孫丼」だろうか?

 

 

 

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2011年12月 6日 (火)

マイシンザンがやって来る

JRAによると、今週日曜の阪神ジュベナイルフィリーズ当日のウインズ石和に、ミホシンザンの直子にして重賞2勝馬のマイシンザンが来場。ファンとの記念撮影会を行うのだそうだ。

ファンサービスの一環として、競馬場に引退馬や功労馬が来場することはよくあるが、ウインズに元競走馬を連れてくるという例はあまり聞いたことがない。ウインズ新白河にディープインパクトを父に持つ乗用馬「ユメカガミ号」が来場して体験乗馬や記念撮影をしたことはあったが、今回は元競走馬であり、また種牡馬としても供用されたことのあるマイシンザンである。今は乗用馬の身であるとはいえ、なかなか楽しい企画だ。

これを機にあちこちのウインズに名馬がやってくると楽しいのだけど、ウインズ石和には芝生広場のような設備がある上、輸送上の問題も少ないことから実現したとのこと。今回上手いこといったからといって、いきなり来週ウインズ銀座にウイニングチケットがやってくるようなことにはなりませんよねぇ。あ、でも、ウインズ川崎なら馬運車駐車場も積み下ろし場も、馬房もあるからできなくはないですよ。ぜひ関係者にはご一考いただきたい。

ところで、日曜のウインズ石和では、マイシンザンだけでなくサンケイスポーツの名物記者・水戸正晴氏も来場。予想イベントが開かれるのだそうだ。

マイシンザンが出走した1993年の日本ダービーは、柴田政人元騎手がウイニングチケットで悲願のダービー制覇を果たしたことであまりに有名だが、出走18頭中15頭が重賞勝ち馬(ダービー後に勝ったものも含む)という近年屈指のハイレベルのダービーでもあった。

Derby  

そんな歴史に残るダービーで、サンスポのエース・水戸正晴氏記者が渾身の◎を打ったのはスプリングSの覇者マルチマックス。さあ、第60回日本ダービーのゲートは開いた! と同時にマルチマックスはよもやの落馬、競走中止である(爆)

「1秒でハズれた…」と水戸氏がヘコみまくったあのダービーから18年。ある意味、マイシンザンとのキャスティングには運命的なものを感じなくもない。まずは阪神JFの水戸氏の本命馬が、ちゃんとゲートを出ることを祈るばかりだ。

 

 

 

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2011年12月 5日 (月)

7重勝

先月28日、内閣府は特定地域で国の規制を緩和する「構造改革特区」として、佐賀競馬を運営する佐賀県競馬組合が法律で認められてない「7重勝単勝式」の馬券を販売することを認定した。

現行の競馬法で認められているのは「5重勝」まで。競輪では7重勝の「チャリロト」がすでに発売されているが、競馬での発売となれば国内初となる。JRAの「WIN5」を真似て「WIN7」とでも呼べばよいのだろうか? でも、これだと、あのパソコンOSの名前と被っちゃいますね。

「特区」と聞くと一時話題になった「カジノ特区」構想を思い浮かべるかもしれないが、実際には特区制度を利用して刑法改正が必要な新たな適用例外賭事を作るのは難しい。なので、自治体に入場料の徴収を義務付けていた競輪の入場料を無料化するとか、オートレースの主催市役所敷地内に場外車券売場を設置できるようにするとか、その程度のことが精一杯で、とかく公営ギャンブル(宝くじも含む)に関する特区申請は斬新なものほど認定されにくいようだ。

競馬に関する特区申請が認められた例としては、名古屋で2007年7月に認定された「地方競馬ミニ場外特区」がある。

場外馬券売り場の設置には国の承認が必要だが、特区に認定されたことで、周辺の学校や医療施設への配慮、地元住民の了解などを条件に、国の審査が簡略化されるというもので、認定から僅か5ヶ月後に「サンアール大須」がオープンするに至っている。

Saga  

佐賀では先月26日に第1レースから最終第10レースまで、全て単勝1番人気の馬が勝つという珍事(?)が起きた。後半5レースを予想する5重勝の配当は910円。ちなみに翌日のJRAの5重勝配当は360万円である。7重勝ともなればキャリーオーバーが発生することもあるだろうし、も少し夢のある配当が期待できそうだ。

 

 

 

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2011年12月 4日 (日)

【訃報】ショウワモダン

みなさんご存じのはずだと思うけど、昨年の安田記念優勝馬ショウワモダンが、繋養先の馬事公苑で亡くなってしまった。突然の訃報はまだ7歳という若さ。事故死というのがまた痛ましい。

Modern2  

思えば引退も突然だった。今年の安田記念に向けての最終追い切りのあとに鼻出血を発症しての引退。あれからちょうど半年での訃報である。

39戦目でのGⅠ初勝利は、グルメフロンティアとトウカイポイントの35戦目を上回る国内最多キャリア記録。また、史上5組目の父子3代GⅠ制覇という快挙でも名を馳せた彼だが、私の印象は無類の”雨好き馬”であったということに尽きる。

”道悪巧者”ならいくらでもいる。だが、彼はとにかく雨が好きだったように思えてならない。ツメの形がどうとか、走法がこうとかではないのである。雨さえ降っていれば、パドックから実に嬉々として歩いていたのが私の知るショウワモダンだった。初めての重賞タイトルとなったダービー卿チャレンジトロフィーも、記録上は「曇」となっているものの、実際には細かい霧雨がそぼ降る寒い一日だったと記憶する。

そんな彼のイメージが一変したのは、59キロを背負いながらもシルポート相手に1分45秒7で完勝したメイステークスであろう。のちに彼が安田記念馬となった時、「あのとき59キロを克服していたのだから」とか「シルポート相手に時計勝負を挑んで勝ったのだから」などと、振り返られるいわばターニングポイントだが、私個人のメイSの印象は「よくやる気を出したもんだな」だった。レース当日は、絵に描いたような五月晴れだったのである。

安田記念優勝後は8戦して未勝利。安田記念をフロック視するような声も聞こえたが、レコードの決着をまぐれで勝てるほどGⅠは甘くはない。59キロや60キロばかりを背負わされたことも、その後勝てなくなった原因のひとつではあるまいか。

Modern 

折もおり、優勝した重賞競走の格に応じて加増される別定重量のGⅡ、および一部GⅢにおいて、来年以降は負担重量の上限を58キロにすることが先月発表された。馬を出走させる方はレース選択の幅が広がるし、なによりGⅠ馬の出走機会が増えればファンが喜ぶ。”酷量”を背負って勝つのも名馬の条件であることには違いないが、東京新聞杯で60キロを背負ったショウワモダンが後方で苦しむ姿を思い返すに、やはりこういう方向に変えるべきなんだろうな。うん。

ショウワモダンの訃報に触れ、そんなことをふと思った。冥福を祈りたい。

 

 

 

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2011年12月 3日 (土)

ウインズ川崎OPEN

ついに今年も冬の中山開催の開幕日を迎えましたが、

Kawasaki1  

そんな日にいったいどこにやって来ているかというと、

Kawasaki2  

そう! 今日、JRA全国46か所目の場外発売施設としてグランドオープンした『ウインズ川崎』なのです。

Kawasaki3  

まあ、つまり川崎競馬場なわけです。

Vision  

神奈川には横浜市にウインズとエクセルがあるが、川崎市にJRAの場外施設が置かれるのは初めてのこと。川崎市民として、そのオープン初日に足を運ばぬわけにはいくまい。

ところが、である。吹きすさぶ風雨に耐えながら、ようやく辿り着いたウインズ川崎には、閑古鳥が啼いていた。まあ、この天気じゃねぇ。

Stand  

よりによってオープン当日に記録的豪雨に祟られるというのがいかにも川崎らしいところですが(笑)、外は閑散としていても、スタンド内は結構繁盛していたので、とりあえず安堵。

Stand2  

パドックの工事は既に完了。新ビジョン(右)には小倉のオッズを、従来のビジョン(左)にはグリーンチャンネルを放映中。

Paddock  

大盛り焼きそばで有名なパドック脇の112号売店も営業中なんですが、この天気にお手上げといった感じ。

Baiten  

それにしても、川崎のスタンドで、このカードを使うことになろうとは……。

Jra_card  

見慣れた川崎の券売機から出てきたその一枚は、まごうことなきJRAの馬券です。

Baken  

地方競馬場でのJRA馬券発売は、既に盛岡、佐賀など多くの競馬場で実施されてきたが、これまでは施設の一部をJRAが間借りする格好でJRA側が業務をしていた。だが、今回はJRAが発売・払い戻しを川崎競馬組合に委託する形での場外発売が実現。来年以降の相互発売実施を視野に入れつつ、残る南関東3場でもこうした流れは加速するものと思われる。

その流れのひとつが、先月から南関東で導入された新マークカード。利用者にとっての大きな変更点としては「場名」をマークしなけりゃならなくなったことでしょうかね。先週の勝島王冠当日でも、券売機からカードを突っ返されている光景をやたらと目にした。

Card  

ただ主催者側の眼目は、「ライトカード」と「基本カード」(連勝単式と連勝複式等を統一したカード)の導入なわけですよ。すなわちJRAに合わせたということですね。

ウインズ川崎に話を戻すと、「川崎競馬を土日に開催する場合はどうすんじゃ?」と思って聞いてみたところ、開催がバッティングするとしたらナイター開催期間に限られるだろうとしたうえで、川崎の第1レースの発送時刻をJRAの最終レース後に設定し、リレー発売形式で売り上げ拡大を狙うのだそうだ。いやぁ、しっかりしてますねぇ。ちなみに、来年の7月28日の土曜日が5回川崎開催の最終日で、JRAは札幌、新潟、小倉が予定されている。

この日は、1日4場完全制覇の偉業(なのか?)を目指す絶好の機会になるかも知れない。「やってやろうじゃねぇか!」と思われた貴兄は、ぜひ川崎へ!!。

 

 

 

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2011年12月 2日 (金)

スイッチコース

JRAは開催替わり。明日からの約2か月間、右回りコースばかりでの開催が続く。例年ならば暮れの中京開催の時期であるが、改装中のために今年は右回りの小倉。左回りを得意とする馬にしてみれば、ちょいと辛い年末年始になりそうだ。今週行われるJCダートが事実上の”国内GⅠ”になってしまったのは、右回りの阪神コースに移設されてからである。

Dd  

JCで6着に敗れたデインドリームは、GⅡイタリアンオークスを勝ち、GⅢマルレ賞で5着に敗れたあと、GⅠベルリン大賞、GⅠバーデン大賞、そしてGⅠ凱旋門賞と怒涛の3連勝をマークしていた。近走で唯一敗れたマルレ賞が行われたサンクルー競馬場は、フランスでは珍しい左回りコースである。JCのレース後には、「実はデインドリームは左回りが苦手なのでは?」という声も聞こえた。凱旋門賞を勝つほどの馬の敗因を”回り”だけに求めるのは、若干無理があるように思えるが、コースが左回りか右回りかでまるで成績が異なる馬が存在するのはよく知られたところである。

人間の世界では、陸上のトラック、スピードスケート、競輪、競艇、オートレースに至るまで、たいていは左回りで行われている。野球のベースランニングも左回りだ。人間の心臓が左側にあることから「左回りの方が体への負担が少ない」と言うのが通説で、米国では競馬場も人間に倣ってすべて左回りになっている。彼らが阪神のJCダートに参加しようとしない大きな理由のひとつである。

だが、1896年にアテネで開かれた第1回オリンピックの陸上トラック競技は、なんと右回りで行われていた。その30年ほど前に英国で行われた世界初の近代陸上競技会のトラックも右回り。しかも、「英国の競馬場の回りに倣った」という説まで残されている。だが、実は英国の競馬場の約3分の2は左回り。その謎は深まるばかりだ。

ともあれ、片方回りの競馬ばかりが続いて困るのは馬ばかりではない。同じ方向に回る競馬ばかりが続くと、騎手によっては背骨が歪んでしまい、膝を痛めたり、坐骨神経痛を発症することがあるという。左回りしかない米国では、騎手の引退理由の一番手が「膝の故障」とも言われる。

ところで、9月2日付「台風競馬」の中で、「フェアーウインが東京芝1100mの新馬戦をレコードで勝った」という話を書いたところ、「東京芝コースに1100mなんて距離設定があったのか? あったとしたら、スタート地点は3コーナー入口くらいか?」という質問を受けたのだけど、あったんですねぇ。で、スタート地点は、今の1400mのスタート地点から40mほど3コーナーに寄ったあたりでした。

「それじゃ距離が合わねえだろ!」などと言うなかれ、当時の東京競馬場は右回りでも競馬が行われていたのである。

いわば”スイッチコース”。芝の1000m、1100m、1200m、そしてダートの1000m、1100mは向こう正面を2コーナーに向かってスタートし、1コーナーを回り、200m余りの直線を争い、今で言う2百のハロン棒が右回りのゴールポストであった。ホームストレッチから真っ直ぐ2000mのスタート地点方面に向かう外回りの芝コースは「いったい何のためにかるのか?」と首を傾げる人もいるが、あれは右回り専用コースの名残である。

Fairwin  

ちなみにフェアーウインは、東京競馬場で(4,1,2,0)という成績を残しているが、その内訳は右回り(1,1,1,0)、左回り(3,0,1,0)であった。

 

 

 

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2011年12月 1日 (木)

おでんに燗酒

う~、さぶさぶ。陽気も律儀なもので、12月になった途端にこの寒さですよ。大井競馬場に到着するなり、たまらず4号スタンド「びっぐういんど」に飛び込んじゃいました。

寒い時は、やっぱおでんですよね。

Oden1  

おでんには燗酒がつきものだが、さすがにここは自重。十年前なら躊躇わず飲んでたかもしれないけど、最近はすっかり弱くなり、ワンカップ1杯飲んだだけで撮影に支障をきたすようになってしまった。トシは取りたくないもんですな。

Oden2 

外国人から見ると、一年中酒を温めて飲む日本の習慣は奇異に映るらしい。私の妻は昔から燗酒が好きで、真夏に私がぐびぐびとビールを飲む隣で、ちびちびと御猪口をすすっていた。その時は「この暑いのに」と思ったことも確かにあったのだけど、最近になってようやく私も燗酒の良さに気づき始めてきたのかもしれない。冷やして香りと喉越しを楽しむより、米の旨味や甘みに重きを置くようになってきたのだ。

近年の日本酒ブームでは「良い酒は冷やで飲むもの」という誤った認識を飲み手に植え付けてしまった感がある。いや、私のその一人かもしれない。だが、「燗して飲むのは安酒」という認識は、あらぬ誤解である。

もともと日本酒という酒は、温度帯によって味わいが異なる。氷温に近いもの、10度以下の吟醸酒、室温など常温で飲む純米酒、そして人肌温度から熱燗までと実に幅が広い。同じラベルの酒でも、温度が違うだけでまるで違う酒に変化するのである。

基本的に生酒以外は燗ができると思っていい。大吟醸酒は、香りが飛ぶので40度が限度だが、純米、本醸造など、様々な酒と温度の相性を自分で探してみるのも悪くないだろう。燗をつけることで、常温では隠れていた様々な酒の個性が浮かび上がってくるので、それを楽しむのもまたいい。

Sake 

最近の私は、そば屋で飲む酒は一杯目から燗酒である。暖簾をくぐるなり「天で一本つけてくんねえ!」なんて粋な注文はできないが、板わさなんかをつまみつつ、天ぷらそばが出来上がるまでの間を燗酒で過ごすあのひとときは、間違いなく幸せを実感できる時間ですよね。

 

 

 

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