【専門紙考】③予想名人と呼ばれた騎手
シリーズ最終話は、ちょっと毛色の違うお話を。
競馬の予想紙は大まかに分ければ専門紙とスポーツ紙に分類される。しかし大昔には別系統として調教師と騎手による予想紙があったのだそうだ。発刊は1949年で、発行者は「日本調騎会」と「競馬共助会」。現在のレーシングプログラムにJRAの”オフィシャル予想”が加わったものと考えるのが分かりやすそうだ。
競馬の予想は、直接の関係者でも百発百中とはいかない。それでもファンから”予想名人”呼ばれた騎手がいたという。それが騎手として名誉なのか不名誉なのかは図りかねるが、私個人は騎手や調教師は総じて予想ベタだと思う。予想ベタの極みとも言うべき私が言う筋合いではないと思うが、まあ上手ではないでしょうね。
故野平祐二氏は馬券がお好きだった。調教師引退後は、「これでようやく馬券を買えますよ」と喜んでいらしたことも思い出す。
中山競馬場の馴染みのコーヒーショップの椅子に座って、パドックを見つめ、血統をチェックし、もちろん騎手の名前にも十分注意を払って、丁寧にマークカードを塗り潰していた。たいていは枠連の3点買い。1点は500円程度のささやかな馬券だった。「ほら、祐ちゃん! バッチリ取ったぞ!」と当たり馬券を見せびらかしにくるファンがいれば、気さくにこたえもする。ちなみに氏は永らく「サンケイスポーツ」を愛読されていた。
ただし、氏の馬券成績そのものはあまり褒められたものではなかったと思う。これはサンスポの予想に問題があるわけではなく、おそらく社台ブランドの血統馬を避けてばかりいたためだろう。気持ちは分かるが、それでは馬券が当たるはずもなく、払戻に行ったという記憶も数えるほどしかない。
午前のレースが終わったところで”あがり”となり、徒歩で氏の自宅に戻る。帰り路では「あぁ、またオカベさんに裏切られちゃったよ」などとブツブツ文句をおっしゃるのが、こちらとしてはたまらなく可笑しかった。我々のようなただのファンでも、通算1339勝を数えた「ミスター」でも、懐が苦しくなれば岡部さんに頼りたくなるものなのだ。そういえば、今の岡部幸雄氏は馬券を買ったりすることがあるのだろうか?
海外では、調教師でも馬券を自由に買えるし、たとえ騎手であっても自分の騎乗するレース以外で馬券を買うことに制限はない。しかし、そういう立場の人の「予想紙」というのは聞いたことがない。
現在の日本では騎手や調教師が馬券を購入することはもちろん、予想行為すらも固く禁じられている。ただ、JRA所属騎手が地方公営の馬券を買うことに制限はなく、実際、ペリエ騎手が普通に大井競馬場で馬券に興じていたりして、驚かされることもあるわけだが、総じて馬券への関心そのものが薄いように思える。
(この項終わり)
| 固定リンク

コメント