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2007年9月30日 (日)

キーワードは「民間委託」

Cosumoある意味、スプリンターズSよりもこちらに注目していた競馬ファンは少なくなかったかもしれない。コスモバルクが出走した全国地方交流レース『OROカップ』。単勝110円の支持に応える4馬身差の圧勝は、国際GⅠホースの実力からすれば当然かもしれないが、天皇賞の注目が増えたことは間違いない。今日、競馬場でコスモバルクの走りをナマで見たファンは、天皇賞でもバルクに肩入れしたくなるだろう。

そんな盛岡の競馬ファンのうち、さらにコアなファンは本日行われたスプリンターズSのスズカフェニックスにも注目していたはずだ。高松宮記念を勝ち、今日のスプリンターズSで2番人気に推されスズカフェニックスは、岩手県遠野市の馬育成施設『遠野馬の里』で育成された”岩手育ち”の一頭だからである。

昨秋からのスズカフェニックスの活躍は、永く経営不振が続いていた「馬の里」を活気づけている。

同施設は、岩手競馬の競走馬育成を主な事業として遠野市が整備した施設だが、岩手競馬の経営不振の影響を受け経営難に陥っていた。そこで、厩舎から馬場まで屋根付きの連絡道を開設したり、屋根付き坂路コースを延長するなどした上で、施設そのものを民間に開放。3社の育成業者が参入に名乗りを上げ、うち1社がJRA関係者に活用を呼び掛けた。その呼び掛けに、栗東の橋田調教師が応じたわけだ。現在では年間約100頭がこの施設で育成されており、施設全体の経営状況は着実に上向いているという。

こう書けば、これが「民間の手法導入」の成功例であることは間違いないのだろうが、これに刺激されたのかどうか知らんが、今度は岩手競馬そのものを民間に任せられないか?という検討も始まっている。27日、岩手県と盛岡、奥州両市は、岩手競馬の抜本的な改革に向けて事務レベルのプロジェクトチームを発足させ、「競馬事業の全面民間委託」と「現状の盛岡・水沢の2場体勢の見直し」に動き出した。

とはいえ、関係者からは「なにを今さら」という疑問の声も上がっている。ある調教師は「こうしたことは既に検討しているものと思っていた。この春にあれだけ大騒ぎして、それから今日まで何をやってきたのか」と突き放す。「年度途中でも赤字なら廃止」という条件で存続を承認させたはずが、相変わらず売上げは計画値を下回り、依然として経営は赤字状態。しかし、今日現在も競馬は存続しており、そのことについて県からいっさいの説明がない現状に、「ルールが有名無実化している」と指摘する声も少なくない。

そもそも、民間委託の可能性を探るにしても、引き受け手探しは困難を極めることが確実だ。年間200億円以上の売上を管理しなければならない事業を引き受けることができる企業は限られる。果たして「馬の里」のように上手くいくかどうか。先行きは不透明といわざるを得ない。

ちなみに、遠野の馬ネタについては、私よりもっと詳しいカメラマンの方がいらして、そちらの方のブログなんかを参照していただきたいのだが、リンクの許可などを頂いておりませんので、また次の機会にでも。

ところで、ここまで書いた以上、今日のスズカフェニックスの結果は残念としか言いようがない。さらに、武豊騎手の「馬の状態に問題があった」というレース後のコメントにも  プロとして本当にそう感じたのだろうけど  、何とも釈然としない思いが残った。私はスズカフェニックスの馬券を買っていないが、買ってた人はおそらくもっと釈然としないだろうと思う。

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2007年9月29日 (土)

船橋で時間を潰すには

なんと中山競馬場に来ているのである。

宝塚記念以来、まる3ヶ月ぶりのJRA競馬場は宝塚記念と同じく雨模様。その宝塚の前にJRA競馬場を訪れたのは、エプソムCの東京競馬場で、その日もたしか雨だったと思う。そうなんです。もう、どうにもならん雨男なんです。申し訳ない。

久々の競馬場では、周囲の人の流れに乗るにもひと呼吸必要で、その場の空気に自分の身体を馴染ませるまでに、けっこうな労力を要した。来週の毎日王冠に出走予定のダイワメジャーの気持ちが少しだけわかったような気にもなる。これからは、休み明けの馬には、もっと優しい眼差しを向けなければなるまい。

Sotobo_s久しぶりに会った馬主や調教師に挨拶し、広報で面倒な手続きを済ませ、馴染みのコーヒーショップに顔を出したあたりで、ようやく感覚が戻ってきた。あとは淡々とレースを撮る。撮ること自体はなんの問題もないが、この3ヶ月の間、大井や川崎や船橋ばかりで撮っていたので、つい4角先頭の馬に狙いを定めている自分にハタと気付いた。

いやぁ、そこはさすがJRAさん! ゴール直前でズバズバ差してきますね。

今日の芙蓉Sは内から、外房Sでは外から、それぞれ伏兵馬が飛んできて人気馬が差されるという展開だったが、どうにかどちらも対応できた。それでも、明日のスプリンターズSは要注意。何年か前、ビリーヴに気を取られて、大外のデュランダルに”振り遅れた”という苦い経験もあることだし。

500sho_2そういや、今日は北村宏司騎手が通算500勝を達成するという出来事もありました。同期の二本柳壮騎手を応援する立場の人間としては、心の底から言うのは難しいけど、ともあれおめでとうございます。

 

私にしては珍しく最終レースも撮って、さらに明日のスプリンターズSの馬券まで仕込んで引き上げる。JRAの馬券を買うのも2ヶ月半振りだ。その2ヶ月半前に買った馬券で良い思いをさせてもらったサンアディユを含む牝馬4頭のBOXを少々購入。

いつもは誰よりも早く競馬場を後にする私が、なぜこんなダラダラと競馬場に居残っているのか。

それは、ディズニーランドで遊んでいる家族を迎えに行かなければならないからです。その予定時刻、なんと21時!

今16時30分だから、あと4時間半も時間を潰さなければならないのだ。船橋競馬場でナイターでもやってくんないだろうか、と真剣に考えたりもする。

幕張まで足を伸ばして千葉ロッテマリーンズのナイトゲームを観戦することも考えたが、今日の対戦相手が北海道日本ハムファイターズで、しかも今夜の試合で日ハムの優勝が決まって胴上げがあるかもしれないと気付き、さすがに断念。別にどちらのチームのファンでもないわけだし、そんなハイテンションの渦に巻き込まれたくもない。

仕方なく  なんて書いたら失礼だが  『ららぽーと』へ行こうとするが、あまりに烈しい「ららぽー渋滞」を目の当たりにしてこれも断念。いやぁ、ららぽー。”オニアツ”とは聞いていたが、ここまで凄いか(笑)

結局、舞浜駅近くの路上にクルマを停めて、クルマのラジオでロッテvs日ハム戦を聞きつつ、昨日付けで「読む時間が無い」と書いた『乗馬の歴史』のページをめくることに。日ハムのパリーグ連覇は、私にとって実に微妙な思い出と共に刻まれることになった。

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2007年9月28日 (金)

秋の夜長は

9月最後のウイークデーということで、ぼちぼち衣替えの準備に取りかかってらっしゃる方も多かろうと思う。クールビズも今日までという会社が多いらしく、来週からネクタイを締めて会社に行かにゃならん…、とお嘆きの貴兄もいらっしゃることだろう。お見舞い申し上げます。

Yuuyakeしっかし、その割には暑い一日でしたね。「今年は秋がない」とも言われているが、10月に入ってもこのまま暑い日が続いて、ある日突然冬がやってくるのだろうか。人間よりも暑さ寒さに敏感な競走馬も、「今年の夏は長いな~」と感じているかもしれない。夏の勢いのままにサンアディユがGⅠまで登り詰めてしまうようなこともあるんでしょうかね?

さて、古来より  かどうかは知らんが  日本では「秋は読書のシーズン」として定着している。一方で、「SUMMER READING」という言葉が示すように、欧米では一般に夏が読書の季節とされており、彼の地の人間に言わせれば「だって、夏には長い休みもあるし、他にやることもなければ本を読むしかないじゃないか」とのこと。見識である。

夏に長い休みがあるのは日本とて変わりはないが、腰を据えて本を読むには日本の休みは短過ぎ、また、庭にデッキチェアを広げて読書を楽しむには日本の夏はあまりに暑過ぎる。日本において「読書は秋」という見識が広まるのも頷けるような気がする。

私とて例外ではなく、虫の鳴き声を聞きつつ、”ボウモア・シングルカスク”のオンザロックスを手元に置いて、本の頁を手繰りつつ秋の夜長を過ごしている。今、私が読みふけっているのは『週刊実話』…ではなくて、『乗馬の歴史 ~起源と馬術論の変遷~』(エティエンヌ・ソレル著/吉川晶造・鎌田博夫訳)というぶ厚い一冊。

Jobarekishi近所の図書館の端末から検索して、麻生区の図書館からわざわざ取り寄せてもらったのだが、まさかこんなに厚いとは思いもよらなかった。下の青い本は社台グループの繁殖牝馬名簿で、手前の黒い物体は私の携帯電話である。

とても2週間の貸出期間で読み通せる分量ではなく、また訳文があまりに”論文調”なこともあり、一向に頁が進まず難儀している。ただ、読み進める中には「へぇー」と唸らせられる箇所が随所にあり、「こうなったらういっそ購入してしまおうか」とまで考えさせられる一冊である。

Catalog_2と言っても、私の自宅には、買ったり借りたりしながら目次さえ開かれてない本が山積みになっており、さらに「HBAオータムセール」のカタログ  これもぶ厚いはず。サマーセールのカタログでも右の写真ほどあった  が間もなく届くことを考えると、これ以上本を増やすのも躊躇われるところではある。これは多くの人にご賛同いただけると思うが、溜まった本の整理というのは難しい問題ですよね。たまに実家に帰る度に、読み終えた本を2~3冊ずつ持っていって、コッソリ置いてきているのだけど、それも焼け石に水である。

私は今のマンションに引っ越してくるにあたり、それまで保存していた『優駿』『Gallop』『競馬ブック』『競馬報知』(『ファンファーレ』を含む)の類をすべて破棄した。『Gallop』の創刊号や、自分の写真が掲載された『優駿』くらいは取って置こうかとも思ったが、それをやり出すと結局は分量が減らないので、思い切って全部捨てた。未練は当然あったが、物理的に置き場所がないのだからやむを得ない。本とは生活を豊かにするものであるべきで、本が生活を阻害するようでは本末転倒である。

なんて偉そうなことを言いつつも、こないだ書店で『騎手伝』(野平祐二著)を見かけたら、ついふらふらと購入してしまったんですよね。以前にも同じ本を購入して、今では実家の本棚に眠っているものなのに、「売上げに協力しなきゃ」なんて思いにかられてついつい買ってしまったのである。「衝動買い」も甚だしいが、買ったからにはちゃんと読まなければ。…と言っても、読む時間が無い。読書に関する諸問題は、本の置き場だけに留まりませんね。

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2007年9月27日 (木)

船橋の馬主席

船橋でござる。重賞でもないけど。

いつもなら管理事務所の通用門をくぐって入場するのだけど、たまには遠回りもよかろうと正門から入場したところでハタと気付いた。

私は地方競馬の馬主資格を持っているが、その所属競馬場は「船橋競馬場」ということになっている。なのに私は船橋競馬場の馬主席に入ったことがないのだ。

Seatこれはいかん!  というほどのことでもないけど  とばかりに馬主席へ上がろうとするのだが、馬主受付がどこにあるのかさえ分からない始末。う~む…、やはりこんなことではイカン!

いろんな人に場所を尋ねてようやく受付を済ませたが、今度は馬主席に上がるエレベータの場所が分からない。あちこちウロウロしていたら、さきほどの馬主受付の脇に立っていた警備員さんが「こっちですよ」と手招きして教えてくれた。なんと、馬主受付の部屋の裏手にエレベーター入り口があったのですね。ハンドスタンプを見せて、エレベーター乗り場に立つと、女性係員が恭しくボタンを操作してエレベーターを呼んでくれる。なんだか、JRAの馬主席みたいだ。

Keshikiこれはさぞかし立派なシートが用意されているのであろうと期待に胸を膨らませて到着した馬主席は、なんのことはない、通常の特観席の一部を馬主用に確保しただけで、「ゴール板の真正面」という要素を除けば特に目を見張るようなエリアとは言い難い。そういう意味では、大井、川崎、浦和と比較しても特に代わり映えするものではない。馬主会費を支払っているわけではないので、ずうずうしいことは言えないが  少なくとも今日に限れば  ココならむしろ一般席で見る方を選ぶ。どうせ場内は空いているのだし、何より5Fからではコースが遠すぎて馬が見えない。

そんなわけで馬主席探訪は終了。2Fに降りて『ODDS ON』のテーブルに着き、GUINNESSを注文する。こちらの方がよほどゆっくりできますよ。人も少ないし、テーブルは広いし、なによりドラフトGUINNESSが飲めるのは有り難い。ハーフパイントで500円だから、街のレストランで飲むのとさほど変わらない。泡もとことんクリーミィで、注ぎ方も悪くはないようだ。GUINNESSはグラスへの注ぎ方次第で味がまるで変わってしまうから注意が必要である。

Guiness_2 GUINNESSのグラスを手元に置き、店内のテーブルのモニタを見ながら広げた競馬新聞を眺め、ちょっと席を立って窓口へ行き、馬券を手にして戻って来たらGUINNESSをまた一口飲む。船橋競馬場で長い時間を過ごすなら、馬主席に座っているよりも、こちらの方が遙かに楽しいと思う。もちろん、混雑時は他の客に配慮したいが、平日の非重賞開催日の13時以降ならば、そんな心配も無用だ。あとは馬券を的中させるのみである。

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2007年9月26日 (水)

ビックサイトで競馬を考える

Bigsite東京ビックサイトで開催中の国際印刷機資材展『IGAS』に来ております。最新のプルーフ出力装置やCTPなどの見本市で、内外550社が出展し、7日間でのべ10数万人が来場する一大イベント。ちなみに、このIGASの次に東京ビックサイトで開催されるイベントは『ビリーズブートキャンプ・ジャパンツアー2007』だそうです。そっちはどれくらい人が来るんだろか?

「IGASが競馬となんか関係があんのか?!」と思ったりするかもしれないが、ところがさにあらず。実は、競馬専門紙の関係者がけっこう来場しているんですよ。昨日付でも書いた通り、競馬専門紙も印刷システムを充実させて、美しい紙面を読者に提供できなければ、生き残ることが難しいご時世である。

Igas世界でも類を見ない『馬柱』という編集形態は、大量の情報をコンパクトにレイアウトできるという点において非常に優れた手法だが、極めて小さなフォントを多用するため、高度な印刷技術が不可欠である。従って、競馬専門紙の関係者は、より多くの情報を、より読みやすく競馬ファンに届けんがため、印刷技術の向上に日々精進しているのだ…。というのはいささかオーバーな表現だが、専門紙購入の際の際の判断基準として『読みやすさ』は常に上位にランクインしており、競馬専門紙各社が印刷精度に神経を遣っているというのは、あながち間違ってはいない。

ひと昔の競馬専門紙を持っている方は、最近の紙面と比較してみるといい。昔の紙面は、ガリ版刷りに毛が生えた程度にしか見えないはずだ。中には30年前の紙面と区別がつかないような専門紙もあるかもしれないが、「少しでもキレイな紙面を」という気持ちは、ずっと昔から変わらないわけで、昔は昔なりにやれる範囲で精一杯の努力をしていた。昔と現在の紙面品質の差は、それぞれの時代におけるテクノロジーの差に置き換えることができる。

Umabashira

鉛版時代のことは知らないが、私が学生の頃は「編集」とは、すなわちフィルムの切り貼り作業のことを指した。

馬柱や調教欄や厩舎コメントなどの“パーツ”を透明なフィルムにプリントして、それを紙面の上に並べていくのである。上手く収まらなければハサミで切ったり、挿し絵を置いたりと、とにかく疲れる作業で、むろん作業中のくしゃみは厳禁。置いたフィルムが微妙ズレるから、廊下を走るヤツには容赦ない怒声が飛んだ。「本紙予想」を背負うエース記者であろうと、TVの人気解説者であろうと、皆総出でこうした地味な作業を繰り広げていたのである。

「それを思えば、今はラク」なんて短絡的なコトは言いませんよ。コンピュータシステムの進化のお陰で、切り貼り作業はモニタ画面の中で行われるようになった。くしゃみでレイアウトが崩れることもないし、廊下を走って怒られるヤツも、もはやいないだろう。

しかし、利便性の上昇と引き替えに現場の人員は確実に減らされており、一人あたりの作業負荷はさほど変化していない。それに、ひとたびシステムに障害が発生すれば、真っ黒なモニタ画面の前で、人間の方もフリーズしてしまう。すべてが良い方向に進化しているとは言えなそうだ

刷れば刷るだけ売れたことから「カネを刷ってる」とまで言われた時代はとうに過ぎ去り、今は各専門紙とも生き残りをかけて凌ぎを削る時代である。何よりネット投票全盛の昨今では、新聞を見ることなくネット上に溢れる無料(タダ)の情報だけで馬券を購入するのが普通の時代になりつつある。ただ、私は専門紙の取材量、情報量は他のメディアとは比べモノにならないと思っている。それを生かす楽しみ方を多くの方に知ってもらいたいのだが…。

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2007年9月25日 (火)

システム障害と競馬専門紙

Dragon某競馬専門紙のカメラマンの方と会話してたら、なんとなく先日の神戸新聞社さんのシステムトラブルの話題になった。話のニュアンスとしては「あーゆーの、恐いよねぇ…」という感じ。

こちらの専門紙さんでは自前の組版システムと印刷システム(CTPや輪転機など)を持っており、JRAと南関東4場開催の年間365日発行をこなしている。細かく調べたわけではないが、専門紙業界の中ではかなり充実した設備であると思う。ひとくちに専門紙と言ってもその規模はさまざまで、「輪転機なんていちいち持ってないよ」というところも少なくない。

そもそも、輪転機などなくとも、印刷は委託しまえば済むことである。インターネットで紙面のデータをびょろろ~っと送ってしまえば、それでおしまい。あとは委託先が、印刷して、裁断して、折り込んで、梱包までしてくれる。それでも、組版システムの方は自前で持ってなきゃならんので、万一そのシステムが「動かん」なんてことになったりしたら、その日の新聞発行を諦める他はない。うん。確かに恐い。

とはいえ、競馬ファンにしてみれば、さほどの影響は無いのかもしれない。「競馬エイトが手に入らないなら今日は馬券は買わねぇ!」とか「競馬ブック以外の新聞は見方が分からない」なんてファンは  後者はヨコ組み・タテ組みの影響があるかもしれないけど  ごく少数だと思う。

Denma_2ちなみに在京の競馬専門紙各社は、システムトラブルや災害などで新聞発行ができなくなった場合に備えて、お互いの組版システムの互換性を高めている最中で、神戸新聞社と京都新聞社が結んでいた”協定”と同じような体制作りを急いでいるとのこと。こうしたことはどんどん進めていただきたい。でも、例えば『日刊競馬』の組版システムで『競馬ブック』を作るとしたら、馬柱はタテ組になるんだろか? タテ組の『ブック』なんて有り得ないですよね。見てみたい気もするけど。

いずれにせよ、少なくとも関東圏の競馬ファンの方は、ご安心ください。超巨大地震で首都圏が壊滅したりしない限り競馬専門紙は常に発行されます。あ、でも、『トータライザー』とか『太陽』とかは知りませんよ。あと『馬三郎』も別カテゴリね。

そんな細かい心配せんでも、東京が壊滅状態になったらさすがに競馬は中止だろうけど、少なくともシステムトラブル程度なら乗り越えられると思う。たぶん。

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2007年9月24日 (月)

競馬場に行って良かった

家を出ようかというタイミングで突然雨が降りだした。しかもけっこうな強さ。

私にしても、雨はまったく頭になかったので、これにはうろたえてしまった。船橋の秋の大一番・日本テレビ盃とはいえ、今年はダートグレードではなく、単なる南関東のローカル重賞。JRA所属馬は不在で1着賞金も1200万円に減額される。しかも、今回のメンバーDirtは、またまたナイキアディライトの独壇場となることがみえみえの、いわば“見慣れた”レースである。雨に打たれながら撮りに行くほどのレースだろうか?

とはいえ、最終に知人の馬も出ることだし、行かざるを得ない。渋々出かける。

1時間かけてたどり着いた船橋は曇り空。雨は落ちていない。

馬場に足を踏み入れると、けっこう深く重く感じる。こっちは雨は降らなかったのか?

あるいは単に私の身体の動きが重いだけか?

 

2007ntvいずれにせよ、この馬場では直線だけの競馬では苦しかろう。となれば、ますますナイキアディライトが勝つだろうとは思ったが、8馬身差とは…。

まだまだ若いモンには負けぬ、とでも言いたげなパフォーマンスは立派だが、やはり私などは他が頼りなく見えてしまって仕方ない。これでナイキアディライトが東京盃やJBCを勝つようなことになれば、また違った見方も出来るのだけど、いちファンとして見れば、そろそろナイキアディライトのハナを奪って、しかも勝ってしまうような馬の出現を願いたい。

Akushuでも、関係者として見れば嬉しいことに違いはないのでしょう。調教師と馬主がガッチリと握手。

先ほど書いた通り、最終レースのデザートレジーナを撮るため表彰式終了後も検量あたりをぶらぶら。川島調教師の共同インタビューをヨコ聞きしたりする。

Kawashimatraner_2川島調教師、嬉しそうです。

注目の次走について聞かれると「JBCスプリントかなぁ。でも馬主さんと相談してから」とのこと。「連闘で東京盃!」という外野(私)の期待は叶わぬ夢に終わる。

 

さて、私にとっては今日の“メイン”となる最終レースは、デザートレジーナが人気に応える形で、実にアッサリと勝利。手綱に若干の不安があったので、負けも十分あるぞと覚悟をしていたのだが、勝つ時とはこんなものか。

この馬の育成を手懸けた知人に、早速電話。

「嬉しい。ウチから競馬場にもどっていきなり連勝してくれると、ホント嬉しくなる」

Desert一頭の馬に関わる人が多いことは百も承知だけど、勝って嬉しいと思う度合いは、育成担当者も調教師も変わらないのでしょうね。いずれにせよ、雨でサボったりせず、ちゃんと競馬場に行って良かったとつくづく思い知らされた一日。

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2007年9月23日 (日)

神戸新聞=京都新聞?

神戸新聞杯を翌日に控えた22日。神戸市中央区の『神戸新聞社』は深刻な状況に陥っていたらしい。

神戸新聞社は、紙面制作システムの障害により、昨日付の夕刊(約25万6000部)の制作を京都新聞社に依頼して発行したことを明らかにした。紙面の大半は京都新聞社と同じ記事などを使い、題字や広告のほか、1面と社会面の記事の一部を神戸新聞のものに取りかえ、ページ数を通常の12ページから8ページに減らしたという。システム障害の復旧の見込みがたっていないことから、今日付の朝刊も京都新聞社が制作することになっている。(※asahi.com

このニュースを聞いて、すぐさま競馬、すなわち本日の神戸新聞杯に頭が切り替わるのが、競馬ファンの性(さが)というものである。つまり「今日の神戸新聞は、ほぼ京都新聞と同じ」と言われたら、今日の神戸新聞杯は京都新聞杯で1・2着したタスカータソルテとローズプレステージで決まりか? などと  実際に買う買わないは別として  考えてしまわないだろうか。そもそも、京都新聞杯の1・2着馬が、揃って神戸新聞杯に出走してきているというのも、何やら話が上手くデキ過ぎているような気もしなくはない。

Kobeま、実際にはそんなアホな馬券は買いませんよ。というより、私は今日も競馬には行けないので、馬券も買うことはない。これで”JRAの馬券買わない記録”がまた1週間伸びた。いつまで続くのか分からないが、とりあえずこれから名古屋なので、また今夜追記します。

 

~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

23時、帰宅しました。追記です。

Dream終わってみれば、「京都新聞」ではなく「朝日新聞」がキーワードでしたね。

レースの模様は見ていないので、これからTVKの中央競馬ダイジェスト見ますが、2着したアサクサキングスの方が本番で注目ではないですか? 馬券的な妙味も込みで。人気になるタイプではないすし。

神戸新聞社さんのシステムは無事復旧したそうで、おめでとうございます。明日はようやく競馬に行けますが、またまたJRA開催はありませんね。船橋・日本テレビ盃です。

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2007年9月22日 (土)

ファン不在の泥仕合

昨日の続き。帯広ばんえいで繰り広げられる泥仕合について。

Banba2新聞でも報じられているので、ご存じの方も多かろう。昨年までばんえい競馬を運営してきた帯広・旭川・岩見沢・北見の四市が、ばんえい競馬の調教師38人に総額3億5600万円を支払う補償金の分配方法をめぐり、調教師間の対立が激化しているのだ。

補償金の分配について、四市は、調教師ごとの管理頭数を基に算定することを決めたが、これに対し12人の調教師が「退厩届けを出さない調教師がおり、実際には存在していない馬を数に入れている可能性がある」と異議を唱えて報償金受取同意書の提出を拒否している。これに先だって反対派の調教師は、「出走頭数での算定」を求めて裁判所に民事調停を申し出たが不成立に終わり、もはや問題解決への糸口は掴めない状況だ。

泥沼化の原因は舵取り役の姿が見えないことだ。調教師側の調整役であるはずの服部義幸調騎会長は、先月23日に「事態の収拾ができない」として同会に辞任届を出した。しかし、後任選びが難航し、結局は周囲の強い要請を受け入れるかたちで、辞意表明の3日後には一転「続投」が決まっている。混乱の極小化が図られたことは歓迎すべきだが、この一件で調騎会の迷走ぶりの深刻さが露呈されることになった。

服部会長は昨年、旧ばんえい競馬存廃問題が浮上して以来、率先して存続への署名運動やファンサービスをしてきたいわば”功労者”である。服部会長自身も「ばんえいは自分の一生の仕事。辞任により、ばんえいが停滞してしまうことは避けたい」と問題解決に向けて前向きな姿勢を見せてはいるものの、実際には”静観”を決め込んだようで、もはや積極的な調整工作は行わないものと思われる。

そもそもこの「補償金」は、本年度からレース賞金が4割削減されたことで、収入が減少した調教師らへの生活支援が目的である。一部の厩舎では馬の飼い葉が支払えないなど、切迫した問題も出始めており、早急に配分方法を決めて四市から支給を受ける必要がある。

言うまでもないが、今回の泥仕合を傍から見つめる市民の目は冷たい。

補償金の総額は既に決まっており、これ以上全体のパイが広がる余地などないわけで、言ってしまえば身内同士の金の奪いである。「こんな時に、いったいなにをやっているのだ!?」というのが、多くのばんえいファンの率直な感想だ。大人げない争いがいつまでも続くようでは、手弁当でばんえいを支援する多くの市民に見放されかねない。もしそうなれば、まさしく”ばんえいの危機”である。

ファン不在の争いごとは、実は補償金だけに留まらない。

帯広の地元企業は、蹄鉄をかたどったチーズや、地元産の小豆をたっぷり使った「ばん馬焼き」(※今川焼。かつては北見競馬場の名物だった)など、ばんえい競馬にちなんだ新規の食品開発を進めているが、どういうわけかこうした新商品の販売は東京と札幌のみで行われる予定になっている。ばんえい競馬の振興が主目的の事業で開発した食品にもかかわらず、帯広競馬場を訪れたファンが、これらを購入することはできない。

問題の背景には、帯広競馬場に以前から出店している食堂や売店からの根強い反対がある。既得権を持つ既存業者は「我々も売上げが厳しい。これ以上、食品を扱う業者が新規参入したら我々が持たない」と持論を展開するが、その口調からは新商品や新しいサービスを展開するという意気込みは伝わってこない。こうした既存業者の多くは競馬場敷地の地権者でもある。ファンが離れて競馬場が無くなるようなことがあれば、もっとひどい状況に立たされることになる。あの騒動から一年も経たないのに、もう忘れてしまったのだろうか?

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2007年9月21日 (金)

草ばんばとばんえい競馬

廃止の瀬戸際から一転、『ばんえい十勝』として生まれ変わったばんえい競馬は、少なくとも話題性という観点では一躍全国区の存在にまで登り詰めた感がある。

とはいえ、もともと北海道や東北地方には「草ばんば」の伝統が残されており、今も自慢の愛馬を披露するために各地から愛好家が集まって白熱したレースが繰り広げられている。特に北海道においては重種馬の産地である道東地区において盛んに「ばんば大会」が行われており、中には50年以上の歴史を誇る大会もあるというから、なるほどこれは「文化」と胸を張るに相応しい。

Banba少なくとも、道東地区内の10の市町村において定期的な「ばんば大会」が開催されており、「帯広競馬場で見るのより迫力がある」と言い切るほどの熱心「草ばんば」ファンもいる。この「迫力の差」はおそらく観客と馬との距離が近いために生じるものであろう。

 

ところがその「10の市町村」のうち、釧路管内白糠町の「ばんば大会」が、48年間の歴史に幕を下ろすことになったというニュースが入ってきた。

白糠町の棚野孝夫町長の話によれば、農耕馬を飼育する農家が減り、出走馬を集めることが難しくなったことが最大の要因だとか。大型農機具への転換が進み、馬産地とはいえ道東地区でも農耕馬が激減したことがその背景にある。地元のみならず、札幌圏や道外にも熱心なファンがいたというから、たかが草競馬とはいえ、決して小さな話ではない。

残る9カ所は今後も開催を続けることになっているというが(※今年は馬インフルの影響で中止したところもある)、昨年のばんえい存廃論議の中で、存続派の一部は「ばんえいは世界に誇る北海道固有の文化」という”錦の御旗”を掲げて存続を訴えた。「草ばんば」といういわばマイナー部門で起きた出来事とはいえ、「馬が揃わなくて自然消滅」という今回のようなケースは、文化保存という観点から素通りできない問題にも思える。

一方で”メジャー”である帯広ばんえい競馬では、とても文化的とは言い難い争いが勃発しており、周囲の心配をよそに欲望丸出しの泥仕合が展開されている。

2月2日付の当ブログ「ばんえい再生への動き(1)」で書いたように、そのとき既に兆候は現れており、そのことについて強い危惧を私は抱いていた。つまり、昨日今日に始まった問題ではないということである。

そういう意味では、今日明日に解決できるような類の問題ではないのかもしれない。

(明日付に続く)

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2007年9月20日 (木)

話はトウケイニセイにまで

馬インフルエンザ感染問題でダートグレード競走から岩手所属馬限定レースに変更されたダービーグランプリだったが、その馬券売上は6689万5000円で、昨年の売り上げ2億1300万円を大きく下回った。

ただし、これをもって「売上げ大幅ダウン」と騒ぎたてる必要はない。

馬券の総売上のうち75%が払戻に充てられると仮定すると、25%が主催者の原資となる。そこから賞金や人件費、光熱費などの経費を差し引くことで「収支」が得られるわけだ。今年のダービーグランプリで言えば、原資は1672万円であったのに対し、賞金総額は900万だったので人件費、光熱費等を除いた大雑把な収支は「772万の黒字」ということになる。

ところが、2億1300万円を売り上げた去年の場合、原資5325万円に対して賞金総額は8500万円。人件費、光熱費等を除いた収支は3000万円以上の赤字だったのである。ダートグレード競走の賞金はJRAが半額を負担するというルールに救われて、主催者側の持ち出しという最悪の事態は回避されているが、それでも”自力で黒字”の方が褒められるに決まっている。

ところで、今年のダービーグランプリを勝ったハルサンヒコについては、エアスマップ産駒の初重賞ということで注目を集めたみたいだけど、なんとなく変わった馬名ということでも話題になっているみたいだ。実は、この馬の牝系一族には「××サンヒコ」という名のついた馬が多く、伯父には「ハルサンヒコー」(父トウショウイレブン)という微妙なニアピン馬名の一頭がいる。

このハルサンヒコー。実は意外なところで名を残しており、43戦39勝、岩手競馬史に敢然とその名を残すトウケイニセイの、デビューからの連勝を止めた馬なのである。

Toukei1992年11月22日。水沢競馬場。

デビュー以来18戦負け無しのトウケイニセイ(※写真)は、この日も圧倒的一番人気に推された。レースはトウケイニセイが楽に先手を奪って逃げる展開。この日もなんなく勝って、19連勝達成は目前と思われたが、なんとゴール直前で猛追したハルサンヒコーに差しきられるという大番狂わせが起きたのである。

こうしてトウケイニセイの連勝は一度は途絶えたが、その次のレースから再び連勝街道を走り続け、翌年のシアンモア記念まで11連勝を記録している。無為な仮説だが、もし1992年11月のレースでハルサンヒコーの差し脚が届いていなかったとしたら、怒濤の30連勝という大記録を達成していた可能性もなくはなかったわけだ。

そんなエピソードを思い出させる今年のダービーグランプリでした。

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2007年9月19日 (水)

東京盃はJpnⅡかSⅡか

トゥインクルレディー賞の大井に来ております。

私の競馬場行きを邪魔する編集担当者からの悪意に満ちた  なんてつもりは毛頭ないんだろうけど  携帯電話は、今日はかかってこない。雨の心配はなく、ようやく秋らしい陽気に恵まれて夜はグッと過ごしやすくなり、私の目の前では今まさに重賞レースが始まろうとしている。ささやかなコトではあるが、こういう“幸福感”は大事にしたいですね。

レース前の“カメラマン溜まり”では「ダーグラ行った?」とか「金沢も行く必要ないよねぇ」とか「●●さん(大井競馬場の職員さんの名前)、東京盃はどうすんのよ?」なんて会話が飛び交う。これはすなわち、

  • 岩手限定重賞のダービーグランプリをわざわざ撮りに行った奇特なカメラマンはいないよね。(※実際には1名いました。偉いですね)
  • ふんじやゃあ、やはり金沢限定重賞に格下げが決った白山大賞典に行くヤツなんかもいないよね。
  • 白山大賞典の一週間前に行われる東京盃について、ダートグレードでやるのかやんないのかの方針が発表されてないのは、おかしいんじゃないの?

ということです。

ダートグレード競走に出走するJRA選出馬は、原則としてレース開催日の2週前の月曜に発表されることになっており、本来なら一昨日には発表があるはずだった。しかし、大井からも、JRAからも、NARからも、いっさいの発表はなく、今日になって東京盃を通り越していきなり白山大賞典に関する発表があったもんだから前出のような会話になったわけだ。カメラマンだけでなく、多くのファンが気にしている問題だと思う。

これについて今現在の状況をかいつまんで書いておくと、

大井サイドとしてはダートグレードでやりたいのだが、監督官庁からの見解が出されていないので身動きできない状況。

という書き方が正しいのではないか。

なにせ相次ぐ大臣交代で意思決定機能がマヒしかけている農水省である。一足先に金沢の方が「やめる」と言い出したのも、時間的に間に合わないと判断したのだろう。方針決定がズレ込めばJRA所属馬は白山大賞典に見切りをつけて、早めに別の目標レースを設定しなければならない。金沢としては、たとえ最終的にダートグレードで実施できたとしても、馬券売上に貢献してくれる強いJRA所属馬が参戦してくれないことには意味がないわけだから、それならば深手を負わない程度にお茶を濁しておこうと考えたとしても不思議ではない。

とにかく、大井競馬場としてはダートグレードJpnⅡとして実施したいという強い意向を持っているので、おそらくJRAとの交流重賞として実施されることになるだろうと思う。保証できないけど。

トゥインクルレディー賞に話を戻す。

Chiyonoなんとレース発走2分前になって、真っ暗な夜空からポツポツと雨が落ちてきた。まったく雨は考えていなかったので面食らったが、どうにかレースは無事終了。4角を回って、真島大輔騎手のチヨノドラゴンが先頭に並びかけた時は、昨年(アウスレーゼ)の再現を夢見たが、外から別次元の脚でベルモントノーヴァが伸びて快勝。あの脚を繰り出されたらどうにもならん。

Tlady_2それにしても、向こう正面で後方に置かれた時は「用なしか?」なんて失礼なことを思ったりしたベルモントノーヴァだが、直線でハミを取ってからはキレが違った。このあとも活躍して、ぜひともラムタラの代表産駒と呼ばれるよう精進して欲しい。このあとは、JBC当日に行われるTCKディスタフ(SⅢ)に向かうとのこと。

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2007年9月18日 (火)

競馬は思うようにいかない

「実は結婚することになったんだ」

Gavialと、切り出されたのは昼飯を食べていた神田『ガヴィアル』の店内。話の相手は大学の同級生で今はNECに勤める友人。携帯電話に関する”業界話”を聞くために久々の再会を果たしたつもりだったが、私の想定とはまるで違う方向に話が展開し、気付いたら結婚披露宴の写真係も約束させられていた。

おめでたい話に文句を言うつもりなど毛頭ないが、なんとく妙なテンションで昼食を食べることになってしまったのはどういうわけか。40歳近くにもなると、同級生の結婚話も10年前とはまるで違って聞こえてくる。翻って自分の時はどうだったか。「SS産駒」が競馬場に出現していなかった時代の話だと書くと、どエラい大昔に聞こえますね。ま、いずれにせよ携帯に関する業界話は聞けず終い。

その後は大手町界隈にて携帯とPHSに関する調べモノとか、年金に関するちょっとした原稿書きとか、とにかく競馬とはまるで無縁の午後を過ごす。

私の中での”年金問題”が解決したのは18時過ぎ。大井競馬場に向かうべく慌てて荷物をまとめ、東京駅へと走り、改札をくぐり、ホームの階段を駆け上がって、山手線に乗り込もうとしたまさにその時、ポケットの携帯電話が鳴った。

「原稿の書き直し」だそうである。

だって、さっき「OK」つってもらって出て来たばっかりじゃん。あ~、もう最悪。

さほどの直しではなかったけど、なんだかんだで東京駅に戻ってきた時には19時近くになっており19:05発走の大井9Rにはとても間に合わない。もはや気持ちも切れてしまっている。人生は、かように思うようにはいかない。

実は今日の大井メインレースは11Rの「ながつき賞」(B3クラス・三組)なんだけど、本来は9Rのデイリースポーツ賞(A2クラス)がメインを張ることになっていた。ところが、そのデイリースポーツ賞の出走馬が6頭しか揃わず、こんな早くのレース番号に組み替えとなったわけだ。こんな珍しいことがなければ余裕で間に合ったわけだが、今にして思えば、そもそも最初の携帯への着信に「気づかなかったフリして電話に出ない」という手もなくはなかった。

そういう意味では、目当てだったモエレソーブラッズが1番人気で負けたことは不幸中の幸いか。

とにかくこのままでは収まりがつかないので、銀座の和酒バーに飲みに行くことにする。”ひやおろし”がたくさん入荷したという連絡をもらったのに、なかなか行けないでいたから、ちょうど良い機会である(負け惜しみ)。

そしたら、また携帯電話が鳴った。瞬時に「無視」の二文字が頭をよぎったが、発信者番号が浦河の育成牧場だったので一安心。笑顔で出る。

Tedorigawa期待の2歳馬ボンキュッボンが、先ほど帰厩するべく浦河を発ったという。順調なら次の川崎開催で復帰できそうだ。デビュー戦こそ不運な競馬を強いられて負けてしまったけど、スピードは上位なだけに次は必勝態勢だろう。電話ではポーカーアリスの現況などにも話が及んで、最後には「競馬って思うようにいかないよね」ってお互いに嘆いた。

石川の銘酒『手取川』の”ひやおろし”をチビチビやりながら、思うようにいかない競馬についてあれこれ思いを巡らす。シチュエーションからして何か良い考えが浮かびそうな気がするけど、もちろんそんなことにはならない。そもそも、自分は思うように競馬場にも行けない立場になってしまっているのだ。

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2007年9月17日 (月)

結果オーライかと思ったが

今日は朝っぱらから更新です。

今日の午後に行われるダートグレードJpnⅠレースのダービーグランプリは、岩手所属馬によるローカル重賞として行われる。だから今年は「ダートグレードJpnⅠレース」ではない。皆さん、もうご存じですよね。

馬インフルエンザの余波で、JRAはもとより、他地区所属の地方馬の参戦も不可能な状況とあっては仕方あるまい。ローカル重賞になったことでグレードは剥奪。4000万円を予定していた優勝賞金は一気に600万円にまで減額された。

MaruyoJRA所属馬であればエルムSにでも、あるいはセントライト記念にでも回ることができるが、他地区所属の地方馬の中には、いきなり大目標のレースが消えてしまって戸惑いを隠せない陣営もある。指定トライアルの黒潮盃で南関東の強豪を置き去りにし、ダービーグランプリの優先出走権を獲得した名古屋のマルヨフェニックスの関係者は、さぞかし落胆していることだろう。ちなみに南関東の3強(フリオーソ、アンパサント、トップサバトン)は、いずれもまだ休養を続けており、もともとダービーグランプリへの出走は考えていなかった模様。

Topsaba中でも羽田盃馬トップサバトンは、2歳時から休みなく使われ続けた影響からか、体調の快復には時間がかかる見通し。本来なら回避する予定だったジャパンダートダービーを様々な”大人の思惑”で使ってしまったことのツケは思いがけず大きかったようだ。年内に復帰できるかどうか…。そんな状況である。御神本騎手の問題といい、この馬について言えばちょっとツキに見離されつつあるような感も受ける。

”ダーグラ”に話を戻す。

再建の岐路に立ち続ける岩手競馬のために「すべてのダートグレード競走を返上すべし」と言い続けてきた私にしてみれば  経緯はどうあれ  今回の件は岩手競馬存続の一助にはなったと考えている。繰り返しになるが、JRA開催がある日にダートグレード競走をやったところで、JRAの3歳未勝利戦よりも売れないことは見えている。数千万の赤字を出さずに済んだ上、減額されたとはいえ賞金が岩手に落ちることが保証された。そう思えば、前向きになれないこともない。今回の条件変更(ダートグレード競走→岩手地区限定重賞)は結果オーライだったと思う。

ダービーグランプリと言えば、交流重賞の草分けである。「レースの伝統を守りたい」という関係者の気持ちは理解できるが、それにこだわって競馬そのものを失うようなことになっては話にならない。なにより今年の岩手競馬は「非常事態」なのである。

ちなみに1998年のダービーグランプリは大雪のため中止となり、年末の水沢開催で代替レース開スが開催された。ナリタホマレがウイングアローを差し切ったあのレースである。今年の場合でも、「時期を遅らせて開催する」という可能性が検討されたというが、最終的に主催者はそれをしなかった。馬移動に向けて出口が見えない状況だったということもあろうが、代替開催は「大ヤケド」の可能性が高く、「それなら日程変えずに地元だけで…」と考えたのなら正しい選択だと重う。

ただ、今日の盛岡は一日雨の予報なんですよね。今現在で盛岡地方には「大雨・洪水警報」が発令されており、JRや高速道路などの交通機関にも影響が出ている。「競馬どころではない」なんていう事態にまで発展してくれるなよと願うばかりだが、ダーグラは去年も雨に降られており、そういう意味ではなんとも不運で気の毒としか言いようがない。

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2007年9月16日 (日)

カンヅメ脱出!

ようやくカンヅメ状態は脱したが、なんだかんだで今日も競馬場には行けず、しかもセントライト記念では注目のロックドゥカンブが強い競馬で勝ったもんだから、もうフラストレーションはMAX。

今週は変則開催だから明日の月曜もJRA開催があるにはあるのだが、阪神と札幌ではおいそれと出掛けていくわけにもいかず、そもそも明日は大井初日なもんだから、自然とそっちに行くことになる。来週の土曜は大手町で一日がかりの別の用件があり、日曜はこれまたわけあって名古屋に行くことが決まっていて、つまりオールカマーもパスということになる。

困った。どうすりゃ良いんじゃ?

「全く競馬場に行かないで仕事はほっぽらかしか?」という質問を受けたので答えておくと、この間に受けたJRA関連の依頼はすべて別のカメラマンにスルーパスしてきた。もちろん、中間マージンを搾取するようなことなどできるはずもなく、一度流れた仕事はたいてい二度と戻ってくることはないので、つまりはひたすら仕事を失い続けることになっているのである。

困った。どうすりゃ良いんじゃ?

しかも最近では、若手・ベテランを問わずカメラマンが続々と競馬に見切りをつけて現場を離れている。いや~、カメラマン減りましたよ。JRA競馬場の最近の様子は分からないけど、南関東はずいぶんと顔ぶれが変わった。競馬とは別の写真を撮る仕事に就いたり、写真業界そのものに見切りを付けたり、中には「警察官になる」と言い残して業界を去った若者もいる。事情は様々だが、ともあれ私がパスを出せる相手もめっきり少なくなってしまった。競馬業界も写真業界も共に斜陽が叫ばれて久しいいわば”泥沼業界”だが、その両方に両足を突っ込んでしまって、抜け出そうにも抜け出せずに藻掻いているのが競馬カメラマンという職種なのかもしれない。

もはや「困った」どころの話ではないですね。でも、どうすりゃ良いんじゃ?

思えば私の”師匠”だったカメラマンも、昼間は大手カメラ量販店で働き、夜は牛丼店で働き、その合間を縫って競馬場で写真を撮っていた。ナリタブライアンが走ってた頃だから10年以上も昔の話だが、当時から競馬カメラマンは「食えない」商売だったわけだ。今では、めでたく(?)量販店の仕事一本で生活していると聞く。競馬場を去った人たちを、羨ましいと感じているカメラマンは決して一人や二人ではないのだ。

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2007年9月15日 (土)

JCに来た麻生氏の方が

引き続き、多摩市内の某施設に”軟禁”されております。

”軟禁”と言うからには3度の食事も施設内で取ることになり、全く選択の余地の無い単一メニューを強いられることになるのだが、平素より「その時食べたいと思ったものを食べる」というスタイルで暮らしている身としては、この食事の時間が何よりも憂鬱。「食事が辛い」と感じるようになっては人生おしまいですよ。正直言って競馬場に行けないことよりも食事問題の方が深刻。

ともあれ、今日も競馬場には行けず終い。6月24の宝塚記念翌日から続く”JRA競馬場に行ってない記録”は順調に(?)更新中でござる。なんか、このまま中山開催も行けないまま終わってしまうんじゃないだろか?という不吉な予感が、徐々に現実味を帯びてきた。去年もスプリンターズSは行けなかった(札幌競馬場で撮影中でした)から、今年は行っておきたいんだけど……。

今回の軟禁生活では、政局の話について専門家のお話を伺う機会があって、安倍総理の”自爆辞任”問題や麻生氏と福田氏との争いに関する解説(裏話?)を聞いたりすることができたけど、それが貴重だったかと言われればあまりそうも思わない。ぶっちゃけ、競馬ファンとしては別にどうでも良い(なんて書いたら専門家の方に失礼だけど)話ですよね。

実は昨日、「麻生と福田、どっちを応援してますか?」というTV局の街頭インタビューを受けたので、「う~ん…、どっちでも良いです」とマイクに向かって答えました。そしたら、インタビュアーは「ケッ…!」という顔(声には出さない)をしてプイッと後ろを向き、次の獲物を探しに行きました。多分O.A.には使われないでしょうね。回答数にもカウントされないかもしれない。いや、そもそもこういうTVの街頭アンケートの数字というものは、あらかじめ決めてあって、適当にインタビュー風景をインサートしているだけなので、やっぱ「どっちでも良い」ですよ。

それでもあえて「どちらかを選べ!」と迫られたら、麻生さんに1票。理由は、去年のジャパンカップの時にプレゼンターとして東京競馬場に来場してたから。

ただ、実際のところはあまり良く覚えてないんだよね。私は昨年のJCの日は、ノロウィルスにやられて、今にも倒れんばかりの状態で競馬場に行ってたので…。

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2007年9月14日 (金)

調教試験が煩わしい

川崎競馬最終日であるにもかかわらず、朝から多摩市内の某所に幽閉されております。つまり、またまた”カンヅメ”にされているわけですね。5月以来ということになる。

明日の中山に行けないのもキツいけど、何が悲しいって今日の川崎4R、テタテット&真島大輔のレースが見らんなかったのは筆舌に尽くし難い辛さですよ。今、iモードでレース結果をチェックしたら、そのテタテットがエラい大差でシンガリ負けしてんだけど、何かあったんだろか?気になって仕方ない。

そんなワケで、今日は携帯からの投稿です。テンション下がりまくってますので、特に面白いことも書けず(いつも面白くないけど)、写真もありませんが、何卒ご了承ください。

昨夜の旭川の瑞穂賞でコスモバルクが出走したことからも分かるように、道営競馬ではようやく外厩馬の出走が認められるようになった。また、南関東もようやく牧場からの入厩も認められるに至り、これで私の念願だった“転厩”が、晴れて可能となったわけだ。JRA~地方、または地方~地方という交流競走が凍結されたままであることを除けば、ようやく「日常」の姿に戻りつつにある。

ポーカーアリスはまだ北海道の社台ファームで過ごしているわけだが、馬房の都合がつき次第すぐにでも船橋に連れてくる方向で調整中。使おうと思えば道営のレースにも使えるが、いずれは南関東に転入させる予定なのだし、転入の諸手続や調教試験を考慮すれば、2ヶ月程度のブランクを覚悟しなければならない。1着賞金25万の道営のレースに未練を見せるよりは、転入に向けてスパッと動き出した方が無難だろう。

船橋の調験は、今週水曜日(9/12)に行われたばかりで、次は10/10の予定。ただ、実際の移動の予定も決まらぬ現在では日程的に少々厳しい。そうなると、次は10/30で、ここで合格すれば11/12~16の開催に出走できるということになる。う~ん…、やはり2ヶ月かかってしまう。

道営所属のまま11/14の平和賞(SⅢ)を使って、そのあとに転入させるというテもあるが、この場合だと11/20の調教試験を受けるわけにもいかず、その次となると12/27まで待たなければならない。「あと年内1走だけ」なんつー事態は  なるべくなら  避けたい。

だいたい、なんでJRAの認定勝っているような馬に対して「試験」を課す必要があるのか?

「能力的に著しく劣る馬の転入を避ける」ためのセレクションだということは理解しているが、それをJRA認定持っている馬に課すというのはどうにも合点がいかない。調教試験というものは、観客がいないだけで実質的にレースと変わりなく、装鞍~パドック~馬場入場~返し馬~ゲート入り~レースをこなすもので、馬にしてみれば競馬を一戦使われるのと同程度の消耗を強いられる。

「絶好調!」と牧場側が太鼓判を押す体調にありながら、お役所的一律平等主義のために、2ヶ月間もレースに使えないというのは、なんとも腑に落ちない話だが、そういうリスクを承知の上で道営に入れたのだから仕方ないところか。もちろんそのリスクと引き替えに狙ったのは札幌の芝。その時点では、よもや特別指定交流競走が取りやめになるとは、これっぽっちも考えていなかったのだが、11月の東京あたりでチャレンジする機会があるだろうか?

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2007年9月13日 (木)

ベストワン競馬場の行く末

一昨付「カウントダウンが始まった」の続きになります。

私は現存するところでは福山競馬場を除く全国各地の競馬場を訪れているが、ことあるごとに「日本一の競馬場は旭川競馬場である」と力説している。

理由を書き連ねればキリが無いが、スタンドの屋根とバックストレッチの遥か彼方にそびえる十勝岳連峰を除けば、広大な北海道の空とトラックしか目に入るものはなく、ナイター開催の時期であれば、澄んだ青空と、美しい夕焼けと、そして満天の星空を眺めながら競馬を見ることができる。これひとつだけとっても「日本一」と呼ぶに十分足りると  少なくとも私は  思う。

そんな旭川競馬場の開催が消えると聞いた私の心境について、説明の必要はあるまい。

確かに旭川競馬場は交通の便が極めて悪く(旭川駅からタクシーで3~4千円)、スタンド施設も老朽化の一途を辿っている。開催日の入場人員は平均して500人前後。世間の経営感覚からすれば廃止は遅すぎたくらいなのかもしれない。

旭川に替わるメイントラックとして名前が挙がっている門別競馬場については「スタンドのキャパがたった500人分しかない」という理由から反対している方もいるが、現状を見れば500人分あれば十分なのである。全体売上げに占める本場売上げの比率が僅か7%という現状も、旭川撤退の決断を強く後押しした。

Asahikawa

ちなみに、旭川競馬場を所有するのは道営競馬主催者ではなく、上川生産農業協同組合連合会という農協組織である。昨年、ばんえい競馬を失ったばかりの旭川競馬場にとって、道営の撤退は大打撃だ。道営競馬組合が支払う競馬場施設利用料は、年間1億円。かつては2億5千万だった時代もあったが、競馬不振と共に値下げに応じてきたのだという。

競馬廃止となれば、残された競馬場施設をどうするかが懸案となるが、立地条件からして売却話が簡単に進むとも思えず、施設を有効活用しようにも、競馬も生産も門別に集約された以上、群馬・境町トレセンのように育成業務に充てるわけにもいくまい。

旭川市は道営開催の継続を求めているらしいが、旭山動物園という地域振興の核を手にした余裕からか、「継続を訴える地元の声は思ったほど強くはない」とも聞こえてくる。

旭川競馬場を愛したのは私だけではない。作家・山口瞳氏は著書『草競馬流浪記』の中で旭川競馬場を「公営ベストワン」と評している。私にしても、ただ「好き」なだけではなく、馬主としての持ち馬が初めて勝った記念すべき競馬場でもある。それが無くなってしまうというのはあまりに切ない。旭川を切って道営競馬が生き残れるというのなら涙を呑んで見守ることもできるが、その保証すらないのだから、なんともやるせないとしか言いようがない。

ちなみに、現在、施設貸付特例措置により一日の使用料が100万円という激安賃料で借り受けている札幌競馬場についても、2011年度には道営開催を無くすか、あるいはGW期間に限定する計画だという。理由は、その施設貸付特例措置が2010年度を持って失効するからで、そうなれば、道営競馬は門別だけに集約することになる。これを「道営競馬全廃に向けた手続きのひとつ」とシニカルに見る向きも、決して少なくない。

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2007年9月12日 (水)

馬券教室 in TAXI

昨日の続きで、道営競馬撤退で岐路に立つ旭川競馬場の話でも書こうと思っていたのだが、思うように筆が進まないので、今日あったことを書いておきます。

Wakamusha雨も上がったことだし、夕方になってから川崎競馬場へ。今開催は変則の3日間開催で、重賞は明日木曜に行われるからガリガリ撮るレースも馬もない。

調教師に挨拶して、知り合いの馬主に挨拶して、社台ファーム関係者をつかまえてポーカーアリスの状況を確認して、個人的に追いかける羽目になったヴァイタルシーズの若武者特別を撮って(写真緑帽。1番人気で3着に負け!)、さらに知り合いの育成牧場が手懸けたクリーンスレートが出る紫苑特別を撮った(ブービー負け!!)ところで、メインの前に引き揚げるつもりだった。帰り道は混むしね。

Denkoで、帰り際にふとパドックを覗いてみたら、電光掲示板に「ピサノクウカイ」の文字がある。「えっ?」と思って慌てて出馬表を取り出すと、間違いない、2004年のプリンシパルS勝ち馬で日本ダービーではキングカメハメハの7着したあのピサノクウカイである。懐かしいですね。しかも鞍上は真島大輔騎手ときている。

そのパドックで、ピサノクウカイの姿を至近距離からバシバシ撮っているのは、誰あろう高橋華代子さん。なかなか可愛らしい姿勢で撮影されていたので一枚撮ってあげようかとも思ったが、さすがに自重。きっと、今日付けの華代子さんのブログか日記はピサノクウカイ話ではなかろうかと推測する。

ちなみに実際のレースでは、ピサノクウカイはもの凄いシンガリ負け。ブービーの馬から100m近く離されての入線だったので故障でも起こしたのかと思ったが、そうではなく単なる負け。聞けば、前に所属していた名古屋での2戦もそのような競馬だったらしく、もう少し時間がかかりそうではある。ここまで来たらジックリ待ってあげたい。

ところで、最近では川崎競馬場→川崎駅の帰り道は、決まってタクシーに乗るという悪しき習慣が身についてしまって困る。歩いて12~3分ほどの距離だし、現に競馬場への”行き”は歩いているのだから歩けば良いのだが、どうにも”帰り”はさっさと競馬場から離れたいというような気持ちがあるようだ。

今日乗ったタクシーの運ちゃんは、しきりに「川崎競馬場は外枠の逃げ馬だよ!」と力説していた。

「川崎の馬場の内ラチ沿いは砂厚が10cmであるのに対し、中央付近は7cmだから内枠は不利だ」、というのが運ちゃんの説である。「夜の競馬場に侵入して砂厚を計ったから間違いない」なんてことまで言ってのけるのだけど、その口調は真剣そのもの。その語りはあまりに熱く、川崎駅に到着して代金を払ってからも、まだ話は続いていた。急いでいる身にしてみれば迷惑千万な話だが、あまりの熱意にしばし車中に留まって聞き入ってしまいましたよ。このオッチャンは「中山の砂厚も計ったことがある」と豪語していたけど、そこまで凄いことが本当に(?)できるなら、もっと別のことに力を割いた方が良いと思うのだけど、どうなんでしょうね。

ちなみに、実際の砂厚はもうちょっとあります。我々は普段からコースの上を歩いていますが、少なくとも川崎では内と外でそんなに差はないと  私は!  思います。

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2007年9月11日 (火)

カウントダウンが始まった

昨年10月24日付「競馬場廃止の季節」にも書いた通り、秋は競馬場の存廃論議が本格化する季節である。地方自治体の来年度の予算編成作業が10~11月にスタートするからだが、今年は9月の声を聞くなり早くも”秋風”にさらされた競馬場がある。旭川競馬場と道営ホッカイドウ競馬だ。

今を遡ること2年前。2005年11月29日の道議会で、高橋はるみ北海道知事は、200億円を越える累積赤字を抱える道営ホッカイドウ競馬について、「2008年度までに単年度赤字額を05年度から半減し、さらに単年度収支が均衡する見通しを得ること。これができない場合には廃止」と述べていた。

ちなみに、道営競馬が05年度に吐き出した赤字額は約15億円だった。それに対して昨年度(2006年度)は約11億円。半減には遠く及ばないが4億の赤字圧縮は決して小さな額ではない。ちなみに今年は馬インフルエンザ禍の中にあって9億の赤字を見込んでおり、さらに努力を続ければ、来年度には高橋知事の掲げたハードルはクリアできそうだという楽観論すら出ていた。

そんな矢先、高橋知事が設定した次なるハードルは、思っていたよりも高く、そして厳しいものだった。

北海道農政部が作成し、9月7日に正式に道が発表した「北海道競馬改革ビジョン素案」の骨子は以下の通り。

 ・旭川競馬場からの撤退
 ・門別競馬場にナイター設備を新設
 ・ミニ場外馬券場を増設
 ・2009年度から馬産地主導の新公社に競馬運営を委託
 ・2010年度までに黒字転換ができない場合は競馬廃止

メディアによっては旭川開催の廃止が大きく取り上げられる傾向にあるが、もちろん素案の核心部分は最後の項にあるように、「廃止」について明確な期限を設定したことにある。とある関係者は「いよいよカウントダウンが始まったな」と漏らした。

これに関連して、高橋はるみ知事は同7日の記者会見で「素案は競馬の存続のためか」との質問に対し、「私の認識はそんなに甘くない」と強調。知事自身、道営競馬廃止に大きく踏み込んだと受け止めるべきだろう。と同時に、最後の”ボタン”を馬産地に委ねることで、自らが廃止の決断を下すことを回避する狙いも、この素案には含まれていると思われる。

Basan

道側がこうした姿勢を採らざるを得ないのは、道財政が逼迫する中で、競馬事業が赤字を続けることがもはや許されないからだ。

前述の通り、道営競馬の赤字はこの数年で減少傾向にはあるが、それでもなお年間10億円前後の赤字を流し続けている事実は重い。「馬産地振興」という錦の御旗も、最近になって「なぜ馬だけが特別扱いされるのだ?」という批判材料に繋がり始めた。本来なら道営競馬を守る立場にあるはずの北海道農政部がこのような厳しい素案を出した背景には、「もはや庇いきれない」という思いがあったのかもしれない。しかしいずれにせよ、突然の方針転換には、馬産地の関係者にしてみれば背後から銃弾が飛んできた思いだろう。

役人は、道営競馬廃止となった場合の道内経済への影響を図りつつ、道営競馬の運営とは徐々に距離を置く方向に舵を切った。好むと好まざるとに関わらず、道営競馬存廃の命運は馬産地に託されたことになる。

(明日付に続く)

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2007年9月10日 (月)

今どきの若いもんは

夏も終わりですね…。(遠い目)

……なんてハズが、一体なんなんですか?この蒸し暑さときたら!

昨日も書いたけど、新潟&小倉が終われば競馬的には”夏”は終わり。だったら、もう少し凌ぎ易くなって欲しいものだが、デブにこの陽気はいい加減堪える。

そんな不快指数全開のなか今日は都心まで出て講演…、と言うか、とある勉強会の講師役を務めることに。内容は競馬とは全く無関係で、相手は60人余。いずれも社会人1年生(若干の例外を含む)である。「1年生」とはいえ社会に出て5ヶ月目ともなればスレたもので、私の目の前で露骨に携帯メールに興じるヤツなんかもいる。あーもう、疲れた、疲れた。

Mcqeenところで、私が大学を卒業したのはオグリキャップ・ラストランの感動の醒めやらぬ1991年春。オグリの跡を継ぐようにトウカイテイオーとメジロマックイーンというスターホースが出現し、競馬ブーム絶頂の最中でもあった。

そんな時代と比較するのは無理があることは重々承知だが、それを差し引いても今どきの若いもんは  なんて書くと自分がいかにも年寄りみたいだが  競馬にはまるで興味が無いと言った風情がアリアリ。

かつて、競馬というものは「周囲を巻き込む」ゲームだった。つまり、馬券を買うには場外(WINS)か、本場に行かねばならず、そうなると「みんなを誘って」とか、「ついでにオレのも!」とか、「じゃあ私も初めて馬券を買ってみようかな」みたいなノリで、結果として競馬の”輪”が広がっていったものである。

ところが、昨今の馬券購入といえば、携帯電話からぴっぴっと入力するだけでおしまい。誰かを誘うとか誘われるとか