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2009年3月31日 (火)

ブエナビスタに乗るのは?

ドバイで2日間の騎乗停止処分を受けた安藤勝己騎手への裁定について、JRAは「帰国した本人への事実確認と、現地主催者への確認を行ったうえで、裁定委員会を開いて決定する」と発表した。

カジノドライヴとのコンビでドバイワールドカップに参戦した安藤騎手は、レース半ばで馬群が密集した際に後続の進路を遮り、インターフェアーとの裁定を受けた。現地からの報道では、騎乗停止期間はドバイでの開催日程で適応されるというが、ドバイはワールドカップミーティングをもって2008~09シーズンが閉幕したばかり。次の開催は半年も先になる。

コトが大きくなっているのは、安藤勝己騎手が2週後の桜花賞で断然人気確実のブエナビスタの主戦騎手であり、「乗れんのか? 乗れないんか?」という点にことさら大きな注目が集まっているからだ。

ただ、安藤騎手は”大レースの直前の騎乗停止”が意外に多いことでも知られている。

2006年の宝塚記念ではダイワメジャーに乗れず、2004年の秋華賞ではトライアル勝ち馬レクレドールに乗れず、2003年の朝日杯FSでも2戦2勝でいちょうSの勝ち馬メテオバーストに乗れなかった。他にも2005年には宝塚記念とエリザベス女王杯を騎乗停止でフイにしている。もちろんわざとやっているはずはなかろうから、単に巡り合わせが悪いのだろう。サンデーレーシングの関係者にしてみれば、たまったものではないだろうけど。

Ankatsu  

今回のケースでは、2006年暮れの香港でやはり騎乗停止処分(5日間)となった武豊騎手の例が思い起こされる。

この時、香港ジョッキークラブが処分を決定したのは12月10日。そこから実効5日間の騎乗停止となれば12月24日の有馬記念は騎乗できないことになる。

折しも日本の競馬界はディープインパクトのラストランで大フィーバーの渦中であった。その背中に武豊がいないとなればこれは一大事である。

しかし、香港では裁決担当者の判断で制裁発行日を決められる制度が導入されている。ディープインパクトは香港でも知られたスターホース。空気を読んだ香港ジョッキークラブは、制裁の発行を有馬記念の翌日としたのである。

こうして有馬記念は当初の予定通り(?)感動のうちに幕を閉じた。が、東京大賞典(シーキングザダイヤ)はワリを喰った。まあ、それはどうでも良いことだが。

世界各国からトップジョッキーが参戦する香港では、裁決そのものを甘くすることはしないまでも、処分を柔軟に運用することにより、その騎手のその騎手の母国の主催者にいらぬ波風を立てぬよう配慮している。また、軽微な騎乗停止ならその摘要日を騎手側が選択できるルールを採用する国もある。

こうした流れの源流にあるものは「ファンへの配慮を優先する」という考え方。堅物で知られるJRAが今回のケースでどのような対応を見せるか、注目したい。

 

 

 

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2009年3月30日 (月)

なまら凄い親子丼

二日連続の早起き。だが今日は中山ではなく築地の河岸に来ております。まあ、いろいろ事情はあるんですよ。

ムキ銀。

Ginnnan   

20年前に市場近くの某新聞社に出入りしていた頃はよく朝メシなんかを食べに来たもんだけど、今では完全なる観光スポットに変貌を遂げてしまっている。店頭には外国語で書かれたメニューがやたらと目立つ。

Menu  

築地には築地のしきたりがあって、ひとたび素人がそれを乱すような真似をしたら、たいへん怖い思いをさせられたもんだけど、回転寿司が軒を並べる今となってはそんなこともないのだろう。それが残念とかいうわけではないのだけど、20年でずいぶん軽くなったな~と思う。逆にてめえは20年でずいぶん重くなった。いや、あの、物理的にね。

さらにに昨今では素人が場内市場にまで入っていくことが許されており、驚くことにマグロのセリを間近で見ることも可能だという。でも私はウマ以外のセリには興味はゼロ。素人が場内市場に手を出しても勝ち目はないので、場外で淡々と用向きを済ませた。

『鳥藤分店』で親子丼を食べる。

Oyako  

親子丼は鶏肉と玉子のハーモニーの妙が醍醐味だが、ここの親子丼は肉の旨さに圧倒される。その旨さが堪能できるよう、鶏肉の一切れ一切れはゴロリと大きめ。ギュッと噛み締めると、鶏肉の旨味がじゅわっと口に広がる。この味はなまら凄い。

しかるのちに埼玉にある私の実家へ。平日は道が混んでますな。35キロを2時間もかかってヘトヘト。

それでも歯を食いしばって面倒この上ない私的な用件をどうにかこなし、川崎競馬場にとって返す。ナマラスゴイが記念の10戦目を迎えるのである。

道路はどこも混雑を極めている。川崎競馬場の駐車所にクルマを入れた時には、かえし馬がすでに終わっていた。あぶないあぶない。

なのでいきなりのスタート。そしたら、ナマラスゴイがメンバー中一番の好発を決め、「よし!そのままハナ行け!」と叫んだのに、なぜか1コーナーでは後から3~4番手の位置にいた。

…………なんで?

まあ、二の脚がつかないってことは分かっているんですけどね。

そんなこんなで、ただ馬群について回ってくるだけの7着。もうこんな競馬は見飽きたから、いっそスタート後は腹を括って最後方に控えて、直線だけの競馬とにもチャレンジしてみようか。もちろん川崎ではなくて「大井に連れて行って」という条件がつくけど。

 

 

 

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2009年3月29日 (日)

花見にはちょっと早い日曜日

川崎も今日からナイターが始まりますが、私は珍しく朝から中山に来てます。う~さぶさぶ。

先週あたりは この土日が桜の見頃かと思ってたんだけど、まだまだ花見日和にはほど遠いようですね。

Sakura1 

時折吹きつける痛烈な北風を浴びれば、まるで年末年始の中山に来ている気分。来るまでは「内馬場のベンチにでも座ってのんびり桜でも眺めようか」なんて思っていたのだが、この寒さに風情もへったくれもあるかとスタンドに逃げ込んだ。

北風にも驚いたけど、中山メインのマーチSが最終レースに組まれていることにも驚いた。他場でG1レースが行われる日の重賞競走は、今後もこうして最終に割り振られるんですかね?

Harigami お互いのレースを引き立てるために間をおいた方が「お客様により楽しんでいただける」→「馬券が売れる」という趣旨で、これはこれで良いことだと思うのだけど、アナウンスは徹底されてんだろか。しかも今週から阪神メインが10レースに移行したことも重なり、現場の混乱は猖獗を極めることになりそうだ。実際、窓口で大声出して揉めてる客を2人も見かけた。

私の目当ての3レースは牝馬限定の未勝利戦。

だが、私の目当ての馬は、スタートに失敗して競馬にならないまま終わってしまいました。ガックシ。もういっぺんレースやり直してくんないかな。

なんてウジウジ考えつつ、せっかく来たのだからと内馬場に戻って障害レースも見ていくことに。この時間になると、北風も収まってずいぶん暖かくなってくる。桜の開花も進みそう。

Shogai

それにしてもホーストライアルとはやっぱ全然違いますね。いっぺんにいっぱい走ってるし、って当たり前なんだけど。人気のサトノスローンが負けてちょっとした波乱になった。

障害戦も終わったことだし、いくら待っても3レースをやり直ししてくれる気配もないし、マーチS発走の16時40分まで相当あることでもあるし、ここいらで撤収。マーチSはTVで見ることにしよう……、って、その時間はCXもTVKも中継時間外じゃん。

いや、たとえTVKがワイド中継を延長してくれたとしても、キー局が中継できない帯に堂々と重賞をやるってのはどうなんでしょう。「マーチS程度の重賞なら構わない」ってことなんすかね?

だとしたら勝ったエスポワールシチーがちょっと気の毒。

 

 

 

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2009年3月28日 (土)

QUOカードを送りたい

京浜盃の夜の話。

大井から帰宅して郵便受けを覗いてみたら、競馬関係の郵便物が3通届いてた。

ひとつはポーカーアリスの預託料請求書。最近すっかり見慣れた感のある「放牧価格」が印字されているのを見て、「倍の金額払えば倍の早さでツメ伸びないかな?」なんてコトをついつい考えてしまう。とはいえ「ツメはずいぶん伸びてきた」(牧場関係者談)というのだから、焦らずジッと待とう。辛い春だ。

いまひとつは、以前にも書いたフィフスペトル&ブレイクランアウト両馬の会員氏から届いた一通。なんと函館2歳Sと共同通信杯のQUOカードのセットですよ!

Quo_2  

これは嬉しい。でも、それ以上にに羨ましい。聞けば懸案だった鞍上問題も解決したとのこと。しかも、フィフスペトルの方はアンカツに決まったというから「むしろ良かったじゃん!」と突っ込んでしまった。ああ、羨ましい。早く「送る側」に立ちたい。

そして最後の一通は、見知らぬ中国料理レストランからの案内状である。

行ったことはもちろんないし、馴染みの店から「こんど広尾に中国料理店を出す」なんて話も聞いてない。

「いったいなんなんだ、こりゃ?」と状面をじっくり眺めたら、知り合いの馬主の名前が小さく書かれてある。レストラン経営などとは無縁の企業の社長さんであるはずだが、この不況のご時世に敢えて飲食業に進出か!?

と思ったんだけど、調べてみたら15年前からやってらっしゃるとのこと。そんなのまったく知らなかったよ。そうと分かれば早々に伺わなければなるまいが、どうせなら社長の持ち馬が勝った直後が良いかな。なんかサービスしてもらえるかもしれないし(笑)

 

 

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2009年3月27日 (金)

競馬場で飲食店やるとしたら

昨日の続き。

馬事公苑でホーストライアルを見て、青山で豚丼を食べて、それから大手町でちょこちょこっと用事を済ませてからマイルグランプリが行われる大井へ。

到着するなりポーカーアリスを預けている牧場の社長と遭遇。リアルな(重要!)近況報告を受けたのち、一緒にいらしていた別の育成牧場の社長さんをご紹介いただく。なんでもマイルグランプリに出走するロイヤルボスを手懸けていらしたとのこと。「こういう舞台に来れただけで、ものすごく嬉しい」と、あくまで謙虚だが、こういう姿勢は競馬では大事なことですね。私は全然できてない。いたく反省。

Mile2  

反省しているうちにレースがスタート。

好発を決めたマンオブパーサーを、内から押して行ったアジュディミツオーが交わして逃げる展開。4番手の好位にはマズルブラストがいて、川島正行厩舎のメダル独占もあるんじゃないかとドキドキしながら馬群は4コーナーへ。

直線に向いて同厩マンオブパーサーを振り切ったアジュディミツオーが後続を突き放しにかかるが、ただ一頭、ロイヤルボスがアジュディミツオー目がけて追い込んできた。

「おお! 昨日(京浜盃)と同じような展開だ」と感じたのは、つまり差し切るまでは難しいだろうとの判断が働いたのだろう?

ところがロイヤルボスは、差し切るどころか直線半ばで完全にアジュディミツオーを抜き去ってしまった。着差は3/4馬身でしかないが、これは完勝。「昨日と同じ」だったのは、実は「ハイセイコー記念の勝ち馬」ということだったようだ。

Mile3   

例の育成牧場の社長さんは強運である。地方とはいえ大井の重賞を勝のは簡単ではないし、そこに立ち合えるチャンスはなお少ない。

レース終了後は大森の居酒屋。「競馬場で飲食店やるとしたら何を出すべきか?」という調理師免許を持つ将来有望な若者の相談に乗る集まりでござる。

かねてより私は餃子店の必要性を強く訴えているのだが、席上出席者からは

「フランクフルトが250円に値上がりして食べなくなった。200円で食べられるものにすべきだ」

とか

「豚まんのように片手で食べられる方が良いのでは」

など活発な意見が相次ぎ、なかなか内容のある会合になったと思う。普段なかなかヒトの役にたつことをするという機会がないワタクシではあるが、昨夜の集まりが彼の将来を考える上での一助となることがあれば、これにまさる幸いはない。

 

 

 

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2009年3月26日 (木)

春といえば桜と豚丼

春麗らかな陽気に誘われて、さて今年の桜はどんなもんかと、咲き具合を確かめんがため早朝の馬事公苑にやってきた。

   なんて風情な理由ではなく、単にホーストライアルが開催されているので見に行っただけです。

Horse1それでも当然桜は気になるもの。ほとんどが咲き始めだが、中には五分咲きの桜もちらほら。数々の障害が待ち受ける迷路のようなコースを疾走する競技者には、果たして桜の花を見る余裕ってあるんだろか?

ともあれ馬事公苑のソメイヨシノの見頃は今週末から来週になりそう。その先も、枝下桜や八重桜と桜の見頃は続くから、今日内馬場に入れなかった方も、ガッカリせずまたあらためて来ていただきたい。ただし、その際も予め大会開催の有無を確認されることを強くオススメする。

 

ホーストライアルが終わって、電車に乗って青山へ。

あの「豚丼」を食べるのである。

別に生キャラメルが欲しいわけではないし、ホエー豚なるブランド豚にことさらの思い入れがあるわけでもない。

まあ、言ってみれば「リサーチ」ということになろうか。知り合いの料理人に誘われ、特に断る理由もないので行ってみることにしたのである。

Hanabatake1青山通りから一歩入った閑静な路地には、豚肉を焼く香ばしい煙と、タレの甘い香が漂っていた。

11時半前に到着すると既に20人前後の行列。客層は圧倒的にマダムが多い。おっさん二人連れなど皆無。まあ、時間的に仕方ないけどね。10分ほど列んでから入店。

Hanabatake2これがホエー豚の豚丼でござる。ドンブリが見えませんな。まあ、どこがホエーかと言われても良く分からんです。でも旨いことは旨い。帯広の名店「ぱんちょう」とは大きく違うタイプけど。この方が女性には食べやすいかもしれない。

Hanabatake3そしてこれこそがマダムたちの真の目的であろう生キャラメルたちでござる。皆一様に、丼を食べ終わると一目散にこの冷蔵ケース目掛けて突進してくる。豚丼を食べた人のみ、ひとり5コまで購入できるというルールはご存じの通りだが、その是非はさておく。ちなみに私はそんなに悪いと思ってないが、良いと思ってるわけでもない。単に興味がない。

この店、実はジローラモさんが経営するイタリアンのお店が以前あった場所にオープンした。キャラメルが流行っているうちは安泰だろうが、この立地で、しかも豚だけで、どこまでやれるか。私の興味はむしろそっちにある。

マイルグランプリのお話は明日付で。

 

 

 

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2009年3月25日 (水)

あわや2レース連続の…

京浜盃のレース直前になって細かい雨が落ちてきた。しかも今夜はコートを着ていても震える程の寒さで、騎手も調教師もカメラマンも会えば「寒いね」と挨拶するほど。この冬から春の大井・川崎はとことん天候に恵まれてませんな。誰か雨乞いでもしてるカメラマンでもいるんじゃなかろか?

京浜盃のひとつ前のマーチ賞にライトハートが登場。

March1  

ここんとこ苦手の距離ばかりを走らされて大敗続きだが、今日も得意とは言えないマイル戦。ところがこれが思いのほか頑張って、あわやの3着ですよ。

「この先も南関東でやってくのなら、せめて1600mをこなさなきゃ」と言ってた矢先だけに、これは嬉しい。こうやって何度も繰り返しトライしていれば、いずれ距離の壁は克服できるということだろうか。

ちなみに、このレースは1着が同着でした。

March2  

内のウォーラシアン(石崎隆之)と、あいだに2頭挟んで大外のベストフェット(坂井英光)がピタリ鼻面を合わせてゴールしたんだけど、私の写真では内が勝っているようにしか見えない……。

March3 

だからなのか、「次(京浜盃)はこんな展開になって欲しくないよな」と言うカメラマンに、「2レース連続で1着同着はないでしょ」と知ったような答え方をしてしまった。

    根拠のないことを口にするものではない。

本題の京浜盃は4コーナーで押し出されるように先頭に立ったナイキハイグレードが直線で後続を突き放しかけたところで、大外からただ1頭シャレーストーンが追い込み、内外離れた両馬がほぼ同時にゴールしたのである。

まさか   、2レース連続の同着か?

場内は固唾を飲んで写真判定の結果を待ったが、ナイキハイグレードが先着を果たしていた。しかもその着差はアタマ。結構あったんですね。ともあれ「2レース続けて内外離れた接戦」というケースは珍しくないということだ。 

Keihin鞍上の戸崎圭太騎手は、先々週のダイオライト記念から先週の桜花賞を挟んで重賞3連勝。しかもこの勝利が記念すべき方通算1000勝目だという。おめでとうございます。

 

 

 

 

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2009年3月24日 (火)

フリートアピールのアピール

今日の大井メインは準重賞スプリングカップ。勝ったフリートアピールは、最近はスプリント戦ばかりを使われてそれなりに成績を残していたのだが、距離が2000mに延びたここで5馬身差の圧勝とは驚いた。道営時代の北海優駿(2100m)勝ちはダテではない。

この馬、実は2歳時に門別で見てるんですよね。1800mのウイナーズチャレンジ。終始持ったままの圧勝だったから、私の中では「長いところ得意」というイメージがある。ただ、あらためて体つきをまじまじと見てみれば、どちらかといえばスプリンター体型。う~む、やはり短いトコ向きなんだろか。

Appeal  

先週の山桜賞で2勝目を挙げたピサノカルティエは、フリートアピールの半弟にあたる。

内ラチ沿いばかりが残る展開ばかりの中山で、絵に描いたような大外一気は能力の証。ただ、それでも直後の各スポーツ紙には「母系に距離不安」というコメントが並んだ。

大井転入後最長距離となる2000mで圧勝してみせたフリートアピールは、自らの弟、あるいは母に対するそんな言葉が気に入らなかったのかもしれない。大井外回り2000mを一気呵成に逃げ切った今日のレースぶりには、何やら期するものが感じられたのである。

 

 

 

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2009年3月23日 (月)

2009トゥインクル開幕

東京に春の到来を告げる2009大井トゥインクル開催でござる!

Ooi2彼岸を過ぎて暖かい日が続いているが、ナイター開催にはまだコートが必要な陽気であるので注意を払いたい。そんなこと言われるまでもないですか? いや、かく言う私が昼間の服装のまま夜の大井に着てしまい、震え上がっているのですよ。冒頭で「春の到来」なんて書いてしまったけど、今の私を取り巻く環境は間違いなく「冬の再来」。ストーブの前から離れられん。

ところで毎年ナイター開幕日になると思い出すんだけど、私1986年7月31日「日本初のナイター競馬開催」のその日に大井に来てるんですね。もちろん馬にもナイターにも興味はあったのだが、それ以上に私がどうしても見たかったのは早見優さんのステージ(^_^; いや、申し訳ない。

だって、いくら夜の競馬が珍しいからといって、まったく知らない馬が走るのを見るためにわざわざ行こうとは思わないですよ。ま、そういう意味では大井のプロモに完全に乗せられたひとりということになるか。それ以来23年間、休まず弛まずセッセと大井に足を運ぶ人生を過ごしているのだから。

ナイター初日で覚えていることと言えば、やたらと混んでいたことと、意外に涼しく感じたことですかね。昨今の帝王賞当日なんかよりずっとたくさん入っていた。みんな早見優さん見たかったのかな。ま、涼しかったのは、海風の具合がたまたま良かったのだろう。

20年以上昔の記憶を呼び起こしながら書くと、レースとレースの間がやたらと長かったように思う。あの日、実際に“ナイター”として行われたのは2レースくらいしかなかったのではないか? なので、競馬よりもやはり早見優さんが中心のイベントだったわけだ。

あといきなり穴馬券が飛び出して場内が沸いたことも覚えている。たしか1-2の組み合わせで8千円くらいの大穴だった。枠連しかない当時としては現在の100万馬券にも匹敵するような好配当に「すげぇ!すげぇ!」と興奮したような気がするが、今思い返してみるとなんか出来過ぎのような気がしないでもない。

Ooi  

夏の3ヶ月間だけの風物詩だったナイター開催も、今では1月と2月を除いて毎月開催されているし、8千円の配当で驚愕の声をあげるような客もいない。ただ、海風に舞う砂塵が輝く風景だけは変わりようがない。いや、これさえもオールウェザートラック導入で変わってしまうのだろうか? それで文句を言えるような筋合いじゃないけど。

 

 

 

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2009年3月22日 (日)

「有馬」の名を戴くもの

暮れのGⅠレース有馬記念。競馬ファンでこのレース名を知らぬ人はいまい。

Arima2_3  

「有馬」とはこのレースの前身である「中山グランプリ競走」の実現を提唱した日本中央競馬会2代目理事長、有馬頼寧氏その人を指すことも良く知られた話だ。

Arima1_2 伯爵でもあった頼寧氏は、大政翼賛会事務総長を務め、近衛文麿とも深い親交を持つなど当時の政界の重要人物であった。またスポーツ全般にも深い関心を寄せており、プロ野球チーム「東京セネタース」(北海道日本ハムファイターズの前身)を創立して初代オーナーとなっている。その時の経験から「プロ野球のオールスターゲームに倣い、ファン投票で出走馬を決めるレースを!」と提唱して始まったのが「中山グランプリ」、すなわち「有馬記念」である。

しかし、実は「有馬」の名を戴くものは、競馬の有馬記念に留まらない。

日本橋蛎殻町。ロイヤルパークホテルや東京シティエアターミナルに囲まれるようにして、有馬小学校という区立小学校が存在する。開校は明治6年というから今年で135年目の歴史を誇るこの学校の名が「蛎殻小学校」ではなく、ましてや「日本橋小学校」でもなく、なぜ「有馬小学校」なのかと言えば、「貧困な家庭の子女でも十分な教育を受ける機会が必要だ」という理念の元に、有馬家が私財を供して設立された学校だからである。有馬記念が生まれるよりずっと昔の話だ。

Noma「有馬」の名が付くだけあって、有馬小学校も馬には縁がある。数年前の神田祭に際しては、相馬野馬追の出陣式がこの有馬小学校の校庭で行われ、そこから神田神社までの道のりを騎馬がねり歩いた。

都心を馬が行列する機会は珍しく、多くの見物客はその姿に目を奪われたが、その行列のスタートとなった小学校と有馬記念との縁(えにし)について思いを馳せた人は、果たしていただろうか?

 

 

 

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2009年3月21日 (土)

まさかまさかのスターマン

パリっと糊の効いたYシャツにネクタイを締め、上下揃いのスーツを着てさらにカメラとレンズを一揃い抱えて出かけようとしたら、娘から「あれ? けいばいくの?」と聞かれた。

なるほど。確かに最近の私がJRA競馬場に出かける服装だし、今日は土曜日だから中山も開催している。だがそんな出で立ちの私が向かったのは横浜のとある結婚式場。馴染みの寿司店の若き大将がめでたく結婚することとなり、その披露宴に出席するのである。招待状には「平服にてお越しください」とあったが、競馬場に行く格好ならば「平服」としても文句はあるまい。

華燭の宴に相応しい好天の中、続々と集まった出席者はざっと120人。中にはミシュランガイドで★を獲得しているシェフや、TVや雑誌でしょっちゅう顔を見かける料理人の姿が見える。今まさに仕込みの真っ最中であろうホテル厨房のスタッフたちが、なんだか気の毒に思えてきた。

先日新郎に聞いたところによれば、正午開始の披露宴のために8時半に会場入りせねばならないとのこと。言うまでもなく、新婦側の準備に万端を期すためである。だが新郎側は3時間余りを“待ち”で過ごさねばならず、「ひとりで中華街を歩いてきたいんだけど怒られるかな」とこぼしていた。気持ちはわかる。わかるが間違いなく怒られるとは思う。

15年程前、同じように新婦の準備待ちに飽き果てたた男は、あろうことかタキシードを着たまま銀座のホテルを抜け出した。手にはスポーツ紙、向かった先はWINS銀座である。準備にはあと1時間ほどかかると言われていたから、たっぷり2レースは見てこれる。

京都のメイン・京都新聞杯にはダービー以来のナリタブライアンが出走することになっていた。当然の単勝元返し。それでも記念にと単勝を買い、気分を良くしてホテルに戻ったら、みんなが必死になって私を捜して走り回っていたのである。

Brian  

今のように携帯電話が普及するまさに直前の時代。当然の如く親族郎党から厳しい罵倒叱責を浴びながらの披露宴と相成った。

この日ナリタブライアンがよもやの敗戦を喫したのは、そんな私のバチ当たりな行為に一端があるような気がしてならない。ナリタブライアンを知らぬ世代のために若干の解析を付け加えておくと、ディープインパクトが3歳秋緒戦の神戸新聞杯で同じ3歳馬相手に負けてしまったようなものだと考えて欲しい。

競馬史上に残る波乱は、我々夫婦の未来を暗示するものだったのかもしれない。ともあれ、結婚式当日の新郎は、犬のようにおとなしく待っていた方が良いと思い知った。

 

 

 

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2009年3月20日 (金)

南関3歳クラシック開幕

55お彼岸だというのに墓参りにも行かず、しかも競馬場に行くとなればバチ当たりの謗りを免れまいが、桜花賞当日であるからにはやむを得まい。午前中まで降っていた雨もやみ、ついに2009年の3歳クラシックが幕を開けた。まあ、「南関東の」ですけど。

Bus 

とはいえ世間の興味はすべからくWBCに向いているようで、連絡バスの車中でも韓国との順位決定戦のラジオ中継を流すほど。勢い乗客同士の間でも野球談義に花が咲くこととなる。 

「今日の先発が内海ってことは準決勝は松坂だな」
「ナニ? するってぇと、もし決勝で韓国とぶつかったら、またダルビッシュになっちまうな」
「いや、もうダルビッシュは通用しないって分かったから岩隈だろ」

みたいなやり取りばかりで、

「オレは今日の桜花賞はロマを狙ってみようと思うんだけどけど、どうだ?」
「そうだなあ、1枠だし張田はこういうところで一発やるからなあ、コイツぁ」

なんて話は誰もしていない。まあ、それで不満があるわけじゃないけど、ある種の違和感はある。

Kushamiそれにしても今日は風が強かったですね。埼京線も遅れていた。晴れことはありがたいが、激しい花粉の嵐には完全に白旗。パドックを周回するロマもクシャミを連発しながら、「ちょっと冗談じゃないわよ! なにこの風!」というふうに首を上下させている。うんうん、オレにもその気持ちは解る。

レースはスタート直後から人気2頭の一騎討ちの様相。

Ohka2歳牝馬チャンピオンのネフェルメモリーと重賞連勝中モエレエタナールによる一騎討ちとなれば、馬だけ見てても十分興味をそそられるのだが、騎手と調教師の組み合わせに目を向ければ、今年の南関東の重賞戦線への大きな示唆を含んでいるといえなくもない。ともあれ今日のところは戸崎騎手の勝ち。騎手は連覇ですな。調教師で言えば、連覇を狙うも惜しくも2着といったところ。

ちなみに私が終始気にしていたロマは、シンガリ人気を嘲笑うような快走を見せて4着と健闘。偉いですね。花粉を言い訳にしてはいけないのだ。

 

 

 

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2009年3月19日 (木)

ナマラスゴイ9戦目

麗らかな陽気の浦和競馬場でナマラスゴイが9戦目を迎える。

気が付けば1歳年上のポーカーアリスよりもう3戦も多く走ってるんですね。これだけ無事に使えていること自体が、なまら凄い。

ちなみにそのポーカーアリスさんの方は、復帰のメドは立っていない状況。焦りがないかと聞かれりゃ、そりゃあるに決まってるけど、正直待つのに慣れた感もある。今は茨城にいるから簡単に会いに行けないんだけど、それでは馬にも失礼だから来週あたり行ってみようか。

ともあれ今日はナマラスゴイ。

今回は南関東どうしの対戦。距離も伸びたし、好枠も引いた。JRA馬相手に不向きな距離で4着した前走を思えば、当然勝ち負けの期待がかかる。

馬体重458キロは前走比マイナス5キロ。浦河のオーナーによれば、もともと大きい馬ではないから、これくらいでちょうど良いとのこと。たまに小走りになりながら周回する様は、よく言えば前走よりは元気があると言え、悪く言えば落ち着きがないとも言える。

この辺の判断は結果を見るしかないけど、まあ決して悪いものではない。「よし、完璧!」と言えないのは辛いけど、なにも今日のこのレースが生涯最高のデキである必要もないので、まあヨシとせねば。

そんなわけで、いつものごとくパドックからかえし馬までは「ヨシヨシ」と頷きながら粛々と進行。ホント、ここまでは毎度のことながら「ヨシ」なんですよ。

そんなヨシなる思いも、いつもゲートが開いた瞬間に吹き飛んでしまうんだなぁ。

ところで、前走の4着の敗因は様々あろうが、スタート後のポジショニング争いに敗れたことが大きかった。

で、今日もスタート直後のコーナーで外から寄せられたところで首を上げてしまい、一瞬にして戦意喪失。あとは「騎手の言うことなんか聞いてやるもんか!」みたいな(想像です)気の抜けた走りのまま一周してきただけに終わりましたよ。4着という着順まで前走と一緒。トホホ…。

Nsugo  

結果を見れば内枠が仇になった感もあるけど、じゃあ外枠だったら勝てていたかと聞かれれば答えに窮する。だいたいが、寄られたくらいでヘソを曲げてしまうような甘ったれを許すわけにもいかん。

正月の川崎で、的場文男騎手にガツンと躾けてもらって、それ以来少しはマシになっていたのだが、ココへ来て徐々に“的場効果”が薄れてきた感もある。

再び「的場カード」を切る頃合いだろうか。

 

 

 

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2009年3月18日 (水)

愛馬会スタッフともお別れ

好天に誘われるように神田『ガヴィアル』へ。

なんだかんだと来ているが、おそらく今日がホントのラスト。窓の外に見える中央線やアンドレ・ブラジリエによる厩舎の絵は見納めになる。最後は「ポーク・大盛・中辛」でシメた。

なお、全国1000万のガヴィアルファンが気を揉む移転先についてはまだ候補を絞った段階で、場所も時期も決まってないとのこと。

店のロケーションが変わるだけなら何も心配するこたぁねえだろ、という励ましの便りなんかも頂いたのだけど、それがそうでもないことは皆さん周知の通り。麻布十番にあった水炊きの名店にしても、神楽坂に移転したらやっぱり“別”の店になってしまった。

Gavial  

神田は、愛馬会(いわゆる一口馬主クラブ)の会社事務所が意外に多い街で、「神田」の地番だけでも

 セゾンレースホース
 ヒダカブリーダーズユニオン
 ゴールドレーシング
 友駿ホースクラブ

の4法人が。さらに神田の隣町である日本橋や三崎町にはローレルクラブやウインレーシングクラブが軒を連ねている。

こうしたクラブのスタッフと思しき人も、『ガヴィアル』にちょくちょく来店していた。顔見知りではないがテーブルの会話を聞いていればすぐそうと分かる。馬や調教師の名前が出るしね。

「来週の○×調教師の奥様の誕生日どうする?」

とか

「もうあの牧場とは縁を切ろう」

とか

「ボーナスゼロじゃやってらんねぇよな…」

とか、あるいはもっと凄い内容の話が白昼堂々と展開されていたわけだ。

そんな話が隣のテーブルから聞こえてくれば、あつあつのジャガイモの皮を一心不乱に剥いていた私としても、おもわず手を止めて聞き入ってしまう。カレーという食べ物は、それを食する者の口を、ついつい緩めてしまうような不思議な魔力があるのかもしれない。そういう意味でも貴重な店であった。

閉店であれ移転であれ、そんな機会も無くなってしまうことには大きな喪失感を禁じ得ない。しかしもちろん、それ以上に惜しむべきはこの味わいである。私のこの身体の形成に大きく寄与した神田『ガヴィアル』は、明日いったん店じまいする。

 

 

 

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2009年3月17日 (火)

人の目

昨日の鮨パーティーの席でのこと。「そういえば、こないだ珍しいところでお見かけしましたよ」と声を掛けられた。

ええっ!と一瞬怯んだのち、「どっ、どっ、どこでですか?」と恐る恐る聞いてみれば、船橋の『ららぽーと』だという。なーんだ。

「そりゃ、競馬場に行ったついでに立ち寄っただけですよ」

安堵して答える私。家人からお使いを頼まれて、ららぽーと内の楽器店に行ったんですね。リコーダー(縦笛)のお掃除キットを買いに行ってました。間違いありません。でも、こういうのってドキッとしますよね。自分にやましいところがなくても、「昨日●●にいたでしょう」と言われるのはやはり落ち着かない。

Stand  

ちょっと昔。競馬を全く知らぬ上、私が競馬場に出入りしていることさえも知らぬ知人が、会社の同僚に連れられて初めて東京競馬場を訪れた際に偶然にも私の姿を見つけたらしい。まあ、実際にはさしたる偶然でもなくて、むしろ「必然」なのだけど。

ともあれ、驚いた知人は手にしたカメラで私の姿を撮りまくって、メールで私に送ってきたわけだけど、こういうのはぜひともヤメて欲しい。人込みの中からレンズが自分に向けられているというのはやはり怖いし、送られた自分の写真を見て「また太ったなあ」としみじみヘコんでしまうことにもなる。なので、こういう時は声をかけてくださいね。もちろんレース中は困るけど。

Stand2  

ただ圧倒的には逆のパターンが多い。すなわち、私が知人の姿を発見してしまうというシチュエーションである。で、どういうわけか、その相手は女性(あるいは男性)と一緒にいるのである。

こういう場合でも私はちゃんと声を掛けることにしている。だが、声を掛けるに至るまでしばらく二人の行動を観察する場合もある(悪趣味だな)。ともあれ、たいていの知人は私が競馬場に居ることを百も承知で来ているわけだから、私が偶然通りかかって挨拶を交わすことも想定しているはずである。そうでなければ、よほど抜けている。

Stand3  

そんな私でも声を掛けられなかったことが、過去に一度だけあった。私の知人が連れている相手も私の知人だったというケースですね。これはエグい。しばらく様子を見たのだが(悪趣味)、どうやらお二人きりでいらしている様子。まあ、どういう事情があって競馬場に来ていたかも分からないわけで何とも言えないのだが、ドラマはコース上だけでおきているわけではないということですな。

 

 

 

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2009年3月16日 (月)

タマモクロスのような

目黒区内のとある寿司店がめでたく開店3周年を迎えることとなり、ありがたくもその記念パーティーに招待された。

Sushi…と書くとハイソな集まりにも聞こえるけど、馴染みの客が店に集まって適当に飲んだり食べたりしただけです。ただ今宵に限ってはお店の方も我々と一緒にグラスを傾けるわけで、終始気さくな雰囲気の中で酒宴は進んだ。

集まった人の中には高津在住の方が多く、「どうしたら高津が良い街になるか」なんて町内会みたいな話題も出ながら、早くも宴は中盤に差し掛かる。

「最近はタマモクロスのような馬はいますか?」

突然の話題に一瞬驚いたが、瞬時に思い出す。いま私が話している相手は、若い時分にタマモクロスにことのほか心酔し、タマモクロスの引退にあわせて競馬からも離れてしまったという“競馬史”の持ち主なのである。「もしあんな馬が出てきたら、また馬券を買ってみようかと思うんですがねぇ」と相手は続ける。

Tamamo2「タマモクロスのような」というのは芦毛の強い馬という意味ではない。クラシックとはまるで無縁の3歳を過ごしながら、古馬になって徐々に力を付け、条件戦をひとつずつ勝ち上がりながらついには天皇賞を勝ってしまうような、いわゆる“叩き上げの苦労人”タイプの馬である。

とっさにスクリーンヒーローの名が浮かんだ。去年のジャパンカップを勝った一頭である。

だが、よくよく思い出せば彼にしても皐月賞トライアルやダービートライアルに出走しているだし、何より社台ファームの生産で吉田照哉氏の服色で走っているのだと思えば“苦労人”のイメージには相応しくない気がしてやめた。

ここ10年の天皇賞馬で言えば唯一ヘヴンリーロマンスが、クラシックとはほぼ無縁な3歳時を送った経歴の持ち主である。が、あの年のタマモクロスのように「一気に駆け上がった」というイメージはない。

だが、現実がそうとわかっていても、下級条件戦のゴールの先にだって間違いなく天皇賞への道が開かれていることを具現する馬の出現を望みたいのも事実。でなければ、昼下がりの下級条件戦で頑張る古馬たちが、目標を失って路頭に迷ってしまわないかと心配で仕方なくなる。

いろいろ思い悩んだ挙げ句、「う~ん。いませんねぇ」と答える。相手も「でしょうね」と言った。最下級から這い上がった叩き上げの苦労人がついに天下を取るなんていうストーリーは昭和と共に滅んだのだろう。そういえばそのタマモクロスも、昭和の終わりと共に現役を引退している。

Tamamo  

しかし20年に1頭くらいなら、あっても良いんじゃなかろうか。タマモクロスの引退から20年が過ぎた。

 

 

 

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2009年3月15日 (日)

下総中山で飲むとしたら

「私が手懸けた馬が明日の中山でデビューするのでその姿を撮ってくれませんか?」

古い知人からこんなメールが届いていたのは昨夜遅く。今朝になってメールの着信に気付き、とりあえず「了解しました」とだけ返信をして、まったく来る予定のなかった中山にやってきた。

Nakayama  

件の「知人」が手懸けた馬は、かなりの頭数が美浦や栗東に入厩しており、JRA新馬デビューは決して珍しいことではない。私の方でそうと気付けば、後から(ルール違反にならない程度の)写真を送ることはあったが、今回のように事前に向こうから「撮って」と言われたケースは初めてのことだ。

どんな事情があるのか分からないが、これはれっきとした「受注」に相当する。つまりそれなりのお金の話をしなけりゃならんわけだが、ことJRAに於いて言えば今のワタクシは単なる素人の客に過ぎず、素人が撮った写真をタダで他人に譲り渡したところで文句を言われる筋合いはない。

そんなわけで素人らしくパドックを撮り、かえし馬を撮り、レースを撮り任務完了。あとは昼メシでも食べて帰るべぇと適当な店を物色して回る。

それにしても中山競馬場はホントに食うトコに困りますね。府中でも、淀でも、仁川でも、一歩競馬場の外に踏み出せばいろんな店がいろんなモノを焼いているのに、なんで中山ではそういう光景を見ることができないのだろう? 中山なりの事情があって排除されちゃった、なんて歴史的経緯でもあるんだろか?

ああ、あとこれは書こう書こうと思っていつもそのまま忘れてしまっていたのだけど、競馬帰りにJR下総中山駅の周囲で一杯やっていこうとした時に、適当な店がなくっていつも(と言っても有馬記念の日だけだけど)困り果てているのですよ。

『はなの舞』と『やるき茶屋』という2軒はリサーチ済みなのだが、前者はメニューの質のわりに値段が高く、後者はその店名のわりにまるでやる気が感じられなかった。あと北海道の新鮮な食材を美味しく食べさせてくれる『じゃがいも』というお店が良いと伺ったのだが、実は下総中山界隈で飲む相手というのは決まって釧路在住の方なので、いくら「新鮮」さがウリであってもそこはちょっと入りづらい。

別に凝った一皿とか、そんじょそこらで食べられないような肉を期待しているわけではないんですよ。普通の居酒屋で十分なんだけど、見つからないので最近は両国まで電車で移動してます。

ところで今日の中山競馬場の昼メシだが、ついに結論に至らずスタンドB1Fの『オリエント』でミートソース(¥540)をモソモソと食べることに。新しい味を開拓しようという気持ちも無くはないのだが、結局は日和って「安心できる味」に逃げてしまうんですね。中山競馬場の昼メシに自分の弱さを見た気がする。

 

 

 

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2009年3月14日 (土)

馬券をやめたら頭がボケた

あろうことかセーターを後ろ前に着たことに気付かぬまま、まる1日を過ごしてしまった。これは恥ずかしい。

幸いにも上からジャケットを羽織っており、一度でもそれを脱いだ記憶もないから(ないよな)、見知らぬ人に背後から指をさされて笑われるようなことにはなってないと思う。いや、それでも恥ずかしいことには変わりない。変な汗が出る。

最近、自分でも「ボケたんじゃないか?」と思うことがある。

自分でそう認識している以上はまだ深刻ではないのかもしれないが、実は家人にしても言うに言いだせなくて困っているだけなのかもしれない。だとしたら事態は深刻だ。

昨日は所用で都心に出かけたのだが、「夜は雨」との予報が出ていたから用心のため傘を持って出かけた。まあ、これは良い。問題はここからである。駅に向かう途中で、ふと携帯を忘れたことに気付いた。コートのポケットにも、ジャケットのポケットにも、ジーンズのポケットにも携帯は見当たらない。どうやら自宅に忘れてきたようだ。

ただちに踵を返し、「あぶないあぶない」とか言いながら自宅に戻ってみれば、なんと財布も免許証もパスネットも小銭もハンカチもティッシュも花粉用マスクもことごとく忘れていたのである。

百歩譲って、いっさいがっさいの持ち物を忘れたことを仕方ないとしても、だ。「やべっ、携帯忘れた!」の時点で、実は全部忘れていたことになぜ気付かなかったのか? 己のことながら甚だ理解に苦しむ。

しかも、あらためて自宅を出る時に傘を忘れ、雨に打たれての帰宅となった。もはや言葉がない。

こうして人は少しずつ物忘れがひどくなっていくのであろう。

Ooi_2   

物忘れだけでなく「思い込み」という症状も気になる。

水曜付けで書いたスマートキャリーは川島正行厩舎所属だとばかり思い込んでいたし、ダイオライト記念で3着したロールオブザダイスもずっと「ロードオブザダイス」だとばかり思い込んでいた。前者については“スマート”の大川オーナーは川島正行厩舎に大半の馬を預けているのが頭にあったのだが、後者については弁解の余地もない。デムーロ騎手の服色を見ても、「あれ? ロードさん服色変えたんだ」としか考えず、どこまでも自らの馬名勘違いに思いが及ばなかったことは恥じるべきである。

こうして人は少しずつ頭が固くなっていくのであろう。

Dice_2  

40歳を過ぎた途端にこうした症状が顕著になったのは、やはり歳に原因を求めるべきなんだろうが、個人的には馬券を買わなくなったことも大きく影響していると強く感じる。自分のボケが始まったのが昨年の夏以降で、それが馬券から離れた時期とほぼ一致するからである。

この仮説を検証するには、以前のように馬券を買いまくって症状の変化を見極める必要があるわけだが、それには先立つモノがいる。しかし、この景気混乱の最中にあって我が家の財政も猖獗を極めており、ボケ防止の目的を果たすその前に自己破産してしまう可能性が極めて高い。

ボケ防止に限らず、難しい問題に頭を悩まして的中の喜びを味わいたいだけという人だってたくさんいると思う。だとするならば、例えば3連単を50円単位で売ることもボチボチ真剣に考えて欲しいものだが。

 

 

 

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2009年3月13日 (金)

たとえネットが無くっても

自宅マンションのネットワーク障害により、まる1日ネットと切り離された生活を送った。(厳密には携帯のiモードは使える環境にあったが私はほとんど使っていない)

インターネットが生活の一部となった現代において、ネット世界との遮断がどれほどの不便をもたらすのか?! ビクビクしながら復旧を待ったのだけど、結果たいした不便はありませんでしたね。

jra.go.jpやnankankeiba.comのサイトを1日くらいチェックしなくても、どうということはないし、PCメールにしても、JBISやJALやANAからの連絡メールがほとんど。本当に大事な連絡なら電話がかかってくるはずだ。

唯一、このブログに写真をアップすることができなくなったという問題があったにせよ、それを「生活の支障」と呼ぶには無理がある。競馬のニュースは新聞を読めば分かるし、TVを付けていればさんざん天気予報を流している。思うに、少なくとも私がネットでやっていることは、その大半が生活のは無関係のただの暇潰しに過ぎないのかもしれない。

数十年後の未来の話    

ネットに駆逐されて、遥か昔に姿を消したはずの「新聞」というものを、とある若者が手にして愕然とする。「いったいなんだこれは?」

「我々が知りたい情報が既に選別されている上に、より詳しく書かれている。そしてしかも………

読みやすいように紙にプリントまでしてくれている」

 

これは、以前ニューヨークタイムズに掲載された風刺漫画の絵解き。新聞やTVではなく、ネットそのものがニュースを提供していると考える市民が増えてきたことを皮肉ったものだ。

ともあれ、我が家では必要な情報取得という観点において、ネットの不在はそれほど致命的ではないようだ。

Odenそんなこんなで夜は日本橋のおでん『おぐ羅』にて会合。日頃より「駅すぱあと」や「ぐるなび」の世話になることはないから、ネットが死んだところでさほどの問題はない。知り尽くしたダイヤの電車に乗り、知った店に行くだけの話。

一緒に飲んだリザーブカードの会員氏は、毎朝6時にこのブログを読むことを日課としてくれているとのこと。実にありがたい話だが、昨日付の話は写真がないとつじつまが合わない話だったので、さぞかし読みにくかったことだろう。申し訳ない。

さすがに今日は大丈夫だと思うが、まさか帰宅したらまたネットが死んでるなどということはあるまいな。特に機器を交換することなく「復旧」したのが、ちょっと気になるところでではある。

 

 

 

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2009年3月12日 (木)

穴党殺しのフリオーソ

昨日の続き。

パドックの掲示板はフリオーソの単勝オッズを「1.0」と表示している。JRAでよく見かける穴党の評論家も「なんだよ、圧倒的だな」とお手上げの様子。

Odds  

実際JRAからの遠征馬にGⅡ(JpnⅡ)レベルの馬はサカラートしかおらず、そのサカラートにしても明けて9歳ともなればかつてのような長距離での無類の強さを期待するというのも酷な話だった。本気でフリオーソに競りかけていきそうな馬も見当たらないことから、単勝元返しというのも頷ける話ではある(最終的には1.1倍)。

それでも件の評論家は、デムーロが相手をフリオーソ1頭に絞ったレースに撤したら、さしものフリオーソでも苦しい、とした上で、「フリオーソの2着、3着ヅケの3連単で勝負」と言い残してパドックを離れた。結果はどうあれ、穴に徹する姿勢には見習うべきものがあると感心する。

ナイキアースワークの馬場入り。1コーナー奥には早咲きの桜。

Naiki  

レースが始まり一週目のゴール前。

Furio1  

意外にも、なんて書いたら失礼だが、ドリームスカイが積極的な競馬でフリオーソに並びかけていき、すぐさまロールオブザダイスが替わって2番手からフリオーソに迫る。例の穴党評論家は早くもガッツポーズか? とはいえペースは緩い。

3コーナーあたりでフリオーソめがけてマイネルアワグラスあたりも急追し、4コーナーではほぼ予想された通りの展開に。それでも調教並みのペースで流れた前半の貯金がモノを言って、フリオーソが一瞬のうちに後続を突き放すと穴党解説者は轟沈。直線中ほどで戸崎騎手が後ろを振り返るほどの余裕ぶりで、4馬身の差を付けてフリオーソが連覇を果たした。

Furio2_2  

帝王賞やジャパンダートダービーなど大井でも勝ってはいるが、左回りの川崎や船橋の方がレースぶりが安定しているような気もする。次はかしわ記念とのこと。

Furio3  

ロールオブザダイスで3着に敗れた角居調教師は、カネヒキリもかしわ記念を目指すと言っていた。そりゃ楽しみな一戦になりそうだが、地元の新興勢力の台頭も期待したい。そう思えば、大井26日のマイルグランプリへの興味もまた違ったものになってくる。

 

 

 

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2009年3月11日 (水)

特別3鞍を同一厩舎&騎手って…?

昨年は屈辱に塗れたダイオライト記念でござる。いや「屈辱」といっても、別に馬券で悔しい思いをしたとか言うわけではありませんよ。単に行けなかっただけ。

午前中は所用があって府中本町へ。然るのちに武蔵野線に乗りこんで終点の南船橋を目指す。所要時間は1時間半。新幹線で福島競馬場に行くのとさほども違わないと思えば缶ビールでも開けたくなるが、周囲を学生に囲まれた状況とあってはそれも芳しくない。学生の下校が早まる時期なんですね。3学期の期末試験が終わった頃合いだろうか。だとしたらあとは実質春休みみたいなもんだから、いちばん気楽な時期でもあろう。羨ましい限り。

Mise_2なんて、自分の学生時代を思い起こしてたら、ふと思うところがあって南越谷で途中下車してみる。東武線に乗り替えて一ノ割という小さな駅に降り立ち、3分ほど歩くとその店は健在だった。高校時代に足繁く通ったラーメン店『大勝軒』がここにある。

 

Ramenつけ麺で有名ないわゆる池袋系大勝軒ではなく、こちらは永福系。高校卒業後も度々訪れてはいたのだが、ちょっと油断したらいつの間にか前回訪問時から10年もの歳月が経過してしまった。10年といえば店がなくなったり、ヒトが変わっていたりしてもおかしくない年月である。歳を重ねると“ちょっと”の油断さえ禁物になる。

それでも、お店は変わりなくて安堵した。私の名前も仕事もちゃんと覚えていてくれたことに感動して、思わず写真の「チャーシュー麺(大盛)」を注文。麺3玉を使った巨大な一杯は、注文した本人でさえ思わず見とれるほどの威圧感がある。

しかし学生時分には何のためらいもなくコレを食べていたわけだから、今食えぬはずもあるまい。   と己を奮い立たせ、巨大な麺の塊と対戦開始。そしたら案外あっけなくスープまで完食してしまった。旨いモノは、ちょっとくらい多くても食えちゃうね。……なんてコト言ってっから際限なく太るんだけど。

そんなこんなでようやく船橋競馬場に到着したら、ちょうど8レース三咲特別が終わったところ。勝ったのは1番人気のプレイバックで、川島厩舎と戸崎圭太騎手のコンビ。

9レースの春音特別はB2クラスのマイル戦。勝ったのは1番人気のスマートキャリーで、川島厩舎と戸崎圭太騎手のコンビ。

Smart  

10レースのダイオライト記念は、おそらくフリオーソが勝つだろう。となれば、特別3鞍を川島厩舎、戸崎騎手のコンビが制することになる。「そんなコトって過去にあったんかいな?」なんて言いながらパドックへ向かったんだが、スマートキャリーは川島正行厩舎ではなく川島正一厩舎だったんですね。いや、失礼しました。

でも、実際「特別3鞍すべてを同一厩舎、同一騎手のコンビが優勝」というケースってあるんですかね?

 

Paddock  

ダイオライト記念のレース話は、明日書かせていただきます。ラーメンのくだりが長すぎた。失礼しました。

 

 

 

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2009年3月10日 (火)

ウグイスの季節

今年初めてウグイスの鳴き声を聞いた。

だが、声のした方を探してみたが姿は見えない。いや、あまりに綺麗な鳴き声だったので、誰かが江戸家猫八さんの鳴き真似のCDか何かを流しているのかと思ったが、わざわざそんなことをするような暇な人もいないだろうから、きっと本物のウグイスだと思う。

知られた話だが、2001年に亡くなられた先代の江戸家猫八さんは馬主だった。持ち馬は「キャット」の冠名を付けられ、中でもフィディオン産駒のキャットオーはJRA5勝と活躍している。

「26歳で死んだ兄貴は競馬にこりすぎてね。死ぬ間際に遺言で競馬で勝ってくれって。競馬やるなっていう遺言ならわかるけどね。涙ながらに余白でやって、とうとう馬主になっちゃった。(先代江戸家猫八さん)」

 

そういえば、数年前までは2月東京で「うぐいす賞」というレースがあったはずなんだけど、最近見かけなくなりましたね。

Tele3歳500万の条件戦で、ダートのマイル戦だった当時は、キョウエイタップが大差勝ちを演じて後のエリザベス女王杯の勝利を予感させたり、いつしか芝のマイル戦になるとテレグノシスがここをステップにNHKマイルまで駆け上がった。

個人的には、ホクトビーナス、ホクトペンダントの母子が勝ったレースとして記憶に残る。2頭ともこのうぐいす賞をステップに勇躍桜花賞に臨むのだが、いずれもあと一歩のところで大輪を逃してしまった。ともあれ、この時期の東京マイルの3歳特別戦となれば、何年かに一度は”未来の大物”が登場してくる。

ただ、今年の1回東京には1600mの3歳500万特別は無かった。調べてみたら去年も無かった。なんでやめちゃったんだろか?

 

 

 

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2009年3月 9日 (月)

未就学児お断り

100頭の馬たちと騎手、ミュージシャンからなる一座「ジンガロ」が、東京・木場公園内の特設シアターで人と馬が織りなす一大騎馬スペクタクル『バトゥータ』を上演している。

近々日本公演があるらしいという噂を聞き付けたのは一昨年のことだったか。普段よりやれ小淵沢だ、やれ御殿場だと馬術競技を求めて遊び歩いている我が家としては、当然の如く家族揃って見に行くイベントであり、そのためにツテというツテを頼って良い席を確保するため奔走していたのである。

ところが、そんな私のささやかな努力も、ある人からの一言により一瞬のうちに水泡と化した。なんと未就学児童の入場はお断りだという。

なんじゃそりゃ?

断っておくがこのイベントに子供料金は設定されていない。ゆえに小学1年生であっても、2万もの大金をはたいて入場しなければお馬さんを見ることはできない。だがそれでも良いと言ってるにも関わらず、幼稚園に通うウチの下の娘は入場はお断りなのだそうだ。

納得できないので、チケット発売代理店に説明を求めたが、「ジンガロ側が決めたこと」と言うばかり。海外での公演の映像を見る限りでは、どう見ても未就学としか思えない小さな子供たちの姿もあったのだが…。

小さな子供は時として予測不可能なことをするものである。馬が驚いて不測の事態に陥ってはたまらないという判断だろう。実際、今回の公演を見に行った人の話では、中央の円形ステージをぐるりと囲むように、金属パイプを組んで作ったすり鉢状の客席は極めて急峻で、にもかかわらず場内はほぼ暗闇と表現しても差し支えないほど暗かったという。おそらくこれも、馬たちが無用に興奮しないようにとの配慮と思われる。

Keijo_2主催者の関係者は、幼稚園児くらいなら入れるのではないか?と言ってくれたが、そんな思いをしてまで行こうという気には、もうなれない。替わりに馬事公苑にでも行って、弦巻騎道スポーツ少年団の軽乗の妙技を見ることにしよう。いや、こちらも一見の価値は十分にある。しかも、幼稚園児が見ていたところで文句を言われることもない。

 

 

 

 

 

 

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2009年3月 8日 (日)

運ぶのは横典ダービー制覇の夢?

いくらJRAと疎遠になったとはいっても、今日の弥生賞だけは見ておかねばなるまいと15時39分にTVのスイッチを付けた。ら、発走には5分ほど早かった。最近は関東の方が発走時刻を遅らせてるんですね。知らなかった。なんで? TV的な事情かしらん?

Yayoi1  

ともあれホントなら現場で見なきゃならんのだろうけど、そこまでもなあ…、という思いがクビをもたげてしまったのは反省。雨予報を気にしたわけではない。歳を取ると中山がひどく遠くに感じられるものである。 

なんて、去年のこのブログと比べたら「一年でずいぶんと物事は変わってしまうものだなあ」とこの世の無常を思うわけだけど、「弥生賞は大事」という自分のスタンスは変わらない。牡馬クラシックの事実上の開幕戦。「皐月賞より力が入る」とまで言った調教師もいた。休み明けの出走となることが多い上、しかも3ヶ月先のダービーをも見据えなければならない一戦。それだけに仕上げのサジ加減には最新の注意が払われる。調教師が「ちょっとだけ軽かった」と不満を洩らした最終追い切りで、結果回避を決めたフィフスペクトルなどはまさにそのクチではないか。弥生賞が他のG2と違うのはそういうことだ。

Yoayoi2  

勝ったロジユニヴァースはこれで通算成績4戦4勝。文句なくクラシックの主役である。

オーナーの久米田氏はこの世代が初のJRA所有馬。ロジユニヴァースの同期には、ロジロマンス、ロジゴールド、ロジクィーン、ロジサクラがおり、この5頭で(6、3、0、3)という成績だから凄い。ウォーエンブレムばりの高打率は多くの馬主の羨望の的だ。

ところで一緒に弥生賞のTV中継を見ていた娘が「“ロジ”ってなに?」と聞いてきた。もっともな質問である。よもや「路地」であるはずもなく、これはオーナーが社長を勤める会社「ロジフレックス」から取った冠名。株式会社ロジフレックスは横河電機グループの傘下にかかる物流を主業務とした会社であり、そう考えればこの「ロジ」とはすなわち「ロジスティックス(物流・調達)」の意となる。

そう子供に説明したら今度は「なんで馬に”ぶつりゅう”なんて名前を付けるの?」と再び聞かれた。

そんなこと私にだって分からないが、確かにある種の違和感は残る。ダービー馬になるための障壁はほとんど無いとも思わせた一戦だったが、娘の質問に真剣に答えているうち、ぜんぜんそんなことはないんじゃないかと思えてきた。

 

 

 

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2009年3月 7日 (土)

暖冬の雪

今日は暖かかったですね。

ここんトコ好天が長続きしないばかりか、「記録的な暖冬」などと言われている割にはちっとも暖かくならないと気を揉んでいたのだけど、今日の陽射しは春そのもの。ただ、昨日の雨の影響が残って今日も中山は道悪競馬だった。しかも明日は早くも雨との予報が出ており、早くも皐月賞の馬場状態に神経を尖らす人も出始めているのではあるまいか。

前にも書いたけど、北海道も例年とは明らかに違う冬になっている。

道内でも比較的温暖で雪が積もることの少ない日高が大量のドカ雪に見舞われており、先日行われた静内地区の種牡馬展示会などは、あまりの雪の激しさに「自分が今見ている種馬が何なのかも良く分からない(牧場主談)」ような有様だったという。いやはやたいへんですね。子馬や犬は喜んでいるかもしれないけど。

Snow  

しかし何より困るのは雪がたくさん降ることだけでなく、暖冬ゆえにそれが雨になってしまうことも多いことだ。雨でシャーベット状に溶けた地面の雪は夜になるとカチカチに凍りついてしまう。クルマの事故に気を付けなきゃならんことはもちろんだが、朝の放牧地で馬が足を捻ったり、転倒したりするケースもあり心配のタネは尽きない。

新千歳空港に勤務する知人からの情報によれば「去年も雪がひどかったけど、今年は去年の倍ひどい」とのこと。雪による滑走路閉鎖や欠航により大混乱はもはや日常茶飯事。搭乗客がターミナルで一夜を過ごす事態になっても、ニュースとして取り上げられないというから相当だ。実際、昨年の2月に子供を連れて空港ターミナルのベンチで一夜を過ごすことを一度は覚悟した身としては、なんとも言えぬ怖さを感じる。

実際に調べてみると、欠航便数は2月末段階で計830便。たしかに過去5年で最も多かった昨シーズンの倍の便数だ。空港では、高性能除雪車を増強するなどして除雪作業時間を大幅に短縮したのだが、そこに「暖冬」の誤算が直撃した。降るのは北海道特有の軽くて水分の少ない「パウダースノー」ではなく、水分をたっぷり含んだ「湿雪」ばかりなのだ。なので除雪しても、滑走路上にはうっすらとシャーベット状の雪が残り、それが航空機の離発着を妨げてしまうのである。

もともと千歳市は札幌に比べて降雪量が格段に少なく、それゆえの空港立地でもあるわけだが、札幌在住の彼は「今年は札幌より(千歳の方が)降ってるかもしんない」と言う。

生産牧場はボチボチ出産ラッシュを迎える。再来週あたり行ってみようかとぼんやり考えていたのだが、3月とはいえ雪への用心は怠らぬ方が良さそうだ。

 

 

 

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2009年3月 6日 (金)

最後のカレー

世間はひな祭りだというのに、なんだか最近カレーばかり食っているような気がする。いや、カレーとひな祭りとは何の関係もないのだけど。

もとより嫌いなメニューではないので「3日続けて昼飯がカレー」なんつーことも珍しくはないワタクシだが、たまたま我が家の献立がカレーになってしまったことに加え、神田『ガヴィアル』が閉店になってしまうというので通いつめる毎日を送っているため「6食連続でカレー!」みたいなカレー三昧な生活が続いてしまっているのである。

閉店が近いとはいえ、毎日わざわざ神田まで通うこともあるまいが、それでも足を運ぶのは、あの芳醇かつキレのある『ガヴィアル』のカレーの味をこの舌に刻み込まんと日々足を運び……、なんてわけではなくて途中まで埋まっていた来店サービスのスタンプカードにハンコを全部押してもらって2000円のお食事券をゲットし、それを閉店までに使ってしまいたいというセコい事情による。でも2000円ですからね。小さくはないですよ。

もちろん消えゆく味を惜しむ気持ちだってある。

Gavialタマネギは刻んで炒めるのではなく、ボイルしてから潰して牛肉の野菜スープと一緒にじっくりと煮込む。あの素晴らしい味の下地は、一晩煮込んでさらに一晩寝かせることによって完成するスープにこそある。仕上げに加えられるバターと生クリームがコクを生み、そのコクに負けないよう、カレーに合わせるライスには塩コショウしたバターライスにゴーダチーズを振りかけてある。

この店で忘れられないのは平日の昼どきに混雑覚悟で訪れた時のこと、当然の如く相席となった同じテーブルにJRAで重賞をいくつか勝っている馬主氏が斜め向かいに座っていたことである。

正面ならまだ会話もできるけど、4人が4人とも一人客の相席テーブルで斜め同士というのは微妙な位置関係。簡単な挨拶をしただけの会話に終わったのはやむを得ないとしても、一人でいらしていたからにはよほどお気に入りなのだろう。閉店の事実はご存知だろうか?

さて件のスタンプカードであるが、今日でめでたくゴールイン。念願のお食事券を頂いたので、それを使うために来週早々にもまた神田に行こう。たぶんそれがあの店で食べる“最後のカレー”になる。「フランス万歳!」みたいなのとはまたちょっと違うけど。

 

 

 

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2009年3月 5日 (木)

素晴らしき騎手たちの競演

昨日の話。

雨を避けて軒下でレースを待ちつつ、「お客さん少ないね」、「雨だもんなー」、「でも売上げはまずまずらしいよ」、なんて話をしていたら、次のレースに出走する人馬が我々の目の前をゆっくり横切っていった。それを見ていたカメラマンのひとりが、「こういう光景を見ると感覚がおかしくなるな」とポツリ呟いたのである。

感覚がおかしくなる   

つまりこういうことだ。いま、南関東の競馬場では、的場文男、石崎隆之、今野忠成、御神本訓史、戸崎圭太、酒井忍、水野貴史、山田信大、そして期間限定騎乗中の内田利雄や菅原勲。いずれも全国各地の競馬場でリーディングを獲得したり、あるいはリーディングを争ってきた名手たちが凌ぎを削っている。今日5日はさらにJRAの内田博幸騎手も加わるから、もうほとんど「全日本リーディングジョッキー」と呼んでも差し支えないような状況が普段の1レースから繰り広げられているわけだ。毎日現場にいると慣れてしまって有り難みが薄れてしまう部分もあるのだが、冷静に考えればなんとも贅沢な話ではないか。

Jockey  

なのに、お客さんは入っていないのである。閑古鳥が鳴くスタンドの前を、日本が誇る名騎手たちが走る姿を見ていると「感覚がおかしく」なってしまうというわけだ。

なるほど、と私も賛同する。

乗っている騎手の技量だけで言えば、今の南関東はおそらくJRAより上にあるのだろうとは思う。ただ、それを価値として認めるファンが少ないのも事実であろう。これは南関東のファンの価値観が悪いというわけではなく、JRAのファンでも同じ。いわば「傾向」あるいは「宿命」だと言える。

実際、全国のリーディングジョッキーを集めたレースも各地で開催されてはいるが、期待するほどの盛り上がりを見せるイベントは少ない。逆に、全国の有力馬が集まるレースを行えばファンは殺到するだろう。良くも悪くも「走るのは馬」というスタンスのファンが圧倒的なのだと思う。

とはいえ、JRAで過去2度行われた「ジョッキーマスターズ」は、レース終了後にも関わらず5万人前後の観客が観戦して、まるでGⅠレースのような盛り上がりを見せた。そう思えば、「ファンは騎手を見ていない」などと決めつけてしまうことにも躊躇いはある。

Jockey2  

高い技量を持った騎手同士のレースは見ていて素晴らしく、レース中のあらゆるアクションに無駄というものがない。密集のまま、しかもタイトに最終コーナーを回って直線に向く姿を見ると思わず口笛でも吹きたくなってしまう。そういう意味では今の南関東の競馬は一見に値する。期間限定騎乗中の2人がいる間に、ぜひとも南関東の競馬場に足を運ぶことをオススメしたい。

 

 

 

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2009年3月 4日 (水)

馬だって歩くことが一番大事

自宅を12時過ぎに飛び出して大井町駅に到着したのが12時34分。無料バスでは間に合わないと判断してタクシーに飛び乗り、大井競馬場の門をくぐったのは12時47分。なんとか5レースに間に合った。

Gradeup_2本来なら10レースに行われるはずだった君子欄特別だが、少頭数になったことで5レースに前倒しになってしまったのである。せめて8とか9レースにしてくれりゃあこんな忙しい思いをしなくて済むのだが、「番組編成上必要な手段」と言われればそれまで。それでも勝ったグレードアップはこの不良馬場をものともせず、内回りの短い直線だけで最後方から抜き去ってしかも突き放すという強い競馬を見せたから、「TV中継のある時間帯なら良かったのに…」という思いは残る。

5レースが終わってしまうとしばらく何もやることはないので、メインまでの3時間をどうやって過ごすか考える。

よりによって昼食は済ませてきてしまったので、とりあえず最近の日課でもあるウォーキング。最初は立会川駅方面に向かって歩き、旧東海道を左に折れ、鈴ヶ森の刑場跡から第1京浜に入り、しながわ水族館のあたりから区民公園の敷地を歩いて戻る1時間ほどのコースを歩くことに。

ウォーキングの成果か分からんがおかげさまで右肩の調子はすこぶる良い。ただ、歩いている途中で雨が落ちてきたのには閉口した。しかし傘が必要なほどではない。ポツリポツリと落ちてくる雨空を見上げながら競馬場に戻る。これで少しは脂肪が燃えただろうか。

場内に戻ると途端に雨足が強くなった。どうやっても無視できる雨量ではなく、屋根の下に潜って、喪服の話をしたり、印刷業界の話をしたり、”とりあえず落ち込んでいないと気が済まないカメラマン”のカウンセリングをいつもより長めにやったりしているうちにメインの発走。

レースはフジノウェーブとトップサバトンの一騎討ちに。

Wave直線中ほどでフジノウェーブがトップサバトンを競り落とした時は、そこで勝負あったと思ったけど、そこからトップサバトンが怒濤の差し返しを見せて、ゴールではクビ差にまで迫っていた。さすが最強世代の羽田盃馬。これぞクラシックホースの底力!

もちろんそれも正しいと思うのだけど、私の目にはなんとなくフジノウェーブの方が最後に止まってしまったようにも見えた。う~ん…、どうなんでしょうね。

ともあれ薄暗い場内で白い馬が勝ってくれたのは、撮っている方としては助かる結果だった。こっちの7歳馬は強い。

 

 

 

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2009年3月 3日 (火)

記憶に残るダービー馬、逝く

四白流星6馬身   

1987年の日本ダービーを6馬身差で圧勝したメリーナイス(牡25)が、この1日に繋養先の北海道浦河町の渡辺牧場で病死したと発表された。そのルックスの美しさ、ダービーでの圧倒的なレースぶり、そして有馬記念での落馬。どれも強く我々の脳裏に焼き付いている。さらに映画『優駿 ~ORACION~』のモデルにもなった。文字通り”記憶に残る”名馬であったことは間違いない。

Dvd_2映画『優駿』では、日高の小さな家族経営の牧場からダービー馬が誕生する。名前はスペイン語で「祈り」を意味する「オラシオン」。競走馬の単なるサクセスストーリーではない。牧場の親子、馬主、その娘らの逃れようのない運命が、オラシオンの軌跡に重なっていく。

舞台設定はひだか町(旧静内町)ということになっているが、実際の撮影は隣町の新冠町の新冠橋本牧場で行われた。

ラストシーンは1987年の本物のダービーのレース映像を使うことが最初から決められていた。そこで勝ったメリーナイスは四白流星の派手な栗毛馬。同じような子馬を探すのには相当の苦労があったというが、そんなエピソードも四季折々の自然美に満ち溢れた日高の牧場風景を見れば小さなことだと思えてくる。

緒形拳演じる牧場主の元に子馬を買いに来たのは会社社長役の仲代達矢と調教師役の田中邦衛。仲代の娘・久美子役の斉藤由貴に、牧場のひとり息子役の緒形直人はサラブレッド生産の夢を語り続けながら、オラシオンの成長と重なるように様々な人間模様が折り重なって物語は展開していく。

そういえば緒形拳さんも昨年に亡くなったばかり。人にせよ馬にせよ、やたらと訃報が気に留まるようになったということは、自分もそれなりに歳を取ったということか。

Nemoto映画の中でオラシオンは3000万円という高値で庭先取引されるが、モデルとなったメリーナイスはわずか800万円で取引された。そんな馬がダービーを勝つというのは、今では映画にも匹敵するようなストーリー。そんな良き時代を具現した名馬が、また一頭この世を去った。

 

 

 

 

 

 

 

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2009年3月 2日 (月)

商品券に救われた競馬

高額所得者の給付金受給を「さもしい」と批判し、自らの受給にも否定的な姿勢を示していた麻生首相が、一転して給付金を受け取る意向を示した。

給付金が景気刺激策であることを自ら示す必要から方針転換を余儀なくされた形だが、私なんぞは給付金を貰ったらダービーの単勝一点勝負に使おうと目論んでいる。これが「景気刺激」にどれほど貢献するのか、あるいはしないのか…。その辺はよう分からんけど、こういう使い道を考えている人ってけっこういるんじゃなかろうか?

 

Me  

今回の定額給付金は1999年に実施された「地域振興券」がモデルになっている。

この時は、子育て世帯収入の少ない高齢者などに限り、現金ではなく「金券」が配られた。私は条件を満たさなかったので貰った覚えはない。実家の両親が貰って何々を買ったとか話した記憶があるぐらいだ。その使途には様々な制約があり、たしか馬券はNGなのにパチンコはOKと知って憤慨した覚えがある。貰ってもいないのに。

ともあれ、今回の定額給付金は何を買っても文句を言われない分だけマシのような気はする。「地域振興券」にしたって、大半の人はそれで日用品を買って浮いた現金を貯金に回したというから、消費に繋がることを過度に期待しない方が良いですよ。

ところで、そんな商品券のおかげで我が国の競馬が生き伸びた時代があるのをご存じだろうか。

江戸末期に横浜に根付いた我が国の洋式競馬は、みるみる日本国内に広がった。しかし、急激な発展はやがて過熱を気遣う声を生み、ついに政府は馬券禁止令を発令するに至る。とはいえ馬券のない競馬など、ネタの無い握り鮨みたいなもの。客足は遠退き、関係者が来場するだけの寂しい競馬場での競馬が行われるようになる。

しかし、当時の競馬は軍馬の資質向上を目的に国策の一環として行われていたわけから、競馬をやめるわけにもいかない。各競馬場は、政府から与えられるわずかな補助金を命綱に青息吐息の経営を続けていた。

そんな1914年、東京競馬倶楽部が「商品券競馬」を発案すると事態は一気に好転。ファンもにわかに競馬場へと戻り始めた。

「商品券競馬」とは、入場券に付いている投票券を使って当たると、有名百貨店の商品券がもらえる仕組み。穴が当たれば商品券の額面も上がるので、実質的には馬券となんら変わりない。馬券を売らぬドバイの競馬ではおそらくNGだろう。

しかし商品券競馬は収入減に悩む競馬場の救世主だった。瞬く間に全国各地の競馬場に広がり、1923年の馬券禁止令解除のその日まで。我が国の競馬を支えたのである。

 

 

 

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2009年3月 1日 (日)

この1年間のリーディングは?

こないだ年が明けたばかりのような気もするが、あっという間に3月でござるよ。今日3月1日はJRAの新人騎手たちがついに「プロ騎手」となる記念の日である。

今年の新人5人のうち、初日にデビューを果たしたのは、小野寺祐太、国分優作、丸山元気、松山弘平の4騎手。26日の調教で落馬負傷した国分恭介騎手が大事を取ってデビュー延期となったのは気の毒だったが、落馬も競馬のひとつ、休むことも仕事のひとつだと思うしかない。

三浦皇成騎手の活躍の影響なのか、けっこう良い馬が回ってきた新人もいるようなので、デビュー当日にいきなりの初勝利といったニュースも飛び込んでくるかもしれないと注目していたのだが、松山騎手の初騎乗初勝利を含む2勝は凄い。今現在でヨシトミに並んでますよ!

Kosei_2その三浦騎手も昨日でデビューしてからまる一年。この12ヶ月間の勝ち星で言えば103を数えるのだからこれは立派な数字である。

もうひとり、内田博幸騎手を忘れてはならない。三浦騎手と同じく昨年3月にデビューして以来昨日までに積み重ねた勝利数は実に139。2008年3月から2009年2月までの全国勝利数ランキングを作ってみると、実は内田博幸騎手が最多勝利なのである。ちなみにそこでは三浦騎手も5位にランクアップする。

 【2008年1月~12月勝利数順位】

   1 武豊      143
   2 内田博幸  123
   3 安藤勝己  119
   4 岩田康誠  118
   5 後藤浩輝  107
   6 中舘英二  105
   7 横山典弘   95
   8 藤田伸二   94
   9 三浦皇成   91
  10 松岡正海   91

 【2008年3月~2009年2月勝利数順位】

   1 内田博幸  139   
   2 武豊      135
   3 岩田康誠  118
   4 安藤勝己  117
   5 三浦皇成  103
   6 中舘英二  102
   7 横山典弘  100
   8 後藤浩輝   95
   9 藤田伸二   95
  10 松岡正海   93

こうした数字を見るに、一年前の川崎競馬場を思い出さずにはいられない。

JRAへ移籍する内田騎手を送るセレモニーで、「行くからには全国リーディングをめざします」と彼は高らかに宣言したのだ。

内田騎手の技量ならそれも難しくはあるまいとは思えど、まさか一年目から関東リーディングを奪取してしまったことはいまだに信じられない気持ちもある。関東にも乗れる騎手はたくさんいるし、なにより率でなく量を競う争いに2ヶ月間のハンディはとてつもなく大きい。実際、この12ヶ月間では”全国リーディング”を獲ってしまっているのである。去年は宝塚記念と菊花賞を勝ち、今年もいきなりフェブラリーSを勝った。量だけではなく質も伴った活躍ぶりには畏怖の念さえ覚える。

 Uchipaku

ただ、そんな私の思いも、かつての勝負服に身を纏って昔と変わらぬように大井で馬に跨がる姿を見るたび、きれいに払拭されてしまうのである。かつてと同じウチパクがそこにいる。ポーカーアリスが復帰したら、乗ってもらいたいんだけど……。いつになることやら。

 

 

 

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