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2007年10月31日 (水)

【五十嵐冬樹騎手を巡って②】コスモバルク力走の影に

五十嵐冬樹騎手が名実ともに脚光を浴びたのは、2004年にコスモバルクとのコンビでJRAの重賞に出走するようになってからだ。しかし、その前年、2003年夏の段階で  昨日付でも書いたように  既に、JRA騎手の間では「要注意」とのレッテルが貼られていた。

迎えた2004年の日本ダービー。北海道のみならず全国のファンの期待を背負って出走したコスモバルクと五十嵐冬樹であったが、キングカメハメハの8着に敗れる。

覚えている方も多いだろう。このレース、4コーナーを回ったコスモバルクは制御不能に陥ったかのように左右に斜行し、危うくキングカメハメハと激突するところだった。このときは、コスモバルク  というより五十嵐冬樹  に予め注意を払っていた他の騎手たちが、同馬から距離を置くようにして4コーナーを回ったため、ゴールシーンではほとんどの馬が大外を飛んできた。もっとも外を回ったハイアーゲームの蛯名騎手は、レース後「コスモを気にし過ぎて外を回し過ぎた。普通のコース取りなら(1着との差は)際どかったはず」とコメントしている。

翌2005年のシーズン。前年のクラシックで結果を残せなかった五十嵐冬樹騎手は、コスモバルク主戦騎手の座を追われる。

しかし、手綱は千葉~安藤勝~ボニヤと渡るもやはり思うような結果は出ず、暮れの有馬記念なって1年振りにコスモバルクは五十嵐冬樹騎手とコンビを組んだ。ハーツクライが無敗のディープインパクトを破った、あの歴史的レースである。

Arimaheartsディープインパクトの敗戦に水を打ったように静まりかえるスタンドと歓喜に沸くハーツクライ陣営を横目に、3着に入ったリンカーンの鞍上横山典弘騎手は顔を紅潮させて検量に戻ってきた。ゴーグルに隠された”目”の様子までは計りかねたが、その表情は明らかに怒りを漲らせていた。

このレースは直線の出来事で審議となったが、実は加害馬とされたのは、4着に入線したコスモバルクだった。直線坂上で背後から迫ったリンカーンの進路を妨害したとされたためである。五十嵐冬樹騎手には「戒告」の処分が課されている。

レース後、横山典弘騎手は「最後、伸びかけたところで寄せられたのが痛かった。それまではうまく運べたのに。ホント後味が悪い。(五十嵐冬樹騎手は)大レースでこんなのが多過ぎる」とまくしたてた。

翌年のコスモバルクのキャンペーンは月の日経賞から始まったが、またまた五十嵐冬樹騎手はインターフェアによる過怠金1万の制裁を受けることになる。直線で背後から追い込んだストラタジェム(2着)の進路を塞ぐように馬を寄せたことによるものだ。

Nikkeiこの日経賞を勝ったのは、3ヶ月前の有馬記念でコスモバルクに邪魔をされた格好のリンカーンと横山典弘騎手である。このときは、横山典弘騎手もコスモバルクの動静には注意を払っていたようで、同馬とは”距離”を置いたレース運びを心がけていたようだ。

しかし、さらに禍根は続く。

Cosumojc昨年の秋の天皇賞(4着)では、決勝戦手前でアサクサデンエンの進路を塞ぐように外斜行した。この時は審議対象とはならなかったものの、続くジャパンカップはスタートから逃げる展開。しかし、最後の直線で外斜行してトーセンシャナオーが立ち上がるほどの不利を与え、返す刀で内ラチ沿いから伸びてきたドリームパスポートにも馬体をぶつけてしまった。ここまでやらかせばさすがに審議対象になるもので、五十嵐騎手には過怠金3万円を科されたが、メディアやファンの目は凱旋レースを勝利で飾ったディープインパクトに釘付けになっており、2着以下のことなど誰も気にしていなかったようだ。

(明日付に続く)

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2007年10月30日 (火)

【五十嵐冬樹騎手を巡って①】降着なき騎乗停止処分

五十嵐冬樹騎手を非難した上で、柴山雄一騎手を擁護する内容の、電話やメールがJRAに届いているという話の続き。

五十嵐騎手にしても「戒告」という形で一定の制裁を受けたわけだからこの件はもう幕引きにしたいところだが、コスモバルクは間違いなくJCにも出てくる。ひょっとしたら次は取り返しのつかない問題が起きてしまうかもしれないと思えば、このままフタをしてしまって良いのかという躊躇いもある。

Igarashi

日曜の検量前では「もう一緒のレースには乗れない」「アイツを乗せないでくれ!」と声を荒げる騎手もいた。実は、こうした声は今に始まったことではない。函館や札幌のJRA開催で道営騎手の騎乗回数が徐々に増えはじめた1999年頃から五十嵐騎手の騎乗スタイルは既に現場では問題視されていた。

それが顕著に現れたのは2003年夏の開催。コトの始まりは、函館2歳Sでフラワーサークルに騎乗した際、直線で勝ったフィーユドゥレーヴの藤田騎手に2度に渡って馬を寄せ左腕でブロックしたことから始まる。このときは、JRAの制裁金上限いっぱいの10万円の過怠金を科せられた。ところが翌週の札幌開催でも五十嵐騎手はまたラフプレーの取締対象とされる。8月7日の札幌1Rでヤマニンフレンジーに騎乗して1着となった同騎手は、ゴール手前で外のゴッドイーグルに騎乗した菊沢徳騎手を肘で押圧したとして開催日2日間の騎乗停止処分を受けたのだ。

この制裁は、JRAとしては異例となる注釈付きで発表された。8月17日のレースでのプレーだけなら、通常ならば走行妨害とは判断されず降着処分には及ばないレベルだが、2週連続で悪質なプレーを犯したという点を重視。これは、同騎手の騎乗姿勢に反省が見られなかったためと判断され、一層の反省を促すため騎乗停止という厳しい処分が課されたのである。

実際、降着なしの騎乗停止とは珍しい。審議ランプもつかなかった。裁決委員が「着順変更の可能性がない」と判断したためだ。事後にパトロールビデオを見ると、肘を使うだけでなく、騎手の体が馬体の左側に傾いていて、確かに行儀の悪いフォームだった。

これに対し、「何が悪質だというのか?」と返した五十嵐冬樹騎手は、JRAおよびJRA騎手からのさらなる反感を買うこととなる。おそらく、こうしたプレーは地元道営では処分の対象にはならず、身体に染みついた”普通”のライディングなのだろう。

結局、その後も五十嵐騎手は処分を受け続ける。

騎乗停止が解けて間もない9月21日の札幌11RHTB賞をシルクフェイマスで勝つも、直線で他馬の進路を塞いだとして2万円の過怠金を課され、一週間後の9月28日の札幌5Rをノーザンキッズで勝った際も、御法に問題があった(直線で他馬を横圧した)ことから戒告処分を受けている。さらにまた1週間後の札幌開催でも戒告処分を受けるなど、ほぼ毎週のように制裁対象となった。

この夏の函館・札幌シリーズだけで、五十嵐騎手の制裁点は30点を上回っており、僅か3ヶ月の騎乗で「騎手再教育」の対象となる制裁点数を重ねたことになる。しかしながら、五十嵐騎手はJRA所属騎手ではないので、もちろん再教育を受けたことはない。

(明日付に続く)

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2007年10月29日 (月)

続・重苦しい空気漂う検量前

本日2度目の投稿でござる。

聞けば、JRAの方には昨日の天皇賞に関する抗議の電話やメールが届いているようですね。

具体的な件数や、普段の週明けと比較してどうかまでは分かりかねるのだが、内容としては、五十嵐冬樹騎手を責めた上で柴山雄一騎手を擁護するものが目立つのだそうだ。

今は帰宅したばかりなので、この件については明日付で詳しく。

~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

で、突然「餃子」の話なんですけど。

昨日、東京競馬場でお会いした方に、「例の北海道の餃子の美味しい店教えてよ」と言われ、「ふんじゃあ、家帰ったらメールで連絡します」と言って別れたんだけど、良く考えたら相手のメールアドレス知らん…。

なので、ここで紹介します。

「宝栄食堂」 音更町木野大通東15-3

知る人ぞ知る十勝の隠れ名物。『天龍』なんかに比べると一個のサイズは小ぶりだが、ニンニクとニラと豚肉がパンパンに詰め込んであり、ボリューム感では負けていない。さすが豚肉の本場だけあって肉汁はとことんジューシィで、そこにニンニクがガツンと効いてくる。無骨と言えば無骨、でもソフィスティケートされた餃子なんつーのも嫌なもんでしょ。

ちなみにお店のHPなんてモノはありません(ないと思う)。帯広駅前から国道241号線の旧道の方を上士幌に向かって走り、道東自動車道をくぐる手前を右に入ったあたり。あとは言葉では説明しづらいのでナビ使ってください。店内で食べると餃子1人前(7個)500円です。最近は札幌の北24条にも支店ができたらしいのですが、そちらにはまだ行ったことがないです。

我が家では1袋40個入りの冷凍餃子をまとめて宅配してもらっており、たまたま今夜のメニューはその餃子でした。

Gyozaこんな感じです。

今日は、例の”座談会”が私の不手際でグッダグダに終わって、もう「生まれてきてゴメンなさい」くらいの謝り方して帰ってきて、何をする気も起きないんだけど、餃子食うと少しは元気戻りますね。でも、酒を飲むほどの元気は出ない。もう寝ます。また明日。

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重苦しい空気漂う検量前

天皇賞のパドックが始まったところから。

いつもなら5~6周で切り上げてかえし馬の撮影場所に移動するんだけど、今日に限ってはパドックに長居する。なぜかと言えば、岩田騎手が着るダーレージャパンファームの服色を見てみたかったからです。

Fukuiroで、これがそうなんだけど、正直あまり強そうに感じないのはやっぱまだ慣れてないから?

今後、この服色が勝ちまくれば、”黄黒縦縞”なみに威圧感を覚えるようになるのかしらん。

レースはメイショウサムソンの強さが際だった…、なんて綺麗ゴトだけで済む話ではなく、やはり直線の一件がねぇ…。2~13着馬まで、出走馬の大半の馬がまとめて被害受けちゃってるくらいだから、よほどひどい斜行だったわけだけど、これについては不思議なことが2つ。

審議では五十嵐騎手(コスモバルク)と柴山騎手(エイシンデピュティ)が呼ばれて、エイシンデピュティの外斜行の原因はコスモバルクに寄せられたためと明確に裁定されたのに、五十嵐騎手に過怠金のひとつも課さない(戒告のみ)とは一体どういうことか? 私はコスモバルク(馬そのものにね)に肩入れする人間だけど、馬は馬、競馬は競馬である。こういう場合の、対応をちょっとでも間違うと主催者そのものの屋台骨が揺らぐことだってあり得るということは、最近のプロスポーツ界を見ていれば誰でも分かる。

いまひとつは、13着(14着入線)のシャドウゲイトは”被害馬”なんですかね。完全にバテて下がって行くだけの馬に”被害認定”を下すのもちょっと解せない。

Meisho3実際、1~3着馬の着順確定して、武豊とメイショウサムソンがウイナーズサークルに再び姿を現したところで、私はそれ以上の写真は撮らずに走って地下検量に降りた。そこは普段のGⅠレース直後とはちょっと違った重苦しい空気に包まれており、コメントを集める記者たちもあからさまに苦労しているようだった。

岩田騎手は「さあこれからというところでぶつけられた。これじゃ馬が可哀想だ」と漏らした。

結局、有力どころで不利を受けなかったのはメイショウサムソンだけで、明暗を分けたのは枠順や位置取りだったということになる。

Meisho2とはいえ「不利の無い競馬」などというものはそもそも考えづらく、不利をはねかえす力もGⅠでは求められることになる。「前々で競馬して直線も凌ぎ切る」というのも不利を受けないための能力のひとつということであれば、メイショウサムソンの勝利の評価が曇ることはあるまい。今年負けたのは半馬身差2着の宝塚記念だけというのも  よくよく考えれば  凄いことだ。

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2007年10月28日 (日)

天皇賞への長い道のり

昨日(土曜)の東京特別3鞍には、親しい人の馬が何頭も  数えてみたら11頭!  出走していたのだけど、競馬の前に終わらせようと思った書きモノが全く捗らず、結局パス。まあ、あまりに凄い天候だったということも否定しませんが、それでも原稿が終われば行くつもりだったんですよ。

そんで今日(日曜)は天気も回復し、朝から競馬場に行くつもり満々だったけど、やはりどうにも筆が進まない。午前中の新馬2鞍に撮らなきゃならない馬がいたんだけど、どう転んでも間に合わないと分かったのが東京3R発走の20分前(爆!)。現地にいるであろう知人カメラマンに携帯越しに拝み倒してフォローをお願いするも、その後の原稿の進捗も芳しくない。こりゃ「天皇賞もダメか…」と諦めムードが漂ったが、さすがにそれをやったら自分という人間を否定することにもなりかねないので(大げさ)、昼飯もとらずになんとか書き切って出稿。撮影依頼のある7Rにどうにか間に合った。ウチから府中競馬場へは電車に乗ってしまえば20分ほどだが、これほど遠く感じたのはこれが初めてですよ。

実は、明日月曜から金曜までの5日間、様々なテーマで行われる座談会の司会をこなさなければならんのである。

座談会のテーマは競馬とはまるで無縁。日替わりの5回で出席者もバラバラだというから、それ相応の準備をしてくるようにとの指示があった。先ほどまで四苦八苦しながら書いていたのは、この座談会のシナリオ原稿である。座談会にシナリオなんか必要なのか?と言われると返す言葉もないが、最終的に何らかの結論を誘導しなければならんので、議論の方向がどこに向かっても対応できるよう、様々なパターンを想定したシナリオを用意しなければならんのだ。しかもそれを5日分である。勢い原稿量は膨大なものになる。

座談会とはちと異なるが、かつて私は”対談”の進行役を突然引き受けさせられて、苦い思いをしたことがある。(※2006年11月1日付「対談に見る日本文化」)

Manninこのときはテーマが「競馬」だったことから、どうにか事なきを得たが、それでも内容はグダグダで「もう二度とこういう仕事は引き受けまい」と堅く心に誓ったものである。それを今回  形式が座談会に変わるとはいえ  引き受けざるを得ない私の心中をどうか察して欲しい。

ともあれ競馬場に到着。昨日の反動かしらんが、どエラい観衆の数ですよ。こんなスタンドを見るのは久しぶりだ。

7Rの段階で芝コースは『重』の発表。

Meisho真っ先に自分の足で確かめてみると、表面に水分はあるが、潜り込むようなことはなく、時計は掛かるが道悪の巧拙が結果を左右するほどにはならんだろと判断。私は重馬場を想定してポップロックと踏んでいたが、どうだろうか。たとえ回復が遅れて『稍重』発表に踏みとどまったとしても、良馬場とさほど変わらない程度になると思う。じゃあ、何が勝つんだ?と聞かれてると困るんだけど。

馬主さんや牧場主らと挨拶を繰り広げてバタバタしているうちに天皇賞のパドックが始まった。

(明日付に続く)

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2007年10月27日 (土)

【上山は今③】馬がいた!

せっかくなので、旧競馬場敷地の外周を一回りしてみる。どうせ時間はたっぷりあるのだし、馬券を買ったところでまるで当たる気もしない。

Kamino20かつての関係者出入口から一歩外に出ると、街路樹の紅葉が見事である。そこかしこに群生しているすすきの穂の輝きと相まって見事な秋の色模様を演出しているのだが、ここに馬がいないという事実が、かえってその背景の美しさを虚しく感じさせる。厩舎から引かれてきた1頭の馬がここに立ち止まってくれるだけで、どんなに素晴らしい“絵”になるか。そんなことを想像してもただ虚しいばかりなのに、考えずにはいられない。

Kamino2011コーナー奥。かつての厩舎地区では大型重機が入って大々的な整地作業が進行していた。昨日付で書いた工場より一足先に、こちらの施設が完了する気配である。

 

 

2コーナーのあたりで交差点を右に折れて、バックストレッチに沿った道に入る。旧競馬場と道路とを隔てる壁が壊されており、そこからスタンドを望む。美しいやまなみを背に立つスタンドは壮観で、なぜ今ここに馬がいないのか…という思いが一層強くなった。

Kamino21

その時、ふいに馬のいななきが耳に届いた。なんと背後に馬がいたのである。

乗用馬のようだが、サラブレッドらしい体躯をしているので元上山の競走馬なのかもしれない。詳しいことは分からないまま、さらに3コーナー方面に向かってあるくと、見間違えようもない乗馬施設が目に入ってきた。このロケーションには不釣り合いかと思えるほど立派な覆い馬場があり、その隣の角馬場では1頭の芦毛馬がロンジングされているが、こちらはサラブレッドではないように見える。

Kamino23

脇に停められた馬運車には大きく『湯の町乗馬クラブ』と書かれている。こんな立派な乗馬施設があるとは正直意外。馬場に近づくと2頭のポニーが出迎えてくれた。

Kamino22聞けば、山形で国体が開かれた1992年。馬術競技の会場となった由緒ある施設なんだそうである。この上山には、1996年と2003年に全国制覇を成し遂げた上山明新館高校という馬術競技の強豪校があり、ここはその馬術部の練習施設でもあるとのこと。

かつての上山競馬場といえば、高齢や故障など様々な理由で競走能力が落ちた馬の”最後の活躍の場”だった。そうした馬たちが、いよいよ競走生活に別れを告げるにあたり、そのうちの見込みのある何頭かは上山明新館の馬術部に提供され第2の人生(馬生)を歩み続けたのである。生徒たちは競馬場内の練習馬場を借りて腕を磨き、競馬場に隣接する厩舎の厩務員たちは、生徒たちに馬の世話について指導した。そこには、ささやかではあるが、馬にとって、あるいは馬に携わる人にとって、理想的なコミュニティーが間違いなく存在していたのだ。

上山明新館が最後に全国制覇を達成した2003年と言えば上山競馬廃止の年でもある。

競馬の廃止に伴って馬術部の存続も危ぶまれたというが、関係者の尽力や生徒たちの熱意によって廃部の危機はひとまず回避された。山形県の高橋知事が、競馬場跡地を「馬事に特化した公園として利用」という強いこだわりを示していたのも、上山明新館馬術部への配慮があったと思われる。

さきほどの芦毛馬に人が跨り、軽い乗り運動が始まった。

Kamino24この芦毛馬は上山競馬からのいわゆる”あがり”馬ではない。先ほども書いたようにサラブレッドではないだろうなと思ってみていたら、先日の遠野の秋セリで購入してきたばかりの3歳馬なのだそうだ。「遠野の馬は良いよ。(上山)競馬の馬はいなくなったけど、同じ東北の馬だからね。やはり乗り味が違う」と、『湯の町乗馬クラブ』のおじさんは言う。

真っ赤に紅葉した背景に芦毛のコントラストがなんとも美しい。思い望んでいたような”絵”を見ることができて、上山まで来て良かったとようやく思うことができた。

ちなみに、この乗馬クラブの敷地は、企業売却(リースを含む)の対象には含まれていない。逆に山形県も特別強化費を確保するなどして上山明新館馬術部の活動を支援している。

最後の最後に、少しだけ救われた思いがした。

(この項終わり)

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2007年10月26日 (金)

【上山は今②】馬のいない”競馬場”

上山の話の続き。

空いてる席を見つけて腰を下ろし、かつての競馬場を俯瞰すると、かつて私が訪れた上山競馬場とほとんど変わっていない印象を受ける。バックストレッチ後方の山の形や、3コーナーの彼方に広がる山形の街並みを見た途端、10数年前の記憶が突然よみがえった。眼下のコースを駆け抜ける蹄音まで聞こえたような気さえする。

Kamino10

が、実際にコースに目をやると、そこには雑草が生い茂っており、内ラチもなく、大型スクリーンに映し出されている勝負服は、まごうことなき的場文男のそれであり、そのパドックは見馴れた船橋競馬場のそれであった。

Kamino11

かつての厩舎地区だったあたりでは、大型の作業車が大儀そうに土砂を運んでいる。医薬品メーカー『東和薬品』の山形工場が、この競馬場跡地に移転することが決まったと発表されたのは、先月7日のこと。上山市は競馬場跡地を『蔵王フロンティア工業団地(仮称)』として企業誘致を進めており、進出が決まったのは同社が初めてということである。

もともと、上山競馬廃止時に当時の市長が示したビジョンでは、跡地は多目的公園整備用地とし、乗馬公園など馬事に関連した施設を作るとしていた。ところが、山形市との合併話が土壇場で立ち消えになった上山市の財政は逼迫しており、市民の間からも公園ではなく民間活用を求める声が上がり始めていたという事情もある。

今回、工場移転が決定したのは、本場馬跡地のうち東側の約3万3千平方m。これは敷地全体の1/3に過ぎず、残る2/3についても引き続き企業誘致を進めていくという。実際、市の企業誘致推進室の担当者はさらに数社から打診があることを明かしており、敷地のみならずかつての厩舎地区も含め競馬場の跡地はほとんど姿を消すことになる。残るのは  残されるとすれば  スタンドと駐車場のみ。ちなみに土地の分譲価格は28,930円/1平方mで、リース契約なら同550円だという。

2レースほど馬券を買ったが、どちらも1&3着という結果。もちろん馬連。これは流れを変えねばなるまいと、スタンドを降りて、まもなく姿を消すであろうコース跡の上を歩いてみた。

Kamino12

かつての4コーナー出口付近からホームストレッチを望む。しかし、意外なほどゴールは遠く感じられた。

10数年前に私が訪れた時は、直線の短さに呆れた覚えがある。が、実際に歩いてみるとこんなにも遠いのかと実感する。

長いことハロー掛けがなされていないらしく(当たり前だ)、ダートの表面は硬くなっているが、一歩足を踏み入れるとそのままズボっと足首くらいまで潜ってしまう。かつては、この砂の上をブライアンズロマンやカガリスキーといった名馬たちが駆けていたわけだ。そんなことを考えつつ、一歩一歩有り難みを噛み締めるようにダートコースを歩いた。

3~4コーナー中間付近からスタンドを見上げる。

Kamino13

このスタンドが毎日のように満員となり、一日の売上げが5億円を越えていたのはそう遠い昔の話ではない。

私が初めて上山を訪れた1991年。この年の年間売上げは、今となっては驚愕の293億円。もうひとつのシンボルである温泉からの税収も町を潤し、「全国屈指の裕福な町」として他の自治体から羨望の眼差しで見られていたのは僅か10数年前の話である。当時を知る元・調教師は「客が入りすぎて、上山から山形への国道が大渋滞。普段なら15分程度の道が2時間もかかった」と当時を振り返る。

内馬場にある公園も、レースコースと同じく工場建設用地として消える運命にある。パークゴルフのようなゲームに興じていた老人に話を聞いてみた。

Kamino14_2

「道路とか下水道とか保育園とか。競馬が市民に与えてくれたものは多い。みんな感謝している」

「昔はここで花火が上がっていた。懐かしい。」

「この公園も無くなるのか。子供たちも遊びにきていた思い出の場所なのに」

Kamino16_2競馬は確かにギャンブルだが、それを白眼視していた市民は少ない。そして、競馬が無くなってしまったことに寂しさを感じ、さらに競馬場の跡地が工場にされてしまうことに寂しさを覚える人も、決してゼロではない。

Kamino15内馬場への地下通路には、競馬場見学に訪れた小学生の作品とおぼしき絵が掲示されている。あまりに悲しい光景に「悲しさ、あるいは虚しさを演出するために、誰かがわざとこうした絵を残しているのだろうか?」と考えたくなるほど。Kamino17

もしそうだとするならば、その意図は十分過ぎるほど目的を達成していると言わざるを得ない。ひとつひとつの絵に添えられた子供たちのメッセージを読むうち、不覚にも涙をこらえきれなくなった。それほどにこの地下通路は、圧倒的なほどの寂寥感に支配されていたのである。

(明日付に続く)

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2007年10月25日 (木)

【上山は今①】静寂と熱狂のコントラスト

一昨日のハナシの続き。10月23日、廃止から4年が経過した旧上山競馬場(現「ニュートラックかみのやま」)を訪れた。

Kuroge福島から”つばさ”に乗り込み、米沢で普通列車に乗り換える。3日前の福島駅では競走馬の出迎えを受けたが、米沢駅ではこんな黒毛ちゃんの出迎えを受ける。(※10月22日付「非開催日の福島競馬場で」参照) 

 

Bento_2米沢駅名物だという駅弁を食べながら列車に揺られることさらに30分。茂吉記念館前駅に到着。ちなみに、この『牛串弁当』(¥1000)のパッケージには、いわゆるサイコロステーキの写真が使われているのだが、実際はモツ煮風の味付けで牛肉のブロックを煮た代物。旨くないということもないが、弁当会社のホームページ(※松川弁当店)でも「焼き上げた」と謳っているだけに若干問題ありそうな気がする。どうなんでしょう?

閑話休題。 

Ekiこちらがかつての上山競馬場、現『ニュートラックかみのやま』の最寄り駅・茂吉記念館前でござる。

 

  

 

Kamino13両編成の列車を降りたのは私ひとり。ゆるやかな坂道を10分ほど歩くと旧競馬場の入場門にたどり着く。 

 

 

Kamino2_3場外発売専用施設に姿を変えた現在では、スタンドエリアは駐車場として開放されており、1Fからはにズラリと並んだ車のボンネット越しに大型スクリーンを眺めることになる。

 

Kamino3_2ただし、スタンド1・2F部分は事実上“閉鎖”されているので、たまに車の出入りがある以外に人の気配を感じることはない。警備のおじさんが巡回する足首が響く程度。大型スクリーンが映し出すパドック中継に音声はない。そこかしこから聞こえてくる虫の声が静寂をよりいっそう際立たせている。

Kamino4

コースはまだ原形を留めており、ハロン標識やゴール板もそのまま残されている。雑草の生命力というのはあなどれないもので、ダートであっても、ちゃんと草は根付く。若干草丈は長いが、このまま“芝コース”としても通用しそうな気配。

Kamino5スタンド1Fコインロッカーのわきにはペット用のゲージが。犬でも連れて競馬場に来る人がいたんだろか?

ロッカーは絶望的に錆付いており、100円入れても鍵が回転しない箱がいくつもあった。今では利用する客などいないのだろう。

 

現『ニュートラックかみのやま』としての発券窓口はスタンド3F、かつての特観席エリアに限られている。

階段を上がると、1Fスタンドの静寂が嘘のような大盛況ぶり。

Kamino6_2昨日付でも書いたが利用客は増えている。客単価の落ち込みが問題なのだ。客層はほとんどが50歳以上のシニア世代。とはいえ、熱気だけならむしろ若い連中に負けておらず、ゴール前の絶叫を聞けば、ここに馬がいないことを忘れるほど。

私の後ろに立つオジサンは、ゴール前の直線でずっと「ハジマ!はじま!差せぇ!ハジマ!!」と連呼し続け、「はて?ハジマなんて騎手がいたっけか?」と手元の新聞を確認したのだが、真島騎手も乗ってないし、他にそれらしきジョッキーの名前も見つからない。

いったい何なんだ?と怪訝に思ってたら、何のことはなく「8番!」と叫んでいたことが判明。こうしたローカリズム満載のお客さんは大事にしていかなけりゃならんですね。

クビほどはあろうかという1&2着の決着を、「どっがな~。やっぱ外だんべか」「いやいやわからんべ」「ハジマももうちょっどだっだが」と、周囲の客同士いつまでたっても盛り上がっている姿にも好感が持てる。競馬の楽しみ方というものをちゃんと知っている人たちなのだろう。

(明日付に続く)

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2007年10月24日 (水)

ポーカーアリス連勝!

今日は、旧上山競馬場のお話の続きをと思っておりましたが、おかげさまでポーカーアリスが船橋の転入初戦を見事勝利で飾ってくれましたので、その話題にさせていただきます。上山のハナシは明日たっぷりと。

~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

今回の福島・山形での仕事は、事実上、出張形式の“接待”にほかならず、先方にお願いするのは店の手配だけ。あとは相手が「参った」と言うまでひたすら飲んでもらうのが仕事だというのだから  自分で言うのもナンだけど  呆れたもんですよね。そんなこんなで、結局夕べもホテルに戻って来たのは午前2時過ぎ。しかも、部屋に戻ってシャワーを浴びてから、どういうわけか昨日NGだったばかりのインターネット接続に再トライしてしまい、貴重な睡眠時間をだいぶ無駄にしてしまった。う~む…、そんなに酔ってたのかな? 結果はもちろん繋がらずじまい。

それでも睡眠不足の体にステッキを入れて、午前6時前に起床。ダッシュで山形駅に向かい、11時の”つばさ”の予約を7時に変更してもらう。あぁ…、11時の列車なら、あと4時間も余計に眠れたわけだ。

新幹線の中ではひたすら爆睡!……するわけにもいかず、ノートパソコンを引っ張り出して、ひたすら今回の福島・山形の報告書を打つ。見た目はエリートビジネスマンみたいですね。でもキーボードを打つのに疲れる(飽きる)と、やおら本日船橋競馬3日目の『日刊競馬』を開いてしまうあたり、やはりエリートビジネスマンにはなれそうもない。

『日刊競馬』は昨日の『ニュートラックかみのやま』で購入したもの。予想者6人のうち4人がポーカーアリス本命◎で、残る2人が対抗○の評価。だからこその早起きである。他馬の成績を見ても負けるとは思えないが、そこは競馬。簡単にコトが運ぶとは限らない。転厩で体調に変動をきたす場合もあるし、ゲートの不安も消えたわけではない。

20071024porker1船橋競馬場に到着。

ポーカーアリスはすでにパドックを引かれていた。とりあえず撮る。すると、競馬場で彼女を見るのは初めてであることに気付く。ま、それほどの感動とか感激みたいなモノはないんですけど。

単勝オッズは1.3~1.6倍をいったりきたり。血統からも当然だろうが、小心者の馬主には逆にプレッシャーになる。馬主がプレッシャーを感じてどうするのかと言われれば答えに窮するが、それでもプレッシャーはプレッシャーなのだ。

20071024porker2でも、今回はスタートした瞬間「あ、勝ったかも」と思った。あまりにスムースなスタートだったし、外枠だった割にはハナに立つまでに無理を強いられることもなかった。だから、こないだのボンキュッボンの時とは違って、比較的余裕の観戦。向こう正面では、今撮ったばかりの1周目の写真の写り具合を確認をする余裕まであったりしてね。

ゴールでは心の中で小さくガッツポーズ。

20071024porker3 

 

  

 

 

 

20071024porker4引き揚げてくる内田博幸騎手には心の中で最敬礼。

 

そして、今月2度目の口取りでござる。人生初の口取りからまだ2週間も経っていないのに、また別の馬で口取りができるとは、こんな幸福なことがあっていいのだろうか。真面目に競馬をやっていればこんなイイこともあるのかな、と思わずにいられない。内田騎手から「(カメラマンの方を指さして) あれ? あっちじゃないの?」と言われたけど、ことこの馬に関しては、口取りを遠慮するわけにはいかないのです。

手前味噌だが、勝ちタイム1分43秒2は2歳牝馬としては出色の時計。9Rの2歳オープンによるナドアルシバ競馬場カップよりもコンマ8秒も早かった。勢い展望は広がる。

次は、来月の平和賞の予定だが、JRAの特指レースに地方馬の出走が認められるようになれば12日の赤松賞を使いたいですね。やはり芝での走りを一度見てみたい。

レース後、厩舎に行って馬の様子を見せてもらいたかったが、すぐに大手町まで行って今回の福島・山形の出張報告をしなければならず、後ろ髪を引かれる思いで南船橋駅へ走る。あとから聞いたところでは、馬はレース後も元気にしているとのこと。ひと安心。

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2007年10月23日 (火)

旧上山競馬場へ

ホテルのネット環境に不具合があるらしく、本日分は携帯から直接投稿します。普段より簡素で写真も掲載できないのですが、なにとぞご了承下さい。

夕べは遅くまで福島駅界隈で飲んで、寝たのは3時過ぎ。で、今朝の起床は7時前。キツ過ぎ……。

朝食を済ませてから、昨夜の仕事相手のところに行って挨拶と軽い事務的打ち合わせ。それが終わったら福島駅にとって返して山形新幹線“つばさ”に乗り込む。今日は山形に向かうのである。

とはいえ、山形入りは16時でよいと言われているので、このままでは4時間ほど早く着いてしまう。ホテルのチェックインにも早い時間でもあるし、果たしてどうしたらものかと悩みに悩んだ結果、米沢で普通列車に乗り換えて茂吉記念館前というなんともバス停チックな名前の無人駅で途中下車。旧上山競馬場の跡地に向かうことに。

ご存知のとおり、2003年に廃止された上山競馬場は、現在では『ニュートラックかみのやま』として岩手地区や南関東地区の場外発売施設として今でもスタンドが残されている。考えてみれば、これまで廃止になったあとの競馬場を訪れたことなどなかったし、昨夜の仕事相手から「上山競馬場の跡地に工場が建つらしいよ」というお話をいただいたこともある。工場が建つとなれば、少なくとも今も残されているというコースの跡は潰されるのだろうし、『ニュートラックかみのやま』自体の存続も微妙だという。場外発売施設となってからも赤字から抜け出せないでいるらしいのだ。

「競馬場なんか潰して場外発売施設にした方が儲かる」と考えていらっしゃる自治体関係者の皆さんには、よくよくご承知おきいただきたい事実だ。ただそれでも、赤字の額は競馬場経営の比ではないが……。

今日はここまで。上山の詳しい話は明日付で。

あ、あと、明日の船橋2Rにポーカーアリスが出ます。内田博幸騎手をお迎えしたので好勝負を期待したい。頑張れ。

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2007年10月22日 (月)

非開催日の福島競馬場で

昨日付でも書いた通り、1時間半余り新幹線に揺られて福島までやってきた。深まりゆく秋の奥州路は、まさに観光のベストシーズンである。澄んだ秋の空気に吾妻小富士がきりりとそびえ立ち、市中を流れる阿武隈川のほとりのブナもほどよく色づいている。

が、競馬が開催されていない月曜では、秋の福島にやって来た意味などないではないか。…なんて書いたら、福島県観光協会の方からクレームが来そうだな。まあ、とにかく昨日来れなかったことが悔しいということです。

別に福島民友カップを見逃して悔しいとかいうわけではないし、サープラスシンガーのファンということもない。ただこの夏はローカル開催の競馬場に一度も行けなかったので、身体がローカルの匂いを欲しているのかもしれない。

200710221747000そんなわけで、予定の新幹線を2時間ほど早めてやってきたら、福島駅でこんなお馬さんのお出迎えを受けました。「福島競馬開催中」とあるけど   何度も言うけど  今日はやってません。

早く来たのは、決して今回の仕事にかける意気込みなんかではなくて、福島競馬場で場外発売されている盛岡競馬の馬券を仕込もうと考えたからである。盛岡の馬券売上に貢献しつつ、福島競馬場の“匂い”を感じることができよう。一石二鳥である。

盛岡は7Rが終わったところ。モニタで見る限り盛岡は雨の様子。なんとも寒々しそうで気の毒である。

先週も触れたように、岩手県競馬が今年度に収支均衡を達成できる可能性はかなり低い。これから冬場の開催に向かえば、売れ行きはさらに鈍る。無策を貫く主催者には一言も二言もあるが(先週書いた程度ではとても足りない)、後で後悔しないためにも今我々にできることを確実に遂行することも忘れてはならない。

「我々にできること」とはなにか?

言うまでもなく馬券を買うこと。これに尽きる。

盛岡8Rはオクトーバーカップ。「獲得賞金は全額寄付」で話題になったタイガーマスクが移籍緒戦を迎えている。単勝は2.1倍の1番人気。この複勝を1万円購入したら、そしたら見事な逃げ切り。…というより2着馬を3秒以上突き放したのだから2倍の単勝オッズは美味しいよ。で、当然複勝は100円元返しなんだろな、と思ったら140円もついた。このあたりのサジ加減は難しいですな。

雨がやまず、馬場がどんどん悪くなるようなので、逃げ馬がよかろうと続く9Rはグリーンヒルオトメという馬に8Rの払戻金全額を突っ込んだら、これが2番人気で3着に踏ん張った。「2番人気だし、1番人気が飛んだし、こりゃ150円くらいつくか?」と色めいたら、これが元返しなんですよ。ホント難しい。

ハデに騒いだ割に儲けはたった4000円だが、売上貢献額は「2万」だから立派な額だ。2万寄付しようと思ったら利子を付けて返してくれたようなものである。ある程度満足して、市内のホテルにチェックイン。ホテルの部屋で今この文章を書いてます。これから嫌~な仕事が待っていると思うと、もうこのままベッドで寝てしまいたいのだけど、そうもいかないのだ。キツい…。

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2007年10月21日 (日)

社台ファーム秋GⅠ3連勝

実は、明日(月曜)に競馬とは全く無縁の仕事で福島に行く予定があったので、前日入りして福島民友カップを見てこようと  かなり  楽しみにしていたのだが、今日の午前中はヤボ用で自宅にいなくてはならないうえ、明日も朝イチで大手町に行かねばならないという。

万障繰り合わせてどうにかならぬかと、昨日から今日の昼前まで関係各方面と調整をしようと試みたのだが、土日とあって調整相手が捕まらない上、「競馬に行きたいから」という理由が理解できそうな相手でもなく断腸の思いで断念。福島で会う予定にしていた競馬関係者にお詫びして、ふてくされたまま自宅のTVで菊花賞を観ることに。

東京競馬場に行くという選択肢もあったが、重賞があるわけでもないし、もともと府中に行く予定ではなかったから個別に撮る予定の馬もいない…、なんて考え始めたら途端に面倒くさくなった。でも競馬場日和でしたよね。こんな日こそ競馬に行くべきなのだ。普通は。

ともあれ菊花賞は社台ファーム産のアサクサキングスが優勝。

Asakusa社台ファーム生産馬は今年7つ目のGⅠ(JpnⅠとシンガポール国際航空Cを含む)タイトル。何よりスプリンターズS、秋華賞に続く3連勝は凄い。しかも来週の天皇賞には横綱ダイワメジャーがスタンバイしており、この勢いはまだしばらく続くかと思わせる。

一方のノーザンファームのモヤモヤは続く。スプリンターズSではアイルラヴァアゲインとキングストレイル、秋華賞ではベッラレイアを擁しながら社台ファームの後塵を拝したばかり。こうなれば、来週のアドマイヤムーンに掛ける期待は相当なものだろう。

このブログでは、半年ほど前に社台ファームの躍進とノーザンファームの退潮を指摘しているのだけど。(※4月16日付「馬主の目」)、今日の菊花賞のゴールシーンを見て、そんな思いがまた強くなった。

勝ち馬にわずかアタマだけ及ばなかった2着馬アルナスラインはノーザンファーム生産馬。さらに1馬身半ほど遅れた無敗の1番人気馬ロックドゥカンブの実質的なオーナーはノーザンファーム代表吉田勝己氏である(マル外は奥様の吉田和美名義で走らせている)。この2頭を抑えて自らの生産馬が最後の1冠を獲得したゴールシーンを、吉田照哉氏はどのように見ていたのだろうか。競馬ではいつも興奮するヒトだから、2着馬なんて目に入ってなかったかもしれないけど…。

4月に40勝ほどの差があったリーディングブリーダー争い。半年経ってその差は約50勝へと僅かながら増えている。今年の社台ファームの強さはホンモノだったと見るべきだろう。遅まきながら。

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2007年10月20日 (土)

ヨコテンの淀3000m

東京競馬場でござる。

富士Sも注目であることには違いないが、どちかと言えば目当ては4Rの新馬戦。先週の日曜もそうだったように、この時期は2歳の平場戦の需要がそれなりにある。今日は2歳の未勝利戦にしてもレベルの高い好メンバーのレースだった。

Wash4Rの注目はエビスオール。そう、8月2日付「夏休みは牧場で過ごそう」に登場したキャットシーフの牝馬ちゃんですね。あの日、洗い場ではオテンバな姿を見せていた彼女だが、パドックに現れたその姿は立派な競走馬そのもの。僅か2ヶ月あまりで、馬とはこんなにも変わってしまうものなのかと、感心することしきり。

ところが、いざレースに行ったら、やっぱ難しいところが顔をのぞかせてしまった。ホント馬はコロコロ変わる。とにかくモノ見が激しくて、一度もハミを取らなかったというから、それじゃブービーも仕方ないけど、馬券を買っている方はたまらんですよ。こういうのを見ると“馬券予想”なんて行為はハナから無理なんじゃなかろか?なんて脱力感に苛まるが、それでも明日の菊花賞の予想をしてみる。

いつもなら「忙しくて馬券なんか考えている暇もない」と嘆くところが、今日に限ってはこのあと9Rまで撮る馬もレースもない。忙しいのはたいへんだが、こんな風に暇なのも当然困る。時間を潰すため、いったん場外に出て『いつみや』で“ダブルワンタン麺”を注文し、ゆっくりと予想に興じた。

が、こと菊花賞に限って言えば、毎年買う馬は決まっていて、すなわちそれはヨコテン(横山典弘騎手)が乗る馬である。

京都の芝コースを使う3000m以上のレースといえば、この菊花賞の他に春の天皇賞やオープン特別の万葉Sなどいくつかあるが、横山典弘騎手の京都芝3000及び3200mの成績というのが、他の騎手に比べて突出しているのだ。

Noriこれは一部の競馬ファンには良く知られた事実だが、過去10年間に横山典弘騎手が京都の3000~3200m戦で手綱を取ったのはのべ15レースでその騎乗成績は(3,6,2,4)。連対率6割、複勝率も7割をゆうに超えている。4度の着外も4着と5着が1回づつ含まれており、掲示板を外したのは2回のみ。複勝での回収率は実に279%にも達する。

夏のローカルで古馬相手に1000万条件を勝ち上がり、トライアルでちょこっと負けて人気を落とすのは、先週の秋華賞のレインダンスと同じパターン。父メジロマックイーンのためにも勝って欲しいと思っているのは私だけではないだろう。それはすなわちメジロアサマやメジロティターンのためでもある。世界中でもほとんど消えかけているのに、なぜか日本だけに奇跡的に残されたトゥルビヨンの父系は、こういう場面で奇跡的な活力を沸き上がらせることで、どうにか生きながらえてきた。

トウカイテイオー然り、メジロマックイーンもまた然り。

「来春の天皇賞では父子4代制覇の偉業を!」そんな期待を込めての本命である。

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2007年10月19日 (金)

”収支均衡”を棄てた岩手

昨日の続き。

収支均衡が事業存続の条件となっている岩手競馬の存廃判断時期について、達増知事は県議会で、12月末までに判断する意向を示した。

県は、存廃を判断する際の数値について「年末までの数字をベースに、来年3月末までの収支見通しを踏まえたい」と説明したが、岩手県競馬をここまで窮地においやったのは”収支見通し”の甘さそのものであり、それを承知の上で「”収支見通し”を判定基準に用いる」という姿勢には疑問が残る。存続条件は「年度途中でも赤字が出たら即廃止」ではなかったのか? これでは、納税者でありかつ競馬が吐き出す赤字の負担を強いられている岩手県民に対して説明ができまい。

半年前、土壇場で存続を勝ち取って、意を決して臨んだはずの2007年度シーズンだが、売り上げの低迷傾向に歯止めがかかるどころか、半年も経たないうちに既に2回も収支計画を下方修正。結果4億9500万円のコスト削減を強いられ、知事は今議会で「見通しが甘かったといわざるを得ない」と答弁している。

さらにここへ来て、来月の開催に2日間の開催日程を追加すると共に、来年3月末に5日間の特別開催を実施し、計7日間の開催を追加すると発表した。

開催を追加したところで赤字が減ることなど有り得ない。そんなことは素人でも分かる。では、なんでそんな無駄なことをするのか。収支均衡が絶望的となったからには、せめて売上げだけでも計画値に近づけたいという目論見なのだろう。「収支は赤字でしたけど、売上は計画値をクリアしました」という”言い訳”欲しさの開催追加だということはミエミエだ。

実は「特別開催」は今年1月と3月にも実施されたが、この特別開催の売上げは悲惨な結果に終わり、売上げ面でもほとんど役には立たなかった。それを今年度も行うとは正直驚く。もはや万策尽き果てたのか。”負け”を少しでも先に延ばそうという、牛歩戦術にも似たシラケムードも漂う。

先月になって、ようやく県競馬改革のためのプロジェクトチームが発足したことは、既にこのブログでも触れた。

抜本的なコスト削減や全面的な民間委託、一場体制への移行など、改革の選択肢の方法などを本年度内に取りまとめるというが、事業存続の瀬戸際に立たされている現状からすれば、あまりに遅すぎる対応であり、まるで危機意識に欠けている。だいたいが、「プロジェクトチーム」のメンバーが県と盛岡、奥州両市の職員だけで構成されているというのは失笑モノだ。このメンバーで何かが解決できるようならば、それは既に実行に移されていなければおかしいのである。

県は「本年度の収支均衡を実現するには現時点で約2億円のコスト調整が必要」としているが、その内訳やコスト削減の限界ラインも明らかにしていない。実際2億円のコストを削減するには、各レースの賞金を現状の半分に減額する程度では足りず、そうだからこそ私はことあるごとにダートグレードレースは返上すべきと力説しているのである。マーキュリーC、クラスターC、そして南部杯の3レースの賞金総額を合計すると2億円になるのだ。

4月から10月8日までの売上げ総額は158億100万円で、対計画比92.7%。この「計画比」にしても、2度の下方修正をくぐったあとであるから、4月時点の「計画」がいかに無謀だったか承知いただけるだろう。それを承認した人も人である。

今月10日に開かれた岩手県議会において、「コスト削減の限界ラインを明確に示せ」との求めに対し、千葉英寛・競馬組合副管理者は「収支計画をまた下方修正せざるを得ないが、関係者がどうしても削減できないと言えば、収支均衡を達成することはできない」と、まるで他人事のような答弁に終始した。何度も言うが、岩手競馬は収支均衡を条件に存続を許されているのである。

(この項終わり)

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2007年10月18日 (木)

変わらぬ依存体質

8日に行われたマイルチャンピオンシップ南部杯をもって今年度の岩手地区でのダートグレード競走は終了した。ご存じの通り、馬インフルエンザの余波でダービーグランプリがローカル重賞に変更されたので、マーキュリーC、クラスターC、そして今回の南部杯の3鞍が行なわれたことになる。この3つのダートグレード競走の結果を踏まえつつ、廃止の瀬戸際に立たされる岩手県競馬の現状について可能な限り整理してみたい。

~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

今年のダートグレード競走3鞍の売上げと賞金総額(本賞金のみ)は以下の通りだった。

 ・マーキュリーC 162,756,900円 5100万円
 ・クラスターC 192,737,000円 5100万円
 ・南部杯 276,337,800円 1億200万円

何度も書いていることだが、ごく大雑把に言って馬券売上げ金額の75%は払い戻しに充当されるわけだから、残る25%が主催者側の原資となる。そこから、賞金、人件費、光熱費、宣伝活動費、などの諸経費を差し引いた額が「収支」ということになるのだが、上記の数字をご覧頂ければ分かるように、いずれのレースにおいても賞金すら捻出できていないことが分かる。

ところで、このテの指摘をすると「ダートグレードレース以外のレースを買う客が増える効果を無視している」という意見を必ず頂くのだが、実際、メインレース以外の売上げは他開催日とさほど変わらない。増えるケースもあれば、逆に減るケースもある。ダートグレード競走の売上げは他場との相互発売に頼る部分が大きいので、このような結果になるのだろう。実際、8日の南部杯が行われた盛岡競馬場でも、盛岡の他のレースを買う客よりも、JRA東京・京都の場外発売窓口に群がる客の方が圧倒的に多かったという。

Moriokaもっとも悲惨を極めたのはその南部杯で、賞金を出した時点で3291万余の赤字。実際にはJRAから賞金補助を受けているので赤字収支にはなっていないが、「地元岩手所属馬は3年連続で掲示板を逃して賞金を受け取ることができていないのだから補助は当然」と半ば開き直る関係者もいる。

さらにここへきて、JRA以外からのカネもアテにしはじめたのか、唐突に「オッズパークグランプリ2007」なるレースの構想が発表された。我々にとっても寝耳に水である。

11月12日に水沢競馬場で開かれる全国地方競馬交流競走で、1着賞金は岩手地区の地方限定戦としては最高額となる1000万円。本賞金の総額は1500万前後になると見られ、そのほとんどをソフトバンク子会社のオッズパーク社を筆頭とした協賛企業が負担するという。岩手競馬の関係者は、「有名馬が来ればファンの関心が高まる。オッズパークなど全国からのさまざまな支援に感謝しながら、存続条件の収支均衡を図りたい」と話している。

私は、一般企業が賞金を負担すること自体を悪いことだとは思わない。競馬組合側が金を無心したとなれば言語道断だが、まさかそのようなことがあるとは思えず、宣伝効果と馬券売上げアップに伴う手数料収入の増加等を勘案して、ある程度の費用対効果が見込めると踏んだのであればオッズパーク社の経営判断として協力を歓迎すべきなのだろう。ただ、こうした費用援助が岩手競馬の収支評価の判定材料にされた場合、正当な判定が下されない恐れもある。スタリオンシリーズなども含め、「支援はあくまでも支援」と割り切ることができるかがポイントだ。多分できないと思うけど。

それにしても、「地方競馬最強決定戦」との謳い文句で実施されるこのレースが、その言葉通りのメンバーになるか。また、思うように売上げが伸びるかどうかは未知数と言わざるを得ない。

発表によると、オッズパークグランプリ2007競走の出走馬は12頭で、南関東や北海道、金沢、高知など全国の競馬主催者が推薦馬を選ぶ。来年以降は各地で持ち回り開催とするそうだ。第1回の開催地に水沢が選ばれたのは、経営再建が正念場にある岩手競馬の窮状を考えてのことだろう。

Furioただし、このレースが行われる2週間前には大井でJBCが行われることになっており、本当の”最強馬”はこちらに向かうのが自然だと思われる。また、南関東所属馬の出走枠も用意されているようだが、1000万円という1着賞金は、南関東でいえばSⅢ(最下級の重賞)レベルにも及ばず、ナイキアディライトやフリオーソといったA級馬が参戦するとはとても考えにくい。それを”地方最強馬決定戦”と喧伝して果たしてファンが納得するか。今回の企画は、むしろ岩手競馬の存続を目的とした急ごしらえの感が強い。

(明日付に続く)

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2007年10月17日 (水)

JBCに岩手からの登録なし

Sukiyaki_2昨日付のブログで「誰からも“誕生日おめでとう”メールが来やしねぇ!」みたいなことを書いたら、早速おふた方からメールを頂いてしまいました。しかもそのうちのおひとりは馬主様。なんか恐縮です。ありがとうございます。

さらに、夕べ帰宅したらスキヤキの支度なんかもされていたりして、「けっこういい誕生日だったじゃん」と今では思っております。また来年ですね。

さて、そんな誕生日翌日スポーツ新聞各紙には、亀田問題の陰に隠れるようにひっそりとJBC出走予定馬が掲載されていた。JRA枠5頭は日曜に発表済みということなので、ここは残る地方所属馬の発表ということになる。(※NARサイト「第7回JBCの出走予定馬が決定!」)

Anpa想定されていたこととはいえ、『地方競馬の祭典』と呼ぶにはやや寂しいメンバーになってしまった感は否めない。アンパサンド(※写真)とトップサバトンのクラシック馬2頭の復帰のメドは立たず、アジュディミツオーは東京大賞典に間に合うかどうかといったところ。シーチャリオットはJRA転厩が決まり既に旅立っている。そうなればフリオーソに注目が集まるのも当然だが、休み明け、かつ初の古馬相手のレースだけに過度な期待は慎みたい。

ところで、相変わらず東海地区の馬が大挙登録してきたのはいいとして、逆に岩手地区からの登録がゼロだったのはどういった事情によるものか?

Silentexcel南部杯でJRA勢に辛酸をなめさせられたばかりで、「もう交流競走はコリゴリ」と尻尾を巻いてしまったなんてことはないだろうけど、テンショウボスやサイレントエクセルあたりはせめて登録くらいしてほしかった。

 

やはりアレですかね? 地元戦に専念して少しでも馬券売上に貢献しなければならないみたいな“空気”が漂ってるんだろうか?

10月29日を持って今年の盛岡開催は幕を閉じる。少しでも盛岡開催の印象を良くして終わらせるべく、最終日のメイン赤松杯(オープン・ダート2000m)のメンバーを豪華にすることで、馬券売上げを少しでも伸ばそう!という方向で、岩手競馬に関わるものすべてが一致団結して行動していたりするのかもしれない。……なんて、これはあまりに深読みだろうか。

新設レースの『オッズパークグランプリ2007』(11/12水沢)を優先したと見る向きも無くはないが、JBCからは中11日の間隔があり、普通ならキツいと思えるものの岩手では決して珍しくはないローテだけに、やはり気になるところである。

『オッズパークグランプリ2007』については、明日付けでまた。

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2007年10月16日 (火)

誕生日の天ぷら

ヒトと会うため昼前に銀座へ。

Ebiオープンしたばかりの『有楽町イトシア』で食事でもと思ったが、許容を超えた混雑ぶりに断念。そもそも、さしたる店が入ってないらしいから諦めも早い。となれば久々に『天龍』の餃子という選択肢もあったが「今日は贅沢をしてやるぞ!」と心に決めてきたので、6丁目まで歩いて『あさぎ』の天ぷらをいただく。

Anagoなぜ贅沢をするのかというと、秋華賞を的中したから……ではなくて今日が私の誕生日だからです。去年のブログでも書いたと思うが、この年になると「自らの誕生日をいかにしてささやかに祝うか?」というテーマについてアレコレ考えさせられるようになる。そんな悩みに対する今年の答えが『あさぎ』の天ぷらだということだ。一人前5000円。高いと感じる方も多かろうが、年に一度の誕生日くらい許して欲しい。むろん相応の旨さである。

会った人は海外競馬ツアーのプロデュースのような仕事をされている方。別に、私の誕生日を祝ってくれたわけではなく、たまたまメールが来て「じゃあ昼飯でも」という具合に話が展開したに過ぎない。だから誕生日の話は一切無し。どうせそこから先に膨らむような話題でもないし。

彼に言わせれば、今年の海外競馬ツアー業界は厄年みたいなもので、凱旋門賞ツアーが盛り上がりに欠けたまま終わり、同様の理由で9月に予定していたフォア賞&ヴェルメイユ賞ツアーも中止の憂き目にあい、昨年のディープフィーバーの再現もあり得ると踏んでいたメルボルンカップツアーも企画段階で立ち消えになってしまったそうで、本当に気の毒である。去年が上手く行き過ぎた分、その反動も大きい。

Longchampその凱旋門賞に行ってきた別のカメラマンの話によれば、去年1万2千円で泊まれたホテルが、今年は1万5千円近くにまで高騰していたとか。このホテルは北駅近くにある2つ星クラスで、日本で言えば4000~5000円程度で泊まれるビジネスホテルレベル。私も97年に行ったが、その時は6000円弱だった。折からの物価高騰に加えてユーロ高が重なった格好だが、僅か10年で2.5倍とは凄い。

ホテル近くのカフェで取ったという朝食は、クロワッサンとカフェオレとオレンジジュースのセット。そこれで10ユーロ(1600円)だというからのけぞる。それでも、ホテルのレストランで食べればその倍取られるから、1600円でも安く感じられるようになるのだという。恐ろしいですね。

誕生日に話を戻す。

誕生日といっても、この歳になると別に嬉しいものでもなんでもなくて、自分で天ぷらを食べて祝う程度のイベントに過ぎない。朝、パソコンを開いたら「お誕生日おめでとうございます」というメールが2通も来ていて、あぁオレもまだまだ捨てたもんじゃないんだなぁ、なーんて不覚にもしみじみしてしまったのだが、メールの差出人を見れば「JAL」と「ANA」で、つまりマイレージクラブのシステムから機械的に発信されたメールだったんですね。本文には「お誕生日の記念に、ご旅行はいかがですか?」なんて書いてあって、思わず「行かねーよ!」とモニタ画面に向かって怒鳴ってしまった。

かように、誕生日とは年々ストレスの溜まる一日へと変化を遂げていくのである。

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2007年10月15日 (月)

ポーカーアリス便り

千葉県調教師会の公式サイト(http://www.funabashi-keiba.net/)内のブログを見ていたら、ポーカーアリスの調教試験の様子が紹介されていました。

 ブログはコチラ↓
 http://plaza.rakuten.co.jp/funabashikeiba/diary/200710130000/

Pokerariceおかげさまで評判が良かったようで、跨った庄司大輔騎手も「こんなにバネのある馬に乗ったのは初めてです」とコメントしてくれた。そこまで褒められると、逆に漠然とした不安もよぎってしまう小心者の私ではあるが、個人的に心配していたゲートが何の問題もなかった  むしろ良かった  ので、とにかく安堵しております。

出川龍一厩舎と言えば、同じく道営アタックチャレンジを勝ってから転入し、翌春の桜花賞までコマを進めたエミーズスマイルがいることでJRAファンにもお馴染みかもしれない。厩舎の大先輩と同じ道を歩んで欲しいと思ってやまないが、まずは来週の船橋でのレースで、どういう動きをしてくれるか注目したい。

その大先輩エミーズスマイルだが、本来なら9月の紫苑Sから秋華賞を目指す予定が、馬インフルの影響で地方馬の出走が認められず、それではと昨日の府中牝馬Sに矛先を変えて調整を進めてこられたが、それでも地方馬出走制限の解除が間に合わず、結局秋のJRA出走を断念せざるを得なかった。同じ船橋所属のネイティブハートも同じ悩みを抱えているが、まさかこんなことになるとは誰も想像できなかったのだから運が悪いと諦めるほか無いのだろうか。

ポーカーアリスにしても、クローバー賞、コスモス賞、岩手ジュニアグランプリといったレースを使えていれば…、という思いが無いわけではない。が、こうなったらこの3ヶ月の休養が馬にとってプラスだったと思うよう努める他はない。

昨日発表された天皇賞の予備登録馬にコスモバルクが含まれていたことから分かる通り、JRAは中央競馬指定交流競走について、27日以降の実施分より限定的に再開することを発表した。27日のスワンSにはネイティブハートの出走も叶う見通しである。よかったですね。

下級条件の交流競走である『特別指定競走』については、現段階で「少なくとも28日までは地方所属馬は出走できない」とのお達しが出ている。しかし、逆に言えば5回東京から解禁になる可能性が高いという示唆でもある。ポーカーアリスの第1希望は、昨年のエミーズスマイルと同じ赤松賞。果たして出走は叶うだろうか。馬主としては、やはり芝での走りを見てみたい。

そのエミーズスマイルは、府中牝馬Sへの出走が出来なくなったことで、地元戦を使うことになった。10/24の船橋11R・習志野市きらっと特別(OP・ダート1700m)である。久々のダート戦となるが、いずれにせよ注目の一戦だろう。ちなみに、ポーカーアリスの船橋初戦も、同じ日の9Rに行われるナドアルシバ競