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2006年9月17日 (日)

サラブレッドを弱くしたのは

『馬産の理論と実践』という一冊の本がある。

著者はブルヒャルト・フォン・エッチンゲン。第一次世界大戦中のドイツ馬政局長官の要職にあった人物である。当時、「馬産」の目的は、あくまでも軍馬の供給にあったわけで、終戦までの日本においても、その役目は同じである。馬が武器であり、馬産=軍需産業だった時代であることを考えれば、馬政局長官という立場の重さは十分想像がつくだろう。

しかるにこの著作が世紀を隔ててなお重要視されるのは、著者が国家的重要人物だったからではなく、当然ながらその内容の秀逸さによるもので、キリスト教における『聖書』、社会主義学における『資本論』などに喩えられることから、競馬に関わるものにとっての”バイブル”として、世界のホースマンによって読み継がれてきた。

日本でも馬事文化財団から邦訳版が出版されているが、大著である上、僅かな部数しか発刊されていないことから一般の書店で入手することは困難だと思われる。もし読んでみたいと思われる方は、JRAの資料室や渋谷のプラザエクウスの図書コーナーで閲覧できるので、そちらを利用されるといいだろう。

Colt前置きが長くなったが、この著書の中でエッチンゲンは「サラブレッドは19世紀の半ばを頂点に退歩している」と明言しており、その原因については「あまりに早い時期から競馬を強いられて貴重な放牧の時間が失われた結果」として、つまりは2歳戦にあると結論付けている。

イギリスで2歳競馬が初めて行われたのは1773年のことで、人気の高まりと共に、19世紀半ばには3歳戦よりも多く行われるようになる。1793年には1歳馬のレースも登場したが、さすがにこれは無理があったようで、1876年に公式に禁止された。

我が国では、2002年のJRA番組改編で2歳競馬の開始時期が早まった。この影響かどうかは分からぬが、近年ではローカル開催の2歳新馬戦で、フルゲートの競馬が相次いでいる。かつてローカルの新馬戦と言えば少頭数となるのが常識で、その多くは8頭前後。5~6頭になってしまうレースも珍しくなく、頭数が揃わず不成立になることも間々あった。枠連しかなかった当時、新馬戦は馬券的な面白みに乏しく、発売窓口を前に苦労された経験をお持ちの方も多いだろう。

実際に調べてみると、10年前の1996年に函館・札幌で行われた2歳戦は58レースを数えるが、その平均出走頭数は1レースあたり8.1頭。それが今年は10.6頭にまで増えている。1レースあたり2.5頭。全開催を通じれば、のべ130頭以上も出走馬が増加しているのだ。

バブル崩壊とともに懐具合が冷え込んだ多くの馬主は、2歳馬の使い出しを早めた。それを知ってか知らぬか、JRAは「ダービーからダービーへ」という謳い文句のもと、6月の第3週からすべての開催競馬場で2歳戦を開始する番組改編を実行する。これにより2歳馬の使い出しの早期化に一層の拍車がかかり、1歳馬たちの貴重な放牧の時間は失われる結果となった。ちなみに、JRAが2歳番組にメスを入れたのは2002年。これはすなわち2003年の3歳世代で、昨日付けの当ブログで「突然弱くなった世代」と評したあの世代と見事に合致する。

Asahi_2『馬産の理論と実践』の中で、エッチンゲンは2歳競馬の廃止を主張している。しかし、必要があって始まったものが、そうそう簡単に中止されるはずもない。当然ながら2歳の競馬はその後も発展的に続けらた。しかし、それが徐々にサラブレッドの能力を後退せしめているのかもしれない。

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