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2008年11月30日 (日)

東京最終日の”奇跡”

私の斜め後の席に座った外国の方が「Oh! Fujiyama!」と叫んだので見てみたら、なるほど確かに見事なフジヤマっぷり。今年のジャパンカップは年間を通しても何日も無いであろうほどの好天に恵まれた。

Fujiyama_2  

今年の東京開催最終日ということでもあるので、いろんな人を探して挨拶をして回る。挨拶ついでに「今日のメインは何が勝ちますか?」と聞きまくるのだが、たいていの答えは「パドック見るまで分からない」というもの。ダービー馬3頭に菊花賞馬2頭、さらにグランプリホースまでが顔を並べたわけだが、それぞれが無視できない死角を抱えていることもまた事実で、みんな頭を悩ませている様子である。

社台の関係者に会って「今日は社台さん(の持ち馬)はスクリーンヒーローだけだけど、これはどう?」と聞いたら、「調子は悪くないけど俺は買わない」とバッサリ切り捨てていた。たぶん今ごろ悶絶死しているに違いない。

Oukenパドックではまずオウケンブルースリが良く見えた。

「近年の菊花賞は実質GⅡレベル」説を信奉している私にとっては買い目の悩みに拍車をかける見立てである。

 

 

 

 

 

 

 

 

Cosmoさらに目に留まる馬が一頭。しかし顔だけ見ても名前が分からん。そんでファインダーから目を挙げて、まじまじとその一頭を見れば、なんとコスモバルクである。いや~あ、結果を知った今からこんなことを書くのは恥ずかしいけど、17頭ん中では一番良い”眼”をしていたんですよ。

 

 

 

 

 

 

Vodka_2逆に、馬券に関わらず注目のウオッカは、あの天皇賞で感じた内に秘めた闘志が身体から溢れ出るようなオーラを感じることができない。いやそれよりむしろなんとなく可愛らしさまで漂う。

 

 

 

「どうしよう、どうしよう」と悩んでいるうちに、出走17頭は地下場道へと消えていった。

 

 

 

結局、ウオッカは買わず、オウケンとコスモからパラパラっと馬券を買ってレースを迎えた。結果は周知の通り。

Jc  

コスモバルクはウオッカと共に「引っ掛かり」競走をしているかの如く掛かりまくって、彼のレースは終わってしまった。そう思えばウオッカの3着は逆に凄い。凄いが、騎手には悔いが残る結果に違いない。オウケンブルースリには古馬初対戦という理由が用意されているが、終わってみれば「やはり」という感も残る。いやそれにも増して自らの馬を見る目の無さには無力感さえ漂う。

と、うつむきながら帰ろうとした時、ふと懐の馬券を見たら、中に1枚的中馬券が!

枠連5-8。コスモバルクとスクリーンヒーローが同じ枠だったことで起きた奇跡である(大袈裟)。

今ではすっかり人気のなくなった馬券の「代用」に助けられ、府中本町駅の混雑が収まるまで駅近くのコーヒーショップで余韻に浸っていたら、その店にたまたまヘレンさんがやってきた。そして開口一番「今日ずっと探してたんです!」と流暢な日本語でおっしゃる。ホントの奇跡はこっちである。

お土産だという英国の競馬グッズをいただいてヘレンさんに別れを告げ、まだ混雑の残る南武線に乗る。今年最後の東京競馬場は、なんだかんだで悪くない一日だった。

 

 

 

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2008年11月29日 (土)

JC前日の競馬は淡々と

200811291124000東京競馬場は好天に恵まれたが、時折吹き付ける東寄りの冷たい風が本格的な冬の到来を予感させる。明後日はもう12月。一年は早いですね。

JCダートの行われない競馬場は、かつての“JCウィークエンド”の賑わいを知る人間にしてみれば、驚くほど閑散としている。今年のJCは盛り上がりに欠けると巷間言われているのは正しい指摘であるようだ。

盛り上がりに欠ける理由が、外国招待馬がちょっと残念な顔ぶれだからなのか、あるいは土曜のJCダートがなくなってしまったからなのか、あるいは世界的な景気の閉塞感によるものなのかは解りかねるが、毎年フランスからやってくる知人カメラマン(フランス人)も、イギリスに住む熱狂的競馬ファン(日本人)も今年は来ないという。

しかも逆に「香港には行かないのか?」と二人から同じ質問をされた。つまり彼らは例年同様に香港には向かうと言ってるのである。なんか、ちと寂しい。

一方で、香港国際賽事デーの素晴らしさを私自身も身に染みて体感しているだけに彼らの選択はいたく理解できる。私が彼らと同じ立場なら、やはりそうするわな。

ともあれ土曜の競馬は淡々と進む。

障害レースで3頭が落馬。カラ馬たちは揃って走っていたが…

Hoba1  

係員に行く手を遮られて…、

Hoba2_2   

逆回りで逃走してしまいました。さようなら。

Hoba3  

こういうことが起こるリスクが高いから、障害レースは昼休み前の最後のレースに組まれているわけですね。ちなみに明日は障害レースはナシです。

そんな騒ぎをよそに、とある2歳馬を見るためパドックに降りた。トウカイテイオーの牝馬と聞いて、こりゃ煩そうだと思いついざつ実物を見たら、特にそんなことはなく、父譲りのバネの利いた歩様はいかにも芝向きを思わせる。下馬評は低いが複勝を買ってみた。

   そしたら案の定の4着…(泣)

いや、でも正攻法の競馬で掲示板は上等。徐々に状態を上げていけば良い。

気を取り直し、ヘレンさんを見つけてご挨拶。ヘレンさんがJCに来てくれたことが、これほど有り難く感じたこともない。

ともあれ、まずぱ一昨日の調教に行けなかったことを詫びる。この先未来永劫行けないかも知れないなんてコトはさておき、ペイパルブルら英国馬3頭の情報をたんまりもらって、お返しに日本でいちばんホットな競馬の話題、つまり三浦皇成騎手の記録バナシをご披露する。「彼はいずれ英国でも騎乗する機会がくるはずだから、ルーキー時代の(つまり今の)写真を撮っておいた方が良いよ」みたいなことですね。

そしたら、7Rの2歳500万戦を三浦皇成騎手の4番人気リスペクトキャットが鮮やかにレコード勝ちした。後藤浩輝や内田博幸、そしてペリエやルメールといった相手を向こうに回し、1勝を挙げてしまう力は並大抵ではない。

Kosei  

明日のJCデーには全11レース中なんと9レースに乗り馬がいる。

来年はアメリカでの武者修行を予定している三浦騎手にしてみれば、海外の注目も集まるJCデーの1勝は重みが違う。JCに乗り馬がないのは残念だが、逆に言えば、JC以外にも見所があるということだ。注目したい。 

 

 

 
 

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2008年11月28日 (金)

アイポッパーの死に思う

アイポッパーが死んじゃいましたね。馬の冥福を祈ると共に出資会員を含めた関係者にお見舞い申し上げたい。

Eyepoper1私自身がヒヅメの病気にいたく神経を尖らせているという事情もあり、京都大賞典後に「裂蹄を発症した」と聞いた時からクラブの公式HPで彼の経過を追っていた。一進一退を繰り返す情報に、部外者たる私ですら一喜一憂していたのだから、関係者、とりわけ出資会員の方はさぞやつらい1ヶ月間であったとお察しする。

この間、クラブの公式サイトは通常時の2倍程度の頻度でアイポッパーの近況を報告していた。もとより「昨日と変わりがなければ報告の義務はない」という認識がはびこる業界にしては、これでも頑張った方かもしれない。

だが私には、いつ更新されるのかも分からぬ「愛馬の近況」欄のページを開き、今日の更新はないかもしれないと諦めつつも、マウスをカチカチと叩いてページのリフレッシュ表示を繰り返す会員サンの姿がリアルに目に浮かぶ。僅か20~30文字の“最新情報”にありつくために、どれだけ彼ら彼女らがストレスと不安を募らせていたかが、手に取るように分かるのである。

Eyepoper2_2それにしても、たった20~30文字の近況コメントをなぜ毎日更新できないのだろうか? 非常時なのである。コメントを読む限り、明らかに最悪のケースが想定されていた。不安を募らせつつ、次にいつもたらされるかも分からぬ最新情報を待つ立場の苦しさは並大抵ではない。

ともあれ「やはりヒヅメは馬にとっては大事なんだなぁ」とあらためて思い知らされる。

ヒヅメといえばポーカーアリスである。蟻洞が悪化していると聞かされた時は「蹄葉炎」の3文字が私の脳裏をかすめたこともあったが、幸いにも来月帰厩予定だと連絡があった。

数日前「ツメが伸びない」と嘆いたばかりだが、それなりに伸びてはいるようだ。ただ、もたらされた情報に一喜一憂することなく、自分のこの目で見て状態を見ておこうとも思う。中山に変わるし、2週目あたりに行ってみようか。

 

 

 

 

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2008年11月27日 (木)

食事不要派急増中

Udon世間は早くも忘年会シーズンに突入しているようだが、一方で宴会やクリスマスディナーのキャンセルなども相次いでいるらしい。昨夜は『小麦会』の納会ということで銀座に繰り出したのだが、街は思いのほか閑散としていた。

そして今日は今日で渋谷を23時過ぎに出る田園都市線に乗り帰宅途中の車中でござる。が、なんと驚くなかれ渋谷駅を発車したばかりの車内には空席が残されているんですよ。日曜の夜でも、ここまでは空いてない。みんな何処へ行ってしまったのだ?

突然訪れた金融不況の嵐は、よりによって冬のボーナス時期を直撃した。外食やムダ酒に回せるゆとりなどない、ということなのだろうか?

最近、「競馬場内で写真撮ってるより、飲食店やるほうが儲かる」という話題で盛り上がったことがあって、その場で「飲食業界というのは不況知らずだから良いよね」みたいなことを言ってしまった覚えがある。何気なく、一般論としてね。

でも、これは必ずしも正しいとは言えない。客引きとタクシーばかりが目につく銀座を歩けば、なおさらそう感じる。

“衣食住”のうち、“衣”と“住”は切り詰めようと思えばとことん切り詰められるけど、自らの生命活動に直接リンクしている“食”をないがしろにするこてはできないから、アパレルや建設業界は不況に弱く、飲食業界は不況に強いのである。少なくとも私は両親からこんな話を聞かされて育ってきた。アパレル業界のサラリーマンが鰻屋の娘と結婚してできた家庭であれば、家族の会話にこういう話題が多くなるのは必定だったのかも知れない。その影響かどうかは知らんが、実際に私の弟は手広く高級レストランを経営する企業に就職した。

しかし昨今は「むしろ“食”を切り詰めて“衣”“住”に回す」という生活志向が広まりつつあるのだという。しかもこれは若い世代に限った話ではない。

先日の読売新聞に、毎日50種類300錠ものサプリメントを“食事”としている49歳の大学教授の事例が紹介された。通常の食事を摂れないような医学的事由があるわけではなく、「単に効率が良いから」と本人は意にも介していない。

これは極端な例としても、「空腹感はスナック菓子で満たすもの。栄養摂取とは別の行為」と捉える風潮は、確実に広まっている。“食”を切り詰めるどころか、“食”が生活の対象から外れて“衣”“住”のみに興味が向いてしまっているのである。

先日、東京競馬場内のレストラン支配人から「律儀にお昼休みに昼食を食べに来るのはベテランばかり。若い人はあまり見かけなくなった」という話を聞かされた。失礼を承知で「美味いメニューがないからじゃないですか?」と聞くと、どうやらそんな単純な話ではなく、そもそもの生活習慣の中に「きちんと昼食をとる」という行為が組み込まれていない人たちが増えているというのである。このときは単なる支配人の仮説としか捉えなかったが、件の大学教授の話を聞いて、仮説の域に留まらぬ話であるように思えてきた。

それを裏付けるかのように、場内の売店ではハンバーガーとスナック菓子の売れ行きが伸びているらしい。すなわち「食事」としてではなく、単に腹を満たせばよいという傾向が強まっているというのだ。

その分析が正しいとすれば、競馬場の食事事情の改善というのは期待薄かもしれない。ニーズあっての店舗経営であるのに、そのニーズが実はほとんどないというのでは話にもならん。

ところで、昨夜の『小麦会』は冬らしく”うどんすき”を頂いたのだけど、普通にお鍋をやって具を全部食べ尽くしたところでようやく”うどん”が登場し、そのまま鍋に入れてずるずるとうどんをすすった。

Udon2コシのある稲庭うどんの打ち立て生麺で、それ自体は文句のつけようもないくらい美味かったんだけど、”うどんすき”ってこういうスタイルなんですかね? なんか、普通に寄せ鍋やって、シメにうどん頼んだのと形態としてはあまり変わらない気がしたので…。 

 

 

 

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2008年11月26日 (水)

さようなら彩の国

全国各地の地方公営競馬が慢性的な業績不振に喘ぐ中、浦和競馬の健闘ぶりが伝えられている。

今年度は2006年度から始まった経営改善3ヵ年計画の最終年度にあたるが、どうやらその計画目標値をクリアし、一時は25億円にも膨らんだ累積赤字も今年度末をもってチャラにできそうな勢いである。そりゃ、たいしたもんだ。

累積赤字が25億円にも達したのは2001年のこと。危機感を抱いた関係者は「浦和競馬検討委員会」を発足させ、経営改善を模索した。出された答申の中には「大井競馬と合併すべし」などという大きな話も含まれていたが、とりあえず従業員の賃金や組合議員の報酬引き下げや賞金の見直しなど経費削減を徹底。あわせて場外馬券の販売日数を増やすなどして収支の改善を図ってきた。

また、本場来場者が減る一方で、ネットによる購買者数が伸びていることに着目。スポーツ紙に掲載する馬柱をそれまでの3レースから4レースに増やすことで、遠隔地の顧客に参加を促したことも功を奏したといえる。ともあれ、景気の悪い話一色の昨今としては悪くないニュースであることには違いない。

そんな中、今年で最後となる「彩の国浦和記念」が行われた。

いや、来年度は元の「浦和記念」に戻すって発表になったばかりなんでね。「彩の国浦和記念」は今回がひとまずラストレース。

この「彩の国」という冠名は、たしか県からの肝入りで付けられた経緯があり、レース名だけでなく、県の備品に印字されたり、『彩の国さいたま芸術劇場』などの箱モノとか、『彩の国まごころ国体』などのイベントにまでいちいちこのフレーズが添えられている。

元をただせば1992年、それまで「ダサいたま」などと揶揄されていた埼玉県のイメージを変えようと、公募によって選ばれたキャッチフレーズだ。「浦和記念」というレース名にこの冠名が乗っかったのは2000年のことである。

それを、なんでまたわざわざ元に戻すんだろか?

「今ひとつ浸透しなかったから、うやむやのうちに消し去ってしまおう」という魂胆がなんとなく見え隠れしなくもない。

だいたいが、どれだけ好天に恵まれたところで、西日を背後のスタンドに遮られてしまう浦和競馬場は“彩(いろどり)”とはまるで正反対の灰色一色の世界である。そういう意味では現実的な観点からしても、あまり良いネーミングとは言えなかった。

とにかく交流重賞「彩の国浦和記念」は今日で9年の歴史にピリオド。記念すべき(かどうかは分からんが)最後の勝ち馬はスマートファルコンでした。

Sainokuni  

 

 

 

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2008年11月25日 (火)

新メニュー撮影会

とある日本料理店で新メニューの撮影を依頼されたので、いそいそと出掛ける。

料理写真はチョーひさびさ。話が急だったこともあるけど、10年ぶりくらいに引っ張り出してきたレンズのオートフォーカス機能があからさまに死んでいる上、家の中をどう探しても三脚が見あたらず、出掛けに真剣に焦った。

Takoピントは手動で合わせれば済むが、やはり三脚がないというのは困る。とりあえず、とある場所から使えそうなやつを適当に1台かすめ取ってきて(万引きしてきたワケではない)急場を凌ぐことに。

営業開始前の僅かな時間を使っての撮影である。常日頃このブログに書き連ねているように、腕の立つ”プロ”は動作に無駄がなく、仕事が速い。が、どうもモタモタしてしまってダメでしたね。

 

Maguro料理は出来た瞬間こそが、見た目も美しく、また美味そうに見えるのである。しかるのちに徐々にその輝きを失っていくものだから、極端な話最初の一コマ目が勝負と言っても過言ではない。それなのに、いつまで経っても「よし!次」という声を上げられなくて、バシャバシャとムダ弾を撃ち続けてしまった。いたく反省。

撮影の合間にお店の人から「スズカフェニックス引退ですってねぇ…」と声を掛けられる。彼はずっとスズカフェニックスを追い続けてきたのだというから、結構良い思いをしているのかと思いきや、「あの馬いつも人気するんですよ。だから馬券で良い思いというのはあまり記憶にないですね」とのこと。

そうだったかいな?と調べてみたら、通算29戦してすべて5番人気以内。しかもなんとデビューから先日のスワンSまでの28戦すべてで、単勝オッズ10倍を切る人気で出走し続けていたのである。

これは凄い。ラストランとなってしまった先週のマイルチャンピオンシップが生涯最高オッズの11.0倍だというのだから、確かにこれを”追い掛けて”も結果は見えている。しかし、それでも追い掛ける人がいたからこそ毎回高い支持を受けて走り続けたわけだ。日高の生産者たちからも同様の支持を得られれば、と思う。

ところで自宅の三脚はどこへ消えてしまったんだろうか?

以前、どこかの競馬場での旅打ちに三脚を持っていった際、酔った勢いとはいえ「邪魔だから」というあまりに理不尽な理由でゴミ箱に捨ててしまった前科があるワタクシだけに、捜索中の三脚君も実は私の知らぬうちにどこかで理不尽な目に遭わせてしまったのかもしれない。

そう思うと少し心が痛むが、ともあれ撮影の方は無事終了。このまま飲んで帰るけど、間違ってもカメラを「邪魔だ」という理由で捨てたりしないよう気を付けねば。

 

 

 

 

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2008年11月24日 (月)

思いが交錯するジャパンC

メイショウサムソン&石橋守騎手のコンビ復活のニュースが飛び込んできた。早速今週の追い切りに跨がって、久々の感触を確かめるという。

武豊騎手の落馬骨折により、昨日のうちからある程度予想されていた結末とはいえ、いざ陣営の正式な発表に触れてみると様々な思いが湧く。

石橋騎手から武豊騎手へ乗り替わりとなった契機は、昨年秋の凱旋門賞遠征プランだったが、メイショウサムソンが馬インフルエンザに感染したことで遠征は一度は白紙になっている。しかし、国内のGⅠ戦線に矛先を向けた同馬の背中には武豊騎手が座り続けた。もちろん一年後の”再チャレンジ”を想定しての起用だったと言われれば間違いではないと思う。

だが、一部の有力オーナーやトレーナーと袂を分かったばかりの武豊騎手に、「お手馬がかち合う」というシーンがあまり見られなくなっていたのも事実。結果、特に議論になることもなくメイショウサムソンの主戦に収まってきたことになる。

理由はどうあれ、クラシックを勝つほどの活躍をしながら一度は降ろされた騎手が、再びコンビを組むのは珍しい。今さらウオッカに四位騎手が乗るなんてコトになるのと本質的には変わりなく、騎手、調教師、オーナーの相互理解の深さが伺える話でもある。

Ishibashi  

ちょっと前の話になるが、安田富雄元騎手は引退に際し、騎手人生でもっとも思いが残る一頭として「ノボルトウコウ」の名を挙げた。小倉大賞典と関屋記念を勝つ活躍を見せたにもかかわらず、さる事情から安田騎手はノボルトウコウから降ろされてしまったことがある。

しかし、その後コンビ再結成を果たすと、すぐに七夕賞を勝って見せた。故・大川慶次郎氏がおっしゃっていたように、ノボルトウコウは安田富雄騎手でないと何故か走らなかったという。安田騎手はJRAで初めて「全10競馬場での重賞制覇」の偉業を達成したジョッキーであるが、重賞レース数の少ないローカル競馬場の1勝は貴重であることは言うまでもなく、ノボルトウコウとの「復縁」がなければこの記録は達成されなかったかもしれない。

 

Ishibashi2ともあれ今年のジャパンカップは「ダービー馬3頭の揃い踏み」が目玉である。ならばそのうちの1頭の手綱がダービーを勝った時のジョッキーに戻るのは、決してネガティブなことではあるまい。

むろん武豊騎手の怪我を喜ぶわけにはいかない。彼にすれば天皇賞を勝ったウオッカを袖にしてまで選んだメイショウサムソンである。

武豊騎手は、昨年のJCで絶対に負けてはいけない相手に負けてしまった苦い思いがある。その相手に自らが天皇賞を勝たせたウオッカを敢えて回し、それをメイショウサムソンで負かすことによって彼の”リベンジ”は完結するはずだったのかもしれない。

そういうストーリーが消えてしまったとしたら、誠に残念ではある。だが、この1年余りのメイショウサムソンのレースぶりを傍から見ていた石橋騎手にも、彼なりの思いはきっとあるはずである。

 

 

 

 

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2008年11月23日 (日)

行くべきは佐賀だった

このブログで何度か紹介したカンタカ(牡3・父ジャングルポケット)がついに初勝利を挙げた。

佐賀で、ですけどね。でも1着であることには変わりはない。リアルの肌にジャングルポケットという血統を背負って小回りの1300mはいかにも窮屈な印象だったが、それをクリアして勝ってくれたことの意義は大きい。時計も悪くないし、これなら佐賀でもやっていけんじゃないか、と思わせる内容。

Kantaka  

そのカンタカのレースから2レース後には、これまた中央在籍時代から私が注目していたネヴァーワールド(牡3・父アグネスワールド)が勝った。こちらは佐賀5勝目。今日は京都に行こうかどうしようか最後まで悩んだんだけど、行くべきは佐賀だったのかもしれない。

いや、結局京都にも行けてないんですけどね。

Never  

夜、その京都入りしていたリザーブカードの会員氏から連絡が入る。なんでも「清水寺は凄い人だかりだった」とのこと、……って単なる観光かっ?!!

とはいえ私にしても、まだJRAのサイトからのレース映像しか見ていない(まだ『中央競馬ダイジェスト』の放映前)ので、あまり強くはツッコミはできない。荒い映像を見る限りでは、直線で寄せられる不利がなければ掲示板もあった…、と言われても特に否定する理由は見つからない。とはいえ、やはりそれこそが「GⅠの壁」であるとも言えやしないか。「後から行く」と決めた時点でリスクをも飲んだワケだから、それを言い訳にしてはいけない。でも、たぶん騎手はそれを敗因に挙げるだろうな。

リザーブカードの会員氏は「願わくば今回も1枠だったなら…」とも言ってた。ラチ沿いでじっくり脚を溜めるような、ファイングレインがやったような競馬が理想だったんだろう。とはいえ、初めてのGⅠで0.6差なら大健闘。

とにかくまずは馬を労おう。そして、これから『中央競馬ダイジェスト』見よう。

 

 

 

 

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2008年11月22日 (土)

ツメが伸びん!

先日、千葉までポーカーアリスを見に行ってきた。

写真を載せるとまた面倒なことになるかもしれないので(自分が撮ったヤツでもダメなんだろか?)掲載は控えるが、ぶっちゃけ「2ヶ月間でたったこんだけ?」って程度しか伸びていない。いや、牧場の方はずいぶん伸びたとおっしゃってくれたんだけど、私が勝手に期待していた部分とのギャップがデカ過ぎて……。

とにかく、今のところ「年内帰厩」に目標をおいているわけだが、このペースじゃどう見積もっても無理。ただでさえツメの成長が鈍る冬場である。冗談抜きで復帰は来年の夏頃になるんじゃなかろか?

私は8月に社台ファームを訪れて、ポーカーアリスの蟻洞の症状をこの目で確認している。もちろん社台のスタッフも承知していて、「症状は軽度である」と報告を受けた。その後、乗り運動の再開に際しては「(蟻洞は)問題ない」と連絡を受け、その上で「まもなく千葉に移す」と聞かされている。

問題はここからである。千葉の育成牧場に到着したその日に「無事到着」の一報を受けた私は、電話の向こうにいる育成牧場の場長に蟻洞についてそれとなく聞いてみた。「蟻洞はどうですか?」と。

一瞬の間があった。

しかるのち「蟻洞…は、ないみたいですねぇ…」という言葉が戻ってきたのである。

さて、ここから先は一般論である。ポーカーアリスのことはひとまず忘れていただきたい。

馬の移動に際し「移動先への情報の伝達」という行為がないがしろにされていると感じているのは私だけであろうか?

たとえば、ある馬がJRAの登録を抹消されて地方に移籍すると仮定する。その場合、美浦の調教師地方の調教師に飼育上の、あるいは調教上の注意点などを子細に伝達することなどほとんどないのである。退厩時に移籍先の調教師が決まっていないケースもあり、そうなると適当な牧場に一時的に預けるわけだが、その牧場にしてもすぐにいなくなるであろう馬のことにそれほど注意を払わないから、情報の伝達は途切れる。

もちろん、中には忙しい時間を割いてでも細かい引き継ぎをしてくれる牧場や調教師もいる。だがしかし、それはあくまで少数派。そうなると、その役目は誰が果たさねばならぬのか。とどのつまりは馬主しかいないのである。

蟻洞の有無などは言うに及ばず、「地下道を怖がる」とか「エンバクが嫌い」などのような、細かい(でも大事な)ことまで漏らさず伝えるのは飼育上の基本である。基本を怠るのみならず、中には不都合な情報を隠ぺいせんがため故意に情報伝達を避ける場合もあると聞けば、馬主自らがいちいち足を運び、馬の様子をつぶさに観察して、常に最新の状態を把握しておくことの重要性がいやが上にも増してくるのではなかろうか。

 

 

 

 

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2008年11月21日 (金)

話題に乏しい秋競馬

久しぶりの『三々会』が京橋で行われた。参加メンバーは4人。会のルールとして、競馬と野球以外の話題はNGの酒席である。

とはいえ、時節柄話題の大半は野球で占められた。今年のペナントレースの総括、ポストシーズンの検証、ドラフトや移籍市場の動向から見る来シーズンの展望、そして何より話題の一冊『マネーボール』に関する話。ともあれ、野球好きがこの時期に顔を合わせれば、時間がいくらあっても足りないのである。

Gate  

しかしまてよ。競馬だって一年のうちもっとも盛り上がる季節を迎えているはずだ。なのに、競馬の話が出ないというのはどうしたことか?

いちおう話はあったのだが、「ポーカーアリスどうしてる?」(→蟻洞でメド立ちません)とか「“戸崎騎手親戚説”の続報」(→ほぼ進展無し)とか、そんなモン。来るべきマイルチャンピオンシップや来週に迫ったジャパンカップの話題は皆無に終わった。

ジャパンカップが盛り上がってないのは外国招待馬に目玉がいないからだろうが、それは今年に限った話ではないので、そういうものと諦めるほかはない。それならばむしろ、3世代のダービー馬競演の奇跡に注目したいと思えなくもない。

それでも酒場の話題になるには足らんのだなぁ、きっと。そういえば、最近は電車の中で競馬新聞を広げる人を   南武線は別として   あまり見かけなくなったような気がする。

ともあれ、顔を合わせりゃ予想談義に花を咲かせていた我々が、競馬の話をほとんどせんままお開きとなったというのは、我ながら驚き。そういや、昨日会った『野平会』のメンバーの方も、「最近競馬はサッパリ」とおっしゃってた。私も今年はほとんど馬券というモノに接してない。ある程度キャリアを積んだファンの”競馬離れ”は、我々が思うより深刻なのではあるまいか?

 

 

 

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2008年11月20日 (木)

他人ごとではない話

とある業界団体のシンポジウムに出席するため、会場である明治記念館に足を運んだ。

Ichou  

この「業界」というのは「競馬業界」ではなく「マスコミ・メディア業界」を指す。インターネットの普及に伴い、ドラスティックな変貌を遂げつつあるメディア産業が生き延びていくためには、果たして何が必要なのか? そしてその中で働く我々が為すべきことは何なのか?

いや実はそんなたいそうなテーマではなくて、今日のところは「失敗学」のお話がメイン。だが、馬券で日々失敗を重ねている身としては、決して他人ごとではない。

それにしても、このシンポジウムには毎年参加しているのだが、年々縮小傾向にあるように思えてならない。休憩時間に供される飲み物を見ていると一目瞭然である。3年前はソーサ付のコーヒーカップに一杯一杯丁寧にコーヒーが注がれていたのが、翌年にはポットと紙コップのセルフサービスとなった。さらに昨年はコーヒーが緑茶に変貌を遂げ、ついに今年は水にまで成り下がってしまったのである。このままでは来年は会場も変更になっちまうんじゃなかろうか。この業界の置かれた現状を暗示しているようで、紙コップの水を飲みながら暗鬱な気持ちになる。

実際「失敗学」に続くセッションでは、この業界の先行きを不安視する発言ばかりが目立った。まあ、当然と言えば当然なんだけど。

ラジオ・出版の惨状は言うに及ばず、新聞さえもがネットに圧される格好で縮小均衡スパイラルに陥っている。比較的安泰と思われたTVも、その高コスト体質から「崩れ始めたら一気に崩れ落ちる」と指摘され始めた。意外なのは独り勝ちにも思えたネット分野の伸び悩みで、「あっという間に浸透したのは良いが、著しく収益性に欠ける」という問題に直面しているのだそうだ。すなわちメディア業界全体が、かつてないほどの地盤沈下に襲われているのである。これからメディア産業への就職を希望するような方がこのブログを読んでいらっしゃるとは思わないが、もしいらしたら一考されることをオススメする。

そういえば、いま南関東で撮っているカメラマンの中にも、写真稼業だけでは飽き足らず競馬場内で飲食店を始めようかと模索している方がいらっしゃる。

「以前は中華料理店で働いていた」とおっしゃるくらいだから多少の心得はあるのだろう。手に職があるというのは何にも増して羨ましい。「場所はどこにしようか」とか「コロッケとラーメンはどちらが収益率が高いか」とか、いろいろ悩まれているようではあるが、私としては是非とも大井競馬場内に餃子専門店を開業していただきたい。そしたら必ず立ち寄るんだけどなぁ。

ともあれ、そんな話が頭にあったから、今日のシンポジウムの内容は余計我が身にしみた。業界の片隅にしがみついてる身としては、やはり他人ごとではない。

明治記念館には『野平会』に名を連ねる方がお勤めなので、シンポ終了後に久々に会ってお話をする。

「最近、競馬場行けなくて…」とか「二本柳騎手頑張って欲しいねぇ」とかそういう話。最近はまったく野平先生の仏前にご挨拶に行ってないから、有馬記念の時にはちゃんと行っておこうか、みたいな話も。これは備忘のために書いておく。

ボージョレ解禁当日ではあるが、コーヒーをいただきながらの会話。まあ、昨日の酒もまだ抜け切ってないことだし、今日はおとなしくしておきます。

さあ、明日は京橋で久々の『三々会』だ。

 

 

 

 

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2008年11月19日 (水)

ついにGⅠの舞台へ!

Imageリザーブカードの会員氏を囲んで『マイルチャンピオンシップ出走祝い』を丸の内の居酒屋『えん』で催した。いやぁ、ナスの煮浸しがことのほか旨いんだけど、この写真はちょいと近づき過ぎたか。

出資馬のG1出走は快挙であり誉れである。しかもそのレースが父サクラバクシンオーが2着に敗れたマイルチャンピオンシップというのはまさしく奇縁というほかはない。ノースフライトに及ばなかったあの1馬身半の無念を、その息子が晴らすチャンスが巡ってきたのである。

Rc私はリザーブカードとは何ら出資関係も持たぬ間柄だが、このブログではちょうど3年前の2歳11月の東京戦の当時から彼を追いかけているのである。当時のブログを読み返すと、あの頃はアポロノサトリがライバルだったんだなぁ、などと思い出すことも多い。ともあれ2歳時からそのレースぶりをつぶさに見続けてきた一頭の馬がコツコツと条件戦を勝ち上がり、ついにG1の舞台に登るとなれば立ち見の野次馬としても興味をそそられる。とにかく滅多にあるシチュエーションではない。

なのにこの男(リザーブカードの会員)自身は京都へは日帰り。しかも、「二条城と清水寺を観光してから昼過ぎに競馬場に行く」などとぬかすのである。

たまらず「本気でマイルチャンピオンシップのタイトルを狙おうってんなら、前日入りか、もしくは朝イチの新幹線で駆け付けて、パドック最前列ゲットだろ!」と檄を飛ばした。そんで食事は場内で売っている柿の葉寿司とお好み焼きで済ませ、スタンドの空いた椅子席を探してマイルチャンピオンシップのレースを見届け、勝っても負けても河原町三条の『めなみ』で祝勝会(もしくは反省会)をして帰途につくのである。

ちなみにこの一連の行為は、ダイタクヘリオス2連覇の折、私が京都まで遠征して実践したマイルチャンピオンシップ特有の“願掛け”である。まあ実際私は、願掛けに限らず、占いやジンクスの類を一切信じぬタチではあるが、それは別にしても競馬場には極力早く入って、誉れ高きその一日をじゅうぶん味わうのも良いモンだと思う。

ちなみに、私はこういうケースで突然競馬場に現れてサプライズを演出したりするのが好きなのだが、以前と違って競馬場に行っても何もやることがないとなれば、そんな気持ちの高ぶりもない。府中に行く用事すらないので、「注目している」などと書きながら、実際には深夜のTVダイジェストでレースを見ることになりそうだ。馬主の清水寺観光を責められる立場ではない。反省…。

反省会だけでもやりに京都に行こうかな。『えん』のナスの煮浸しもイイけど、『めなみ』の野菜の炊き合わせも捨てがたい。

 

 

 

 

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2008年11月18日 (火)

ボージョレ解禁間近

先週土曜の東京競馬場で、同じワインアンドローズを母に持つワインアドバイザー(牡5)とグッドチョイス(牝4)の兄姉が7Rと8Rに立て続けに出走していた。共に社台レースホースの所有馬で、父はそれぞれフジキセキとフレンチデピュティ。妹は見事勝利を飾ったが、兄は3番人気で9着と明暗が分かれる結果。しかし、ここではレースの成績はあまり問わない。

「ワイン」「ワイン」と聞いて「もうすぐボージョレ・ヌーボー解禁だなぁ」と思っただけの話である。たしか明後日(20日)ですよね。

だが、私はワインの蘊蓄はまるで持ち合わせていない”ワイン素人”なので、ここでボージョレ・ヌーボー論をぶつつもりは毛頭ない。ただ、昨年のジャパンカップの前夜、ポーカーアリスの共同馬主であり、かつ「野平会」のメンバーでもある某氏と府中駅前の居酒屋『笑笑』で飲んでたら、お店のお姉さんに「解禁になったばかりのボージョレ・ヌーボーはいかがですか?」とか言われて、調子に乗ってバンバン頼んだら勘定が二人で2万近くになってぶっ飛んだ苦い経験を思い出したのである。だって『笑笑』でひとり1万ですよ! いや金額はともかく、飲み過ぎて翌日の自分が使いモノにならずに困った。

……ので、今年のJCの前祝いではボージョレ・ヌーボーはヤメときましょう、ということです。このブログは某氏も見ていらっしゃるはずなので、業務連絡と備忘のために書いておきます(笑)。

日本酒にも「ひやおろし」とか「秋あがり」とかがあるように、フランスワインに限らずとも、その秋の出来立て蔵出し酒というのはどの国にも存在する。ドイツワインの場合、厳密な意味においてそれを「アウスレーゼ」と呼ぶ。実際には、高級ドイツワインの代名詞みたいに使われているけど、本来の語源ではそういうことらしい。

ちなみに一昨年のトゥインクルレディー賞とTCKディスタフを連勝した大井の「アウスレーゼ(牝6)」は、この夏にいったん帰厩したんだけど、脚下の不安が再発して牧場にUターン。またまた放牧中です。

Distuff  

ちなみにちなみに、ワインは現存する世界最古の酒と言われる。約6000年前のメソポタミア地方の出来事を記録している『ギルガメッシュの叙事詩』にワインに関する記述が登場するが、これより前には「文字」そのものが存在しなかった。

ボージョレ解禁と同じ20(木)、門別競馬場では今年のホッカイドウ競馬のフィナーレを飾る第51回道営記念が行われる。ファン投票で出走馬が決まるこのレース。今年のファン投票第1位は「ギルガメッシュ(牡5)」だそうである。

 

 

 

 

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2008年11月17日 (月)

贈る言葉

愛馬が負けてしまったばかりの馬主にかける言葉の選択に苦慮することがある。

2着、3着なら「惜しかったですね。でも次こそは!」で良いだろうし、あからさまな騎乗ミスがあれば騎手を咎めれば済む。困るのは「誰が見ても明らかな力負け」というシチュエーション。いわんや「3戦続けて二桁着順」みたいな“光明”が見出だせない場合は特に艱難を極める。

それでも何かしら前向きなポイントを見つけて挨拶に盛り込みたいところだが、それがあまりに些細なコトではかえって白々しくなるし、変な慰めの言葉よりは冷静な視点からの分析を求める馬主も少なくない。よくよく状況を見極めて言葉を探す必要がある。

え~、これはあくまで一般論で、私の周りの特定の馬主さんを書いたものではありません。念のため。(^_^;

ともあれ、巷にあれほど『冠婚葬祭挨拶集』のようなマナー本が溢れているのだから、『負けた馬主にかける言葉集』なんて一冊があれば良いのにと真剣に思う。

だいたいが、ひとつのレースが終わるたびに大勢の「負け馬主」が生まれるのが競馬である。たとえわずか2センチの差であっても負けは負け。競馬が“ほとんど負けるスポーツ”であることを騎手や調教師は良く知っているから、彼らのズボンのポケットには常時20~30個の「言い訳」が詰め込まれている。私の場合は馬主への言い訳の必要はないが、かける言葉のストックが欲しい。

Jc1998  

話は変わるんだけど、こないだ東京競馬場ですっごく久しぶりに会ったカメラマンがいた。私の記憶に間違いがなければジャスト10年ぶりの再開ということになる。 

それで、「久しぶり」とか「仕事どうしてる?」とか「今どこに住んでんの?」みたいな10年ぶりに会うカメラマン同士にふさわしいボールのやり取りがあったあと、ふと「奥さん元気?」と聞いてみた。

私は彼の奥さんが元気かどうかを真剣に気にしていたワケではなく、話の流れの中からたまたま引っ張り出してきた話題が「奥さん」だったに過ぎない。別におかしくはない会話の流れだとは思う。でも彼の口から出てきた言葉は「実は離婚したんだよね」というものだった。

それで私は次の言葉が出て来なかった。「えっ? うむむ…」みたいに口ごもり、相手も「そうなんだ。うむむ…」となってしまって、なんとなく「うむむ…」のまま別れる羽目になった。あそこで「うむむ…」とならずに、もう少し気の利いた言葉が出なかったものかと今でも自問している。

結婚ならすべからく「おめでとう」だけで済む。だが離婚の場合に軽々しく「そりゃ残念だね」と言うのも無責任だし、かといって「すっきりして良かったじゃん」などと言うワケにも   当然ながら   いかない。

巷にあれほど『冠婚葬祭挨拶集』のようなマナー本が溢れているのだから、『離婚した男にかける言葉集』なんて一冊があれば良いのにと真剣に思う。

 

 

 

 

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2008年11月16日 (日)

パチンコ繁栄の賜物

2~3日前に「私はパチンコはやらない」と書いたら、このブログを読んでいる知人に「本当かよ?」といたく真顔で問いただされたので、今日はパチンコの話。

 

厳密に言えば過去に一度だけパチンコ店に入店したことはある。30歳を目前に控えて「20代の名残にパチンコを経験しておきたい」という非本質的な動機から、その道40年のベテランに連れて行ってもらった。もう10年も昔になる。

「初めてならこれが良いよ」と言われて私が対峙した台は『わんわんパラダイス』という騎手もとい機種。

好きな台を選べと言われていちばん手近な椅子に座り、言われた通りに玉を買い、言われた通りの目標めがけて玉を弾いていたら、ほどなくして大当たりと相成った。いわゆる「確変」というヤツである。

何が何だか解らぬまま、そこから先は台から溢れ出る玉をひたすら水色の箱に移し、箱が一杯になったら新しい箱を用意してザラザラと玉を救う作業の繰り返し。パチンコとはかくも忙しく、かくも単調なゲームなのか…、などと思いながら30分間近く「玉の箱詰め作業」に忙殺されたのち、付き添いのベテラン氏が「さあ換金に行こう!」と言ったところで私のパチンコ初体験は終了した。

もちろんビギナーズラックには違いない。しかし望外の大金を手にした私に“喜び”の感情は湧かなかった。

それはおそらく流れ出る玉をひたすら箱に移すという単調作業に追われるあまり、パチンコそのものの楽しさを体感するという当初の目的を達することができなかったからであろう。よしんばその「箱詰め作業こそがパチンコの醍醐味」であったとしとも、私にその行為の“楽しさ”はやはり理解できなかったと言うしかない。

ギャンブルの手段、いわゆる「ゲーミング」はその多くが国際的に広まっている。すなわち、カード(トランプ)、ルーレット、競馬、麻雀といったゲームは発祥国の埒内にとどまらず、世界中に広まって発展を遂げた。ゲームそのものの完成度の高さゆえだろう。しかし、日本において興隆を極めるパチンコが、まったくと言って良いほど海外に広まらないのはなぜだろうかと思う。

Casinodriveともあれ、セレクトセールのみならず、海外のメジャーセールにおいても、パチンコ産業関係者が次々と超高額馬をセリ落とすようになった昨今、「こんな血統馬を間近に見れんのも、元を辿ればパチンコファンのおかげなのかもしれないなぁ」と感謝しつつ競馬を見なけりゃならんのかもしれないですね。

 

 

 

 

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2008年11月15日 (土)

私の立ち位置は?

メインレースの終了後に東京競馬場の門をくぐったのは初めての経験である。

アフター競馬に約束があったのと最終レースに見たい馬が出ていたという理由があったにせよ、もうちょっと早く来れなかったものかと自省しつつ、人の流れに逆らって府中競馬正門前駅からの連絡通路を進む。

既に「入場フリー」となった入場ゲートをくぐり、とりあえず片付けなきゃならんイベント会場へ。JRA・TCKコラボイベント『ダブルルーキー』に参加して、子供に頼まれた記念メダル(参加賞)をもらわねばならないのである。

Image2そんで何気なくガラポンのハンドルを回したら、出てきたカプセルを見て係員が「おーめでとうございますぅ!」と、ことさら大きな声を張り上げた。さては、大井ダイヤモンドターン1年分の利用券を的中か? 「やった、やった!」と小踊りしたのだが、的中したのは「C賞」とかで商品はこんなランチボックスでした。でも、もちろんありがたく頂戴する。

小雨に変わった空模様の下、一般席で最終レースを眺めてから待ち合わせ場所へ向かう。ひさしぶりに会う知人と酒を飲むのである。

Image1そしたら1頭パドック検査を受けている馬がいた。最終レース終了後ゆえ、ものすごい“居残り感”である。頑張ってください。 

そんな道草を食いながらともかく酒場に到着。いや、こう書くと酒がメインみたいになってしまうが、座をしつらえる目的は近況報告と情報交換にある。すっかり中央競馬に疎くなってしまった昨今、こういう機会は大事にしなければならない。業界事情の収集を怠りなくこなし、ゆめゆめ飲み過ぎて記憶をなくさぬよう格段の配慮をせねばならないのだが、結果を書けば、記憶こそなくさずに済んだとはいえ「楽しく飲む会」に終わった感は否めない。もちろんそれはそれで素晴らしいことである。

なお、「また高い店行ってんじゃないですかぁ」などと冷やかされることが多くなった昨今ではあるが、あらぬ誤解を生まぬように特記しておく。この会は府中駅近くの居酒屋『わたみんち』で行われた。生ビール1杯480円。極めてリーズナブルなお店である。

「情報交換」などと言っても、ここ数ヶ月私は何もしていないに等しいわけだから、ほとんど聞く側に回ることになる。ともあれJRAさんと疎遠になってたった半年だというのに、競馬の現場はけっこう変わってしまった感じ。傍から見ているだけでは気付かないことだけど、現場レベルでは“激変”に等しい。それが良い方向への変化なら問題にはならないわけだが、そうではないところが問題をややこしくしている。私は退場を命ぜられた立場だが、話を聞くうちに、今もフィールドに残ってプレーし続ける相手の方がなんだか気の毒に思えてきた。

それでも話を聞くうち、私の方が“現場感”を失っていることをひしひしと痛感した。「競馬は競馬で淡々と進んでりゃそれで良いんじゃない?」なんて考えていたフシもあるワタクシだが、やっぱそうもいかんでしょう、と思い直さざるを得ない。

聞けば相手は初めてとなる一冊の本をまもなく上梓予定だという。みんな、きちんと前を向いて動いているのに40過ぎた私が何もせずプラプラしているのはいかがなものか   

根の深い問題ではある。

 

 

 

 

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2008年11月14日 (金)

たかがネクタイ。されど…

服装の話の続き。

知られているようにJRA競馬場の馬主エリアにはドレスコードがある。かつてどんな重要な会合の席であってもネクタイの着用を嫌って話題となったホリエモン氏も、競馬場にはきちっとネクタイを締めて来ていた。

馬主本人は重々承知しているドレスコードも、馬主の同行客がそれと知らずにノータイで競馬場にやってきてしまうことはいかにもありそうな話である。そのような場合に備えて、競馬場の馬主受付カウンターには「貸しネクタイ」が用意されている。これならノータイで来場してしまったアナタもひと安心だ。ただ、「ドレスコード」というものはネクタイの有無だけを指し示すわけではないのは周知の通り。ややもすると、ジーンズ+ポロシャツ+ネクタイなんつー奇妙な服装の紳士が馬主エリアを席巻してしまうこともある。夏の新潟なんか凄いコトになってますよ。

Nekutai   

2年ほど前からGⅠレースに限り出走馬の厩務員は全員ネクタイを締めて馬を引いていることをご存じだろうか。馬主会が調教師会に要望して実現したものである。これまでも自主的にスーツ、ネクタイ着用で臨む厩舎はあったが、それが全厩舎に徹底されたわけだ。馬主や調教師だけでなく厩務員も着飾るようになったことで、パドックの風景も昔とはずいぶん変わった。10年ほど前のダービーのパドックは作業着姿の厩務員が圧倒的多数であったはずである。

Nekutai2  

「たかがネクタイひとつでなにを大袈裟な…」と思う向きもあろうが、そもネクタイの起源そのものが競馬場にあると聞けばどうだろうか?

ネクタイの起源には諸説あるが、ローマ帝国時代に領地を守るため出征する兵士たちに、妻や恋人らが首に巻く布を「愛の印」としてささげたのが始まりと言われているが、現在のネクタイとはスタイルも大きく異なっていたとされる。

現在の結び下げのネクタイは別名”ダービータイ”とも呼ばれ、1870年頃にイギリスで生まれた。競馬場に集まるジェントルマンたちの間で細型の結び下げ式のネクタイが流行したことがルーツとされる。競馬場で生まれた習慣が、時を経て全世界の社会生活一般にまで広く浸透したのだと思えば、競馬に携わるひとりとして「たかがネクタイ」と軽んずるわけにもいくまい。少なくとも競馬場に行くときくらいはネクタイ着用を心がけることにしようか。まあ「絶対に」とまでは言い切れないのだけど…。

 

 

 

 

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2008年11月13日 (木)

人は見かけによるけれど

家に帰るなり妻が私の格好を見て「たしかに仕事に出かけるナリじゃないわね」と溜め息混じりに言った。

Mejiroなんでも自宅の近所の奥様が仕事に向かう私を見かけたらしいのだが、その服装があまりにラフだったことから「おたくのご主人は今日もお休み?」と言われてしまったのだという。たしかに40過ぎのオッサンが昼近くになってジーンズにセーターという格好で、しかも手ぶらで歩いていれば、パチンコにでも行くのかと思われても仕方のないところではある。それがために家族が肩身の狭い思いをしたのなら面目この上ないが、別に本当にパチンコしているわけではないのだから許して欲しい。

逆にネクタイを締めるのは競馬場に行く時にほぼ限られる。日曜に東京競馬場に行った時は上下揃いのスーツを着て家を出たし、翌月曜に大井競馬場に行った時もちゃんとネクタイを締めてジャケットを羽織っていた。

つまり隣近所の奥様方の目には

 ・あの家のご主人は週に2日程度仕事に出かけ
 ・その曜日は土日平日に関係なく
 ・それ以外の日は昼前からパチンコ屋に行ってる

というロクデナシに映っているのであろう。面倒くさいから弁解しようとも思わないけど、敢えてひとこと言わせてもらえれば「私はパチンコはしません」。

  

そんな私も隣のご主人には負ける。なんといってもこのマンションに住み始めてから5年間、一度たりともネクタイ姿を見たことがないのである。しかも平日の昼前っからTシャツに短パン(冬はパーカーにジーンズ)姿で近所を歩き、夜はまだ明るいうちから駅前の赤ちょうちんで飲んでいる。歳は私と同じか少し上。特に”ヘン”ということはなく、極めて気さくに   しかし丁寧な   挨拶を交す。

「作家じゃないのか?」

私はこう推測してみた。和服姿の代わりにTシャツ姿で散歩をし、文壇バーに通いつめる代わりに赤ちょうちんに通うのである。

「作家なら編集者とかがたくさん出入りするでしょ。そんな人見たことないわよ」

妻は私の説を一蹴して、こう続けた。「資産家の息子かなにかで、働く必要がないんじゃないの?」

新説である。

「資産家の息子が我々と同じマンションに住んで、赤ちょうちんで安酒を飲むもんかなあ?」

結局、結論は出なかった。

  

そんなある日、妻が思い切ってご本人に聞いてみたという。これは壮挙である。

「いしやだって」

「医者? あれで?」

「違う違う。石屋さん。石材業だってさ」

「石屋さんっていうのは、昼間っから家の近所をぶらぶら歩いて、夜は赤ちょうちんで飲んでても良い職業なの?」

「知らないわよそんなこと!」

謎は深まるばかりなり……。

 

 

 

 

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2008年11月12日 (水)

カメラ紛失!

あろうことかカメラを電車内に置き忘れた。

朝、大手町駅で半蔵門線を降りて、改札を抜けて、地上に出て、「あれ、なんかおかしいぞ」と思い、次の瞬間にハッと気付いて、慌てて引き返して、改札のお兄さんに「し、し、車内に、忘れ物をぉ!」と泣きついた。

「見つかった駅までお客様ご自身が受け取りに行っていただきますがよろしいですか?」

と言われ、当然「ハイ」と答えたが、私が乗ってた電車は折悪しく「南栗橋行き」である。

南栗橋ですよ!

万一、南栗橋で発見されるような事態になれば、今日のハイセイコー記念は諦めざるを得ない。南船橋なら行けないこともないけど、南栗橋まで行ってる時間も元気もない。

ひょっとしたら、いいかげん新しいカメラとレンズを買え!という神様のお告げなのかもしれない。レンズなんてアポロピンクのダービーから使ってんだもんなぁ。

……と買い換えに心が揺らいだのも束の間、幸いにも清澄白川駅でブツは発見された。清澄白川の駅員さんは遺失物捜索に長けていらっしゃる。

ここ数ヶ月、あまりに面倒くさい仕事に巻き込まれていて、イライラしながらその仕事絡みのメールをガチガチ携帯から打ち込んでいたら、すっかり荷物のことを忘れてしまったのである。まあ、言い訳ですけど。

ともあれ、ハイセイコー記念には行けてしまうことに。昨年のこのレースは思い出したくもないですね。ちなみに今年は牝馬のチャレンジはない。

11月も半ばとなればさすがに夜風が身に染みる。私も今シーズン初めてとなるコート着用。そういや去年は昼間だったよな、……と、イカンイカン。昨年のコトは忘れた。

メインのひとつ前の仲冬賞にはライトハートが出走。得意の1200m戦に出られたのは良いが、御神本騎手に替わってどうかが若干気になる。

Raighthertむろん御神本騎手の技量が劣るわけではなく、ライトハート自身が鞍上の違いに過敏なタイプなので誰であれテン乗りには注意が必要ということ。ゲートが開くや「大井の神様」を振り落としたという“前科”もある。

そしたら案の定ゲートで飛んだ。

幸いにも今回は落馬には至らなかったが、1200m戦でスタートで4馬身遅れたら勝負にならん。結果は9着。

ハイセイコー記念は船橋勢が表彰台独占。

Haiseikoレースが終わった直後に大粒の雨が落ちてきたのがTCKディスタフと同じだぁ~!というくらいの感想しかないです。今んトコ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年11月11日 (火)

「お披露目」な日曜日

Gaijin一昨日の東京競馬場はGⅠ並みの賑わい。外国の競馬関係者が多数来場していたこともあって、さながらジャパンカップの様相であった。

大賑わいの理由は書くまでもなく2つのお披露目系イベントにある。

 

6レースで口取りをさせていただく幸運に恵まれ、高ぶった気持ちを落ち着かせようとバルコニーに出たら、場内の一角に人だかりができているのが見えた。普段は引退競走馬を放牧展示するパドックだが、馬の姿はない。「何事だ?」と思って周りのヒトに聞いたら、間もなくあそこにオグリキャップが放牧されるのだという。へぇ~。

そんで自分も野次馬根性丸出しで見に行ったら、ちょうどオグリが出てきたトコらしいんだけど、あまりの人の多さにまるで近づくことができず、人垣の隙間から僅かに白いモノがチラチラと見えるのみ。仕方なくバルコニーに戻って上から見物することに。グルームが2人もついているとなれば、これは「放牧」というよりは「展示」ですな。

Oguri  

オグリ人気の健在ぶりには驚かされるわけだけど、宿敵タマモクロスと壮絶な叩き合いを演じたあの天皇賞から20年も経ったと知ればなお驚く。どう見ても「お前、そんとき生まれてなかっただろ!」という若いファンに紛れて、私と同世代のファンの姿も今日は目に付いた。

それにしてもこの日の東京競馬場は暗さといったらなかった。いや、物理的にね。空が暗いという意味で。

TV画面を通じて見てたヒトは気にならなかったかもしれないけど、ジョッキーマスターズのパドックはもう完全な“夜”。

Kurai  

進行役の淑子さんがパドックを埋め尽くしたファンに「フラッシュ焚かないで」と懇願していたけど、あの暗さじゃ無理でしょ。「撮るな」と言った方が早いよ、ありゃ。

カメラマン席からは「なんでこんな真っ暗ん中でやるんだよ!」とJRAに対するあからさまな文句の声も聞こえてきたが、非日常性を演出する上では良い部分もあるんじゃなかろか。「暗いと事故が心配」という声もあったが、騎手たちは毎朝トレセンで日の出前の真っ暗なうちから調教に乗ってたわけだから、さほど心配することもあるまい。“東京競馬場のナイター”なんてそうそう見ることができないわけで、それが「特別なレース」という印象をより一層深める一助となったように思う。

つっても真っ暗なパドックでは撮影ができないから、写真を諦めて検量に戻ろうとすると、“誘導係”の方々が準備の真っ最中だった。

Kachie勝春騎手。

楽しそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

Yokoten横山典弘騎手には「おまえは騎乗停止中だからダメだろ!」というほがらかなヤジを一身に浴びて苦笑い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Mikky和やかな雰囲気の中にあって、コミュニケーション不足からか、一部の騎手や調教師の段取りが上手く運ばず、実はバックヤード内は案外バタバタだった。

 「なんで急にそんなこと言い出すんだよ~」

とか

 「俺はいつもこんな役回りさせられんだよなぁ…」

なんて声も飛び交ったが、それでも「皆が楽しいイベントだから」という共通認識の旗の下、今回も“素晴らしい”イベントになったことは間違いない。

 

OkabeJRA、調教師、騎手、メディア、その他もろもろの関係者がひとつの目標を成し遂げ、そしてある種の達成感を共有する機会を得ることによって、普段のあのトゲトゲしいバックヤードの雰囲気が幾分でも緩和されれば良いな、と切に願う。いや、実際にこういうコトがなければこの先の難局は乗り切れんですよ。「一致団結。ガンバロー!」というイベントが定期的になければ、大きな組織を維持するのって案外難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年11月10日 (月)

ボンキュッボンあわやの4着

ボンキュッボンの16戦目は大井1600mに14頭の競馬。

Vision 

4走ぶりとなる坂井英光騎手鞍上に加え、6月以来となるマイル戦。そしてやはり6月以来となる460キロ台まで馬体を絞っての出走と、休み無く使われている割には”久々づくめ”の要素盛りだくさん。何かひとつでもキッカケになってくれれば、大きく変わってくれると信じてパドックを見つめる。

Bonq1  

相変わらず馬っぷりは抜けている。成績見ずにパドックだけ見て買え!と言われたら、間違いなく買っちゃうよな……。あるいはそういう購入スタイルのファンの方には、多大な迷惑をかけ続けているのかもしれない。そう思うと、少しばかり心が痛む。

Bonq2   

ともあれスタート。

Bonq3_2  

ジョッキーには「行ってくれ」の指示。他に行くとしたら戸崎騎手のスウェプトワールドくらいかと思ったけど、内からトーホウカムカムに行かれ、さらに外からミスチフに被されと、思い描いたような展開には持ち込めずの3番手。

Bonq4   

3コーナーで例によって手応えが怪しくなるが、坂井騎手渾身の「おっつけ通し」が始まる。

4コーナーで前を行くトーホウカムカムに外から並びかける、前回とまったく同じような美しい競馬。普通ならこれで「勝った」と思うんだが、最近のボンちゃんはここからタレてしまう。

……が、タレない。意外に粘る。「おお! 勝てる!!」と思わず声に出してしまった。実は昨日サラトガの口取りをしたゲンを担いで、今日も同じネクタイをしてきた。まさか、そんなに効果があるとは! 2日連続の口取り!! 勝って、ビックリだぁ!!!

Bonq5  

と思ったら、やっぱ伸びそうで伸びない。そんなこんなで、内と外から交わされて、しかも4コーナーでいったん交わしたはずのトーホウカムカムにも差し返される形で4着。しかし、1着馬とはタイム差無し。単勝7番人気としては大健闘の部類。よく頑張った。

しかし、この結果を「惜しかった」とか「勝つかと思った」だけで終わらせるわけにもいくまい。走破時計1分43秒9は平凡っちゃ平凡。端的に結果を直視すれば、「完全勝ちパターンのレースを落とした」という見方もできなくはない。

前走に比べて今日のメンバーは明らかに落ちていた。そう思えば、実は前走と同じように4コーナーで並びかけながら、そこで走るのをやめてしまったのは何も変わらず、ただ他も弱いからボンキュッボンを交わせる馬は3頭しかいなかった   と捉えるべきなのかもしれない。ジョッキーは、「思ったよりしっかり走ってた」というニュアンスのことを言ったのだが、そもそも「”思った”というのがどれほどだったのか?」という問題も残る。

Bonq6いずれにせよ、「あそこまできれいな競馬が出来るのなら、あともうちょっと頑張って勝っちゃってくれよ!」、とボンちゃんに言いたいところだけど、たぶん人間の言葉が分からないフリすんだろうな、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年11月 9日 (日)

勝って、そしてビックリ!!

「くらやみ」と表現しても差し支えないほど薄暗いダートコースに緑の勝負服を乗せたサラトガの白い馬体が浮かび上がったその時、私は“もんのすごぉく驚いた”。ごく控え目に表現して   

Saratoga  

遡ること30分前。

雲空広がる東京競馬場には6レースのパドック周回中からポツポツと雨が落ちてきていた。アルゼンチン共和国杯の撮影よりも重要で、“ジョッキーマスターズ”の取材にも増して大事な、むろんオグリキャップ御披露目なども遥かに凌ぐ“目的”がそこにはある。それは10月18日のリベンジ。その時の話は当日付のブログをご覧頂きたい。

とはいえ、あまりに「リベンジ」を意識し過ぎると前回のように競馬の神様がソッポを向いてしまうので、今回はイレ込まぬよう“自然体”を心掛けた。やはり競馬では「勝ったら驚く」の気持ちを失ってはならない。

そんなわけで府中本町到着はのんびりと正午前。競馬場を取り囲む欅の葉が黄色から鮮やかな朱色に移りゆく様を眺めつつ普段よりゆっくりと歩き、心穏やかに入場門をくぐった。日増しに秋は深まりつつある。

しかしそんな落ち着いた風情も、パドックで実際に馬を見てしまえば瞬時に吹き飛ぶ。ただ1頭の芦毛は、薄暗いパドックではことのほか目立ち、その雄大な馬体が目の前を通り過ぎるたび「どう見たってサラトガしかいないよなぁ」などとイケナイ思いが首をもたげる。

ふと我に返り、「いかん、いかん!」と首を振って平静を装っても、目の前にそびえる巨大なオッズ板の「単勝1.7」という数字を目にすれば「勝ったらジョッキーになんと言おうか」などと、またまた不埒な思いが湧いてくる。それを再び「いかん、いかん」と振り払うコトの繰り返し。パドック脇でぶんぶん頭を振る私の姿は、傍から見ればかなり挙動不審に映ったことと思われる。

Saratoga2  

レースは一般スタンドの柵にもたれて観戦。自分の中では、こうして見るのがいちばん勝率が良い印象がある。とはいえ、ヘンな色気は禁物。「勝ったら驚く」と自分に言い聞かせているうちにゲートが開いた。

前回とは違って、内枠の馬を先に行かせてしっかりと折り合うお手本のような番手競馬。直線に入ってからも追い出しをじっくり待って、結果2馬身差の完勝劇だった。

……びっくり!!

馬主氏に連絡しながら、人込みを掻き分け掻き分けして検量に降り、引き揚げてきた内田博幸騎手とがっちり握手。そういや、内田博幸騎手はこれがJRA100勝目じゃん!

Saratoga3……またまたびっくり!!

めでたく確定のお墨付きをいただいて、いざ口取りへ。ウイナーズサークルまで馬と一緒に歩く気分のなんと晴れやかなことか。

厩務員さんが「オーナーとは縁があるんです。テンケイもやらせていただきました」と、まるで秘密でも打ち明けるみたいに話してくださった。テンケイはかつてこのブログでも再三紹介した馬。BMSイナリワンの代表的存在である。「ありがたいです」と言って彼は馬の額を撫でた。

それを聞いていた内田騎手も「僕もこの馬とは縁があるんですよ」と口を開いた。「お母さんのスイングバイに乗って大井で重賞を勝たせてもらいましたから。あの馬は僕とおんなじで九州から大井に来たんで特に思い入れがあるんですよ」

むろん私も覚えている。トゥインクルレディー賞の9馬身差の逃げ切りは圧巻だった。永く競馬と関わっているとこうした「縁(えにし)」を感じずにはいられない。競馬とは縁(えにし)のスポーツであるとあらためて思った。

東京競馬場のウイナーズサークルで勝ち馬の綱を取るのは、40年の生涯で初めての経験となる。いや、JRA競馬場まで条件を広げても初めてのこと。やはりと書けば南関東関係者に怒られるかもしれないが、その晴れがましさは南関東を遙かに凌ぐ。緊張の余り綱を持つ手が震えた。

ちなみにこのレースには「オーストラリア賞」という副題がついていて、さしずめ副賞は「オージービーフ1年分」か、下手すりゃ「ケアンズ10日間の旅」あたりがドド~ンと提供されるのかとドキドキしたが、まあ特に何も無し。口取り撮影の時にJRAの係の人から「これをこう広げてカメラに向けて下さい」とオーストラリア国旗を手渡されたのみ。言われたとおりやっておいたけど、あれは一体どういう意味があったんだろか?

Uchida口取りが終わり、内田騎手100勝のセレモニーも終わり、再び地下馬道。

「この馬で100勝目を勝てて良かった」という内田騎手の言葉は過分にリップサービスが含まれているのかもしれない。だが、お母さん馬のことを話してくれたことが私にはいたく嬉しかった。ただ、感激の余り「交流競走で船橋にいらしたら、またポーカーアリスに乗って下さい」と言うのをすっかり忘れてしまったのは失敗か。

まあ、次の機会もあるか。ポーカーアリス復帰もまだ先になりそうなことだし。

 

 

 

 

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2008年11月 8日 (土)

大山で観戦する武蔵野S

国道246号の旧道「大山街道」沿いのこの地に居を構えて15年。古来より”大山詣で”のために江戸庶民が往来したこの道のすぐ隣に住んでいながら、その先にある霊峰「大山」に足を運んだことがなかった。そこで、同じく大山街道沿い(こっちは世田谷だけど)に住む馬券仲間の”うっちー”らと連れだって国道246号を西へクルマを走らせたのである。

雨の降るあいにくの陽気ではあるが、撮影ではないので別に気にはしない。むしろ空いていてよかろう。実際、市営の第二駐車場は10時の到着にも関わらず「空車」だった。普段の週末なら8時には満車になってもおかしくはないとのこと。

大山と言えば豆腐である。

Tofu_2 大山の豆腐料理の元祖は『和仲荘』と言われる。「宿坊を利用する信者だけでなく、一般観光客にも大山らしいものを提供できたら」と、冷や奴をさまざまにアレンジして”料理”として客に振る舞ったのがその始まり。見た目は素朴ながら旬の味覚をふんだんに取り入れた上品な味わいは、「たかが豆腐」というイメージを拭い去り、いちジャンルとしての「豆腐料理」を確立させた。そしていつしか参道の両脇には豆腐料理店が軒を連ねるようになる。

趣のある佇まいの『和仲荘』を見つけて、我々も入ってみた。

Tofu2_2と言っても豆腐一品だけでコースを成立させるのは簡単ではない。「湯葉」や「豆乳しゃぶしゃぶ」などのメニューをコースに織り交ぜる店が多い中、「和仲荘」はデザートも含めて”豆腐のみ”に徹している。そこには絶対の信頼をおける豆腐職人の存在がある。

参道を少し下った大山川沿いに店を構える『小出商店』の手作り豆腐は、絹ごしの口当たりでありながら、木綿のように崩れにくい。大山界隈に豆腐店は数あれど、”完全手作り”の豆腐はここ一軒だけ。独特の風味は明治15年の創業当初から変わらないとも言われている。一見してそれとは分かりにくい店舗をどうにか探し出して、「とうふ」(商品名)を一丁購入。値段は170円。自宅の近くにこういうお店が欲しいですね。

雨なので登頂は断念。いや、たとえ雨降ってなくても、なんだかんだ理由付けて、てっぺんまで行くことはなかったと思うけど……。

ともあれ、ケーブルカーの終点近くにある大山阿夫利神社下社で関係各馬の安全と自らの前厄についてアレコレとお願いして早々に下山。頃合い良く、武蔵野Sの発走時間になりワンセグで観戦することに。

やはり私もユビキダスよりはカネヒキリに注目する。「どうにかレースに使える」なんてレベルではなく、出てくる以上は能力全開であるはずと踏むが、脚元云々を別にしてもともと休み明けに若干の難がある馬。どうかな?と思ったけど…、う~む。試走と思えば十分ではないですか? 着順ほど離されてないし。

Kane  

豆腐だけでなく、この界隈は「柿」の看板もあちこちに見受ける。農家の庭先には「柿 Kaki 一袋¥300」とか「激安柿¥200」とかいう看板が並び、ついには「ご自由にお持ち下さい」なんつーのまで表れた。あまりに驚いたので、失礼ながら「渋柿ですか?」と尋ねてしまったんだけど、ちゃんと「甘柿」だという。せっかくクルマを降りて話まで聞いたのだから、ありがたく頂いて、帰宅後に食べてみたら普通に甘かった。

 

 

 

 

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2008年11月 7日 (金)

【人材を確保せよ】③TVの方が大事

昨年5月。就労資格のない外国人に競走馬の世話をさせていたとして、新ひだか町の牧場関係者が逮捕された件は、まだ記憶に新しい。その牧場というのが、ヒシミラクルやオサイチジョージといった名の知れた馬を生産した大塚牧場であったことから、単なる入管難民法違反の割には大きなニュースとなった。

「大塚牧場の経営不振は業界では知られた話。日本人の働き手が集まる状況ではなかったから、事情を知らぬ外国人に頼ったんだろう」

静内の牧場関係者からはこんな声が聞こえてきた。相次ぐ地方競馬の廃止など馬産地を取り巻く環境が厳しさを増す中、安価な労働力を求めて不法就労に手を染めざるを得なかったという見方が大勢だ。

調べでは、牧場主からの指示を受けたニュージーランド国籍の調教師がインターネット上に求人広告を出して、就労資格のない2人のオーストラリア人を呼び寄せた。就労ビザの取得には経費が掛かるため、観光ビザで入国させて厩舎清掃や牧草管理をさせていたという。

なんとその賃金、月7万。

ひどい話ですね。

Uma  

ここまで主に育成牧場の人材難について書いてきたが、生産牧場の方がさらに事態は深刻かもしれない。

騎乗技術を身につけたいと思う若者にしてみれば生産現場は魅力が薄いだけでなく、出産や離乳など辛い仕事が多いと敬遠する傾向にある。

Kouma  

とある生産牧場で働くことになったその若い従業員は、大きなTVを持って牧場にやってきた。

が、なんと「自分の見たいTVのチャンネルが映らない」という理由ですぐに辞めてしまったのである。

そういう人間なら早晩辞めることには違いないだろう。ただ、ひと昔前は「これは長続きしなそうだな」とか「ちょっと頑張ればやっていけそうだ」とかいう”人となり”は、本人に会ってみればだいたい分かった。

辞める理由というのも、「仕事が辛い」か「給料が安い」のどちらか(あるいは両方)で、それさえケアすればある程度長続きする人材を確保できたものだが、「TVが見れない」とか「携帯が圏外」とかいう些細なコトが辞める理由になってしまうようになってしまうご時世である。「そこまで面倒見きれんよ」というのが、雇う側のホンネだろう。

(この項終わり)

 

 

 

 

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2008年11月 6日 (木)

【人材を確保せよ】②日高を支える東南アジア人

昨日の続き。

人手不足を手っ取り早く解決してくれるのは外国人労働力である。

かつて主流とされたのはアイルランド人やオーストラリア人だった。実際、私がアイルランドを訪れた時に「日本でエアグルーヴの育成をしていた」と話すオーストラリア人がいたほどだから、外国人従業員は日高に限った話ではなかったのだろう。

Jinzai2 

最近では東南アジア系外国人の姿を良く見かける、特にフィリピン人の割合が増えており、日高管内の牧場で50人以上が働いているという。

牧場関係者によると、20年ほど前から育成先進国であるアイルランドやオーストラリアから多くの騎乗者を受け入れていたのだが、彼らの月給の相場は30万円以上。この支払い負担が牧場に重くのしかかり、20~25万円程度で雇えるフィリピン人が注目され始めたのだという。

当然フィリピンでも競馬は行われている。現地の調教経験者が厩務員の就労ビザを取って来日しているわけだ。先述の牧場関係者は「安い給料で良く働いてくれる。技術的にも問題ない。貴重な即戦力」と評価し、また別の牧場主は「日本人の若い子は、朝早く起きれないとか、仕事がつらいとか言って、3日も持たずに辞めてしまうけど、そういう意味ではフィリピン人の方がはるかに仕事熱心。もっと雇いたいくらい」と手放しで褒める。

フィリピンだけでなく、マレーシアからやってきている人もいる。

マレーシア国内は3か所の競馬場があるが生産牧場は存在しない。レースに出走する馬はオーストラリアやアメリカなどからの輸入に頼っているわけだが、近年は日本の生産馬にも注目が集まるようになった。日高のセールでマレーシア人が落札する光景も今となっては決して珍しいものではない。マレーシア人の牧場従業員の元にはマレーシアのバイヤーから上場馬の情報を求める電話が頻繁にかかってくるという。結果として日本生産馬の販路拡大の橋渡し役を担っているというわけだ。

貴重な人材となりつつある外国人従業員だが、一方で「不法就労」という問題に直面するケースもある。それについては明日付で。

(明日付に続く)

 

 

 

 

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2008年11月 5日 (水)

【人材を確保せよ】①育成するのは馬だけにあらず

こないだ東京競馬場のパドックで「北海道の牧場に若い人が来なくなった」というような話を聞いた(※10月19日付「”西高東低”がもたらすもの」参照)ので、ちょっと調べてみた。

浦河公共職業安定所によると、ここ数ヶ月間の軽種馬関連の有効求人倍率は常に3倍を越えており、現在も200人余りの求人募集状態が続いている状態だという。

私が付き合いのあるいくつかの育成牧場でも、露骨に人材不足を嘆くところあり、決して顔には出さないんだけどその仕事ぶりを一目見れば人手不足は明らかな牧場あり、見た目は様々だが、いずれにせよ働き手は足りてないようだ。

地元の職安に求人を出したり、競馬専門誌に広告を打ったり、きっかけを掴むため自前のホームページを立ち上げたりと、どこも頑張っていることは間違いない。だが、既存のパイを奪い合うだけで根本的な解決には程遠い。業界全体で人材難に取り組む必要に迫られている。

Jinzai1  

比較的規模の大きな育成業者は、「JRA厩務員試験合格へのステップ」を前面に押し出して優良人材の確保に努めている。中には求人広告に「今期●人の合格実績を誇る★★牧場!」などと大々的にJRA試験の実績を喧伝するところもあり、これではまるで予備校ではないかと思ったりもするわけだが、JRA、育成業者、そして従業員の利害が一致しているのだからそれはそれで良いことなのだろう。

育成業者にしてみれば、せっかく育てた人材がJRAに流出してしまう格好になるわけだが、「あそこは良い人材を送り出している」という評価を得ることは、すなわち牧場としての評価が高まることに繋がるわけで、従業員に対して積極的に厩務員試験を受けるよう指導する育成業者も珍しくはない。

ちなみに、厩務員試験に限らず調教師や騎手の試験も筆記試験の合格者が面接試験に臨むことになっているが、その面接で試験官が繰り出す質問というのがあまりにも下らない。

例えば、最近の厩務員試験では「NHKマイルカップと安田記念の相関について述べよ」なんつー質問があったそうである。

これを「待ってました!」とばかりに答え始める受験者がいれば、それは単なる馬券好きと判断されて落とされる。試験官は、府中のマイルG1の相関云々などという回答を期待しているわけではない。たいていの牧場は人材不足であり、そこで働く従業員は競馬中継を見る暇も無いほど忙しいことは試験官も承知しているわけだから、そういう不意の質問に対する対応力を見極めようとしているわけだ。だから、悪く言えばその場を上手くとりなしてしまうような性格の人は合格しやすく、相手の問いかけに対して考え込んでしまう真面目なタイプは不利と言われている。

まあ、これは「面接試験」というものにおける一般的かつ普遍的な現象なんだけど、JRA本体ならともかく、馬と接する現場にまで役人気質丸出しの対応力重視路線を貫き通すのはいかがなものか。角居調教師も著書『挑戦!競馬革命』の中で、JRAの面接試験を揶揄しておられるが、こんな不毛な面接試験ごときで人の一生を左右させられるのだから、たまらんですね。

(明日付に続く)

 

 

 

 

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2008年11月 4日 (火)

見なければならないレース

一昨日の東京競馬場では「今日混んでるねぇ」が挨拶代わりになる程大勢の人で埋め尽くされていた。

席という席には人が座り、窓口という窓口には絶望的な行列が形成され、食堂という食堂は終日混雑を極めた。すれ違う記者たちは「12万人だって!」と興奮気味に話しかけてくる。まあその気持ちもわからんでもない。そんな数字はめっきり聞かなくなったもんね。

Hitogomi 

競馬ファンならば、一生のうちに何度かは、何を差し置いてもその目で見なければならないレースがある   

よく私が好んで使うフレーズである。このブログでも何度も書かせてもらった。が、このブログ開設以来3年の間にはそのようなレースは残念ながら存在しなかったように思う。

結末を知った今だから言えることだが、そういうレースになると信じて一昨日の東京競馬場に足を運んだ多くのファンの慧眼には唯々恐れ入るばかりだ。

一昨日付にも書いたように、私はとある作家と一緒に検量前に立って写真判定の行方をじぃっと見守っていた。その作家はキャリア60年の大ベテランである。そんな人物が「こんな競馬は初めて見た」と静かに興奮を表したのだ。それが一昨日のレースのすべてを表している。

彼は「こんなレースを見れて良かったよ」と言って、ウオッカではなくダイワスカーレットの方を追って行ってしまった。

私が願った「同着」という結末には至らなかったが、それでも彼が言うように「良かった」と思える結末であることには違いない。

Yu表彰式に向かうマドンナ同士のツーショット。

馬券も当たったそうで、良かったですね。

 

 

 

 

 

 

Nade表彰式でウオッカの鼻面を撫でるジョッキー。

ウオッカとのコンビではいろいろ難しい思いをしたわけだけど、こちらも良かったですね。

 

 

 

 

Oendanふとスタンドを見上げると、こんな応援団が。

こちらの皆さんも良かったことでしょう。

それにしてもスタンドの人混みにこの服色は目立つね。 

 

 

 

Nikomi帰途は、最近の私の流行スポットとなりつつある西門外の『みなみや』で煮込みをつまみつつ反省会。

 

 

 

 

 

 

「反省会」とは名ばかりで、どのテーブルからも「良かった」とか「凄かった」とかいう声しか聞こえてこない。テーブルに座るのは若者のグループから「超」のつくベテランのオジさんまで多種多様だが、客のほとんどが「良かった」と思えるレースも珍しい。思えば昨年の秋の天皇賞は、コスモバルクの斜行で皆が何か釈然としない思いを抱きつつレース後の数時間   あるいは数日間   を過ごさざるを得なかった。あの時とはまるで正反対の空気が、最終レース後も競馬場全体を包んでいる。

Minamiya競馬のエッセンスがすべて凝縮したかのような1分57秒の余韻を楽しむかのごとく、陽が落ちたあともなお西門外の喧噪が止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年11月 3日 (月)

ライバルの背中は遠く

とっぷり日が暮れてから家を出て南武線に乗り込み川崎に向かうというのは、「文化の日」の過ごし方としてふさわしいのかどうか分からんが、ナイター開催の重賞である以上致し方ない。

全国的にはJBCデーである。

が、川崎に着いてみればスプリントもクラシックもクソ食らえという感じで、普段と何も変わらぬ競馬が開催されていた。聞けば明るいうちはずいぶんと客が入っていたらしいが、JBCが終わったところでゾロゾロ列をなして帰ってしまったとのこと。3連休の最終日にダラダラ夜まで競馬してられんということですかね。

JBCの園田から飛行機で移動してきてロジータ記念を撮るというカメラマンが、ひと月くらい前からしきりに「間に合わなかったらどうしよう」といたく思い悩んでいたようだけど、ちゃんと間に合った様子。

Bandana  

まあ伊丹17時半の便に乗りゃよほどのことがない限り間に合うよね。今日のこの便(JAL128便)はさながら「園田→川崎競馬専用シャトル便」の様相で、カメラマンのみならず、南関東の厩舎関係者も数多く乗り合わせていたらしい。ちなみに高橋三郎調教師は一般席だったのに南関東リーディング常連のアノ調教師はファーストクラスだったとか。やはり違いますね。

ともあれロジータ記念。

私個人の注目は知人の育成の手にかかるフクウンラブスター。鞍上には名古屋の吉田稔騎手。JBCということで、戸崎騎手も御神本騎手も張田騎手も出払ってるから、「重賞レースは他地区の騎手OKルール」を使って逆によそから来てもらった格好ですね。吉田稔騎手は以前にも池田厩舎の馬に良く乗っていた。

Fukuun  

そう思ってあらためてロジータ記念の出馬表を見てみれば、川崎の馬は4頭しか出てなくて、うち3頭が池田厩舎。ロジータ記念つったら川崎所属馬ばかりのレースだったような気がするんだけど、池田先生、孤軍奮闘ですな。

しかし奮闘むなしくクリノソーニャの2着がやっと。そのクリノソーニャに9馬身もの大差を付けて勝ったのは船橋のシスターエレキング。

Eleking  

この馬、出川厩舎ではいつもポーカーアリスの隣の馬房にいた馬ですよ。たしか去年の今ごろはポーカーの方が格上だったはずなのに、今では立場は逆転。いやそれどころか、すっかり差をつけられてしまった。早く復帰して、ウオッカとダイワスカーレットのようなハイレベルのライバル関係に持ち込みたいところだが……。 

 

 

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2008年11月 2日 (日)

写真判定を待つ2頭

1・2着が写真判定になったことを確認して息せき切って地下馬道に降りると、ウオッカとダイワスカーレットの2頭が揃って引かれていた。

Chika 

1分57秒2という、とてつもない時計で走り抜いた直後とは思えないほど落ち着き払っていることにまず驚き、次いでその2頭が揃って牝馬であることをいまさらながら思い出して再び驚く。安藤騎手は「負けたかな…」というようなジェスチャーを見せたが、私はダイワスカーレット優勢と見ていた。

Akiten0 

顔見知りの作家が隣にやってきて「凄いモン見ちゃったねぇ」と呟く。そしてダイワスカーレットを見ながら「コイツは化けモンだよ」と続けた。

たしかに“化けモン”かもしれない。

休み明けの不利をものともせず自分でレースを作ってレコードタイムで走ったことはもちろんだが、あの流れで直線坂上でいったん交わされたら、どんな馬でも下がるものである。ところがダイワスカーレットは、そこから差し返して写真判定にまで持ち込んだのだ。

Akiten1 

写真判定が長引いていることは意外であった。私の目にはダイワが差し返したように見えたし、審議になっているわけではないのだから写真を見て機械的に判断すれば良い。

「同着じゃないですか?」半ば期待を込めて私は言った。

「そうだなぁ…。長いこと見てるけどこんな時間かかんのは初めてだ。同着だな」と作家は言い切る。

時計は16時を回ろうかというところ。写真判定は15分以上続いている。

「こうまでして着順決めなきゃならんのでしょうか?」。目の前をウオッカ、そしてダイワスカーレットと通り過ぎる。私の目には2頭ともチャンピオンに見えた。

突然、検量にどよめきが起きる。

「14だ!」

その声を聞くよりも早く、ウオッカの厩務員が両拳を上げ、そして馬の頚に抱きついた。次々に人が駆け寄る。

Akiten2_4   

聞けば差は2センチだという。

ふとダイワスカーレットに目をやると、馬服を着せられて引き揚げようとするところ。「能力の高さを見せ付けた」という点では決して負けていなかった。わずか2センチの差は明暗を分けるには十分なのかもしれないが、能力を分けるものではない。

Akiten3  

角居調教師が「ここで負けたらダイワスカーレットに勝つことはもうないなと思っていました」と語った。それを聞けばこの結果も「良かった」と思う。それにしても、ダイワスカーレットが”化けモノ”なら、ウオッカはなんと修飾すれば良いのか? ダービーと天皇賞を勝ってしまった歴史的名牝に、よもや「女傑」などという牝馬限定の言葉を使うわけにもいくまい。

それにしても写真判定を待つ間は、まるで自分が関係者であるかのごとくシビれた。あれほど緊張感が漂う検量前というものを、過去に私は知らない。2頭の激しいレースそのものが歴史的だったことは間違いないが、その後15分以上にも及んだ写真判定の、あの緊張感こそが歴史的であったように思えてならない。

 

 

 

 

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2008年11月 1日 (土)

盛岡が終わって水沢へ

岩手競馬は今年度の盛岡開催が終わり、冬の水沢開催に突入。毎年のことながら、いよいよ正念場を迎える。その盛岡開催の売上げは……、いちいち書くと暗くなるので書かない。最近は、そういう数字を書いて「少ない」と評するのは、なんとなくアンフェアだと思うようになってきた。それを少ないと感じるなら、「自分でもっと買え!」ということになる。が、私も生活にゆとりがある立場ではないから、馬券に回せる金にも限度というものがある。

ともあれ、岩手では日本ユニシスへの業務委託の見送りが正式に決定し、昨日、ユニシスにも電話で伝えられたそうだ。

日本ユニシスが3月末に提示した企画提案書と10月14日に提出した競走体系などの改革案について、馬主および厩舎関係者と競技した結果、現行の組合直轄方式よりも優れているとは言えないと判断。来年度も、現行通りの組合直轄方式での開催となるとのこと。

日本ユニシスの提案には「採算性の低い土曜日開催の中止」が謳われていたが、土曜日の売り上げ平均は1億3300万円であり、払戻金や開催経費などを引いた発売利益は550万円。土曜日開催は年36回だから、「年間で2億円の黒字を失ってしまう」という試算結果が最終的なインパクトとなった。むろん、ユニシスにしてみれば「土曜開催がなくなれば他の曜日の売上げが増す」という主張もあったのかもしれないが、それを裏付ける根拠の提示がなかった以上、こういう結果に終わったのも仕方ない。

そのユニシスは、業務委託見送りについて「まだ組合からの正式書面が届いてないのでコメントできない」としているが、あれほど書面でのやりとりを嫌い、ほとんどすべての連絡を電話で済ませてきた会社にしてはすげないような気もする。

とはいえ、組合は再来年度以降の業務委託について引き続き日本ユニシスと協議を続ける方針らしいから、決して喧嘩別れしたわけでもない。今となってはユニシス以外に手を組んでくれそうな企業もそうそう見つからないという事情も重なる。

そんな中、青森県十和田市にある場外馬券売場『テレトラック十和田』の設置に伴って岩手県競馬が十和田市に支払うことになっている「場外設備周辺環境整備負担金」が、この3年間未納状態であることが発覚した。なのに十和田市も別にそれを咎める様子を見せていない。岩手競馬に万一のことがあって無用の箱モノが残されても困るし、地元雇用者の問題もある。しかし、テレトラック十和田自体の収支は赤字。いろんなところで、岩手県競馬の行く末を心配している人はいるんでしょうね。

ところで、ファンが楽しめるレースを提供するためのレース体系改善の一環として「地方競馬初の試みとなる長距離戦の導入」が発表されたのが昨年の春先だったと思う。そんで、実際にダート3000mのレースがこれまで4回実施されているんだけど、これって評判はどうなんだろ?

「長いところを使われてきた」なんて馬はもともと存在しないから、「前走1200m戦を走った馬がいきなり3000mを圧勝」なんてケースもあるんだけど(ケイジーウィザードね)、そういう要素が馬券購買にどれくらい寄与しているのか? いないのか?

サンプルが4回では調べるのも難しいが、大々的に(?)発表して実行に移したアイディアなのだから、そういった事後検証があっても良いと思う。

 

 

 

 

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