勝って、そしてビックリ!!
「くらやみ」と表現しても差し支えないほど薄暗いダートコースに緑の勝負服を乗せたサラトガの白い馬体が浮かび上がったその時、私は“もんのすごぉく驚いた”。ごく控え目に表現して 。
遡ること30分前。
雲空広がる東京競馬場には6レースのパドック周回中からポツポツと雨が落ちてきていた。アルゼンチン共和国杯の撮影よりも重要で、“ジョッキーマスターズ”の取材にも増して大事な、むろんオグリキャップ御披露目なども遥かに凌ぐ“目的”がそこにはある。それは10月18日のリベンジ。その時の話は当日付のブログをご覧頂きたい。
とはいえ、あまりに「リベンジ」を意識し過ぎると前回のように競馬の神様がソッポを向いてしまうので、今回はイレ込まぬよう“自然体”を心掛けた。やはり競馬では「勝ったら驚く」の気持ちを失ってはならない。
そんなわけで府中本町到着はのんびりと正午前。競馬場を取り囲む欅の葉が黄色から鮮やかな朱色に移りゆく様を眺めつつ普段よりゆっくりと歩き、心穏やかに入場門をくぐった。日増しに秋は深まりつつある。
しかしそんな落ち着いた風情も、パドックで実際に馬を見てしまえば瞬時に吹き飛ぶ。ただ1頭の芦毛は、薄暗いパドックではことのほか目立ち、その雄大な馬体が目の前を通り過ぎるたび「どう見たってサラトガしかいないよなぁ」などとイケナイ思いが首をもたげる。
ふと我に返り、「いかん、いかん!」と首を振って平静を装っても、目の前にそびえる巨大なオッズ板の「単勝1.7」という数字を目にすれば「勝ったらジョッキーになんと言おうか」などと、またまた不埒な思いが湧いてくる。それを再び「いかん、いかん」と振り払うコトの繰り返し。パドック脇でぶんぶん頭を振る私の姿は、傍から見ればかなり挙動不審に映ったことと思われる。
レースは一般スタンドの柵にもたれて観戦。自分の中では、こうして見るのがいちばん勝率が良い印象がある。とはいえ、ヘンな色気は禁物。「勝ったら驚く」と自分に言い聞かせているうちにゲートが開いた。
前回とは違って、内枠の馬を先に行かせてしっかりと折り合うお手本のような番手競馬。直線に入ってからも追い出しをじっくり待って、結果2馬身差の完勝劇だった。
……びっくり!!
馬主氏に連絡しながら、人込みを掻き分け掻き分けして検量に降り、引き揚げてきた内田博幸騎手とがっちり握手。そういや、内田博幸騎手はこれがJRA100勝目じゃん!
めでたく確定のお墨付きをいただいて、いざ口取りへ。ウイナーズサークルまで馬と一緒に歩く気分のなんと晴れやかなことか。
厩務員さんが「オーナーとは縁があるんです。テンケイもやらせていただきました」と、まるで秘密でも打ち明けるみたいに話してくださった。テンケイはかつてこのブログでも再三紹介した馬。BMSイナリワンの代表的存在である。「ありがたいです」と言って彼は馬の額を撫でた。
それを聞いていた内田騎手も「僕もこの馬とは縁があるんですよ」と口を開いた。「お母さんのスイングバイに乗って大井で重賞を勝たせてもらいましたから。あの馬は僕とおんなじで九州から大井に来たんで特に思い入れがあるんですよ」
むろん私も覚えている。トゥインクルレディー賞の9馬身差の逃げ切りは圧巻だった。永く競馬と関わっているとこうした「縁(えにし)」を感じずにはいられない。競馬とは縁(えにし)のスポーツであるとあらためて思った。
東京競馬場のウイナーズサークルで勝ち馬の綱を取るのは、40年の生涯で初めての経験となる。いや、JRA競馬場まで条件を広げても初めてのこと。やはりと書けば南関東関係者に怒られるかもしれないが、その晴れがましさは南関東を遙かに凌ぐ。緊張の余り綱を持つ手が震えた。
ちなみにこのレースには「オーストラリア賞」という副題がついていて、さしずめ副賞は「オージービーフ1年分」か、下手すりゃ「ケアンズ10日間の旅」あたりがドド~ンと提供されるのかとドキドキしたが、まあ特に何も無し。口取り撮影の時にJRAの係の人から「これをこう広げてカメラに向けて下さい」とオーストラリア国旗を手渡されたのみ。言われたとおりやっておいたけど、あれは一体どういう意味があったんだろか?
口取りが終わり、内田騎手100勝のセレモニーも終わり、再び地下馬道。
「この馬で100勝目を勝てて良かった」という内田騎手の言葉は過分にリップサービスが含まれているのかもしれない。だが、お母さん馬のことを話してくれたことが私にはいたく嬉しかった。ただ、感激の余り「交流競走で船橋にいらしたら、またポーカーアリスに乗って下さい」と言うのをすっかり忘れてしまったのは失敗か。
まあ、次の機会もあるか。ポーカーアリス復帰もまだ先になりそうなことだし。
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